23 / 31
牧場
しおりを挟む
夜禍島の大半は、緑に覆われている。記録上、島民が住んでいるのは西岸とその付近だけだ。
かつて、この島には人間が寄りつかなかった。人を食う鬼が出る、という言い伝えのためだ。もっとも、江戸時代には罪人たちの流刑地として使われていたという話もあった。
本格的に人が住むようになったのは、明治時代からである。新政府の命を受けた開拓団が島に上陸し、人が住めるように西岸とその付近の森を切り開き、荒れ地を耕していった。その際、流された罪人たちの子孫が原住民として接触してきた、という記録が残されている。
それから月日が経ち、夜禍島の風景も様変わりした。現在、島へ旅行する者の目当ては会員制の風俗店である。無論、公にはなっていない。ネットで調べても、怪しげな話がいくつか見つかるだけだ。
この店には、遊び慣れた男ですら魅了してしまう女たちが揃っていた。
「一度、夜禍島の女を抱いたら……他の女なんか、もう抱く気になれない」
島でもっとも古くから通っている常連客は、そんなことを言っていた。
この男は八十歳になるが、今でも年に一度は島を訪れている。とはいっても、さすがに若い頃のような真似をするわけではない。若い女たちを愛で、店の雰囲気を楽しむのみである。夜禍島の店に通える……それだけでも、会員たちに一種の特権意識をもたらすのだ。
そんな古くからの常連客ですら、知ることのない秘密がある。日本でも、ごく一部の選ばれた者しか知らされていない。そこで行われていることこそが、夜禍島の最大の秘密だった。一見すると、豊かな自然と美しい女性たちが目につく。しかし、裏では地獄のような光景があることを誰も知らない。夜禍島の最大の暗部である。
今、ひとりの外国人が、その夜禍島の裏側へ足を踏み入れようとしていた。
・・・
夜禍島を訪れる旅行者の泊まる宿は、基本的にニ種類しかない。安い民宿と、高級ホテルだ。風俗店の会員たちは、みな高級ホテルへと泊まる。民宿の方に泊まる者は、島の伝説に引かれて旅行しに来た物好きだけだ。
ホテルにしろ民宿にしろ、そこから十メートルも離れると、完全に森林地帯である。
特に夜は、完璧な暗闇に覆われる。街灯がないため、文字通り一寸先は闇という状態である。したがって、どちらも夜の外出は禁止されている。
過去には、ライトなどを用意して夜禍島の探検を試みる者もいた。だが、すぐに連れ戻されている。どこからともなく島をパトロールする自警団のような者たちが現れ、抵抗する間もなく駐在所に引き渡されてしまうのだ。
そんな環境にもかかわらず、ペドロは森の中をすたすた歩いていた。迷彩服の上下で、しかも長袖だ。夜とはいえ、気温はかなりの高さであるが、彼は気にも留めていないらしい。背中には、リュックを背負っている。
暗闇の中、彼は明かりも持たずに進んでいった。やがて、目的地に辿り着く。
そこには、木製の小屋が建てられていた。造りは古いが、まだまだ使えそうだ。ペドロは、慎重に中へと入っていく。
小屋の中は、六畳ほどの広さだ。壁に沿って木製の棚が設置されているが、他には何もない。棚の上は空っぽで、埃が積もっている。
ペドロはしゃがみ込むと、床板の隙間に手を入れる。
直後、強い腕力で板を引き剥がした。すると、下に隠れていたものがあらわになる。床はコンクリート製で、中心にはマンホールの蓋のようなものが設置されていた。
慎重に蓋を持ち上げていくと、そこには穴が空いていた。下に降りるための梯子が、脇に付けられている。中は暗く狭いが、人ひとり通るくらいなら何の問題なさそうだ。
ペドロは、梯子を降りて行った。下に到着すると、前方に視線を凝らす。完全な暗闇であり、明かりはない。
それも仕方ないだろう、ここは、かつて夜禍島に住んでいた鬼たちが造りあげた地下通路なのである。
彼らは、日光を浴びれば死んでしまう。当然、陽の照っている時間帯は活動できない。そのため、昼間は陽の当たらぬ洞窟に避難していた。
しかし、洞窟での生活は不便なことも多い。鬼たちは、まず地下に通路を作ることにした。
強靭な腕力を活かし、人間には有り得ないスピードでトンネルを掘り進んでいく。あっという間に、長大な地下通路が出来上がった。さらに鬼たちは、通路のみならず居住スペースも作っていく。やがて、広大な地下帝国が出来上がった。
一方、人間と鬼との関係も変化していった。最初、鬼は人間を捕まえ食べていた。両者は、食う者と食われる者の関係だったのである。人間にとって鬼は、完全なる天敵であった。
それが変化したのは、江戸時代からである。島流しと称して、夜禍島に罪人が送り込まれるようになっていた。島に来た罪人たちが、本土に帰ることはない。最終的には、鬼の食料となってしまった。
歴史には伏せられている事実だが、密かに人間と鬼との間で条約が結ばれていたのも、この頃である。幕府の中でも、上の地位にいる者たちは、鬼の存在を古くから知っていた。しかし、彼らは鬼を敵として根絶やしにするという道を選ばなかった。むしろ、鬼と手を結ぶことを選んだのである。鬼女は、人間の女より美しい。また、鬼の中には特殊な能力を持つ者もいる。その能力を、人間のために活かすことにしたのだ。
その後、ふたつの世界大戦を経て、日本は大きく様変わりしていく。そうなると、鬼の生活も変わっていく。結果、鬼の存在を知る人間も増えた。しかし、世間の人々に知られることはない。あくまでも、おとぎ話の中の登場人物として扱われていたのである。
ペドロは、通路を進んでいく。まっすぐな一本道であり、迷うことはない。しかし、辺りは完全な暗闇に包まれている。普通の人間なら、一歩前すら見ることが出来ないだろう。
しかし、ペドロには前が見えているらしい。何の苦もなく歩いていく。
どのくらい歩いただろうか。通路は行き止まりになっていた。目の前には、金属製の扉があるのがわかる。頑丈そうなものであり、蹴飛ばしたくらいではビクともしないだろう。
扉の取っ手を掴み、捻ってみた。やはり動かない。鍵がかかっている。
ペドロは、針金のようなものを取り出した。鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。
ガチャリという音がした。ペドロは取っ手を掴み、慎重に引いていく。
途端に、扉の向こうから光が漏れ出てくる。目に映る情景が一変してしまった。
通路は、完全な暗闇に包まれていた。だが扉を開けると、そこからは別世界である。光に照らし出された空間は異様なものであった。
ペドロが今いるのは、コンクリートの壁に覆われた巨大な地下施設である。向こう側まで、三十メートルから四十メートルほどはあるだろう。幅は五メートルほどだろうか。長方形になっており、向こう側の壁にも金属製の扉がある。
天井には電灯が設置されていて、強い光を放っていた。左右の壁には、金属製の扉がある。それも、ひとつやふたつではない。両側合わせて、二十ほどあるだろうか。等間隔で設置されている。
扉の上部には、楕円形の強化ガラスが付けられている。スマホくらいの大きさだ。どうやら、扉を開けることなく中をチェックするための小窓になっているらしい。
ペドロは、扉に近づき中を覗いてみた。部屋の広さは、六畳ほどだろう。外と同じく、コンクリートの壁に天井だ。室内には、全裸の男性が入っていた。いや、入れられていると言った方が正確かもしれない。扉には鍵がかかっているが、中からは鍵をかけられない構造になっている。
それは、この部屋だけではない。他も同様だった。ひとつの部屋にひとりずつ、計二十人が小部屋に入れられているのだ。
男たちは全員、何をするでもなく床に座り込んでいる。その顔には、恍惚とした表情を浮かべていた。明らかに、普通ではない状態だ。
ペドロは、背負っていたリュックを下ろした。中から、映像撮影用のカメラを取り出す。
カメラを構え、ひとつひとつの部屋を映していく。同時に、何を映しているのかを解説していた。
「ここは牧場となっているようだ。鬼の食料にするための人間を飼育している。全員が恍惚とした状態だが、大麻のような効果がある麻薬を投与されている可能性が高い。俺が今いるブロックには男性しかいないが、女性のいるブロックもどこかにあるものと思われる」
喋りながら、ゆっくりと歩いていく。さらに他の風景をも映していった。
「おそらくは、交尾させるための部屋もあるものと思われる。したがって、子供のいる区画もどこかにあるはずだ。残念ながら、そこを探している時間はない」
そんなことを言いながら、ペドロは施設内を進んでいく。やがて、ひとつの扉の前で立ち止まった。
そこには、覗くための小窓がない。扉の外観も、明らかに他の部屋とは違っている。ペドロはカメラを床に置き、その場にしゃがみ込んだ。針金のような器具を手に取る。
鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。一分もせぬうちに、カチャリという金属音が聞こえた。ペドロは立ち上がり、取っ手を回してみる。
金属音とともに、扉は開いた。
中は、さらに異様な空間であった。
コンクリートの壁に囲まれた部屋は、先ほど見てきた独房のごとき小部屋と比べるとかなり広い。田舎の小料理屋くらいはあるだろうか。数人の人間が、ぶつかることなく歩き回ることも可能だ。
部屋の真ん中には、大きなテーブルが置かれている。金属製で、飾り気のない無骨なデザインである。ただし、椅子は置かれていない。上に設置されているライトは大きく、光が強いものだ。
部屋の隅には、事務用の机と椅子があった。さらに、壁にはモニターが付いている。机の上を見れば、メスやペンチや注射器といった手術用の道具が置かれていた。
そんな室内を、ペドロはカメラを持ち撮影していく。
「飼育された人間の中には、様々な実験に使われる者もいる。人体実験というものは、新しい手術方法や新薬のみならず、武器や兵器の開発においても重要だ。この部屋は、主に飼育された人間を使い薬品や手術方法を試すためのものだろう」
喋りながら、ペドロは部屋の隅々を映していく。
「しかも、ここに閉じ込められている人間には戸籍がない。彼らは、地下で生まれて地下で育つ。やがて食料になるか実験材料として使われるか、そのどちらかの末路が待っている。しかも彼らは、法的には存在していないはずの人間たちだ。ここで飼育された人間が、何人死んだところで警察は動かないし、動きようがない。したがって、どんな非道なことであろうと可能だ」
やがて、ペドロは部屋の外に出る。扉を閉めると、別のブロックへと進もうとする。
だが、その足が止まった。背負っていたリュックを降ろし、中にカメラを入れる。次いで、金属製のシガーレットケースを取り出し、タバコを一本抜き取る。口に咥え、マッチで火をつけた。
やがて、足音が聞こえてきた。かなりのスピードで、こちらに近づいて来ている。だが、ペドロには逃げる気がないらしい。タバコを吸いながら、平静な顔で待ち受ける。
やがて、通路に通じている扉が開いた。背の高い男が、施設内に入ってくる。
「そこにいるのは誰だ?」
言ったのは、茨木統志郎であった。この地下には似合わぬスーツ姿で、ペドロを睨みつけている。
かつて、この島には人間が寄りつかなかった。人を食う鬼が出る、という言い伝えのためだ。もっとも、江戸時代には罪人たちの流刑地として使われていたという話もあった。
本格的に人が住むようになったのは、明治時代からである。新政府の命を受けた開拓団が島に上陸し、人が住めるように西岸とその付近の森を切り開き、荒れ地を耕していった。その際、流された罪人たちの子孫が原住民として接触してきた、という記録が残されている。
それから月日が経ち、夜禍島の風景も様変わりした。現在、島へ旅行する者の目当ては会員制の風俗店である。無論、公にはなっていない。ネットで調べても、怪しげな話がいくつか見つかるだけだ。
この店には、遊び慣れた男ですら魅了してしまう女たちが揃っていた。
「一度、夜禍島の女を抱いたら……他の女なんか、もう抱く気になれない」
島でもっとも古くから通っている常連客は、そんなことを言っていた。
この男は八十歳になるが、今でも年に一度は島を訪れている。とはいっても、さすがに若い頃のような真似をするわけではない。若い女たちを愛で、店の雰囲気を楽しむのみである。夜禍島の店に通える……それだけでも、会員たちに一種の特権意識をもたらすのだ。
そんな古くからの常連客ですら、知ることのない秘密がある。日本でも、ごく一部の選ばれた者しか知らされていない。そこで行われていることこそが、夜禍島の最大の秘密だった。一見すると、豊かな自然と美しい女性たちが目につく。しかし、裏では地獄のような光景があることを誰も知らない。夜禍島の最大の暗部である。
今、ひとりの外国人が、その夜禍島の裏側へ足を踏み入れようとしていた。
・・・
夜禍島を訪れる旅行者の泊まる宿は、基本的にニ種類しかない。安い民宿と、高級ホテルだ。風俗店の会員たちは、みな高級ホテルへと泊まる。民宿の方に泊まる者は、島の伝説に引かれて旅行しに来た物好きだけだ。
ホテルにしろ民宿にしろ、そこから十メートルも離れると、完全に森林地帯である。
特に夜は、完璧な暗闇に覆われる。街灯がないため、文字通り一寸先は闇という状態である。したがって、どちらも夜の外出は禁止されている。
過去には、ライトなどを用意して夜禍島の探検を試みる者もいた。だが、すぐに連れ戻されている。どこからともなく島をパトロールする自警団のような者たちが現れ、抵抗する間もなく駐在所に引き渡されてしまうのだ。
そんな環境にもかかわらず、ペドロは森の中をすたすた歩いていた。迷彩服の上下で、しかも長袖だ。夜とはいえ、気温はかなりの高さであるが、彼は気にも留めていないらしい。背中には、リュックを背負っている。
暗闇の中、彼は明かりも持たずに進んでいった。やがて、目的地に辿り着く。
そこには、木製の小屋が建てられていた。造りは古いが、まだまだ使えそうだ。ペドロは、慎重に中へと入っていく。
小屋の中は、六畳ほどの広さだ。壁に沿って木製の棚が設置されているが、他には何もない。棚の上は空っぽで、埃が積もっている。
ペドロはしゃがみ込むと、床板の隙間に手を入れる。
直後、強い腕力で板を引き剥がした。すると、下に隠れていたものがあらわになる。床はコンクリート製で、中心にはマンホールの蓋のようなものが設置されていた。
慎重に蓋を持ち上げていくと、そこには穴が空いていた。下に降りるための梯子が、脇に付けられている。中は暗く狭いが、人ひとり通るくらいなら何の問題なさそうだ。
ペドロは、梯子を降りて行った。下に到着すると、前方に視線を凝らす。完全な暗闇であり、明かりはない。
それも仕方ないだろう、ここは、かつて夜禍島に住んでいた鬼たちが造りあげた地下通路なのである。
彼らは、日光を浴びれば死んでしまう。当然、陽の照っている時間帯は活動できない。そのため、昼間は陽の当たらぬ洞窟に避難していた。
しかし、洞窟での生活は不便なことも多い。鬼たちは、まず地下に通路を作ることにした。
強靭な腕力を活かし、人間には有り得ないスピードでトンネルを掘り進んでいく。あっという間に、長大な地下通路が出来上がった。さらに鬼たちは、通路のみならず居住スペースも作っていく。やがて、広大な地下帝国が出来上がった。
一方、人間と鬼との関係も変化していった。最初、鬼は人間を捕まえ食べていた。両者は、食う者と食われる者の関係だったのである。人間にとって鬼は、完全なる天敵であった。
それが変化したのは、江戸時代からである。島流しと称して、夜禍島に罪人が送り込まれるようになっていた。島に来た罪人たちが、本土に帰ることはない。最終的には、鬼の食料となってしまった。
歴史には伏せられている事実だが、密かに人間と鬼との間で条約が結ばれていたのも、この頃である。幕府の中でも、上の地位にいる者たちは、鬼の存在を古くから知っていた。しかし、彼らは鬼を敵として根絶やしにするという道を選ばなかった。むしろ、鬼と手を結ぶことを選んだのである。鬼女は、人間の女より美しい。また、鬼の中には特殊な能力を持つ者もいる。その能力を、人間のために活かすことにしたのだ。
その後、ふたつの世界大戦を経て、日本は大きく様変わりしていく。そうなると、鬼の生活も変わっていく。結果、鬼の存在を知る人間も増えた。しかし、世間の人々に知られることはない。あくまでも、おとぎ話の中の登場人物として扱われていたのである。
ペドロは、通路を進んでいく。まっすぐな一本道であり、迷うことはない。しかし、辺りは完全な暗闇に包まれている。普通の人間なら、一歩前すら見ることが出来ないだろう。
しかし、ペドロには前が見えているらしい。何の苦もなく歩いていく。
どのくらい歩いただろうか。通路は行き止まりになっていた。目の前には、金属製の扉があるのがわかる。頑丈そうなものであり、蹴飛ばしたくらいではビクともしないだろう。
扉の取っ手を掴み、捻ってみた。やはり動かない。鍵がかかっている。
ペドロは、針金のようなものを取り出した。鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。
ガチャリという音がした。ペドロは取っ手を掴み、慎重に引いていく。
途端に、扉の向こうから光が漏れ出てくる。目に映る情景が一変してしまった。
通路は、完全な暗闇に包まれていた。だが扉を開けると、そこからは別世界である。光に照らし出された空間は異様なものであった。
ペドロが今いるのは、コンクリートの壁に覆われた巨大な地下施設である。向こう側まで、三十メートルから四十メートルほどはあるだろう。幅は五メートルほどだろうか。長方形になっており、向こう側の壁にも金属製の扉がある。
天井には電灯が設置されていて、強い光を放っていた。左右の壁には、金属製の扉がある。それも、ひとつやふたつではない。両側合わせて、二十ほどあるだろうか。等間隔で設置されている。
扉の上部には、楕円形の強化ガラスが付けられている。スマホくらいの大きさだ。どうやら、扉を開けることなく中をチェックするための小窓になっているらしい。
ペドロは、扉に近づき中を覗いてみた。部屋の広さは、六畳ほどだろう。外と同じく、コンクリートの壁に天井だ。室内には、全裸の男性が入っていた。いや、入れられていると言った方が正確かもしれない。扉には鍵がかかっているが、中からは鍵をかけられない構造になっている。
それは、この部屋だけではない。他も同様だった。ひとつの部屋にひとりずつ、計二十人が小部屋に入れられているのだ。
男たちは全員、何をするでもなく床に座り込んでいる。その顔には、恍惚とした表情を浮かべていた。明らかに、普通ではない状態だ。
ペドロは、背負っていたリュックを下ろした。中から、映像撮影用のカメラを取り出す。
カメラを構え、ひとつひとつの部屋を映していく。同時に、何を映しているのかを解説していた。
「ここは牧場となっているようだ。鬼の食料にするための人間を飼育している。全員が恍惚とした状態だが、大麻のような効果がある麻薬を投与されている可能性が高い。俺が今いるブロックには男性しかいないが、女性のいるブロックもどこかにあるものと思われる」
喋りながら、ゆっくりと歩いていく。さらに他の風景をも映していった。
「おそらくは、交尾させるための部屋もあるものと思われる。したがって、子供のいる区画もどこかにあるはずだ。残念ながら、そこを探している時間はない」
そんなことを言いながら、ペドロは施設内を進んでいく。やがて、ひとつの扉の前で立ち止まった。
そこには、覗くための小窓がない。扉の外観も、明らかに他の部屋とは違っている。ペドロはカメラを床に置き、その場にしゃがみ込んだ。針金のような器具を手に取る。
鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。一分もせぬうちに、カチャリという金属音が聞こえた。ペドロは立ち上がり、取っ手を回してみる。
金属音とともに、扉は開いた。
中は、さらに異様な空間であった。
コンクリートの壁に囲まれた部屋は、先ほど見てきた独房のごとき小部屋と比べるとかなり広い。田舎の小料理屋くらいはあるだろうか。数人の人間が、ぶつかることなく歩き回ることも可能だ。
部屋の真ん中には、大きなテーブルが置かれている。金属製で、飾り気のない無骨なデザインである。ただし、椅子は置かれていない。上に設置されているライトは大きく、光が強いものだ。
部屋の隅には、事務用の机と椅子があった。さらに、壁にはモニターが付いている。机の上を見れば、メスやペンチや注射器といった手術用の道具が置かれていた。
そんな室内を、ペドロはカメラを持ち撮影していく。
「飼育された人間の中には、様々な実験に使われる者もいる。人体実験というものは、新しい手術方法や新薬のみならず、武器や兵器の開発においても重要だ。この部屋は、主に飼育された人間を使い薬品や手術方法を試すためのものだろう」
喋りながら、ペドロは部屋の隅々を映していく。
「しかも、ここに閉じ込められている人間には戸籍がない。彼らは、地下で生まれて地下で育つ。やがて食料になるか実験材料として使われるか、そのどちらかの末路が待っている。しかも彼らは、法的には存在していないはずの人間たちだ。ここで飼育された人間が、何人死んだところで警察は動かないし、動きようがない。したがって、どんな非道なことであろうと可能だ」
やがて、ペドロは部屋の外に出る。扉を閉めると、別のブロックへと進もうとする。
だが、その足が止まった。背負っていたリュックを降ろし、中にカメラを入れる。次いで、金属製のシガーレットケースを取り出し、タバコを一本抜き取る。口に咥え、マッチで火をつけた。
やがて、足音が聞こえてきた。かなりのスピードで、こちらに近づいて来ている。だが、ペドロには逃げる気がないらしい。タバコを吸いながら、平静な顔で待ち受ける。
やがて、通路に通じている扉が開いた。背の高い男が、施設内に入ってくる。
「そこにいるのは誰だ?」
言ったのは、茨木統志郎であった。この地下には似合わぬスーツ姿で、ペドロを睨みつけている。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ボクとセンセイの秘密
七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。
タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。
一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。
なので関西弁での会話が多くなります。
ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる