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巨熊大戦闘
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話を聞いたヒロユキは、ただただ唖然となっていた。そばにいるガイも、似たような表情である。
「何ですか、それ……そんなの無茶苦茶じゃないですか? 人権は……人権はどうなっているんですか!?」
「無茶苦茶じゃないんだよ。いいか、当時の患者に、人権なんかなかったんだ──」
「にゃはははは! ほらほら、チャムの逆立ち歩きを見てみろにゃ!」
重苦しい雰囲気を、一瞬にして破壊する声。一行が声のする方向を見ると、チャムが村の子供たちを集めて逆立ち歩きを披露している。どうやら、理解不能な話を聞かされるのに飽きてしまったらしい……ダークエルフの集落の時と同じである。
「こらチャム! お前何やってんだ!」
ガイが血相を変えて表に飛び出す。だが、チャムはガイの姿を見るやいなや、掘っ立て小屋の壁に飛び付き、一瞬のうちに屋根に登りつく。それを見て、子供たちは歓声を上げる。その時ヒロユキは、子供たちにどこにも障害がないことに気づいた。子供たちは、ここから見る限りでは健常者のようだ。
「しかし……ニャントロ人とは、あんたらも珍しい連れがいるな」
ダカールの表情が和らいだ。一方、子供たちははしゃぎながら、チャムの周りに集まっていく。
調子に乗ったチャムは、今度は小屋の屋根の上で逆立ちを始めた。ガイは怒鳴りつけるが、全く聞いていない様子だ。ダカールは先ほどまでの表情とうって変わり、優しそうな笑みを浮かべる。
「フッ、子供たちは楽しそうだな。あのニャントロ人は、本当に面白い」
「ダカール、あんたにひとつ聞きたい。あの子供たちは、ホープ村で誕生したのか?」
ギンジが尋ねると、ダカールの表情に険しさが戻った。
「そうだ。あの子たちは、この村で産まれ育った。ほとんどが、普通の子供たちだ。ところが、他の村の者からは、子供たちさえも忌み嫌われる……ホープ村の子供たちと遊ぶと業病が伝染る、とな。確かに、子供たちの中にも発症する者はいる。しかし、その数は微々たるものだ。少なくとも、触れただけで伝染るなど有り得ない。なのに、奴らは……」
ダカールは言葉を止めた。彼の体は震えている。こみ上げてくる怒りをぶちまけるかのような様子で、口を開く。
「奴らは、この村に使者をよこした。業病の者や片輪同士で子を為すのは罪だ、などと言いがかりをつけてきたんだよ。挙げ句の果てには、懺悔の後で聖騎士たちの剣による斬首刑を受け入れれば、来世では普通の人間に生まれ変われる、などと……」
そこでダカールは、一行の顔を見渡す。その顔は、怒りのため歪んでいた。
「いったい、どんな神だというのだ? 必死で生きようとしている命を無惨に奪い取る……それが神のすることなのか!? 来世……そんなものに何の意味がある!? 前世に犯した罪などと言うが、あの子供たちを斬首刑にする、それ以上の罪があるというのか!? オレは間違っていると言われても構わん、そんな神など絶対に認めん。また、そんな神を崇め奉る者たちには断じて従わん。オレは断ってやったよ」
そこでダカールは、ヒロユキに視線を移した。
「少年、君は何歳になる?」
「じ、十六歳です」
「十六歳か……オレは君くらいの歳で、大勢の命を奪ってきた。さらに、戦場でどれだけの悪行を重ねたか分からん。オレは本当に愚かだった。だが、この村に来て見つけたんだよ」
そう言うと、ダカールは立ち上がる。
「ちょっと来てくれ、あんたらに見せたいものがあるんだ」
そこは、村の地下に造られた洞穴であった。
入った時、まず一行を襲ったものは悪臭だった。便や膿などの入り混じった匂い。だが、それよりも一行にとって衝撃だったのは、そこで寝ていた数人の者たちの姿だった。
そこにいる者たちは全員、両手両足がなかった。さらに眼球がない者、鼻が取れてしまっている者などもいる。
「ここにいるのは、業病にかかったために手足が腐り落ちたり、目がなくなったりした者たちだ。業病も重症になると、こうなるんだよ。しかし、彼らはこんな体になりながらも必死で生きている。生きたいと願っているんだ」
ダカールの言葉が、熱を帯びてきている。一行は圧倒され、黙って聞いていることしか出来なかった。
