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6話 狸レベル3

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 格子に手を掛け手を差し出す小鳥遊雀に、トングで挟んだパンをあげてる用務員兼探索者の遠峰大樹です。 

 小鳥遊が置いていった檻に入ってるは、正気を失った獣の様になってまして、人語は愚か二足歩行すら忘れた様に成っている様で、食事さえまともに食べられないという事で、こうして安全な方法で食事を上げているところです。

 俺以外の人間が近付くと威嚇するので、適任者に選ばれ、こうして面倒を見てるのですが……。

 「雀さん、いい加減正気に戻ってくれませんか? 俺もこう見えて忙しいんですよ」

 四六時中見てないと暴れだし、その音が業務の妨げになると言うので、寝る時や風呂に入る時以外は同じ部屋に居る様に命じられてしまい、レベル上げにすら行けない状況が続いて、既に5日間も探索に出られない状態なんですよ。

 今現在の俺のステータスは

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 名前 遠峰大樹
 年齢 16歳
 職業 探索者Lv8
 状態 狸固定
 スキル 
 【忍術】Lv3
 ☆土遁 土潜りLv4
 ☆火遁 火遁業火滅却大延焼Lv2
 ☆水遁 素潜りLv1
 ☆如意棒
 ユニークスキル
 【獣化】
 狸Lv1

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 一度浜辺を焼いた時に水遁も覚え、水に5分くらいは潜れるようになりました。
 たぬきレベルは如何やったら上がるのか模索中なので、1ミリも成長してませんが、忍術レベルも探索レベルも上がって来ているので、このまま探索者を続けていれば、上がると思うんですけど、この雀の面倒を見なければならず、本当に困っているんです。

 せめて言葉を話せるくらいにまで、回復してくれると良いのですが……。
 話し掛けても甘える声は出すんですけど一向に言葉を話さないんですよね。

 『って、事でさ? 何か良い知恵ない? 婆ちゃん』

 『そうさねぇ……一度見てからじゃないと、判断できないねぇ』

 って事で、婆ちゃんに電話して来てもらったんだけど……。

 延々と俺の姿を見て笑ってんだよね。

 「アッハハハハ!プクククま、孫が、た、たぬ、きにぎゃははははははっ!ケヒョッケヒョッブワハハハハハッ」

 「もぅ、いい加減笑うのやめてよ!」

 「そ、そんにゃこと言われてもっヒーヒッヒヒヒヒ狸が、喋ってギャハハハハッゴホッゴホ」

 小一時間腹を抱えて笑い、吐きそうになって漸く落ち着くと、お茶を啜り一息つくと。

 「川の向こうで爺様が手招きしてたよ」

 「爺ちゃん生きてたんだよね⁉ 死んだの⁉」

 「ああ……そうだったね。 まぁ、今は虫の息だけどね」

 などと不穏な事を言い出したので、危篤なのかと思ったら、賭けに負けて取られたバイクに想いを馳せて、写真を眺めては溜息を零して黄昏れてる間に、かなり歳を取ってしまったそうだ。

 「今は縁側でお茶の似合う爺ぃになってるらしいわ。 はははザマァないね」

 「か、返そうか? バイク……今は乗れないし」

 すると、余計な事するなと怒られた。

 「そんな事より、そこの娘を治す方法だったね」
 
 「なんか良い案思いついたの?」
 「ああ、簡単さね」

 そう言うと、婆ちゃんは徐に立ち上がると、俺の首を掴んで持ち上げて、檻の中に放り込んだ。

 「なっ⁉」

 「じゃあ、解決したら呼びなよ? 良い狩場を紹介してやっから」

 そう言って婆ちゃんは帰って行った。

 「ち、ちょっと婆ちゃん⁉ これが何で解決策なのさ!」

 と、格子にしがみついて、立ち去る婆ちゃんの背中に向かって叫んでたら……。

 「うひょおっ!」

 と、へんな奇声を上げて小鳥遊雀に抱き締められ拘束、藻掻けど足掻けどびくともしない鯖折りに、息も絶え絶えに成りながら抵抗するんだけど、一向に開放されないまま一夜が開けました。

 「うぅ……お腹減った、喉乾いた、気持ち悪いよぉぉおっ!」

 「たぬきちゃん!たぬきちゃん! フワフワもふもふうへへへへっ」

 ──あ、言葉が戻って……。

 涎と変な息遣いは著しく気持ち悪いけど、少しだけ改善の兆しが現れ始めた。

 そのまま更に一夜開けると、俺を膝に乗せたまま、ご飯を食べさせてくれたり、水を呑ませたりと、甲斐甲斐しく面倒を見てくれるようになって来た。

 「さぁ、たぬきちゃん!ご飯食べまちょーねぇー!」

 とか、身の毛のよだつ言葉遣いではあるが、他の人とも普通に話が出来る様になって来た頃、俺の体に異変が現れ始めた。

 「あれぇ? 何かたぬきちゃん硬いねぇ……?」

 激し目なスキンシップでもふもふだった毛皮は徐々に硬い毛に覆われ始め、3日も過ぎると立派な信楽焼の狸になっていった。

 [コンコン!]と、俺の体をノックする雀の目から狂気じみた視線が急激に失われ、盛大な溜息を吐くと、信楽焼に成り果てた俺を放り出し、一人で勝手に檻から出て行って、二度と戻っては来なかった。

 ──開放……された……のか?

 固くなった毛や皮膚がふわりと元に戻って何時もの様にモッフモフな毛皮に変わると、俺は誰も居ない部屋を見回し、警戒しながら檻から出る。

 「解決できた……やった……やったぁーーーっ!」

 と、ぴょんぴょん跳ねながら喜びを噛み締めて居たら

 「フハハハハッ!掛かったな!」

 と、狂気じみた瞳の雀が部屋に戻って来て、俺を抱き締めた。 しかし、その瞬間俺の体は瞬時に変化し、信楽焼の狸へと再び変身する。

 「ちょっと! 何でよ⁉ 何でまた固くなるのよ! 戻りなさいよ! 私の狸ちゃんに!」

 と、縋る様に泣き喚き信楽焼に成った俺に話しかけるので

 「いやぁ、どうやら雀さんの気配を感じると変化する様になったみたいです。 呪いですかねぇ?」

 「しょ、しょんなぁ~~~」

 と、力無く膝から崩れ落ち暫くシクシクと泣いたあと立ち上がり、肩を下げながらトボトボとした足取りで部屋から出ていった。

 その後、小鳥遊燕がやって来てお礼を言って帰っていき、雀は二度と俺の目の届く場所には現れる事はなかった。

 たまに視線を感じて振り向くと雀を目にする事もあったが、その都度信楽焼の狸へと変身してたれ、来る事も失くなった。

 更に良い事は続き、狸レベルが2へと上がり、俺のステータスはこの様に変化した。

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 名前 遠峰大樹
 年齢 16歳
 職業 探索者Lv8
 状態 狸固定
 スキル 
 【忍術】Lv3
 ☆土遁 土潜りLv4
 ☆火遁 火遁業火滅却大延焼Lv2
 ☆水遁 素潜りLv1
 ☆如意棒
 ユニークスキル
 【獣化】
 狸Lv2
 ☆信楽焼←new!
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 「解決出来たんだって? 私のお陰さね。 感謝しなよ? バチ当たるから」

 久し振りのダンジョンでテンションの上がった俺は、5階層で雲丹を取ってはその場で割って中身を啜っていたら、手を差し出しながら婆ちゃんが船に乗ってやって来ていた。

 「……良作では無かった気もするけど、解決したから良いや。で? 何か用なの?」

 解決こそしたものの、かなりのストレスで禿げかかってた事もあり、素直にありがとうと言えない俺は、若干不貞腐れた雰囲気を醸し出しながら、さっき取ったばかりの雲丹を婆ちゃんの手の上に乗せる。

 その雲丹をバリバリと素手で割り、中身を啜りながら婆ちゃんが言うには、紹介したい狩場が有るから教えてやる。 というものだった。







 そして、婆ちゃんの原チャリにニケツして乗り込み、警察の車を見かける度に透明化して姿と原チャリを消して、元築地市場ダンジョンへとやって来ていた。

 「此処?って、旧築地ダンジョンじゃん。 ここってネズミが良く出るって聞いたけど、ドロップアイテムが意外と美味しくて人気の場所でしょ? こんな所に居たら目立っちゃうよ?」

 「ああ、ここは確かに人気スポットだけどね、それは5階層まで何だよ」

 そう言って自分の姿と俺の姿を消したままダンジョンを降っていき、6階層入り口の階段まで来ると、覚悟だけして直ぐに戻って来いと言って押し出した。

 何が何だか分からない俺は、押し出されるままに身を任せて、一歩6階層へと足を踏み入れた瞬間、鳥肌で全身が逆だった。

 その原因は、音である。
 そこかしこから聞こえるその音はカサカサカサと、した小さな音ではあったが、洞窟の様な狭い場所ではよく響くようで、静かな音なのに合唱のように俺の耳へと届くのだ。

 「ヒッ⁉」

 と、短く悲鳴を上げて階段へと戻ると恐怖に目を剥いたまま、ニヤニヤと口元を緩めている婆ちゃんに文句を言い放つ。

 「婆ちゃん⁉ 何だよここ‼ 見て! この鳥肌見てよ!」

 「すまんな、大樹よ。 私の目にはもふもふの毛皮しか見えないよククク」

 「そういう事じゃないでしょ⁉ 何ここ! そこかしこからカサカサって音がっ⁉」

 そう、此処は6階層からGしか出ないダンジョンだったのだ!

 「俺がGが大嫌いな事知ってて言ってるの⁉」

 中学を卒業して直ぐに、婆ちゃん家に来た日Gに出会った俺はパニックを起こし、警察に助けを求めたが、ため息を吐かれて無言で電話を切られ、仕方なく習志野自衛隊駐屯地に忍び込もうとして捕縛され、保護者として婆ちゃんを呼び出されて、その場でフルボッコされた過去がある。

 自衛隊に忍び込んだのは、銃でGを退治しようと考えたからだ。 
 それくらい俺にとってGは敵なのだ。

 それなのに、この婆ぁ……。
 俺の恨みの篭った涙目を尻目に、婆ちゃんは一言呟く。

 「お前の火遁が役に立てる場所だと思ったんだけどねぇ……」

 「え……」

 俺の火遁は現在使用を禁止されている。

 何故なら、その階層の全てを焼き払うまで炎が消えない為だ。 浜辺でやった時は、海の中のアサリまで全て焼け、元に戻るまで一日必要でその日の漁業は仕事にすらならなかったとクレームが入った程だった。

 階段や壁や扉などが有れば、炎は届かないと予想は出来たが、浜辺のダンジョンに扉は無い。
 あるとすれば最下層のボス部屋くらいだ。

 そして、このダンジョンにも扉は最下層のボス部屋しかないと言う。
 なんで、そんな事を知ってるのかと尋ねると、婆ちゃんも昔此処に入って、8階層まで潜った事があるそうだ。

 そして、その時に得たドロップで多くの子供の命を救ったのだという。

 「でね? そのドロップを大樹取って来て欲しいのさ」
 「な、何で俺なんだよ!」
 「誰も此処には入らないからさ」
 「だからって……!」
 「火遁使って階段にすぐ戻れば良いんだろ? レベルアップ酔いするなら私も待機しててやるし、此処まで来るのも大変なお前に取っても有意義な場所だろう? 此処なら」

 そう言われてしまえば確かにその通りで……、反論する言葉はそれ以降出て来なかった。

 
 暫くの葛藤の後、
覚悟を決めた俺は、再び6階層へと足を踏み入れた。

 そこかしこから聞こえてくる音に、耳を塞ぎながら火遁を唱えたのが不味かったのか、俺は逃げ遅れてしまい炎がチリチリと自分の毛皮を焼いて焦げ臭い匂いがしてくる中、俺は無意識に変化していた。

 信楽焼ではなく

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 名前 遠峰大樹
 年齢 16歳
 職業 探索者Lv8
 状態 狸固定
 スキル 
 【忍術】Lv3
 ☆土遁 土潜りLv4
 ☆火遁 火遁業火滅却大延焼Lv2→Lv3
 ☆水遁 素潜りLv1
 ☆如意棒
 ユニークスキル
 【獣化】
 狸Lv2→Lv3
 ☆信楽焼
 ☆文福茶釜←new!
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 鉄の茶釜に。
 

 

 


 
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