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麻太郎が来ちゃったよ
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俺は、頭が混乱していた──
部屋の床には、魔法陣が描かれている。さらに、儀式に必要な道具も転がっている。ヒキガエルやトカゲやニワトリの死骸、聖人の髪の毛、悪魔教の法典などなど……全部そろえるのに、五十万近く遣ったのだ。さらに、準備にも一ヶ月以上を費やし、儀式にも一週間以上かかった。
それだけの金と時間とを費やし、ようやく悪魔を呼び出すことに成功した、はずだった。
しかし今、魔法陣の中にいるのは……頭の剥げた小太りで、しかも全裸の中年オヤジなのだ。
「あんた、本当に悪魔なのか?」
崩壊してしまいそうな理性を総動員させ、言葉を絞り出した。
すると、オヤジは頷く。
「うん、俺は悪魔だよ。君が俺を呼び出したんだね。じゃあ、君の言うことに従うよ」
言いながら、オヤジはすたすたと歩き、魔法陣の外に出て来て俺の手を握る。
俺は呆気に取られながらも、どうにか口を開いた。
「あ、あんた、魔法陣から出られるの?」
「ああ出られるよ。なんたって、俺は悪魔だからね。それよりさ、何か着る物くれないかな?」
オヤジ、いや悪魔は、とぼけた表情でそんなことを言ってきた。
「き、着る物?」
「ああ、着る物だよ。だってさあ、恥ずかしいじゃん……」
そう言うと、くねくねと恥じらうような仕草をしやがった。俺はあまりのおぞましさに、その場で吐きそうになった。
「と、とりあえずこれ着てくれ」
そう言って、自分の着替えのジャージを差し出す。すると、悪魔はそれに袖を通す。体型が違うため、かなり無理やりにではあったが……それでも、どうにか着ることが出来た。
その時、俺はおかしな点に気づく。
「なあ、あんた悪魔なんだろ?」
「うん、悪魔だよ」
とぼけた表情で、うんうんと頷いた。
「じゃあ、魔法で服とか出せるんじゃないのか?」
「いやあ、それ無理。俺、魔法なんか使えないから」
すました表情で答える。それを聞いた俺は、愕然となった。じゃあ、こいつは何が出来るんだよ?
「おい、お前は悪魔なんだよな。何か特殊な能力があるんだよな?」
そんな切実な問いに、返ってきたのは無情な言葉であった。
「いや、何にもないよ」
「なんだと!? それ、どういう意味だよ!」
相手が悪魔であるという事実を忘れ、奴の襟首を掴んでいた。
すると、悪魔は苦しみ、もがき出した……。
言っておくが、俺は喧嘩は大して強くないし、腕力も人並みだ。にもかかわらず、そんな俺に襟首を掴まれただけで、悪魔は苦しみ出したのだ。
これじゃあ、ただのメタボなオヤジじゃねえかよ……。
「うう、苦しい! 暴力反対! 助けて!」
俺の思いをよそに、悪魔は苦しみもがいている。仕方ないので、手を離してやった。
「おい悪魔、お前には何が出来るんだよ?」
「俺は……本当に何も出来ないんだ。ただ、ケチで金にうるさく非人情なだけなんだよ。それ以外は、普通の人間と同じようなことしか出来ないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は絶望のあまり崩れ落ちた。これまでの苦労は、いったい何だったのか。高校の三年間、必死でバイトして貯めた金を費やしたというのに……。
それなのに、召喚できたのはこんなオヤジだった。何の能力もない、ただのメタボなハゲオヤジ。同じ無能であったとしても、美少女の姿をした悪魔なら、まだ許せたが。
「ねえ、俺は何をすればいいの?」
最悪な気分の俺に向かい、とぼけた様子で聞いてくる悪魔。俺は顔を上げた。
「俺の前から、今すぐ消えろ」
「えっ?」
悪魔はきょとんとしていた。だが、俺はしゃがみこんだままだ。怒りのあまり暴れだすことも、悲しみのあまり泣き出すことも出来なかった。絶望が、エネルギーを全て奪い去ってしまっていたのだ。
その代わりに、同じ言葉を繰り返した。
「頼むから、俺の前から消えてくれ」
「本当にいいの?」
とぼけた口調で聞いてくる。それに対し、俺は言い続けた。
「頼むから消えてくれ。お前の顔は、二度と見たくない」
それから、五年後。
いろいろあったが、俺は何とか立ち直り、大学卒業後は建設会社に就職した。今は、仕事に追われる日々だ。
そんなある日のこと。
俺は仕事から帰り、テレビをつけた。スーツとネクタイを脱ぎ捨てた時、妙な声が聞こえてきたのだ。
「こちらがブラック商会の代表取締役、阿久麻太郎さんです」
その声は、テレビから聞こえてきたのだ。ブラック商会? あく・またろう? ずいぶん変わった名前だな……などと思いながら、テレビの画面を見てみた。
その瞬間、俺はぶったまげて立ちすくんでいた。画面に映し出されていたのは、五年前に召喚した悪魔だったのだ。あの時は、俺のジャージを着たまま姿を消したはずだった。
しかしブランドもののスーツに身を包み、百万円を軽く超えるであろう高級時計を腕に付けている。
呆然としている俺の目の前で、悪魔は語り出した。
「私はね、五年前までホームレスをしていたんですよ。しかし一念発起して必死で働き金を貯め、会社を設立しました。従業員は、一万人を超えています」
そう言って、ふんぞり返る。すると、番組の司会者が尋ねた。
「しかし、あなたの会社は名前の通りのブラック企業だと、もっぱらの評判ですよ。劣悪な環境で、従業員を働かせているとネットなどでも話題です。その辺りを、どうお考えですか?」
「気にもしてませんよ。言いたい人間には、言わせておけばいいんです。少なくとも、私は一万人の従業員の雇用を生み出していますから。辞めたい奴は、辞めればいいんです。金を稼ぎたい奴だけ、ウチの会社に来ればいい」
だが俺は、そんなやり取りなどほとんど聞いていなかった。
さっき悪魔は、五年前はホームレス同然だったと言っていた。つまり、俺が召喚した時だ。確かに悪魔は、俺があげたジャージ以外は何ひとつ持たずに姿を消した。
それから五年の間に、一万人の従業員を擁する会社を経営する実業家へと変貌したのだ。
いったい、どうやって?
考えてみた。実は、悪魔には魔法の力があったのかもしれない。それを巧妙に隠していたのか。
いや、違う。
あの時、悪魔は「ケチで金にうるさく非人情なだけなんだよ。それ以外は、普通の人間と同じようなことしか出来ないんだ」と言っていたのだ。つまり、ケチで金にうるさく非人情という特性をフルに活かし、ホームレスも同然の状態から五年であれだけの規模の会社を造り上げた。しかも、その会社は今後さらに大きくなるだろう。
つまり、今の世の中において、悪魔は魔法の力など必要としないのだ。低レベルの悪魔ですら、金を集める力で社会に大きな影響を与えられる。
今は、悪魔にとって住みやすい世の中なのだ。
次の日、俺はもう一度、悪魔召喚のための準備を始めた。
今度こそ、ヘマはしない……悪魔の力で、俺ものし上がってやる。
部屋の床には、魔法陣が描かれている。さらに、儀式に必要な道具も転がっている。ヒキガエルやトカゲやニワトリの死骸、聖人の髪の毛、悪魔教の法典などなど……全部そろえるのに、五十万近く遣ったのだ。さらに、準備にも一ヶ月以上を費やし、儀式にも一週間以上かかった。
それだけの金と時間とを費やし、ようやく悪魔を呼び出すことに成功した、はずだった。
しかし今、魔法陣の中にいるのは……頭の剥げた小太りで、しかも全裸の中年オヤジなのだ。
「あんた、本当に悪魔なのか?」
崩壊してしまいそうな理性を総動員させ、言葉を絞り出した。
すると、オヤジは頷く。
「うん、俺は悪魔だよ。君が俺を呼び出したんだね。じゃあ、君の言うことに従うよ」
言いながら、オヤジはすたすたと歩き、魔法陣の外に出て来て俺の手を握る。
俺は呆気に取られながらも、どうにか口を開いた。
「あ、あんた、魔法陣から出られるの?」
「ああ出られるよ。なんたって、俺は悪魔だからね。それよりさ、何か着る物くれないかな?」
オヤジ、いや悪魔は、とぼけた表情でそんなことを言ってきた。
「き、着る物?」
「ああ、着る物だよ。だってさあ、恥ずかしいじゃん……」
そう言うと、くねくねと恥じらうような仕草をしやがった。俺はあまりのおぞましさに、その場で吐きそうになった。
「と、とりあえずこれ着てくれ」
そう言って、自分の着替えのジャージを差し出す。すると、悪魔はそれに袖を通す。体型が違うため、かなり無理やりにではあったが……それでも、どうにか着ることが出来た。
その時、俺はおかしな点に気づく。
「なあ、あんた悪魔なんだろ?」
「うん、悪魔だよ」
とぼけた表情で、うんうんと頷いた。
「じゃあ、魔法で服とか出せるんじゃないのか?」
「いやあ、それ無理。俺、魔法なんか使えないから」
すました表情で答える。それを聞いた俺は、愕然となった。じゃあ、こいつは何が出来るんだよ?
「おい、お前は悪魔なんだよな。何か特殊な能力があるんだよな?」
そんな切実な問いに、返ってきたのは無情な言葉であった。
「いや、何にもないよ」
「なんだと!? それ、どういう意味だよ!」
相手が悪魔であるという事実を忘れ、奴の襟首を掴んでいた。
すると、悪魔は苦しみ、もがき出した……。
言っておくが、俺は喧嘩は大して強くないし、腕力も人並みだ。にもかかわらず、そんな俺に襟首を掴まれただけで、悪魔は苦しみ出したのだ。
これじゃあ、ただのメタボなオヤジじゃねえかよ……。
「うう、苦しい! 暴力反対! 助けて!」
俺の思いをよそに、悪魔は苦しみもがいている。仕方ないので、手を離してやった。
「おい悪魔、お前には何が出来るんだよ?」
「俺は……本当に何も出来ないんだ。ただ、ケチで金にうるさく非人情なだけなんだよ。それ以外は、普通の人間と同じようなことしか出来ないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は絶望のあまり崩れ落ちた。これまでの苦労は、いったい何だったのか。高校の三年間、必死でバイトして貯めた金を費やしたというのに……。
それなのに、召喚できたのはこんなオヤジだった。何の能力もない、ただのメタボなハゲオヤジ。同じ無能であったとしても、美少女の姿をした悪魔なら、まだ許せたが。
「ねえ、俺は何をすればいいの?」
最悪な気分の俺に向かい、とぼけた様子で聞いてくる悪魔。俺は顔を上げた。
「俺の前から、今すぐ消えろ」
「えっ?」
悪魔はきょとんとしていた。だが、俺はしゃがみこんだままだ。怒りのあまり暴れだすことも、悲しみのあまり泣き出すことも出来なかった。絶望が、エネルギーを全て奪い去ってしまっていたのだ。
その代わりに、同じ言葉を繰り返した。
「頼むから、俺の前から消えてくれ」
「本当にいいの?」
とぼけた口調で聞いてくる。それに対し、俺は言い続けた。
「頼むから消えてくれ。お前の顔は、二度と見たくない」
それから、五年後。
いろいろあったが、俺は何とか立ち直り、大学卒業後は建設会社に就職した。今は、仕事に追われる日々だ。
そんなある日のこと。
俺は仕事から帰り、テレビをつけた。スーツとネクタイを脱ぎ捨てた時、妙な声が聞こえてきたのだ。
「こちらがブラック商会の代表取締役、阿久麻太郎さんです」
その声は、テレビから聞こえてきたのだ。ブラック商会? あく・またろう? ずいぶん変わった名前だな……などと思いながら、テレビの画面を見てみた。
その瞬間、俺はぶったまげて立ちすくんでいた。画面に映し出されていたのは、五年前に召喚した悪魔だったのだ。あの時は、俺のジャージを着たまま姿を消したはずだった。
しかしブランドもののスーツに身を包み、百万円を軽く超えるであろう高級時計を腕に付けている。
呆然としている俺の目の前で、悪魔は語り出した。
「私はね、五年前までホームレスをしていたんですよ。しかし一念発起して必死で働き金を貯め、会社を設立しました。従業員は、一万人を超えています」
そう言って、ふんぞり返る。すると、番組の司会者が尋ねた。
「しかし、あなたの会社は名前の通りのブラック企業だと、もっぱらの評判ですよ。劣悪な環境で、従業員を働かせているとネットなどでも話題です。その辺りを、どうお考えですか?」
「気にもしてませんよ。言いたい人間には、言わせておけばいいんです。少なくとも、私は一万人の従業員の雇用を生み出していますから。辞めたい奴は、辞めればいいんです。金を稼ぎたい奴だけ、ウチの会社に来ればいい」
だが俺は、そんなやり取りなどほとんど聞いていなかった。
さっき悪魔は、五年前はホームレス同然だったと言っていた。つまり、俺が召喚した時だ。確かに悪魔は、俺があげたジャージ以外は何ひとつ持たずに姿を消した。
それから五年の間に、一万人の従業員を擁する会社を経営する実業家へと変貌したのだ。
いったい、どうやって?
考えてみた。実は、悪魔には魔法の力があったのかもしれない。それを巧妙に隠していたのか。
いや、違う。
あの時、悪魔は「ケチで金にうるさく非人情なだけなんだよ。それ以外は、普通の人間と同じようなことしか出来ないんだ」と言っていたのだ。つまり、ケチで金にうるさく非人情という特性をフルに活かし、ホームレスも同然の状態から五年であれだけの規模の会社を造り上げた。しかも、その会社は今後さらに大きくなるだろう。
つまり、今の世の中において、悪魔は魔法の力など必要としないのだ。低レベルの悪魔ですら、金を集める力で社会に大きな影響を与えられる。
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