「あんたら、よく見てくれ。これが命なんだよ。そんな彼らの命を、オレの手助けで生き永らえさせ、彼らの天寿を全うさせる。傲慢かもしれないが、それがオレの仕事……いや、使命だと思っている。あんたらには、分かってもらえないかもしれないがな」
「いや、わかるよ」
それまで黙りこくっていたカツミが、初めて言葉を発した。カツミはさらに言葉を続けようとしたが、その時にヘレナが洞穴に駆け降りてきた。と同時に、怯えた様子で叫ぶ。
「た、大変です! 怪物みたいな熊が、村に侵入してきました!」
「何だと!」
驚愕の表情で叫ぶダカールに、ヘレナはなおも言葉を続ける。
「今は、チャムさんがみんなを避難させて……ガイさんが、ひとりで熊と戦ってます!」
その言葉を聞き終わらぬうちに、カツミが飛び出して行く。ついで、ギンジたちも後を追った。
「な、何なんだアレは?」
その光景を見るなり、ヒロユキは呆然とした表情で呟く。
村の真ん中にある広場で、ガイがナイフ片手に奮戦している。その相手は、象ほどもありそうな熊だ。体長は軽く四メートルを超えるだろう。
熊は狂ったように吠え、凄まじい勢いでガイを追い回す。立ち上がった姿は、まさに神話に登場する怪物か、あるいは映画の怪獣のようだ。
ガイは熊の攻撃をどうにか見切り、躱し続けている。しかし熊のリーチがあまりにも長く、しかも巨体に似合わぬ早い動きのため、熊にダメージを与えられない。
その時、巨熊の背中をよじ登って行く者がいた。カツミだ。カツミは素早い動きで、一瞬にして熊の背中を登る。
背後から、喉にハンティングナイフを突き刺した──
直後、凄まじい咆哮が響いた。だが、熊の動きは止まらない。今度はカツミを振り落とそうと、巨体を震わせてもがく。すると、カツミは背中から飛び降りた。そして武器を取りに、馬車めがけて走る。熊の意識はカツミに向いた。
その隙をガイは見逃さない。熊の視界を横切って走りながら、離れ際にナイフを投げる。見事、ナイフは熊の目に突き刺さる──
さらに、銃声が響き渡る。ギンジの拳銃だ。立て続けに三発が放たれ、その全弾が熊の頭部に命中する。
それでも、熊の動きは止まらない。動物とは思えないような恐ろしい咆哮と共に、片目だけで攻撃してきた者を探す。その目が、ギンジを捉えた。
だが次の瞬間、駆けつけたカツミが日本刀を振り上げ、凄まじい気合いの声と共に斬りつける。カツミの超人的腕力から繰り出される日本刀の一撃は、熊の分厚い毛皮や肉を切り裂いた──
それに続き、後ろからダカールが弓を射る。矢は熊の背中に命中し、その生命力を確実に削いでいく。
直後、カツミは気合いの声と共に何度も斬りつける。もっとも、表情は冷静そのものであった。熊の遅くなった攻撃を簡単に見切り、日本刀で斬りつける──
熟練の外科医がメスを振るうがごとく、刀を振るうカツミ。その一撃は熊の分厚い肉を切り裂き、骨まで貫いていく。
やがて、熊の動きが止まった。巨体から流れ出る血液は、地上を赤く染めていく。
直後、熊は倒れた──
「にゃはははは! 今夜は熊のスープだにゃ!」
陽気な声を上げながら、熊の巨体の解体にいそしむチャム。ガイ、カツミ、タカシらも一緒に毛皮を剥いで肉を切り取っている。大変な作業ではあるが、皆どこか楽しそうだ。
また、ダカールを初めとする村人たちは、熊に壊されたテントや小屋を修理している。もっとも、大した被害はなかった。ガイが村の中心に誘き寄せ、そこで戦ったお陰だろう。
一方、村の子供たちは熊の解体作業を物珍しそうに見ている。
しかし、ギンジとヒロユキは浮かない顔だった。
「やれやれ、弾丸も残り少ないな。予備の弾倉を持ってて助かったぜ。それにしてもヒロユキ、あの熊は何だ? こんな生物、オレは知らないぞ。熊があんなに大きくなるとはな。白熊よりデカイぜ」
「ええ……」
ヒロユキは考えた。ゲームの中でも、あんな巨大な熊は登場しなかったはず。かつて動物園で見た熊よりも、遥かに大きい。
いや、待てよ。
「あれはガルガンチュワモンスターかもしれません」
「ん? そのガル何とかってのは何だ?」
「魔法で巨大化された生き物、のはずです」
そう、ゲーム『異界転生』では、ガルガンチュワモンスターというものが存在した。魔法により巨大化された生物で、大きさも力も数倍だったはず。
あの熊がガルガンチュワモンスターだというなら、大きさや強さも頷ける。だが、なぜそんなものがここにいる?
