45 / 68
若人大特訓
しおりを挟む
「ヒロユキ……お前はまず、戦い方を考えろ。お前は体格が小さいし、腕力もない。白兵戦を絶対にするな、とは言わない。だが、なるべくならやめておけ」
いかめしい表情のカツミに、ヒロユキは神妙な顔で頷いた。
「は、はい」
馬車を止め、一行が食事を摂り休憩している時、ヒロユキは戦い方を教わっていた。カツミは体が大きく、顔もいかつい。一見すると乱暴に見える。だが、教え方は意外にも細かく丁寧だ。素人のヒロユキにも、実に分かりやすく教えてくれていた。
「いいか……戦いにおいて重要なのは、自分の置かれた状況を正確に把握することだ。それはブロックを正拳突きで破壊したり、人の首を一撃で斬り落とせる力よりも重要だ」
「はい」
「お前は体が小さく腕力がない上に、武術の心得もない。戦いにおいて、動きを身につける練習は大切だ。反復練習を積むことにより、頭で意識せずに動けるようになる。しかし、今のお前に基礎的な訓練を積ませる時間の余裕はなさそうだ。だから……」
そう言うと、カツミは手招きする。
「さあ、好きなようにかかって来い」
それを聞いていた一行は、さすがに驚愕の表情を浮かべる。
「カツミさん……いくらなんでも、そりゃちょっと無茶苦茶では?」
タカシが口を挟む。しかし、カツミは首を振った。
「仕方ないんだよ。本来なら、みっちり基礎の訓練をやるべきなんだ。そうやって、体に動きを覚え込ませる。しかし、今のオレたちにそんな余裕はない。だから、実戦的な訓練で学ばせるんだよ。さあヒロユキ、オレを敵だと思って、好きなようにかかって来い」
だが、言われた当のヒロユキは怯えた表情だ。
「そんな……ぼ、ぼくがカツミさんに勝てるわけないじゃないですか!」
「能書きはいい。能書きだけなら誰でも言える。肝心なのは、実際に自分で戦うことだ。戦ってみてわかることもある。さあ、かかって来い」
厳しい声にヒロユキは躊躇したが、その時ギンジの声が飛ぶ。
「ヒロユキ、お前はヴァンパイアを倒したんだぞ。忘れたのか? その時のことを思い出せ」
その声に、ヒロユキの表情が変わる。
「う、うわあああ!」
叫ぶと同時に、突進していく。だが、カツミは巨体に似合わぬ俊敏な動きで躱す。ヒロユキは目標を見失い、無様に転んだ……。
「にゃはははは!」
見ていたチャムがおかしそうに笑うが、ガイが血相を変えて口を塞ぐ。一方、ニーナは心配そうな表情を浮かべて見ている。
しかし教師であるカツミは、呆れたように首を振った。
「お前、オレの言ったことをまるでわかっていないようだな。オレをよく見ろ。オレはお前よりもはるかに大きく、力も強い。真正面から突っ込んで来てどうするんだ? 状況を把握しろ、と言っただろう? まず考えろ」
その言葉を聞き、ヒロユキは考えた。確かにカツミは大きく、力も強い。しかも、その巨体に似合わぬ敏捷性も兼ね備えているのだ。自分の方が勝っている要素は何もない。
では、どうすれば……。
その時、ヒロユキの頭に浮かんできた映像があった。先日の戦いで見せた、ガイの動き。
あれをやってみよう。
ヒロユキは立ち上がり、腕を大きく振り上げた。いかにも殴るぞ、とでも言いたげな動き。
だが次の瞬間、ヒロユキは前転した。完全に見よう見まねの浴びせ蹴り。しかし、カツミは意表を突かれたらしい。思わず両手で、顔を防御する姿勢をとる。
その瞬間、ヒロユキはカツミの足首を掴んだ。前に見た時、ガイはこの体勢から一瞬で相手の足を取り、関節技で足を破壊したのだ。
しかし、ヒロユキは驚愕の表情を浮かべる。カツミの足は、微動だにしないのだ。
「バカか、お前は」
声と同時に、カツミは足を上げた。何の力みもなく、スムーズな動作で足を引き抜く。
直後、ヒロユキの胸の上には足が乗せられていた。カツミの大きな足に押さえつけられ、ヒロユキは身動きが取れない。
いや、それ以前に──
苦しい!
息がつまりそうだった。カツミの足は、ヒロユキのみぞおちのあたりに置かれており、凄まじい力で押さえられている。力いっぱいもがいたが、カツミの足はびくともしない。
「ヒロユキ、今の動きは途中までは悪くない。悪くないが、お前は関節技を知らないだろうが。お前はもう少し、自分の出来ることについて考えろ。今日は、ここまでだ」
(ヒロユキ ダイジョウブ?)
ニーナがノートを広げ心配そうな顔をしたが、ヒロユキは微笑んで見せた。ニーナに心配をかけるわけにはいかないのだ。
「大丈夫だよ、ニーナ。ぼくは強くなる。強くなって、君を守る。君のために、戦うよ」
その声は静かなものだった。しかし、表情には決意がみなぎっている。そう、この程度のことで辛いだの、苦しいだのとは言っていられないのだ。自分がニーナを守らなくてはならない。
自分も、戦わなくてはならないのだから。
その二人のやり取りを、少し離れた場所から眺めている者がいる。ギンジとタカシとカツミだ。
「ヒロユキの奴、えらい変わりようだな。人は、あんな短期間で変わるものなのか……」
ギンジの呟くような声。その表情からは、感情を読み取りにくい。しかし、どこか戸惑っているようにも見える。想定外の事態を前にして、戸惑いを隠せない……そんな様子だ。
「ええ、ヒロユキくんは変わりましたよ。ニーナちゃんの存在が、ヒロユキくんを化けさせてしまったのでしょうね」
言いながら、タカシは二人を見つめる。その眼差しは優しさに満ちていた。普段の、あの異様な姿……ヘラヘラ笑いを浮かべながらキョロキョロしている姿とは、まるで違うのだ。
「ニーナが化けさせたって? それは、愛の力ってヤツか? オレは、そんなものは信じていない」
ギンジの言葉に、タカシは首を横に振った。
「まあ、何て言うか……恋だの愛だの、そんな使い古された言葉で語れるものとも、また違う気がします。ヒロユキくんがニーナと出会った、私はそこに運命を感じるんですよ」
「運命の赤い糸、か?」
茶化すように言ったギンジに、タカシはまたしても首を振った。
「いや、そんな可愛らしいものじゃないです。むしろ、見えざる神の手とでも言いましょうかね。神の手によって、ヒロユキくんはニーナと出会い、そして変わったように思います」
「確かに、あいつは変わった。でもな、今のままじゃ使えねえよ。実戦では、三秒であの世逝きだ」
珍しくカツミが口を挟む。すると、ギンジがニヤリと笑った。
「カツミ、お前はヒロユキがヴァンパイアを殺したところを見ていなかっただろうが。あいつは、お前が思うほど弱くない」
「それは運が良かっただけだ」
「その運の良さは、戦いにおいて重要な要素じゃないのか?」
「ああ、その通りだ」
カツミは不満そうな顔をしながらも頷いた。
「ま、いずれにしても……オレたちは成り行きを見守るしかない。この先、何が起こるにせよ、な」
そう言うと、ギンジは二人の顔を交互に見る。すると、タカシが笑みを浮かべた。
「見えざる神の手が我々三人に与えた役目……それは、あの四人を守ることなのかもしれませんね」
そう言うと、タカシは視線をヒロユキたちに移した。
その、守るべき四人は──
「にゃはははは! ヒロユキは頑張り屋だにゃ! ガイの次くらいにカッコいいにゃ!」
そんなことを言いながら、ヒロユキとニーナの周りをぴょんぴょん飛び跳ねるチャム。ガイは慌てて止めに入るイ。
「バカ! お前は何やってんだ! 二人きりにさせといてやれ! 空気読めよ!」
「な? 何でだにゃ? みんなで遊ぶ方が楽しいにゃ!」
「そ、それはだな……あー面倒くせえ! 来い!」
「何でだにゃ! ガイも一緒に遊ぼう──」
「チャム、ちょっと静かにしろ!」
ガイの手が伸び、チャムの口を塞ぐ。同時に、視線を別の方向に向ける。先ほどまでと違う、真剣な表情だ。ヒロユキはガイの表情に、ただならぬものを感じた。
「どうしたんです、ガイさん?」
「何か、声と足音がするんだ。こっちに近づいて来るぞ」
そう言うと、ガイはナイフを抜いた。ガイのただならぬ様子を見て、ギンジら三人もすぐに走り寄っていく。
「ガイ、どうかしたのか?」
ギンジが尋ねると、ガイは遠くに目を凝らしたまま答えた。
「何か、追いかけっこしてるみたいだ。こっちに近づいて来るぞ」
だが、それは追いかけっこなどという可愛らしいものではなかった……。
マントのような物を着て、頭からフードをすっぽり被っている何者かが、こちらに向かい必死で走って来る。
その後を追いかけて来るのは、数人の男たちだ。粗野で乱暴な雰囲気の男たちが、残忍な表情でマント姿の者に石を投げつけている。石が当たるたび、ドスッと鈍い音が響く。
「おいおい……こりゃあ、ずいぶんと分かりやすい悪党だな」
言いながら、カツミは近づいて行く。
マント姿の者はカツミを見て、ビクッとした様子で立ち止まった。だが、カツミは笑みを浮かべてみせる。
「心配するな。オレは、ああいう奴らが嫌いだ」
そう言うと、カツミは男たちの方に歩いていく。カツミの体格を見た男たちは、明らかに怯んでいた。怯えた表情で、互いに顔を見合わせる。
「なあ、お前ら。何があったかは知らん。しかし、お前らのやってることは誉められたもんじゃない。それとも何か? このあたりでは、人に石を投げつける風習でもあるのか?」
冷静な声で、カツミは男たちに言った。体格や人相から受ける印象とは真逆の、淡々とした口調である。だが、その冷静さが癇にさわった者もいた。
「て、てめえには関係ないだろうが。こいつは天罰を受けた罪人なんだ。こいつの顔を見てみろ。こいつは業病なんだよ」
「ゴービョウ? 知らねえな。何の事だ?」
カツミが尋ねると、男たちは顔を見合わせる。次の瞬間、一斉に笑いだした。
「じゃあ、アレか? あんたらは、この辺に来るのは初めてか? オレたちが弱い者いじめをしてると思ったのか? 違う違う。こいつはな、業病にかかってるんだよ! 知らねえようだから教えてやるが、業病ってのはな、神様からの罰なんだ!」
そのやり取りを遠くから見ているヒロユキは、何とも言えない不気味さを感じていた。初めは、粗野で乱暴に思えた男たち。しかし近くでよく見ると、悪党に特有の雰囲気がない。むしろ、田舎の村に住む気は荒いが素朴な若者、といった印象なのだ。ただ業病について語る彼らからは、残忍そのものといった印象を受ける。
その時、ヒロユキの心に閃くものがあった。業病……確か、ゲーム『異界転生』に出てきたはず。ただし、呪いの一種として……業病にかかると、街に入れなくなるという設定だったような気がする。
しかし……これは?
