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相豹
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「ウヒョウさん! 大変だよ!」
叫びながら飛び込んで来たのは、桂木茂である。現在、高校一年生だ。背は低く痩せていてメガネをかけており、冴えない風貌の少年である。
彼が飛び込んでいった先は、数年前に潰れた倉庫だ。プレハブの壁には穴が空いており、床の隙間からは雑草が伸びている。当然、誰もいない……はずだった。
ところが、桂木が入った途端に異変が起きる。突然、床から大量の煙が吹き出したのだ。煙は一瞬にして倉庫内に充満し、桂木は思わず目をつぶった。
だが、一瞬にして煙は消え去る。代わりに、少年の目の前には奇妙な者が出現していた。
身長は高くすらりとした体型で、身につけているのは白いパンツだけだ。顔は猫科の生物に酷似しており、全身は黄色く黒い斑点のある獣毛に覆われている。背中には、黒い羽根が一対生えていた。その姿を例えるなら、豹頭の天使……といったところである。
豹頭の天使は、桂木を見下ろし口を開いた。
「やあ、ヅラギくん。どうしました?」
「ヅラじゃないよ、カツラギだよ! それより大変なんだよ。友だちの夜倉が、警察に捕まったんだ。助けてやってよ!」
「おやおや、逮捕とは穏やかでないですね。まずは、話を聞かせてください」
そう言うと、天使は座り込んだ。
この奇怪な生物、実のところ悪魔である。オカルトの知識豊富な桂木は、持ち主がいなくなった倉庫内にて悪魔を呼び出す儀式を行なったのだ。結果、現れたのはこの豹に似た悪魔である。正式名称は堕天使オセというらしい。
なぜか桂木は、このオセに気に入られてしまった。普段オセは、廃墟と化した倉庫に気体と化して居着いている。だが桂木が呼び出すと、豹頭の姿で実体化するのだ。桂木は、この悪魔を「ウヒョウさん」と呼んでいる。鵜の羽根と、豹の頭を持っているからだ。
そして今、桂木はウヒョウに状況を説明していた。
「よくわかんないんどけど、夜倉の奴、人を殺したみたいなんだ。それも三人」
「ほう、三人も……それは、なかなか見どころのある少年ですね」
「ウヒョウさん、お願いだよ。夜倉を助けてやって」
「その前に、ひとつだけ……君はなぜ、その人を助けたいのです?」
「えっ?」
「夜倉という方は、三人もの人の命を奪っているのですよね?」
「うん、そうだよ。三人全員、首を切られてたんだって。しかも、死体の胸に魔法陣を描いていたんだよ」
そう、夜倉は三人の人間を殺した。喉を切り裂いた後、死体の胸にナイフで魔法陣を刻んでいたのだ。この猟奇的な手口に、マスコミは「悪魔教の仕業か?」などと派手に報道していたのである。
「なるほど、ユニークな殺し方ですね。それはともかくとして、夜倉くんが人殺しなのは間違いないのですね?」
「うん、そうらしいよ」
「そんな人を助ける理由は何でしょう?」
「だって、夜倉は僕の友だちなんだよ。一緒にゲームする仲だしさ。僕と関係ない人間が、何人死のうが知らないよ」
真顔でそんなことを言う桂木に、ウヒョウはくすりと笑った。
「フフフ、君のその考え、実に悪魔的です。いいでしょう。夜倉くんを助けてあげます」
「ほ、本当?」
「はい。ただし、ひとつお願いがあります。夜倉くんが無事に釈放されたら、君にやってもらいたいことがあるのですよ」
それから一月後、桂木は再び倉庫へとやってきた。
「ウヒョウさん! 持って来たよ!」
怒鳴ると、またしても煙が充満していく。一瞬の後、ウヒョウが出現した。
「ウヒョウさん! 夜倉が釈放されたよ! ありがとう!」
言いながら、桂木が差し出したのは……紅茶のティーパックだった。それも、百円ショップで買ったものである。
だがウヒョウは、さほど気にしていないらしい。ゴミ捨て場に拾ったようなヤカンと、廃材で作ったかまどでお湯を沸かしている。
「ウヒョウさん、魔法でパパッとお湯を沸かせないの?」
桂木に聞かれたウヒョウは、首を横に振った。
「沸かせますが、どうも味気ないのですよ。こうやって沸かしたお湯で入れる紅茶は、一味違いますね」
「ふうん、そうなんだ」
「はい。細かいところが気になるのが、僕の悪い癖です」
そんなことを言いながら、ウヒョウは紅茶を飲み始めた。
桂木の友人の夜倉は、本物の快楽殺人犯である。女性の喉を切り裂いて殺害し、胸に魔法陣を刻むことが、彼にとってたまらない快楽であった。
当然ながら、警察は放っておかない。この猟奇的な事件に対し人員と時間を投入し捜査する。そして夜倉は逮捕された。
しかし、ここでウヒョウが動く。全く同じ手口で、何人もの女性を殺害する。さらに、魔法を使い彼のアリバイとなる証拠を作り出した。
結果、真犯人は他にいるという見方が有力となり、夜倉は釈放されたのだ、
