ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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病人大集落

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※差別的な言葉が出てきますが、差別に対する意識のないリアルな異世界の描写を考えた結果です。特定の方や体の状態にたいする差別の意図は有りません。また作中に登場する病気は、実際にあるものを基にした架空の病気です。




 そこから出てきた顔は、女のそれであった。

「やはりな」

 呟くギンジ。女はまだ若い。しかし顔には、赤い腫瘍のようなものが数多くできている。頬の肉も削げ落ち、顔色も悪い。見るからに不健康そうだ。

「ギンジさん、あの……業病とは?」

 尋ねるヒロユキ。しかし、女に近づこうとはしなかった。恐ろしい事実に思い当たったからだ。もし、女がこの世界で流行っている、得体の知れない伝染病にかかっているとしたら……。
 感染した場合、恐らく助からないだろう。

 しかし、ギンジはその質問には答えなかった。平然とした顔で、女と話している。

「あんた、名前は?」

「ヘレナです」

「ヘレナか。オレの名は、ギンジだ。なあ、あんたはどこから来たんだ?」

「それは……」

 言葉を濁すヘレナ。何やら困っているような雰囲気だ。その反応を見て、ギンジは納得したように頷いた。横で見ているヒロユキには、何のことやらわからない。

「ギンジさん、どういうことです──」

「いやあ! 彼らはそんなに悪い連中でもなかったですよ! あっさり退散してくれましたし!」

 テンションの高い叫び声と同時に、タカシが歩いて来た。それを見たヒロユキは、タカシは人目につかない場所で全員を始末してきたのではないだろうか、などと考えたが……すぐに、その考えを打ち消す。殺すなら、カツミかガイに任せればいいだけの話だ。

「で、こちらの女性がさっきの……ほうほう、そういうことですか」

 タカシは女の顔を見るなり、全ての事情を悟ったかのような表情になる。それを見て、ヒロユキはますます混乱した。

「ギンジさん、どういうことなんだ……オレには分からねえよ」

 カツミも、不思議そうな顔で尋ねる。横にいるガイやチャムもまた、何のことやらわからない……といった表情で成り行きを見ている。

「つまり、ヘレナは特殊な村に住んでいるんだよ。ま、行ってみればわかる。そうだろう、ヘレナ?」

 ギンジの言葉を聞き、怯えた表情で目を逸らすヘレナ。すると、苛立った様子のガイが近づき、口を開いた。

「あんた何なんだよ? はっきりしてくれよ!」

 そう言いながら、ヘレナを睨み付ける。
 ヘレナはガイの凶暴そうな顔を前に、さらに縮こまってしまうが……カツミが間に割って入った。

「いい加減にしろ、ガイ……お前の面は怖いんだぞ。まあ、オレも人のことは言えないが──」

「にゃはははは! 何言ってるにゃ! カツミの方がずっと怖い顔だにゃ!」

 カツミの言葉に反応し、笑いながら指差すチャム。タカシもクスクス笑い出したが、カツミに睨まれ、無理やり真剣な表情を作る。すると、ヘレナまでもがクスリと笑った。
 ギンジは、その表情の変化を見逃さなかった。

「ヘレナ、オレたちは見た目は悪人面だが……まあ、実際に悪人だよ。ただ、お前らに危害を加える気はない。実のところ、オレたちも追われる身だよ。オレたちは、お前を村まで送って行こう。だから……すまないが、今夜一晩でいいから泊めてくれないか。ついでに、水や食料も分けてもらいたい。もちろん、金は払う。金以外にも、衣服や道具などもある。物々交換の方が良ければ、それでも構わない」

「……」

 ヘレナは迷うような仕草を見せたが、ややあって口を開く。

「わかりました。いいでしょう」



 林の中、馬車は進んで行く。初めのうち、ヘレナはおし黙ったまま、一言も口を聞こうとしなかった。
 しかし、そんな空気をものともしない者がいた。

「にゃはははは! ヘレナの村はどんな所だにゃ?」

 陽気な表情で尋ねるチャム。ヘレナの顔の腫瘍や場の空気など、全く意に介していない。

「あ、あの……小さい村です」

「な!? 小さいにゃ!? ケットシー村とどっちが小さいにゃ?」

「は、はあ……けっとしい村ですか?」

「そうだにゃ! ケットシー村だにゃ!」

 ヘレナは困った表情になる。ケットシー村の存在を、今初めて聞いたらしい。だとしたら、答えられるはずがない。すると、ガイが助け船を出す。

「チャム、ヘレナを困らせるなよ。ヘレナはケットシー村を知らないんだぞ。どっちが大きいか、なんて聞かれても、わかるはずないだろ」

「な!? そうだったのかにゃ!? じゃあ、チャムがケットシー村のことを教えてあげるにゃ!」

 そう言うと、チャムは身振り手振りを交え、ケットシー村についての説明を始めた。横で見ているヒロユキは、思わず顔がほころんでしまう。ふと横を見ると、ニーナも笑みを浮かべて二人を見ていた。

「ニーナ、チャムは本当に面白いね」

 ヒロユキが言うと、ニーナはこちらを向き、微笑みながら頷いて見せる。

「ニャントロ人が……いち、に、さん、たくさんいるにゃ! あと、近くの洞窟にはコボルドも住んでるにゃ! チャムはコボルドを……いち、に、さん、たくさんブッ飛ばしたにゃ!」

「は、はあ。凄いですね……」

「にゃはははは! チャムは強いにゃ! でも、ガイはもっと強いにゃ!」

 チャムの無邪気な声が、辺りに響きわたる。ギンジですら、思わず笑みを浮かべてしまうほど楽しげな雰囲気だった。
 だが、その雰囲気はすぐに壊されることとなる。



 馬車はヘレナの案内で進み、やがて林の中にある村に到着した。

「みなさん、ここです。こが私たちの住む、ホープ村です」

 ヘレナが指差した場所には……粗末な掘っ立て小屋やテントのようなもので構成された村があった。いや、村というよりは、むしろ集落と呼んだ方が近い。
 その集落から一行を出迎えたのは、険しい表情をした男だった。男はがっしりした体格で、髪の毛と髭が長い。粗末な皮の服を着ていて、右手に頑丈そうな棒を握りしめている。恐らく五十歳を過ぎているだろう。

「ヘレナ、こいつらは何者なんだ?」

 そう言いながら、男はこちらにゆっくりと近づいて来た。明らかに警戒している表情だ。さらに、掘っ立て小屋やテントの陰からこちらを覗く者たちを見た途端、ヒロユキは思わず息を飲んだ。

「ここは?」

 後ろから覗いている者たちは、みな健常者ではなかった。片手がなかったり、顔を腫瘍で覆われていたり、両足がなかったり……。

「このホープ村は、病人や不具者が集まってできた村なんです」

 ヘレナは固い表情で答える。と同時に、男は棒を構えて近づいて来た。こちらを警戒している様子だ。後ろから覗いていた村人たちも、石を拾ったり、棒を握りしめている。
 しかし、そんな空気を一変させた者がいた。

「いやあ! 皆様どうも初めまして! 私はタカシという名の……商人みたいな者です! どうですか、みなさん! このエルフの着てた服、珍しいですよ!」

 ヘラヘラ笑いながら、前に出るタカシ。何をトチ狂ったのか、エルフの派手な衣装を身に付け腰にはスカートを履き、しゃなりしゃなりと歩いていく……さらに頭には羽根つきの帽子である。
 その姿を見て、黙っていられない者がいた。

「にゃはははは! タカシは面白い格好してるにゃ! バカだにゃ!」

 チャムの天真爛漫な笑い声が、静かな村に響きわたる。棒を握りしめていた男も表情が和らいでいった。場の張り詰めた空気も、いつしか和んでいく。
 その時、ギンジが前に出た。

「なあ、あんたら。オレたちは旅の……まあ、商人みたいなもんだ。あんたらに危害を加える気はない。ただ、一夜の宿と食事をいただきたいだけだ。もちろん金は払う。それに、オレたちはいろんな珍しい物も持ってる。物々交換の方が良ければ、それでも構わない。どうだろう?」



 男はダカールと名乗り、一行を粗末な小屋に案内した。ギンジたちは全員で、馬車に積んでおいた荷物を小屋の中に運びこむ。村人たちは皆、物珍しそうに一行を見に来ていた。
 その全員が、病人もしくは不具者であった。

「もうおわかりかと思うが、この村には病人と片輪しかいない。みんな、他の村を追い出された。そしてここにたどり着き、寄り添うように生きている。オレはもともと傭兵をしていたが……ある日、山賊と戦い、怪我を負わされ気絶した。その時、彼らに助けられたのだ。以来、オレはずっとこの村に住み、彼らの手助けをしている」

 ダカールは、物静かな口調で淡々と語る。その表情は落ち着いていた。元傭兵だというが、その体格や先ほどの動きなどに、わずかな名残はある。しかし、今ここで受ける印象はまるで違ったものだ。神父か僧侶か、聖職者のような雰囲気を醸し出している。

「なるほどね。あんたはそういう生き方を選んだわけか。ところで、あんたに聞きたい。ここに来る時、ヘレナはどっかの村人たちに石を投げつけられてたんだが……やっぱりアレか? ここの村人は天罰だとか言われて、他の村の連中から迫害されたりしているのか?」

 ギンジの問いに、ダカールは頷いた。

「その通りだ。生まれつき手がなかったり、足がなかったりする者を……奴らは前世に犯した罪に対する罰だと言うんだよ。それが、この辺りに広まっている神様の教えだと言う。あんたらはどう思う? そんなふざけた話があっていいのか。前世? そんなものが今必死で生きようとしている命と、何の関係がある? 仮にそれが神のなせる業だというなら、そんな神、オレは絶対に認めん」

 ダカールの声に力がこもる。体は震え出していた。

「あんたら、あの二人を見てくれないか」

 不意に、視線を外に向けるダカール。一行がそちらを見ると、体の大きな少年が少女を背負って歩いている。少年の目には布が巻かれていて、少女の両足は膝から先がない。少女は少年に方向を指示し、少年はゆっくりと歩いている。

「男の名はジョージで、生まれつき目が見えない。女の方はアンジェラで、幼い時に猪に両足を食い千切られたんだ。あの二人はお互いに協力し合い、一生懸命に生きているんだ。あの二人だけじゃない。みな、ここで必死で生きている。オレは、この村を守りたいんだ。彼らに助けられた命を、村のために使う」

 ダカールは、まるで自分自身に言い聞かせるかのように語った。
 ヒロユキは改めて、村と村に住む人々を見る。村人の自分たちを見る目には、まだ警戒心が残っている。今まで受けてきた迫害のために、人を容易には信用できないのだろう……彼はふと、昔の自分を思い出した。いじめに遭い、他人と容易に打ち解けることができなくなった自分。だが彼らの受けてきた迫害は、自分のされてきたことなど比較にならないだろう。
 そしてヒロユキは、ヘレナに石を投げていた男たちのことを考えた。彼らは遠目には、粗野で乱暴そうに見えた。実際、そういった部分もあるのだろう。
 しかし、その本質は「普通の」人間に思える。昼間は働き、夜は眠る。女の子と恋もし、仲間たちと酒を酌み交わし、困っている友人がいれば手助けする……ある意味、善人と言っても差し支えない者たちではないだろうか。
 そこまで考えた時、ヒロユキの頭にひとつの疑問が浮かぶ。

 彼らは、この辺りに広まっている宗教の教えが原因で、あんなことをしたのだろうか?
 それとも自分たちとは異質な、弱い者を叩きストレス発散する……それが人間の本質なのだろうか? 
 宗教の教えなどは建前で……。

 ダカールの話は続いていた。

「この辺りに最近、新しい宗教の施設ができたらしいのだ。そこの宗教の教えが……生まれつき手足が不自由だったり、ヘレナのような病の者はみな、前世に犯した罪が原因なのだという教えを広めている──」

「あ、あの、ダカールさんは……怖くないんですか?」

 ヒロユキはためらいがちに口を挟んだ。すると、ダカールは訝しげな表情になる。

「何が怖いというのだ、少年?」

「その、病気が伝染らないか、とか……」

「少年、オレは若い頃から傭兵として各地を回ってきた。いろんな場所に行き、いろんな人間を見てきたんだ。あの病は、そう簡単に伝染るようなものではない。それに、オレは一度は死んだ身だ。この命、彼らのために捧げても惜しくはない」

「ダカールの言う通りだよ、ヒロユキ」

 今度は、ギンジが口を挟んだ。

「あれは、恐らくスタン病だ」

「スタン病?」

「ああ。昔、日本では業病なんて言われていてな。患者は長年にわたり隔離され、差別され続けてきたんだ。触っただけで伝染る、って言われててな。触ったくらいじゃ伝染らないし、そもそも感染力は非常に弱い……なのに、特効薬が発見されたあとも、患者の隔離は続いていた。差別も続いていたんだよ」

「そんな、酷い……」

「ああ、酷い話だよ。身内に患者がいたというだけで、結婚が破談になったり、仕事をクビになったりしたんだ。下手をすると、患者のいた家が放火され……家族全員が村人からリンチに遭い殺された、なんて事件もあったらしい。全ては、無知から生まれた偏見のなせる業だよ……」














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