ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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魔術大解説

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「ニーナ、ぼくの後から来るんだよ。いいね」

 ヒロユキの言葉に、ニーナは不安そうな顔をしながらも頷いた。二人を除く全員が、既に移動している。ヒロユキは安心させるために微笑み、光る床の上に乗った。
 すると、ヒロユキの体を光が包んでいく。さらに、意識が閉ざされた。



 気がつくと、奇妙な部屋にいた。大きさそのものは、先ほどまでいた部屋と同じだ。殺風景な点も同じである。
 だが、この部屋には大きなテーブルと椅子がある。テーブルの上には、様々な物が乗っていた。羊皮紙、奇妙な液体の入ったガラスの瓶、水の入った壺、インクと羽根のペンなどなど……。
 そして椅子に座り、こちらをじっと見つめている男がいる。ヒロユキが言葉を発しようとした瞬間、床が光りニーナが現れた。ニーナは怯えた様子で、ヒロユキに寄り添う。
 その時、男が声を発した。

「魔法少女とはな。どこで拾ってきたのだ?」

 ヒロユキは声の主に視線を移す。黒いローブを着たその男は、骨と皮しかないのでは、と思われるほど痩せこけていた。しかも、肌は灰色である……こんな奇妙な肌の色は見たことがない。その髪の毛は、ギンジと同じく真っ白だった。だが、その眼差しからは強靭な意志の持ち主であることが感じられる。あまりの不気味さに、ヒロユキは何も答えられなかった。
 しかし、その不気味さをものともしない男がいた。

「まあ、拾ったといいますか……これも成り行きでしてね」

 ヘラヘラ笑いながら答えたのはタカシだ。この男はどうあっても、ペースを崩す気はないらしい。ガイやカツミやチャムですら、目の前にいる者の不気味さには圧倒され、静かにしているというのに。
 すると、魔術師は苦笑した。

「そうか……まあいい。私の名はレイだ。君たちは他の世界から来たのだろう?」

「おお、さすがですね! だったら話は早い。我々は元の世界に帰る方法を知りたいんですよ。何かご存知ないでしょうか?」

 タカシは灰色の肌を持つ不気味な魔術師を前に、全く恐れる様子がない。ヘラヘラ笑い、両手を指揮者のように動かしながらレイに近づいて行ったのだ。
 一方レイは、じっとタカシを見つめた。

「君からは、不思議な力を感じる。それに、君からは恐怖が感じ取れない。妙な話だな」

 レイはそう言うと、他の者たちにも目を向ける。射るような、強烈な視線だ。ヒロユキはふと、目を合わせた相手を石に変えてしまう怪物を思い出した。目の前の魔術師も、人ひとりくらいは簡単に石に変えてしまえるだろう。
 やがて、レイは感心したような表情で語り始めた。

「いや、驚いたな……君らは普通じゃない。まさしく超人だ。君たちのいた世界では、君らのような恐ろしい人間が当たり前のように存在しているのか? だとしたら、私は君らの世界には、絶対に行きたくないな」

「いや、こいつらが特殊なんですよ。普通の人間は、このヒロユキみたいなのばっかりです」

 苦笑しながら、ギンジが答える。ヒロユキは改めて、皆がただ者でないことに気づかされる。骸骨を操作したり、人間を瞬間移動させたりするほどの力を持つ魔術師に「恐ろしい」と言わしめるのだ。
 と同時に、そんな仲間たちの秘められた力を一目で見抜くレイの眼力もまた、驚嘆すべきものを感じる。ヒロユキは、目の前の不気味な魔術師をまじまじと見つめた。
 すると、レイの視線がこちらを向く。ヒロユキは慌てて視線を逸らした。

「ところでレイさん、我々は元の世界に帰ろうと思い、旅をしているんですが……ひょっとして、あなたの魔法でピューンと帰らせてもらうわけにはいきませんかね!?」

 そんな大物の魔術師を相手に、タカシはヘラヘラ笑いながら図々しい願いを口にする。ヒロユキは顔から汗が吹き出すのを感じた。ガイやカツミの顔も引きつっている。チャムですら、怯えた表情をしているのだ。
 しかし、レイの表情はにこやかなものだった。

「できるものならば、そうしてあげたいが、私には無理だ。しかし、帰るための知識ならある。ここから北の方角に、大きな山がある。滅びの山、と我々は呼んでいるが……そこには、太古の昔より異界に通じる門があると言い伝えられてきた。そこに行けば、戻ることは可能だろう」

「おお! それは素晴らしい! では早速行きましょう!」

「待て、そこには門番がいる。私などよりも、遥かに強大な魔力を持つ者だ。その門番を倒せない限り、門を開けることはできないのだ。私の知る限り、門を開けた者はひとりしかいない──」

「ハザマ・ヒデオですね」

 不意にギンジが口を挟む。ヒロユキは血の気が引くような感覚に襲われ、慌ててギンジに視線を移した。ギンジの表情は先ほどとはうって変わって、冷酷な殺意を帯びた目をしている。

「やはり知っていたか。そう、ハザマ・ヒデオだ。恐らく、君らと同じ世界から来た者なのだろう。ハザマは……ある意味、この世界の救世主である。だが、同時に大いなる災厄をもたらした男でもある」

「どういうことです? その災厄って何ですか?」

 ヒロユキの口から、思わず質問が飛び出していた。ダークエルフの長老であるダラマールとの会話にも、ハザマ・ヒデオの名は出てきたのだ。一体、この世界でハザマは何をしたというのか?
 だがレイの答えは、ヒロユキをさらに混乱させるものだった。

「ハザマは、魔法石を発見した男だ。どこからともなく現れ、強大な魔力を駆使して地下の魔法石を掘り出し、それを人々に与えた。恐らく、ハザマは良かれと思ってやったことだろう。だが結果的には、この世界のバランスは崩れつつあるのだ」

「魔法石、ですか……」

 呟きながら、ニーナの顔を見るヒロユキ。ニーナは蒼ざめた表情で、体を震わせている。

 じゃあ、ハザマのせいなのか?
 ハザマのせいで、ニーナは……。

「じゃあ、ハザマのせいでニーナはこんな体に……何でですか? 何でこんなことを──」

「その前に、君に聞きたい。私は何歳に見える?」

 突然ヒロユキの言葉を遮り、尋ねてきたレイ。ヒロユキは、なぜそんなことを聞くのだ、と怒鳴りつけたくなった。しかし、何とか自分をコントロールし、気持ちを押さえる。レイの機嫌を損ねても、何も得はしないのだ。
 ヒロユキは、レイの顔をじっと見つめた。どう見ても老人だ。少なくとも七十歳は超えているであろう。

「六十歳くらい、ですか?」

 その言葉に、レイは苦笑した。

「お前は嘘が下手だな……まあ、いいだろう。私は今年で、三十歳になったばかりだ」

「はあ!?」

 ヒロユキの口から、かなり無礼な一言が飛び出してきた。ガイやカツミもざわめき、ヒソヒソと話している。

「三十歳には、到底見えないだろうな。だが、覚えておくがいい……これが、魔法というものなのだ。特に少年、君には知る必要がある」

 レイはそこで言葉を止め、ヒロユキを見つめる。先ほどまでの射るような視線は消えていた。代わりに、優しさのようなものを感じる。
 そして、レイは語り始めた。



 元々、この世界には魔法と呼ばれる強大な力が存在していた。しかし、その魔法はエルフやその他の、人間以外の種族にしか使うことが出来なかったのである。人間は長い年月をかけ、エルフなどの種族と良好な関係を築き上げ──エルフの方が立場的には上だったが──、ようやくエルフたちの許可を得ることができた。
 その後、人間は魔法を学び始める。ところが、その魔法と呼ばれる強大な力を使うには……恐ろしい代償を必要としたのである。
 それは寿命だ。周囲を明るくする、火をつけるといった簡単な魔法でも、百日分ほどの寿命を代償として支払うことになるのだ。しかも魔法を使うことができるのは、人間の中でも、ごく限られた資質を持った者だけなのである。
 結局、人間は魔法という力に見切りを付けざるを得なかった。エルフのような長命の種族ならともかく、人間にとって百日の寿命は、あまりにも大きな代償だ。
 しかも、魔法を使える者は限られている。優れた才能を持つエルフたちですら、魔法を使えるのは十人にひとりくらいである。人間には百人にひとりいるかいないか……それが資質を持った者の割合だ。これでは、コストパフォーマンスが悪すぎる。
 その後、魔法は……ごく一部の魔術師や魔法使いと呼ばれる者たちの研究のための学問として存在することとなった。
 ところが、ハザマと名乗る男が登場し、状況は一変する。
 ハザマはまず、強大な魔力を背景にエルフたちに圧力をかけ、人間たちと平等な関係での友好条約を結ばせた。次いで魔法石を発見する。
 この魔法石の発見は、人間……特に、王公貴族たちの生活を一変させるものだった。何せ、資質がない者でも魔法を使えるのである。しかも、いくら使っても寿命が減る心配がないのだから。
 この魔法石を発見したハザマは、権力者たちの間で英雄として崇め奉られた。だが、ハザマは自分の存在を公にすることを禁じたのである。かくして、ハザマの名は一部の者たちの間にのみ、英雄として伝えられることとなった。