その頃、カツミは熊の解体作業をしていた。だが、人の気配に顔を上げる。
「お前ら、オレに何か用か?」
村の子供たちが、ニコニコしながらカツミの周りを囲む。彼のいかつい外見に怯む様子は無い。
「おじさん凄いね! どうしたら、あんなに強くなれるの?」
ひとりの少年が、目を輝かせて尋ねる。その瞳からは、溢れんばかりの純粋な尊敬の念が感じられた。カツミは切り取った大きな肉の塊を、ハンティングナイフでさらに細かく刻んでいく。手を動かしながら答えた。
「たくさん食え。そして、いっぱい体を動かせ。そうすれば、強くなれる」
「ほら、お前ら。おじさんの邪魔をするな。向こうで遊んでろ」
言いながら、やって来たのはダカールだった。ダカールは、作業をしているカツミのそばに座る。
「本当にありがとう。もしあんたらがいなかったら、この村は全滅させられていた」
「礼には及ばねえよ。オレたちもここに泊めてもらう以上、当然だろう」
「しかし、あんたは強いな。オレも数々の戦場を回ったが、あんたほど強い男を見たのは初めてだよ」
ダカールは、本当に感心した表情だった。
「カツミさん、といったな。オレもせめて、あんたの半分くらいの強さがあればな。オレは、もうすぐ五十五だ……この先は弱くなる一方だよ。悔しいが、この村を守るには、オレでは力不足だ。せめて、あの子供たちが大きくなり、戦えるようになるまで、村を守ってくれる戦士がいてくれればな……と思うよ。オレは自分の弱さが、本当に歯痒い」
悔しそうに言いながら、ダカールは立ち上がる。
「いや、すまないな。つまらない愚痴を聞かせてしまった。いずれ、子供たちも大きくなるし、村ももっと大きくするつもりだ。いつか、どんな人間だろうと受け入れられる村にするよ」
そう言うと、ダカールは去って行く。カツミは作業の手を止め、しばし考え込んでいたが……。
ややあって、再び手を動かし始める。
「にゃはははは! 熊スープは美味いにゃ!」
チャムの声が、夜の村に響きわたる。子供たちはその声に呼応し、一緒になって笑う。村人たちも集まり、楽しそうに笑い合った。ガイはヘレナと一緒に、村人たちに鍋からスープをよそってあげている。ガイもまた、村にすっかり馴染んでいるように見えた。
一方、タカシとカツミは村人たちにこれまでの旅の様子や武勇伝を語っている。タカシが大げさな身振り手振りでこれまでの出来事を語り、時おりカツミが突っ込む、という調子だ。ダカールもまた、タカシの話を笑いながら聞いている。
皆、とても楽しそうだった。
しかし、難しい表情を浮かべている者もいた。
「ニーナ、あの熊はガルガンチュワモンスターなんだよね?」
ヒロユキが尋ねると、ニーナはこくんと頷きノートに書き込んだ。
(マエ ミタ マジュツシ オオキイ サル ツクッタ カネモチ ウッタ ガルガンチュワモンスター タカク ウレル イッテタ イウコト ヨクキク イッテタ)
それを見て、ヒロユキは考えた。ニーナの文から察するに、魔術師たちはガルガンチュワモンスターを造り出し、それを金持ちに売っているらしい。しかも、ガルガンチュワモンスターは命令をよく聞く、とも書いている。
じゃあ、あの熊はなぜ、村を襲った?
主人が飼いきれなくなり、捨てられたものが野生化したのだろうか?
それが偶然、この辺りにいて……。
そして偶然、この村を襲った?
