世にも異様な物語

板倉恭司

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最強のコンビニ店員(2)

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「やあ。俺のことは覚えているね」

 その瞬間のことを、僕は一生忘れないだろう。
 仕事が終わり、家に帰ろうと歩いていた時のことだ。帰り道にて、何の前触れもなく、あの外人が目の前に現れた。テレポートでもしたかのように、唐突に出現したのである。
 僕の頭の中に、様々な考えと疑問とが同時に浮かんだ。こいつ何だよ? どこから出て来た? 僕を知ってるのか? あれから何時間経った? そもそも、僕に何の用だ?
 気がつくと、体が震えていた。外人のまとう空気の異様さは、店にいた時とは比べものにならない。半径数メートルの体感温度を、一瞬にして変えてしまいそうな存在感。肉体から醸し出される威圧感は、いにしえの武術の達人のようだ。さらに日本語は流暢であり、発音も完璧である。高い知性の持ち主であるのは間違いない。

「えっ? あ、ああ……そういえば、店でお会いしましたね?」

 作り笑いを浮かべながら、僕は言葉を返した。だが心臓は高鳴り、息も少しだが苦しくなっている。昔、旅行先で野生の猿の群れの真ん中でバナナを食べたことがあったが、その時の数百倍恐ろしい。
 ちなみに野生の日本猿は、実際に目の前に来られると命の危険すら感じる。映像で観るよりは、確実に恐ろしい。

「さっき、コンビニにいた店員さんだよね。ところで、ひとつ質問がある。君はなぜ、あんな行動を取ったんだい?」

 外人は、にこやかな表情で聞いてきた。あんな行動、とは……ヤンキーを外に連れ出したことだろう。
 一見すると、外人から敵意は感じられない。だが、これを額面どおりに受け取ってはならない。この男は、にこやかな表情で人の顔をブン殴れるタイプ……いや、それどころか首そのものをひきちぎれるタイプだ。返答しだいでは、何をして来るかわからない。僕は、とっさに思い浮かんだことを言った。

「い、いや、あのヤンキーたちがムカついたんで……でも、殴られちゃいました。やっぱり、弱い奴はおとなしくしてるべきですね」

 次の瞬間、僕は選択を誤ったことに気づいた。外人の表情が、僅かながら変化した。店で、ヤンキーを見た時の変化と同じだ。つまり、不快になっている。僕の答えが、彼を不快にさせてしまったのだ──
 しかし、その表情はすぐに変わる。ほんの数秒前の、にこやかな顔つきに戻った。やがて外人は、ふうとため息をついた。

「君は、高い能力の持ち主かと思ったんだがね。まだまだ経験が足りないようだ。まあ、誰しもミスはある。とにかく、君にはひとつ知っておいてもらいたいことがある。俺は、嘘が嫌いだ」

 この時、何が起きたのかわからない。ひとつ言えることは、僕の体が動かなくなったことだ。
 外人の放つ空気が一瞬にして変化し、その変化を感じ取った僕の体を異様な緊張感が襲った。その緊張により、全身の筋肉が一瞬で硬直した……僕の乏しい知識で強引に解釈するなら、そんなところだろうか。とにかく、脳から出される「動け」という命令を、体が遮断しているのだ。
 そんな僕の事情などお構い無しに、外人は喋り続ける。

「先ほどの君の取った行動は、あまりにも不自然だった。俺は、君が何故あのような行動を取ったのか考え、ひとつの仮説を立てた。その仮説が当たっているか確かめるために、俺はわざわざ君に会いに来たんだがね……まさか、嘘をつかれるとは思わなかったよ。君は、俺という人間の性質をある程度は見抜いたと思ったのだがね」

 外人の目が光った、ような気がした。僕は体験したことのない感覚を前にして何も言えず、ただただ首を縦に振っていた。体の中で、唯一動くパーツが首だけだったから。

「君は、俺に嘘をついた、それ自体は、はっきり言って不愉快だ。しかし、君の今の態度から察するに……俺の仮説は当たっていたらしい。君は、本当に面白いな。日本のような平和な国の片隅に、君のような青年がいるとは、本当に意外だった。俺は、改めて自分の内にある無知と偏見に気づかされたよ」

 言いながら、外人はこちらに近づいて来た。だが、僕は動けなかった。彼が近づいて来た瞬間、僕の思考は停止しかかっていたのだ。あまりの恐怖ゆえ、意識が現実から逃避しようとしていたのかもしにれない。
 もっとも、原因などどうでもいい。僕のこれまでの人生において、もっとも危険な人物がこちらに近づいているのに、動くことすら出来ないのだ。
 外人が僕を殺すつもりなら、一秒あれば終わっていただろう。だが幸いなことに、彼には殺意はなかったらしい。

「嘘をつかれたのは不快だが、あの時に君の取った行動は、本当に面白いものだった。正直、見ていて感動に近いものを覚えたよ。同時に、俺は君に対し敬意に近い想いを抱いた。だから、相殺としておこう。あと、最後にひとつ聞きたい。俺の名はペドロだ。君の名は?」

 きわめて簡単な質問ではある。が、僕の口からは言葉が出てこなかった。口を開けたり、舌を動かすための筋肉が麻痺してしまった……そんな状態になり、一切の言葉が出てこない。ペドロと名乗った外人が近づくにつれ、彼のまとう異様な空気が僕の体の機能を狂わせていく。あるいは、これが妖気というものなのだろうか。
 いずれにせよ、彼の質問に答えない僕の態度が、恐ろしく失礼であるのは間違いない。
 その時、ペドロは手を挙げた。瞬間、僕の心臓は停止しそうになる……だが、彼は僕の肩を軽く叩いただけだった。

「答えたくないのかな。では仕方ない」

 ペドロは会釈し、背を向けて去って行った。




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