世にも異様な物語

板倉恭司

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とある高校生の恋愛

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 俺の名は小島弘コジマ ヒロシ、十六歳の高校生だ。
 はっきり言って、俺に特筆すべき能力はない。顔は平凡、成績は中の中。スポーツは出来ないし、絵や音楽といった芸術的才能も皆無である。
 そんな俺だが、黒井美香クロイ ミカさんという彼女がいる。同じ高校に通っていて、高い知性と意思の強さを合わせ持ち、顔はそこらのアイドルが裸足で退散するくらいのレベルだ。黒髪は長く、スタイルもいい。学校では、男子はおろか女子からの人気も高いのだ。
 そんな学校でもトップクラスの美少女である黒井さんが、なにゆえ俺のような地味な陰キャと付き合っているのか。
 その理由は未だ不明だ。むしろ、俺が聞きたいくらいである。



 今日もまた、放課後に黒井さんと会う。それも、うちの学校の人間が誰も来ないような場所で会うのだ。学校を出て、十分ほど歩くと森に出くわす。その森の中に入っていき、さらに十分ほど歩くと物置小屋がある。この小屋、何のために存在しているのかは不明だ。周りに人気ひとけはなく、静かなところである。
 そんな小屋の中には、特に何も置かれていない。壁も床も木製で、はっきり言って汚い。なぜかパイプ椅子が三脚あり、うち一脚に黒井さんが座っていた。そう、ここは俺たち二人だけの秘密の間なのだ。
 しかし黒井さんは、俺が小屋に入るなり、じろりと睨んでくる。

「ヒロポン、遅い!」

 そう、俺はヒロポンと呼ばれているのだ。ヤバいニックネームだが、そのヤバさに気づいていないらしい。
 黒井さんは、じっと俺を睨んでいる。仕方ないので、すぐさまパイプ椅子に座った。

「ごめん。遅くなっちゃった」

 謝ると、黒井さんはいきなり話しかけてきた。

「ねえ、あれ知ってる?」

 何の脈絡もなく、突然の質問。だが、彼女にはよくあることなのだ。

「あれって何?」

「あのね、牛乳にサイダーを入れると美味しいんだって」

「へえ、知らなかった」

 牛乳にサイダーとは、黒井さんには似つかわしくない。まあ、彼女のこんな部分を知ってるのも俺だけだろう……などと思いつつ返事をしたら、黒井さんは首を捻る。

「ん? ちょっと待って。逆だったかも。ひょっとしたら、サイダーに牛乳入れると美味しいのかもしれない」

 真顔でそんなことを言う黒井さんに、俺は脊髄反射的にツッコミを入れていた。

「あのう、それって一緒じゃないの?」

 すると、黒井さんの表情が変わった。

「一緒じゃないよ。あのね、料理は材料を入れる順番で、味が全然違ってくるんだから」

「いや、料理なんて大袈裟なものじゃないと思うけど……」

 直後、黒井さんの表情が、さらに険しくなる。

「ちょっと! 何それ! あたしをバカにしてんの!?」

「いや、してないよ」

「してる!」

 困ったことに、黒井さんを怒らせてしまったらしい。だが、俺は彼女の怒った顔も好きだ。

「してないってば……」

「いーやバカにしてる! ううう、すっげームカつく。ものすっごくムカつく」

 黒井さんは身振り手振りを交え、怒りをあらわにしている。俺は仕方なく頭を下げた。

「ご、ごめん」

 途端に、黒井さんはきっと睨みつけてきた。

「なんで謝るの?」

「えっ?」

「本当にバカにしてないなら、謝ることないじゃん! やっぱりバカにしてたんだ! 無茶苦茶ムカつく!」

 どうやら、謝ったことで怒りの炎にさらなる油を注いでしまったらしい。

「あ、あのさあ……」

「本気でムカつく! あああ、やってやりたい! すっげー痛いことやってやりたい!」

 言いながら、黒井さんは地団駄を踏んでいる。こんな姿、学校では見たことがない。

「それって、どういうこと?」

 聞いた途端、黒井さんは呆気に取られていた。

「へっ?」

「今、すっげー痛いことやってやりたいって言ったよね。どういうことをやりたいの?」

「いや、その、それは……」

 黒井さんは、しどろもどろだ。一見、完璧超人である黒井さんが、こんな表情をする……だからこそ、俺はさらに突っ込んでしまう。

「だからさ、具体的にどんなことをしたいの?」

「た、例えば……そうだ! 一輪車で全速力でダッシュして跳ね飛ばす!」

 どうだ、とでも言わんばかりの表情である。おおお、なんて可愛いんだ。
 そんな黒井さんだからこそ、俺は容赦なく突っ込んでしまう。

「えーっと、一輪車でダッシュして体当たりしたら、君が倒れるだけだと思うよ。一輪車ってバランス取るの難しそうだし、スピード出せば不安定になる。そんな状態で体当たりしたら、君もダメージ受けるよ」

「う、ううう……」

 何やら唸っていた黒井さんだったが、次の瞬間に拳を振り上げる。

「ああん、もう! いちいち細かい! すっげームカつく! すっげームカつく! すっげームカつく!」

 言いながら、虚空を殴りつける。シャドーボクシングでもしているようだ。こんな大ボケをかます人だと、誰が予想するだろう。

「ご、ごめん」

「だからさ、なんですぐ謝るの! ああ、本気でムカつく! ものすごい嫌がらせしたい! 落ち込んで三時間くらい立ち直れないくらいの嫌がらせしたい!」

 ひとりで怒っている黒井さん。可愛い。可愛い過ぎる。だからこそ、つい突っ込んでしまう。

「それって、どんな嫌がらせ?」

「へっ?」

「落ち込んで三時間くらい立ち直れないくらいの嫌がらせって、どんなことすんの?」

 黒井さんのシャドーボクシングが、ピタッと止まる。

「どんなことって……も、ものすんごい嫌がらせだよ」 

 予想通り言葉につまっている。そんな黒井さんに、俺はは畳みかけていく。

「具体的に何すんの?」

「それは、その、あの……」

 言葉が出てこないまま、下を向く黒井さんだった。だが、すぐに顔を上げる。

「あっ、あれあれ! 作ってる最中のカップラーメンに、山盛りのオキアミを入れる!」

 叫ぶ黒井さんの顔つきは、世紀の大発見をしたかのようである。このボケッぷりは凄い。可愛い過ぎる。
 仕方ない。この可愛さに免じて話を合わせよう。

「うわあ、それはキツいね。なるほど、それなら三時間くらいは落ち込むよ」

 正直言うなら、半分は本音だ。確かに、大量のオキアミはカップラーメンの味を変えてしまうだろう。

「でしょ! 昔、ひい婆ちゃんによくやられたんだよね!」

 そう言って、黒井さんは笑った。

 ほどなくして、黒井さんは帰っていった。念のため、三十分ほど時間を潰してから小屋を出る。そう、俺と黒井さんが付き合っていることは、誰にも知られてはならない。なので、時間をずらして帰る。黒井さんの家は厳しく、男子と一緒に歩いているところを見られただけで叱られるそうなのだ。
 まあ、俺としてもその方がありがたい。なにせ、黒井さんには男女を問わずファンが多い。万一、俺みたいなのと黒井さんが付き合っている……などとファンに知られたら、何をされるかわからない。下手すれば、俺はファンからリンチされるかもしれないのだ。



 翌日、学校が終わると、俺はまっすぐ小屋に向かった。
 中に入ってみると、黒井さんはまだ来ていない。よし、今回は俺の方が先に来ている。さて、待つとしようか……とりあえず、スマホをいじりながら黒井さんを待つことにした。

 数分後、黒井さんは現れた。手には、紙袋を持っている。

「ヒロポン、おいしいカレーパン買ってきたよ。食べて」

 言いながら、彼女は紙袋からカレーパンを取り出した。俺に差し出してくる。

「あ、うん。ありがとう」

 こんなことは初めてだ。食べてみると、確かにおいしい。俺は、あっという間に食べ終えた。
 黒井さんは、なぜか無言だった。やはり、今日の彼女はらしくない。

「とってもおいしかったよ。ありがとう」

 もう一度、礼を言った。すると、黒井さんの顔つきが変わる。

「君は、学校が終わるとあちこちの公園に出かけていたよね。時には、電車で三十分以上かけてさ」

「えっ?」

 どうしてそれを、と言おうとしたが、思うように言葉が出ない。それどころか、強烈な眠気を感じた。

「君の行った公園で、何匹もの猫や犬や鳩が死んだ。調べてみると、みんな毒の餌を食べていた。君が撒いてたんだよね」

 黒井さんの声は冷たいものだった。初めて聞く声だ。俺は言い返そうとしたが、言葉が出ない。
 すると、黒井さんはニヤリと笑う。美しい顔だが、同時にこれほど恐ろしい笑顔を見たことがない──

「ねえ、因果応報って言葉、知ってる?」

 それが、俺の聞いた最後の言葉だった。やがて、俺の意識は闇に落ちていた──

 ・・・

「ほい、一丁あがりです。どうぞ、持ってっちゃってください」

 言ったのは、黒井の後輩である浦木麻太郎ウラキ アサタロウだ。小柄で眼鏡をかけており、冴えない雰囲気の少年である。なぜか、バラのプリントがされたシャツを着ている。
 そんな彼の隣では、黒井がスマホをいじっていた。
 二人の前では、睡眠薬で深い眠りについた小島弘が小屋から運ばれていく。屈強な体格の男たちが、袋に入れられた小島の体を車のトランクに詰め込むのを、浦木はニコニコしながら見守る。黒井にいたっては、スマホの画面を見続けていた。小島のことなど、もはや意識の外のようである。
 やがて、車は走り去っていった。

「あいつ、いくらになったの?」

 ようやく顔を上げ聞いてきた黒井に、浦木は嬉しそうに答える。

「あっ、一千万です。やっぱり、健康な十六歳の少年には高値がつきますね」

 そう、小島には一千万の値がついた。だが、黒井は冷静そのものだ。

「マタロウ、こんなんで喜んでちゃ駄目よ。このバカを買った連中は、億の値段で売るだろうからね」

 黒井は、冷めた顔で言葉を返す。彼女は、浦木のことをマタロウと呼んでいるのだ。

「本当ですか? だったら、もっと吹っかけてやればよかったですかね」

「まあ、いいさ。取り分は、あたしが四百であんたが百。残りは──」

「動物の保護活動してる団体に寄附ですよね」

 即答する浦木に、黒井はニッコリ微笑んだ。彼の頭をぽんぽんと叩く。

「その通り。わかってるじゃないか。偉いぞ」

「しっかし、あの小島もアホですね。本気で、あんな地味ヘンな男が黒井さんと付き合えてると思ってたんですかね?」

 すると、黒井はくすりと笑う。

「ほとんどの人間はね、最終的に信じたいことを信じるものなのさ」

 地味で友達もおらず、これといって特筆すべき能力のない小島弘。だが彼には、異様な趣味があった。ネットで得た化学知識で毒物を作り、それを動物に食べさせる。そして、死に至るまでを観察する……それが、この少年の趣味である。
 やがて、小島の活動範囲は広がっていく。あちこちで動物に毒餌を与え、もがき苦しむ様をじっくりと撮影した。
 そんな小島を、あっさりと籠絡してしまったのが黒井だ。彼の好みのタイプを見抜き、卓越した演技力で理想の女性を演じつつ徐々に近づいていく。
 小島は、簡単に落ちた。黒井の言いなりに動き、彼女との関係を周囲に漏らすことはなかった。
 標的である小島を完全に骨抜きにした後は、裏社会のブローカーと話をつけた。この少年を、ブローカーに売ったのである。

 趣味は異常だが、小島はもともと地味で真面目な少年である。タバコも酒も、まだ未経験だ。もちろん、ドラッグなどやっていない。持病はないし、伝染病にかかったこともない。黒井は、彼との会話の中でそのあたりの情報を聞き出していた。
 こんな少年は、実に貴重である。若く健康な臓器は、高く売れるのだ。心臓、肝臓、腎臓、その他もろもろ。心臓などは、裏ルートで億の値がつくこともある。
 それだけではない、角膜、血液、骨髄などなど……人体には、使える部分が多い。全てを有効利用すれば、高い値段がつく。
 しかも、小島の死体は見つからない。この世から、完全に消えてしまうわけだ。親が警察に届けたとしても、単なる行方不明者のひとりである。それに、高校生の家出など珍しくもない話だ。そんなものにいちいち人員を割いて捜査するほど、警察も暇ではない。
 さらに、小島と黒井が付き合っていたことは誰も知らないのだ。



「ところでマタロウ、近ごろ鬼川キガワの顔を見ないけど、何してんの?」

「ああ、あいつバイト始めたんですよ。新聞配達です」

「えっ、新聞配達?」

「そうなんですよ。それも、京風きょうふう新聞とかいう超ドマイナーな新聞を配ってます」

「へえー、あいつも大変だね」

 

 
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