さらにギンジも、村人たちから離れた位置に座り、浮かない表情で熊のスープをすすっている。その視線の先には、村の子供たちと楽しそうに話しているカツミの姿があった。
宴も終わり、皆は各々の住みかに帰って行った。ギンジたちもまた、ダカールにより指定された宿に集まり、寝る支度を始めた。
その時、声を発した者がいた。
「みんな、ちょっと聞いて欲しいことがある」
それは、カツミの言葉だった。カツミは思い詰めた表情で、ためらうような素振りを見せる。
少しの間を置き、語り出した。
「みんな、あの……勝手なことを言ってすまない。オレは、この村に残ろうと思う」
「何ですか、それ……そんなの無茶苦茶じゃないですか? 人権は……人権はどうなっているんですか!?」
「無茶苦茶じゃないんだよ。いいか、当時の患者に、人権なんかなかったんだ──」
「にゃはははは! ほらほら、チャムの逆立ち歩きを見てみろにゃ!」
重苦しい雰囲気を、一瞬にして破壊する声。一行が声のする方向を見ると、チャムが村の子供たちを集めて逆立ち歩きを披露している。どうやら、理解不能な話を聞かされるのに飽きてしまったらしい……ダークエルフの集落の時と同じである。
「こらチャム! お前何やってんだ!」
ガイが血相を変えて表に飛び出す。だが、チャムはガイの姿を見るやいなや、掘っ立て小屋の壁に飛び付き、一瞬のうちに屋根に登りつく。それを見て、子供たちは歓声を上げる。その時ヒロユキは、子供たちにどこにも障害がないことに気づいた。子供たちは、ここから見る限りでは健常者のようだ。
「しかし……ニャントロ人とは、あんたらも珍しい連れがいるな」
ダカールの表情が和らいだ。一方、子供たちははしゃぎながら、チャムの周りに集まっていく。
調子に乗ったチャムは、今度は小屋の屋根の上で逆立ちを始めた。ガイは怒鳴りつけるが、全く聞いていない様子だ。ダカールは先ほどまでの表情とうって変わり、優しそうな笑みを浮かべる。
「フッ、子供たちは楽しそうだな。あのニャントロ人は、本当に面白い」
「ダカール、あんたにひとつ聞きたい。あの子供たちは、ホープ村で誕生したのか?」
ギンジが尋ねると、ダカールの表情に険しさが戻った。
「そうだ。あの子たちは、この村で産まれ育った。ほとんどが、普通の子供たちだ。ところが、他の村の者からは、子供たちさえも忌み嫌われる……ホープ村の子供たちと遊ぶと業病が伝染る、とな。確かに、子供たちの中にも発症する者はいる。しかし、その数は微々たるものだ。少なくとも、触れただけで伝染るなど有り得ない。なのに、奴らは……」
ダカールは言葉を止めた。彼の体は震えている。こみ上げてくる怒りをぶちまけるかのような様子で、口を開く。
「奴らは、この村に使者をよこした。業病の者や片輪同士で子を為すのは罪だ、などと言いがかりをつけてきたんだよ。挙げ句の果てには、懺悔の後で聖騎士たちの剣による斬首刑を受け入れれば、来世では普通の人間に生まれ変われる、などと……」
そこでダカールは、一行の顔を見渡す。その顔は、怒りのため歪んでいた。
「いったい、どんな神だというのだ? 必死で生きようとしている命を無惨に奪い取る……それが神のすることなのか!? 来世……そんなものに何の意味がある!? 前世に犯した罪などと言うが、あの子供たちを斬首刑にする、それ以上の罪があるというのか!? オレは間違っていると言われても構わん、そんな神など絶対に認めん。また、そんな神を崇め奉る者たちには断じて従わん。オレは断ってやったよ」
そこでダカールは、ヒロユキに視線を移した。
「少年、君は何歳になる?」
「じ、十六歳です」
「十六歳か……オレは君くらいの歳で、大勢の命を奪ってきた。さらに、戦場でどれだけの悪行を重ねたか分からん。オレは本当に愚かだった。だが、この村に来て見つけたんだよ」
そう言うと、ダカールは立ち上がる。
「ちょっと来てくれ、あんたらに見せたいものがあるんだ」
そこは、村の地下に造られた洞穴であった。
入った時、まず一行を襲ったものは悪臭だった。便や膿などの入り混じった匂い。だが、それよりも一行にとって衝撃だったのは、そこで寝ていた数人の者たちの姿だった。
そこにいる者たちは全員、両手両足がなかった。さらに眼球がない者、鼻が取れてしまっている者などもいる。
「ここにいるのは、業病にかかったために手足が腐り落ちたり、目がなくなったりした者たちだ。業病も重症になると、こうなるんだよ。しかし、彼らはこんな体になりながらも必死で生きている。生きたいと願っているんだ」