「業病とは何なのか、オレは知らねえ。だがな、そういう下らねえことは止めようや」
カツミの声は、変わらず淡々としている。さらに、ガイも怒りに満ちた表情で近づいた。カツミの横で男たちを睨む。カツミとガイの異様な風体、そして態度を前に、男たちも動揺している。
さらにカツミが、バトルアックスを持ち上げて片手で振り回し始める。すると男たちの中に、怯えの感情が広がっていった。
見ているヒロユキは、なるほどと思った。カツミは一見すると、粗暴で暴力的に見える。だが実は、緻密な部分もあるのだ。ガイと違い、戦わずして勝つということの重要性をちゃんと心得ている。
今のように、片手でバトルアックスを振り回す超人的な腕力を見せつければ、戦う前に怯えさせることができる。怯えた相手には交渉がやりやすい。相手を怯えさせ、ギンジやタカシに交渉を任せるつもりなのだろう……。
ヒロユキの予想通り、二人が前に出て来た。
「なあ、あんたら。こんな下らんことで争っても仕方ないだろう」
ギンジの言葉には、相手の気持ちを和らげるような穏やかさがあった。次にタカシが男たちに近づいて行き、ヘラヘラ笑いながら話しかける。男たちの肩を叩きながら、半ば強引に遠ざけていく。言葉までは聞き取れない。しかし、マシンガンのように繰り出される言葉の連射に、男たちは完全に圧倒されている。
この三人の流れるような連係プレーの見事さに、横で見ているヒロユキは改めて感心した。ひとりひとりの持っているものは、それだけでも超人的だ。しかし、この三人が揃い、そして各々が状況に合わせて動く……そうなると、効果は絶大だ。
ヒロユキはふと、ギンジの言葉を思い出した。
(簡単に人を殺すような奴は、悪党からも信用されねえ。簡単に殺す奴は、自分の世界を狭めていくことになるんだ。忘れるな)
続いてヒロユキは、ガイの方を見た。彼は不満そうな表情を浮かべている。戦えなかったのが気に入らないのだろうか。
ガイのその表情に、ヒロユキは危うさを覚えた。ガイは確かに強く、勇敢な男である。しかし、あまりにも好戦的なのだ。その勇敢さゆえに、妙なことに巻き込まれなければいいのだが……。
一方、ギンジはマント姿の者に近づく。
「なあ、あんたに聞きたいんだが、業病とは何だ? まあ、何となく想像はつくが……」
その言葉に、マント姿の者はためらうような仕草を見せる。
だが、意を決したようにマントを脱ぎ素顔を晒した。
いかめしい表情のカツミに、ヒロユキは神妙な顔で頷いた。
「は、はい」
馬車を止め、一行が食事を摂り休憩している時、ヒロユキは戦い方を教わっていた。カツミは体が大きく、顔もいかつい。一見すると乱暴に見える。だが、教え方は意外にも細かく丁寧だ。素人のヒロユキにも、実に分かりやすく教えてくれていた。
「いいか……戦いにおいて重要なのは、自分の置かれた状況を正確に把握することだ。それはブロックを正拳突きで破壊したり、人の首を一撃で斬り落とせる力よりも重要だ」
「はい」
「お前は体が小さく腕力がない上に、武術の心得もない。戦いにおいて、動きを身につける練習は大切だ。反復練習を積むことにより、頭で意識せずに動けるようになる。しかし、今のお前に基礎的な訓練を積ませる時間の余裕はなさそうだ。だから……」
そう言うと、カツミは手招きする。
「さあ、好きなようにかかって来い」
それを聞いていた一行は、さすがに驚愕の表情を浮かべる。
「カツミさん……いくらなんでも、そりゃちょっと無茶苦茶では?」
タカシが口を挟む。しかし、カツミは首を振った。
「仕方ないんだよ。本来なら、みっちり基礎の訓練をやるべきなんだ。そうやって、体に動きを覚え込ませる。しかし、今のオレたちにそんな余裕はない。だから、実戦的な訓練で学ばせるんだよ。さあヒロユキ、オレを敵だと思って、好きなようにかかって来い」
だが、言われた当のヒロユキは怯えた表情だ。
「そんな……ぼ、ぼくがカツミさんに勝てるわけないじゃないですか!」
「能書きはいい。能書きだけなら誰でも言える。肝心なのは、実際に自分で戦うことだ。戦ってみてわかることもある。さあ、かかって来い」
厳しい声にヒロユキは躊躇したが、その時ギンジの声が飛ぶ。
「ヒロユキ、お前はヴァンパイアを倒したんだぞ。忘れたのか? その時のことを思い出せ」
その声に、ヒロユキの表情が変わる。
「う、うわあああ!」
叫ぶと同時に、突進していく。だが、カツミは巨体に似合わぬ俊敏な動きで躱す。ヒロユキは目標を見失い、無様に転んだ……。
「にゃはははは!」
見ていたチャムがおかしそうに笑うが、ガイが血相を変えて口を塞ぐ。一方、ニーナは心配そうな表情を浮かべて見ている。
しかし教師であるカツミは、呆れたように首を振った。
「お前、オレの言ったことをまるでわかっていないようだな。オレをよく見ろ。オレはお前よりもはるかに大きく、力も強い。真正面から突っ込んで来てどうするんだ? 状況を把握しろ、と言っただろう? まず考えろ」
その言葉を聞き、ヒロユキは考えた。確かにカツミは大きく、力も強い。しかも、その巨体に似合わぬ敏捷性も兼ね備えているのだ。自分の方が勝っている要素は何もない。
では、どうすれば……。
その時、ヒロユキの頭に浮かんできた映像があった。先日の戦いで見せた、ガイの動き。
あれをやってみよう。
ヒロユキは立ち上がり、腕を大きく振り上げた。いかにも殴るぞ、とでも言いたげな動き。
だが次の瞬間、ヒロユキは前転した。完全に見よう見まねの浴びせ蹴り。しかし、カツミは意表を突かれたらしい。思わず両手で、顔を防御する姿勢をとる。
その瞬間、ヒロユキはカツミの足首を掴んだ。前に見た時、ガイはこの体勢から一瞬で相手の足を取り、関節技で足を破壊したのだ。
しかし、ヒロユキは驚愕の表情を浮かべる。カツミの足は、微動だにしないのだ。
「バカか、お前は」
声と同時に、カツミは足を上げた。何の力みもなく、スムーズな動作で足を引き抜く。
直後、ヒロユキの胸の上には足が乗せられていた。カツミの大きな足に押さえつけられ、ヒロユキは身動きが取れない。
いや、それ以前に──
苦しい!
息がつまりそうだった。カツミの足は、ヒロユキのみぞおちのあたりに置かれており、凄まじい力で押さえられている。力いっぱいもがいたが、カツミの足はびくともしない。
「ヒロユキ、今の動きは途中までは悪くない。悪くないが、お前は関節技を知らないだろうが。お前はもう少し、自分の出来ることについて考えろ。今日は、ここまでだ」
(ヒロユキ ダイジョウブ?)
ニーナがノートを広げ心配そうな顔をしたが、ヒロユキは微笑んで見せた。ニーナに心配をかけるわけにはいかないのだ。
「大丈夫だよ、ニーナ。ぼくは強くなる。強くなって、君を守る。君のために、戦うよ」
その声は静かなものだった。しかし、表情には決意がみなぎっている。そう、この程度のことで辛いだの、苦しいだのとは言っていられないのだ。自分がニーナを守らなくてはならない。
自分も、戦わなくてはならないのだから。
その二人のやり取りを、少し離れた場所から眺めている者がいる。ギンジとタカシとカツミだ。
「ヒロユキの奴、えらい変わりようだな。人は、あんな短期間で変わるものなのか……」
ギンジの呟くような声。その表情からは、感情を読み取りにくい。しかし、どこか戸惑っているようにも見える。想定外の事態を前にして、戸惑いを隠せない……そんな様子だ。
「ええ、ヒロユキくんは変わりましたよ。ニーナちゃんの存在が、ヒロユキくんを化けさせてしまったのでしょうね」
