世にも異様な物語

板倉恭司

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最強のコンビニ店員(3)

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 翌日、僕は普段通りに出勤した。
 当日、アルバイトをしていたナパくんに、それとなく聞いてみた。彼は、ペドロがいたことは覚えていた。ゴツくて変な外国人、とも言っていた。だが、それだけの印象しかないらしい。僕とは、印象が違っていた。
 僕が、ペドロから感じたもの……それは、もはや災害に近いものだった。我々には予測不能なタイミングで発生し、周囲に甚大な被害を与えて去って行く……ひょっとしたら、太古の時代より存在する怪物や妖怪の伝説は、ペドロのような人物が語り継がれて作られたのかもしれない。
 ところが、ナパくんやヤンキーたちは、ペドロの危険性を感じ取れていなかった。だからといって、僕が彼らより優れていると言いたいわけではない。むしろ、ペドロのような怪物の放つ空気に気付かないでいられる方が、一般市民として暮らすには幸せかも知れないのだ。
 ちなみに、ペドロと話した直後……情けない話だが、僕はその場にへたり込んでいた。しばらくの間、そこから立ち上がることが出来ず、不審者と間違われて警官を呼ばれたくらいだ。翌日の仕事を休みたかったが、そういうわけにもいかなかった。
 幸いなことに、その後ペドロが来店することはなかった。今のところ、あの怪物とはかかわらずにすんでいる。

 ・・・

「な、何だよ……」

 橋本啓二《ハシモト ケイジ》は、完全に怯えきっていた。
 彼は、身長はさほど高くないが体重は百キロを超えており、人相も性格も凶悪である。事実、広域指定暴力団に認定されている銀星会では、ぶっちぎりの武闘派幹部として知られていた。好き好んで、橋本と敵対しようなどと考える者はいない。
 だが、今の彼は腰を抜かしており、床にしりもちをつき震え上がっていた。しかも、股間には染みがついている。傍から見れば、実に情けない姿だ。
 もっとも、周囲に数人の死体が転がっていることを考えれば、そうなるのも仕方ないだろう。しかも、事務所の床は真っ赤に染まっている。大量の赤いペンキをぶちまけたかのように──

「これは、どういうことかな」

 橋本の目の前にいる男は、穏やかな表情で言った。もっとも、その顔には返り血が付いている……橋本は、ガタガタ震えながらも懸命にやるべきことをした。

「お前ダレだ? な、何がしたいんだ? 目当ては金か? 今すぐは無理だが、一日くれれば一億用意する。だから、命だけは──」

「俺は、電話で言ったはずだ。今日の午後五時、あなたを殺害するつもりだ。だから、万全の体勢で待っていてくれ……とね。これはいたずらでも脅しでもない、とも言ったはずだ。なのに、いざ来てみればこの有様だ。これが万全の態勢とは思えないな。君は、俺の言ったことを聞いていなかったのかい? それとも、俺の言葉を信用していなかったのかな」

 橋本の助命の懇願を遮り、男は静かな口調で言った。身長は百六十センチ台、がっちりした体型だ。彫りの深い顔立ちから見るに外国人であろう。もっとも、話す言葉は流暢な日本語だ。
 ただ、そんな特徴など……この男が今さっき仕出かしたことに比べれば何でもない。いきなり事務所に現れ、組員四人を一瞬の間に素手で殺してしまったのだ。男が手を軽く振ると、組員たちが首から大量の血を吹き出しながら、次々と倒れていく。武器らしき物を持っているようには見えないのに。
 この出来事は、裏社会で修羅場を潜ってきたはずの橋本すらら腰を抜かして失禁するほどの衝撃であった。もっとも、仕出かした当の本人は涼しい顔だ。震えている橋本を見下ろしながら、言葉を続ける。

「こうなるに至った過程を説明しておこう。俺は先日、ひとつの遊びを思いついた。コンビニで売っている一本のボールペンだけを武器に、武闘派ヤクザの事務所を襲撃するというものさ。もっとも、不意打ちをかけたのでは意味がない。遊びというのは、真剣にやってこそ価値がある。そこで、俺は襲撃の予告をした」

 淡々とした口調で、外人は語った。だが、橋本には言葉の内容が、全く理解できていない。そもそも、ボールペンとは何のことだ?

「だが、いざ来てみれば、君は襲撃に対する備えをしていなかった。これはつまり、単なるいたずら電話だと判断したということだね。君のいるヤクザという世界は、いたずらや嘘やハッタリと、真実との違いが見抜けなくても務まるのかい? だとしたら、随分と楽な仕事だな」

 外人の口調が、僅かながら変化した。その瞬間、橋本はヒッと声を上げて後ずさる……いや、後ずさろうとする。
 それは、無駄な足掻きだった。

「最後に言っておく。俺がボールペンを買ったコンビニの店員は、収入は君よりも遥かに下だろう。だが、なかなか面白い青年だった。俺は、彼に敬意を抱いたよ。だが、君に抱いたのは失望だけだ。君は、本当につまらない人間だな」

 言葉の直後、橋本の眼球に何かが突き刺さる。その何かは脳に達し、橋本は死亡した。
 意識が途切れるまでの僅かな時間に、橋本は己の命を奪った凶器がボールペンであることを確認した。






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