ダカールの言葉が、熱を帯びてきている。一行は圧倒され、黙って聞いていることしか出来なかった。
「あんたら、よく見てくれ。これが命なんだよ。そんな彼らの命を、オレの手助けで生き永らえさせ、彼らの天寿を全うさせる。傲慢かもしれないが、それがオレの仕事……いや、使命だと思っている。あんたらには、分かってもらえないかもしれないがな」
「いや、わかるよ」
それまで黙りこくっていたカツミが、初めて言葉を発した。カツミはさらに言葉を続けようとしたが、その時にヘレナが洞穴に駆け降りてきた。と同時に、怯えた様子で叫ぶ。
「た、大変です! 怪物みたいな熊が、村に侵入してきました!」
「何だと!」
驚愕の表情で叫ぶダカールに、ヘレナはなおも言葉を続ける。
「今は、チャムさんがみんなを避難させて……ガイさんが、ひとりで熊と戦ってます!」
その言葉を聞き終わらぬうちに、カツミが飛び出して行く。ついで、ギンジたちも後を追った。
「な、何なんだアレは?」
その光景を見るなり、ヒロユキは呆然とした表情で呟く。
村の真ん中にある広場で、ガイがナイフ片手に奮戦している。その相手は、象ほどもありそうな熊だ。体長は軽く四メートルを超えるだろう。
熊は狂ったように吠え、凄まじい勢いでガイを追い回す。立ち上がった姿は、まさに神話に登場する怪物か、あるいは映画の怪獣のようだ。
ガイは熊の攻撃をどうにか見切り、躱し続けている。しかし熊のリーチがあまりにも長く、しかも巨体に似合わぬ早い動きのため、熊にダメージを与えられない。
その時、巨熊の背中をよじ登って行く者がいた。カツミだ。カツミは素早い動きで、一瞬にして熊の背中を登る。
背後から、喉にハンティングナイフを突き刺した──
直後、凄まじい咆哮が響いた。だが、熊の動きは止まらない。今度はカツミを振り落とそうと、巨体を震わせてもがく。すると、カツミは背中から飛び降りた。そして武器を取りに、馬車めがけて走る。熊の意識はカツミに向いた。
その隙をガイは見逃さない。熊の視界を横切って走りながら、離れ際にナイフを投げる。見事、ナイフは熊の目に突き刺さる──
さらに、銃声が響き渡る。ギンジの拳銃だ。立て続けに三発が放たれ、その全弾が熊の頭部に命中する。
それでも、熊の動きは止まらない。動物とは思えないような恐ろしい咆哮と共に、片目だけで攻撃してきた者を探す。その目が、ギンジを捉えた。
だが次の瞬間、駆けつけたカツミが日本刀を振り上げ、凄まじい気合いの声と共に斬りつける。カツミの超人的腕力から繰り出される日本刀の一撃は、熊の分厚い毛皮や肉を切り裂いた──
それに続き、後ろからダカールが弓を射る。矢は熊の背中に命中し、その生命力を確実に削いでいく。
直後、カツミは気合いの声と共に何度も斬りつける。もっとも、表情は冷静そのものであった。熊の遅くなった攻撃を簡単に見切り、日本刀で斬りつける──
熟練の外科医がメスを振るうがごとく、刀を振るうカツミ。その一撃は熊の分厚い肉を切り裂き、骨まで貫いていく。
やがて、熊の動きが止まった。巨体から流れ出る血液は、地上を赤く染めていく。
直後、熊は倒れた──
「にゃはははは! 今夜は熊のスープだにゃ!」
陽気な声を上げながら、熊の巨体の解体にいそしむチャム。ガイ、カツミ、タカシらも一緒に毛皮を剥いで肉を切り取っている。大変な作業ではあるが、皆どこか楽しそうだ。
また、ダカールを初めとする村人たちは、熊に壊されたテントや小屋を修理している。もっとも、大した被害はなかった。ガイが村の中心に誘き寄せ、そこで戦ったお陰だろう。
一方、村の子供たちは熊の解体作業を物珍しそうに見ている。
しかし、ギンジとヒロユキは浮かない顔だった。
「やれやれ、弾丸も残り少ないな。予備の弾倉を持ってて助かったぜ。それにしてもヒロユキ、あの熊は何だ? こんな生物、オレは知らないぞ。熊があんなに大きくなるとはな。白熊よりデカイぜ」
「ええ……」
ヒロユキは考えた。ゲームの中でも、あんな巨大な熊は登場しなかったはず。かつて動物園で見た熊よりも、遥かに大きい。
いや、待てよ。
「あれはガルガンチュワモンスターかもしれません」
「ん? そのガル何とかってのは何だ?」
「魔法で巨大化された生き物、のはずです」
そう、ゲーム『異界転生』では、ガルガンチュワモンスターというものが存在した。魔法により巨大化された生物で、大きさも力も数倍だったはず。
あの熊がガルガンチュワモンスターだというなら、大きさや強さも頷ける。だが、なぜそんなものがここにいる?