「有名にはなりたくない。普通に暮らしたいから」

 ハザマはそう語った、と伝えられている。



「その後、魔法石に対する研究が進み……そして生まれたのが魔法少女だ。実に合理的だよ。それまでは、魔法を使い続けると魔法石は黒く濁り、やがては砕けてしまっていたのだ。ところが研究が進み、奴隷の少女たちの命で魔法石の濁りを消すことがわかったのだ。結果、貴重な魔法石を消費することなく、権力者たちは魔法を──」

「ちょっと待ってくださいよ……何ですかそれ? 人の命を何だと思ってるんですか? 石の方が人の命より大事なんですか?」

 ヒロユキは聞かずにいられなかった。魔法なんかなくても、人は生きていけるはず。少なくとも、この世界の人々は今まで魔法なしで生きてきたのだ。
 しかも、その魔法の力の恩恵を受けているのは、ごく一部の権力者だけである。底辺の人々の生活はどうだと言うのだ?
 怒りに満ちた表情で、ヒロユキはレイに近づいて行く。しかし、その動きを制する者がいた。

「ヒロユキ、やめろ。話はまだ終わってない。お前、レイさんが何を言わんとしているのか分からないのか?」

 ギンジはヒロユキの腕を掴み、低い声で言った。
 言わんとしていることだと? ヒロユキは一瞬、考えたが……ハッとなる。

 魔法を使えば、寿命が最低でも百日縮む。
 七十歳を遥かに超えて見えるのに、三十歳。
 となると、レイさんは?

「そうだ。私は魔法を使い続けた結果、こんな姿になってしまったのだよ。少年よ、私の姿をよく見ておくんだ。そして覚えておけ。これが、魔法という名の力に取り憑かれた者の末路なのだよ」

「そんな……」

 それ以上、ヒロユキには何も言えなかった。レイの言葉は、あまりにも衝撃的だ。
 絶句している少年に、レイはなおも語り続けた。

「君からは、昔の私と同じものを感じる。そう、力への強い憧れだ。かつては、私もそうだった。強大な力を望んだのだ。しかし、強大な力には代償が伴う。少年よ、私を見ろ……力に溺れるあまり、生ける屍と化した私の姿を」

 言い終えた直後、レイは咳き込み始めた。細い体が折れてしまうのではないかと思うような、激しい咳。ヒロユキは慌てて近寄った。
 だが、レイは片手で制する。テーブルの上にあるガラス瓶を手に取り、震えながら蓋を開けた。嫌な匂いが部屋に広がる。レイは、そのガラス瓶の中身を一口飲んだ。すると震えが止まり、呼吸も楽になる。

「大丈夫ですか?」

 恐る恐る尋ねると、レイは首を小さく振って頷いた。しばらく呼吸を整え、再び口を開く。

「この病もまた、私の支払った代償なのだ。私が魔力と引き換えに失ったものは、あまりにも大きい。私の命は、もうすぐ尽きようとしている……」

 レイの言葉は、ヒロユキには重すぎるものだった。目の前の魔術師は、三十歳には到底見えない。正直、八十歳と言われても違和感はないだろう。魔法という力と引き換えに失うものの大きさに、ヒロユキは改めて考えさせられていた。
 その時、ヒロユキはさらに恐ろしい点に気づく。
 レイは、魔法のせいでこのような体になったことを、あまり後悔していないように思えるのだ。もちろん、自身の健康に対する不安はあるのだろう。だが、それは彼の人生にとっては、さほど重要なものではないようだ。
 そればかりか、今もどこか好奇心らしきものを感じる。ガイやカツミ、タカシを見る目には喜びがある。嬉しそうにも見える。異世界から来た超人たち……彼にとっては、またとない研究材料なのかもしれない。
 魔法と研究に取り憑かれた哀れな男なのだ。

「ところで、そこの人……ギンジさんとか言ったな。あなたは、ハザマとどういう関係なのだ? どうやら、奴とは因縁浅からぬ仲のようだが」

 レイの好奇心の矛先は、今度はギンジに向いたようだ。ヒロユキは顔を引きつらせながらギンジを見る。
 しかし、ギンジは冷酷な表情のまま、レイを見つめ返した。ギンジとレイを除く全員が黙ったまま、成り行きを見守っている。二人の間で、言葉にならない視線のみのやり取りが続いた。
 やがて、ギンジが視線を外し苦笑する。ほんの数十秒程度のことだったが、ヒロユキにはとても長く感じられた。
 だが直後のギンジの言葉は、銃弾のようにヒロユキの心を貫く。

「ハザマは……オレの部下を皆殺しにしたんだ」













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