俺が証人だ。

氷天玄兎

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五話

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俺は梶本 慧の友達だ。
あいつは自分が良い人間であることを拒む、否、良い人間というものが奇怪なものにみえていた。自由を求める鳥のように、「良い人間」という鳥籠から逃れるために必死で鳥籠のなかを藻掻きまわっているのが慧、それをただ傍観するだけの俺。ハタから見たらそんな感じだろう。
でも違う。実際は。
俺は慧が好きだった。
誰よりも慧が好きで、あいつの近くにいて、理解していた…いや、そういう風に勘違いしていた。俺は慧の良き理解者であり、頼れる存在とか特別な存在であると思っていた。
だが、今さっき、その思い上がっていた気持ちは一気に落とされた。
他の人だったんだ。そう、俺じゃない他の人が慧の初恋の相手。
慧は綾坂という先生が気になっているようだった。あいつが俺以外の人のことを良い意味で考えるなんて思ってもみなかった。
ずっと…ずっとこのままでいてほしかった。
好きな人が自分ではない他の人に恋に悩む姿は、なにか得体の知れない感情に侵されるかのように、不快感を覚えるものだった。
でも、俺の中の掟は、大切な人の幸せは守ることだ。
慧が綾坂先生が好きならそれを笑顔で応援し、しっかり相談に乗る。そうするべき、なのに涙が目尻に溜まってくる。でも、慧の前で泣いたって同情や罪悪感が乗ってくるだろう。そして、第一迷惑だろう。
少し目を強く瞑ればこぼれ落ちそうで、そして、張り裂けそうな心が痛む。
堪えていると、慧は気づかずに店を去っていった。そのあとはもう、堪える必要などないと本能が言ったのか、堪えていた涙がひとつ、ふたつ、テーブルに落ちていく。
ずっと好きだった。
初恋の相手で5年間も片想いをして、今日、今さっき、失恋したんだ。
初めての失恋も味わった。だから、もう、泣いても良いじゃないか。あいつの前で泣かないから、せめて今のひととき泣くことは許されてほしい。今、泣いて、そのあとはいつもの榊原 捺に戻ろう。そして、また慧の相談相手になろう。その関係でも俺は幸せだ。結ばれないなら結ばれないものなりに、今の頼れる存在という優越感にひっそりと浸っていよう。
心の中でそう決めて、立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き出し、店を後にした。
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