その頃、カツミは熊の解体作業をしていた。だが、人の気配に顔を上げる。
「お前ら、オレに何か用か?」
村の子供たちが、ニコニコしながらカツミの周りを囲む。彼のいかつい外見に怯む様子は無い。
「おじさん凄いね! どうしたら、あんなに強くなれるの?」
ひとりの少年が、目を輝かせて尋ねる。その瞳からは、溢れんばかりの純粋な尊敬の念が感じられた。カツミは切り取った大きな肉の塊を、ハンティングナイフでさらに細かく刻んでいく。手を動かしながら答えた。
「たくさん食え。そして、いっぱい体を動かせ。そうすれば、強くなれる」
「ほら、お前ら。おじさんの邪魔をするな。向こうで遊んでろ」
言いながら、やって来たのはダカールだった。ダカールは、作業をしているカツミのそばに座る。
「本当にありがとう。もしあんたらがいなかったら、この村は全滅させられていた」
「礼には及ばねえよ。オレたちもここに泊めてもらう以上、当然だろう」
「しかし、あんたは強いな。オレも数々の戦場を回ったが、あんたほど強い男を見たのは初めてだよ」
ダカールは、本当に感心した表情だった。
「カツミさん、といったな。オレもせめて、あんたの半分くらいの強さがあればな。オレは、もうすぐ五十五だ……この先は弱くなる一方だよ。悔しいが、この村を守るには、オレでは力不足だ。せめて、あの子供たちが大きくなり、戦えるようになるまで、村を守ってくれる戦士がいてくれればな……と思うよ。オレは自分の弱さが、本当に歯痒い」
悔しそうに言いながら、ダカールは立ち上がる。
「いや、すまないな。つまらない愚痴を聞かせてしまった。いずれ、子供たちも大きくなるし、村ももっと大きくするつもりだ。いつか、どんな人間だろうと受け入れられる村にするよ」
そう言うと、ダカールは去って行く。カツミは作業の手を止め、しばし考え込んでいたが……。
ややあって、再び手を動かし始める。
「にゃはははは! 熊スープは美味いにゃ!」
チャムの声が、夜の村に響きわたる。子供たちはその声に呼応し、一緒になって笑う。村人たちも集まり、楽しそうに笑い合った。ガイはヘレナと一緒に、村人たちに鍋からスープをよそってあげている。ガイもまた、村にすっかり馴染んでいるように見えた。
一方、タカシとカツミは村人たちにこれまでの旅の様子や武勇伝を語っている。タカシが大げさな身振り手振りでこれまでの出来事を語り、時おりカツミが突っ込む、という調子だ。ダカールもまた、タカシの話を笑いながら聞いている。
皆、とても楽しそうだった。
しかし、難しい表情を浮かべている者もいた。
「ニーナ、あの熊はガルガンチュワモンスターなんだよね?」
ヒロユキが尋ねると、ニーナはこくんと頷きノートに書き込んだ。
(マエ ミタ マジュツシ オオキイ サル ツクッタ カネモチ ウッタ ガルガンチュワモンスター タカク ウレル イッテタ イウコト ヨクキク イッテタ)
それを見て、ヒロユキは考えた。ニーナの文から察するに、魔術師たちはガルガンチュワモンスターを造り出し、それを金持ちに売っているらしい。しかも、ガルガンチュワモンスターは命令をよく聞く、とも書いている。
じゃあ、あの熊はなぜ、村を襲った?
主人が飼いきれなくなり、捨てられたものが野生化したのだろうか?
それが偶然、この辺りにいて……。
そして偶然、この村を襲った?
さらにギンジも、村人たちから離れた位置に座り、浮かない表情で熊のスープをすすっている。その視線の先には、村の子供たちと楽しそうに話しているカツミの姿があった。
宴も終わり、皆は各々の住みかに帰って行った。ギンジたちもまた、ダカールにより指定された宿に集まり、寝る支度を始めた。
その時、声を発した者がいた。
「みんな、ちょっと聞いて欲しいことがある」
それは、カツミの言葉だった。カツミは思い詰めた表情で、ためらうような素振りを見せる。
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