ひとりの悪魔と、ひとりのサイコパスの手により、ひとりの殺人鬼が野に放たれてしまった──
叫びながら飛び込んで来たのは、桂木茂である。現在、高校一年生だ。背は低く痩せていてメガネをかけており、冴えない風貌の少年である。
彼が飛び込んでいった先は、数年前に潰れた倉庫だ。プレハブの壁には穴が空いており、床の隙間からは雑草が伸びている。当然、誰もいない……はずだった。
ところが、桂木が入った途端に異変が起きる。突然、床から大量の煙が吹き出したのだ。煙は一瞬にして倉庫内に充満し、桂木は思わず目をつぶった。
だが、一瞬にして煙は消え去る。代わりに、少年の目の前には奇妙な者が出現していた。
身長は高くすらりとした体型で、身につけているのは白いパンツだけだ。顔は猫科の生物に酷似しており、全身は黄色く黒い斑点のある獣毛に覆われている。背中には、黒い羽根が一対生えていた。その姿を例えるなら、豹頭の天使……といったところである。
豹頭の天使は、桂木を見下ろし口を開いた。
「やあ、ヅラギくん。どうしました?」
「ヅラじゃないよ、カツラギだよ! それより大変なんだよ。友だちの夜倉が、警察に捕まったんだ。助けてやってよ!」
「おやおや、逮捕とは穏やかでないですね。まずは、話を聞かせてください」
そう言うと、天使は座り込んだ。
この奇怪な生物、実のところ悪魔である。オカルトの知識豊富な桂木は、持ち主がいなくなった倉庫内にて悪魔を呼び出す儀式を行なったのだ。結果、現れたのはこの豹に似た悪魔である。正式名称は堕天使オセというらしい。
なぜか桂木は、このオセに気に入られてしまった。普段オセは、廃墟と化した倉庫に気体と化して居着いている。だが桂木が呼び出すと、豹頭の姿で実体化するのだ。桂木は、この悪魔を「ウヒョウさん」と呼んでいる。鵜の羽根と、豹の頭を持っているからだ。
そして今、桂木はウヒョウに状況を説明していた。
「よくわかんないんどけど、夜倉の奴、人を殺したみたいなんだ。それも三人」
「ほう、三人も……それは、なかなか見どころのある少年ですね」
「ウヒョウさん、お願いだよ。夜倉を助けてやって」
「その前に、ひとつだけ……君はなぜ、その人を助けたいのです?」
「えっ?」
「夜倉という方は、三人もの人の命を奪っているのですよね?」
「うん、そうだよ。三人全員、首を切られてたんだって。しかも、死体の胸に魔法陣を描いていたんだよ」
そう、夜倉は三人の人間を殺した。喉を切り裂いた後、死体の胸にナイフで魔法陣を刻んでいたのだ。この猟奇的な手口に、マスコミは「悪魔教の仕業か?」などと派手に報道していたのである。
「なるほど、ユニークな殺し方ですね。それはともかくとして、夜倉くんが人殺しなのは間違いないのですね?」
「うん、そうらしいよ」
「そんな人を助ける理由は何でしょう?」
「だって、夜倉は僕の友だちなんだよ。一緒にゲームする仲だしさ。僕と関係ない人間が、何人死のうが知らないよ」
真顔でそんなことを言う桂木に、ウヒョウはくすりと笑った。
「フフフ、君のその考え、実に悪魔的です。いいでしょう。夜倉くんを助けてあげます」
「ほ、本当?」
「はい。ただし、ひとつお願いがあります。夜倉くんが無事に釈放されたら、君にやってもらいたいことがあるのですよ」
それから一月後、桂木は再び倉庫へとやってきた。
「ウヒョウさん! 持って来たよ!」
怒鳴ると、またしても煙が充満していく。一瞬の後、ウヒョウが出現した。
「ウヒョウさん! 夜倉が釈放されたよ! ありがとう!」
言いながら、桂木が差し出したのは……紅茶のティーパックだった。それも、百円ショップで買ったものである。
だがウヒョウは、さほど気にしていないらしい。ゴミ捨て場に拾ったようなヤカンと、廃材で作ったかまどでお湯を沸かしている。
「ウヒョウさん、魔法でパパッとお湯を沸かせないの?」
桂木に聞かれたウヒョウは、首を横に振った。
「沸かせますが、どうも味気ないのですよ。こうやって沸かしたお湯で入れる紅茶は、一味違いますね」
「ふうん、そうなんだ」
「はい。細かいところが気になるのが、僕の悪い癖です」
そんなことを言いながら、ウヒョウは紅茶を飲み始めた。
桂木の友人の夜倉は、本物の快楽殺人犯である。女性の喉を切り裂いて殺害し、胸に魔法陣を刻むことが、彼にとってたまらない快楽であった。
当然ながら、警察は放っておかない。この猟奇的な事件に対し人員と時間を投入し捜査する。そして夜倉は逮捕された。
しかし、ここでウヒョウが動く。全く同じ手口で、何人もの女性を殺害する。さらに、魔法を使い彼のアリバイとなる証拠を作り出した。
結果、真犯人は他にいるという見方が有力となり、夜倉は釈放されたのだ、
ひとりの悪魔と、ひとりのサイコパスの手により、ひとりの殺人鬼が野に放たれてしまった──
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