言いながら、タカシは二人を見つめる。その眼差しは優しさに満ちていた。普段の、あの異様な姿……ヘラヘラ笑いを浮かべながらキョロキョロしている姿とは、まるで違うのだ。
「ニーナが化けさせたって? それは、愛の力ってヤツか? オレは、そんなものは信じていない」
ギンジの言葉に、タカシは首を横に振った。
「まあ、何て言うか……恋だの愛だの、そんな使い古された言葉で語れるものとも、また違う気がします。ヒロユキくんがニーナと出会った、私はそこに運命を感じるんですよ」
「運命の赤い糸、か?」
茶化すように言ったギンジに、タカシはまたしても首を振った。
「いや、そんな可愛らしいものじゃないです。むしろ、見えざる神の手とでも言いましょうかね。神の手によって、ヒロユキくんはニーナと出会い、そして変わったように思います」
「確かに、あいつは変わった。でもな、今のままじゃ使えねえよ。実戦では、三秒であの世逝きだ」
珍しくカツミが口を挟む。すると、ギンジがニヤリと笑った。
「カツミ、お前はヒロユキがヴァンパイアを殺したところを見ていなかっただろうが。あいつは、お前が思うほど弱くない」
「それは運が良かっただけだ」
「その運の良さは、戦いにおいて重要な要素じゃないのか?」
「ああ、その通りだ」
カツミは不満そうな顔をしながらも頷いた。
「ま、いずれにしても……オレたちは成り行きを見守るしかない。この先、何が起こるにせよ、な」
そう言うと、ギンジは二人の顔を交互に見る。すると、タカシが笑みを浮かべた。
「見えざる神の手が我々三人に与えた役目……それは、あの四人を守ることなのかもしれませんね」
そう言うと、タカシは視線をヒロユキたちに移した。
その、守るべき四人は──
「にゃはははは! ヒロユキは頑張り屋だにゃ! ガイの次くらいにカッコいいにゃ!」
そんなことを言いながら、ヒロユキとニーナの周りをぴょんぴょん飛び跳ねるチャム。ガイは慌てて止めに入るイ。
「バカ! お前は何やってんだ! 二人きりにさせといてやれ! 空気読めよ!」
「な? 何でだにゃ? みんなで遊ぶ方が楽しいにゃ!」
「そ、それはだな……あー面倒くせえ! 来い!」
「何でだにゃ! ガイも一緒に遊ぼう──」
「チャム、ちょっと静かにしろ!」
ガイの手が伸び、チャムの口を塞ぐ。同時に、視線を別の方向に向ける。先ほどまでと違う、真剣な表情だ。ヒロユキはガイの表情に、ただならぬものを感じた。
「どうしたんです、ガイさん?」
「何か、声と足音がするんだ。こっちに近づいて来るぞ」
そう言うと、ガイはナイフを抜いた。ガイのただならぬ様子を見て、ギンジら三人もすぐに走り寄っていく。
「ガイ、どうかしたのか?」
ギンジが尋ねると、ガイは遠くに目を凝らしたまま答えた。
「何か、追いかけっこしてるみたいだ。こっちに近づいて来るぞ」
だが、それは追いかけっこなどという可愛らしいものではなかった……。
マントのような物を着て、頭からフードをすっぽり被っている何者かが、こちらに向かい必死で走って来る。
その後を追いかけて来るのは、数人の男たちだ。粗野で乱暴な雰囲気の男たちが、残忍な表情でマント姿の者に石を投げつけている。石が当たるたび、ドスッと鈍い音が響く。
「おいおい……こりゃあ、ずいぶんと分かりやすい悪党だな」
言いながら、カツミは近づいて行く。
マント姿の者はカツミを見て、ビクッとした様子で立ち止まった。だが、カツミは笑みを浮かべてみせる。
「心配するな。オレは、ああいう奴らが嫌いだ」
そう言うと、カツミは男たちの方に歩いていく。カツミの体格を見た男たちは、明らかに怯んでいた。怯えた表情で、互いに顔を見合わせる。
「なあ、お前ら。何があったかは知らん。しかし、お前らのやってることは誉められたもんじゃない。それとも何か? このあたりでは、人に石を投げつける風習でもあるのか?」
冷静な声で、カツミは男たちに言った。体格や人相から受ける印象とは真逆の、淡々とした口調である。だが、その冷静さが癇にさわった者もいた。
「て、てめえには関係ないだろうが。こいつは天罰を受けた罪人なんだ。こいつの顔を見てみろ。こいつは業病なんだよ」
「ゴービョウ? 知らねえな。何の事だ?」
カツミが尋ねると、男たちは顔を見合わせる。次の瞬間、一斉に笑いだした。
「じゃあ、アレか? あんたらは、この辺に来るのは初めてか? オレたちが弱い者いじめをしてると思ったのか? 違う違う。こいつはな、業病にかかってるんだよ! 知らねえようだから教えてやるが、業病ってのはな、神様からの罰なんだ!」
そのやり取りを遠くから見ているヒロユキは、何とも言えない不気味さを感じていた。初めは、粗野で乱暴に思えた男たち。しかし近くでよく見ると、悪党に特有の雰囲気がない。むしろ、田舎の村に住む気は荒いが素朴な若者、といった印象なのだ。ただ業病について語る彼らからは、残忍そのものといった印象を受ける。
その時、ヒロユキの心に閃くものがあった。業病……確か、ゲーム『異界転生』に出てきたはず。ただし、呪いの一種として……業病にかかると、街に入れなくなるという設定だったような気がする。
しかし……これは?
「業病とは何なのか、オレは知らねえ。だがな、そういう下らねえことは止めようや」
カツミの声は、変わらず淡々としている。さらに、ガイも怒りに満ちた表情で近づいた。カツミの横で男たちを睨む。カツミとガイの異様な風体、そして態度を前に、男たちも動揺している。
さらにカツミが、バトルアックスを持ち上げて片手で振り回し始める。すると男たちの中に、怯えの感情が広がっていった。
見ているヒロユキは、なるほどと思った。カツミは一見すると、粗暴で暴力的に見える。だが実は、緻密な部分もあるのだ。ガイと違い、戦わずして勝つということの重要性をちゃんと心得ている。
今のように、片手でバトルアックスを振り回す超人的な腕力を見せつければ、戦う前に怯えさせることができる。怯えた相手には交渉がやりやすい。相手を怯えさせ、ギンジやタカシに交渉を任せるつもりなのだろう……。
ヒロユキの予想通り、二人が前に出て来た。
「なあ、あんたら。こんな下らんことで争っても仕方ないだろう」
ギンジの言葉には、相手の気持ちを和らげるような穏やかさがあった。次にタカシが男たちに近づいて行き、ヘラヘラ笑いながら話しかける。男たちの肩を叩きながら、半ば強引に遠ざけていく。言葉までは聞き取れない。しかし、マシンガンのように繰り出される言葉の連射に、男たちは完全に圧倒されている。
この三人の流れるような連係プレーの見事さに、横で見ているヒロユキは改めて感心した。ひとりひとりの持っているものは、それだけでも超人的だ。しかし、この三人が揃い、そして各々が状況に合わせて動く……そうなると、効果は絶大だ。
ヒロユキはふと、ギンジの言葉を思い出した。
(簡単に人を殺すような奴は、悪党からも信用されねえ。簡単に殺す奴は、自分の世界を狭めていくことになるんだ。忘れるな)
続いてヒロユキは、ガイの方を見た。彼は不満そうな表情を浮かべている。戦えなかったのが気に入らないのだろうか。
ガイのその表情に、ヒロユキは危うさを覚えた。ガイは確かに強く、勇敢な男である。しかし、あまりにも好戦的なのだ。その勇敢さゆえに、妙なことに巻き込まれなければいいのだが……。
一方、ギンジはマント姿の者に近づく。
「なあ、あんたに聞きたいんだが、業病とは何だ? まあ、何となく想像はつくが……」
その言葉に、マント姿の者はためらうような仕草を見せる。
だが、意を決したようにマントを脱ぎ素顔を晒した。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる