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76.態勢を整える①(5月21日)
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「よし!じゃあ一走り行ってくるぜ!お嬢さん達も怪我すんなよ!」
馬車の荷台を切り離し終えたティオがひらりと騎乗して、見送りに来た俺とイザベルに軽く手を挙げる。
「大して歳も変わんないくせに、キザな事言うな!」
イザベルの憎まれ口を背に受けて、ティオが駆る馬は脱兎の如く走り出した。
あの速度ならグサーノも追い付けないだろう。
ティオを見送った俺達は、救出した子供達の元へと戻った。
「これからどうしましょう。グサーノの襲撃は一段落しているようですが、このまま収まるのでしょうか」
アイダが他所行きっぽい口調で話しかけてくる。
いや、いつに無く緊張しているのかもしれない。
今までは自分達の身を守る事だけを考えていればよかった。だが今回は違う。乳飲み子ではないとはいえ、自分の身を守る術を持たない子供を庇って戦わねばならないのだ。
「それなんだが、もっと防衛し易い建物はないだろうか。ここはどうにも広すぎるし、障害物も多い。アイダは自由に剣を振るえないだろうし、イザベルの矢も射線が通らないだろ?」
床が石造りの教会は、足元からグサーノが侵入しないという点では理想的な拠点だ。しかし足元には砕けた長机が散乱しているし、現に側面を破られて内部に侵入されている。侵入してきたグサーノに四方から襲い掛かられている時に転倒などすれば、正に命に関わる。
「あの……床は土ですが壁は石造りの場所ならあります……」
蚊が鳴くような声でそっと発したのは、幼児達と一緒にいた痩せぎすの女の子だ。
泥とグサーノの吐いたであろう毒液に汚れた顔は、アリシアに綺麗にしてもらったようだ。そばかす混じりの白い肌に、赤毛を三つ編みのお下げにしている。
「もう平気か?えっと……」
「アンナです。この子達の面倒を見る仕事をしています」
「アンナちゃんはねえ、生まれつき身体が丈夫じゃないんだって。だから農作業や森に入る仕事の代わりに、子育てを引き受けてたんだよ!すごいよね!」
俺がティオと打ち合わせをしている間に、娘達は事情を聞いていてくれたようだ。
子供の世話を働けない子供が担う。言葉にすれば酷い制度のように思えるが、それはそれで社会の在り方なのだろう。
「そうか。それは偉いな。それでアンナ、その壁が石造りの場所っていうのはどこにある?どんな建物なんだ?」
思わず頭を撫でそうになるのは、イザベル達の影響か。
「村の外れにある食糧庫です。今の時期はほとんど空っぽだと思います」
食糧庫か。
確かに食糧庫であれば余計な窓などはないだろうし、それこそネズミ1匹入る隙間もないほどに頑丈な壁が作られているかもしれない。
何れにせよこの教会よりはマシだろう。
「その食糧庫はここから遠いか?走ってどれくらいだ?」
「えっと……私の足で数分……だと思います。ごめんなさい。走って行った事がないので……」
「わかった。拠点をそこに移す。それぞれ子供を1人ずつ抱いて行くぞ。万が一グサーノが出ても深追いはしない。さっきの馬車の時と同じように、進路を塞ぐ奴だけを叩く。アンナは歩けるか?」
「はい!大丈夫です!」
「よし。とりあえず入口まで移動して待機。索敵の後に行動を開始する」
「了解!」
◇◇◇
「土の中からは変な音は聞こえないよ」
地に伏せて教会の前の石畳に耳を当てていたイザベルが俺達を呼ぶ。チラッとやって見せただけで自分の物にしてしまえるイザベルの戦闘センスは抜群なのだ。日常生活のいささかぶっ飛んでいる言動など吹き飛ばしてしまえるほど、狩人としては有利な点だ。
「グサーノの気配は…なさそう…ですか?」
幼児1人を背負ったアリシアの腰が若干引けている。
アリシアは日常生活では皆のお母さん的な存在だが、こと戦闘時のセンスという意味ではイザベルやアイダに及ばない。
だが、時に戦闘に没頭して周りが見えなくなるアイダや、基本的にイケイケなイザベルのサポート役としては、これぐらい臆病でなければ務まらないだろう。
この3人は養成所で出会って意気投合したというが、この3人がバラバラで狩人をやっている姿は想像できない。
「俺の方でも他の魔物の気配は探知できない。アンナ、その食糧庫ってのはどの辺りにある?どっちに進んだらいい?」
「えっと…こっちです。あのちょっと高くなった場所にある、平らな屋根の建物です」
アンナが指差す先には、白っぽい石造りの建物がある。直線距離では100メートルほどか。
「わかった。アンナは道案内を頼む。先頭はイザベル、次にアンナと俺、アリシア、殿はアイダの順だ。さっきも言ったが極力戦闘はしない。負傷者を見かけたら場所を覚えておいてくれ。子供達の安全を確保してから救助に向かう。いいな?」
「はい!」
「よし。結界防壁を構築して、その中を進む」
半球状の天蓋に加えて、地面に沿って展開した結界防壁に包まれるように一塊りでゆっくりと移動していく。
「誰か!いたら返事して!」
「アルカンダラから来たカサドールだ!誰か返事してくれ!」
道中にある倒壊した家々の戸口でイザベルとアイダが呼び掛けるが、応答はない。
「まさか村一つが全滅……」
「いや、今向かってる食糧庫に避難してるかもじゃん?」
いつになく青ざめたアイダを見て、アンナの手を引くアリシアの顔も強張る。
「アンナ。私達より先に5人組の狩人が来なかったか?うち3人は剣士で、後の2人は魔法師か魔導師なんだが」
アイダがアンナに確認しているが、そういえば先輩狩人の仕事っぷりを見学するのが今回の目的だった。
「あ、えっと…昨日来られていた人達でしょうか。昨日の夕方にグサーノの襲撃が始まってすぐに私達は教会に避難したので……その後どうされたかまでは」
襲撃は夕方からだったのか。
だとすれば先輩方は間に合ったはずだ。
「ははん。あの人達間に合ったんだ。それにしてはグサーノの死体の一つも落ちてなくない?」
先頭を歩くイザベルがボソッと呟く。
村の敷地内にもそこかしこに穴が開いていたり地面が抉れた場所がある。そして血溜まりや赤褐色の体液の痕。だが倒れているのは変色した遺体ばかりだ。
「それはほら、夜のうちに他のグサーノや魔物が食べちゃったんじゃないかな。奴らは魔素の補給のために他の魔物を喰らうじゃない。だからだよ」
「それならいいけど。まさか1匹も倒せなかったんじゃ……あれ」
「ん?あれは……」
イザベルとアイダが立ち止まって路地を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「お前達は見るな!」
「子供には刺激が強すぎる…」
アンナの手を引きながら一緒に覗き込もうとしたアリシアをイザベルとアイダが立ち塞がるように制止する。
そんな2人の頭越しでも俺の身長ならば向こう側が見える。そこに落ちているのは……剣を握ったままの腕か。
「アンナ。この村に剣を扱える人って住んでいるか?衛兵やってたとか狩人だったとか」
「それも護身用の剣なんかじゃない。私が持っているのよりもっと大きい剣だ」
「いえ……いないと思います。大人達は短剣は持っていますが、そんなに大きな剣を持っている人は知りません」
ということは、あの腕の持ち主はやっぱり……
「ダミアン一家の誰か。それも男3人のうちの1人が、少なくとも腕を失うほどの深傷を負っているってことですね……」
「そんなに大きな村でもないし、ここまで戦闘音も何も聞こえてこなかった。戦う事を諦めてどこかに引き籠もっているか……」
「ダミアン一家も含めて本当に全滅したかだね。お兄ちゃんどうしよう。私達だけならお兄ちゃんの転移魔法で脱出できるけど、この子達にどんな影響が出るかはわかんない……」
転移魔法は極めて便利ではあるが、正直どんな副作用があるかわからない。魔法を学んだ専門家(一応)でもあるアリシア達には平気な事でも、子供達には致命的な何かが起きるかも知れない。
さっさと子供達を連れて転移もせず、普段歩く事を面倒くさがるイザベルが大人しく歩いているのはそういう理由だ。
「この子達の親が無事ならいいのだが……少なくともリナレスの街までは脱出して、然るべき方法でこの子達を預けないとな」
「了解です。しかし激戦になりそうですね」
アイダの言うとおり、さっさと防備を固めなければ俺達も危ない。
◇◇◇
アンナに案内されて辿り着いた食糧庫は、高さ3メートル弱、間口5メートル、奥行き10メートルほどの石造りで天井部は平らな構造だった。
20フィートコンテナを4つ並べたサイズ感だ。
扉は要所を金具で補強された木製の外開き。大きな閂が外側から掛かったままになっている。
周囲にグサーノが現れた時にできる穴や、這い回った痕跡はない。
「閂が掛かってるって事は……」
「中に人がいるとは思えないな……」
イザベルとアイダの予想に反して、3Dスキャンの結果は内部に人の気配を検知していた。
それも横たわった人が複数人いる。
「中に要救助者がいるようだ。一旦子供達を置いて、俺とイザベルで確認する。アイダとアリシアは子供達の直掩を任せる」
食糧庫は教会ほど広くはない。同行するのは近接戦闘も得意なイザベル一択だ。
アイダとアリシアが子供達と一緒に離れた事を確認して、閂に手を掛ける。
馬車の荷台を切り離し終えたティオがひらりと騎乗して、見送りに来た俺とイザベルに軽く手を挙げる。
「大して歳も変わんないくせに、キザな事言うな!」
イザベルの憎まれ口を背に受けて、ティオが駆る馬は脱兎の如く走り出した。
あの速度ならグサーノも追い付けないだろう。
ティオを見送った俺達は、救出した子供達の元へと戻った。
「これからどうしましょう。グサーノの襲撃は一段落しているようですが、このまま収まるのでしょうか」
アイダが他所行きっぽい口調で話しかけてくる。
いや、いつに無く緊張しているのかもしれない。
今までは自分達の身を守る事だけを考えていればよかった。だが今回は違う。乳飲み子ではないとはいえ、自分の身を守る術を持たない子供を庇って戦わねばならないのだ。
「それなんだが、もっと防衛し易い建物はないだろうか。ここはどうにも広すぎるし、障害物も多い。アイダは自由に剣を振るえないだろうし、イザベルの矢も射線が通らないだろ?」
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「あの……床は土ですが壁は石造りの場所ならあります……」
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「アンナです。この子達の面倒を見る仕事をしています」
「アンナちゃんはねえ、生まれつき身体が丈夫じゃないんだって。だから農作業や森に入る仕事の代わりに、子育てを引き受けてたんだよ!すごいよね!」
俺がティオと打ち合わせをしている間に、娘達は事情を聞いていてくれたようだ。
子供の世話を働けない子供が担う。言葉にすれば酷い制度のように思えるが、それはそれで社会の在り方なのだろう。
「そうか。それは偉いな。それでアンナ、その壁が石造りの場所っていうのはどこにある?どんな建物なんだ?」
思わず頭を撫でそうになるのは、イザベル達の影響か。
「村の外れにある食糧庫です。今の時期はほとんど空っぽだと思います」
食糧庫か。
確かに食糧庫であれば余計な窓などはないだろうし、それこそネズミ1匹入る隙間もないほどに頑丈な壁が作られているかもしれない。
何れにせよこの教会よりはマシだろう。
「その食糧庫はここから遠いか?走ってどれくらいだ?」
「えっと……私の足で数分……だと思います。ごめんなさい。走って行った事がないので……」
「わかった。拠点をそこに移す。それぞれ子供を1人ずつ抱いて行くぞ。万が一グサーノが出ても深追いはしない。さっきの馬車の時と同じように、進路を塞ぐ奴だけを叩く。アンナは歩けるか?」
「はい!大丈夫です!」
「よし。とりあえず入口まで移動して待機。索敵の後に行動を開始する」
「了解!」
◇◇◇
「土の中からは変な音は聞こえないよ」
地に伏せて教会の前の石畳に耳を当てていたイザベルが俺達を呼ぶ。チラッとやって見せただけで自分の物にしてしまえるイザベルの戦闘センスは抜群なのだ。日常生活のいささかぶっ飛んでいる言動など吹き飛ばしてしまえるほど、狩人としては有利な点だ。
「グサーノの気配は…なさそう…ですか?」
幼児1人を背負ったアリシアの腰が若干引けている。
アリシアは日常生活では皆のお母さん的な存在だが、こと戦闘時のセンスという意味ではイザベルやアイダに及ばない。
だが、時に戦闘に没頭して周りが見えなくなるアイダや、基本的にイケイケなイザベルのサポート役としては、これぐらい臆病でなければ務まらないだろう。
この3人は養成所で出会って意気投合したというが、この3人がバラバラで狩人をやっている姿は想像できない。
「俺の方でも他の魔物の気配は探知できない。アンナ、その食糧庫ってのはどの辺りにある?どっちに進んだらいい?」
「えっと…こっちです。あのちょっと高くなった場所にある、平らな屋根の建物です」
アンナが指差す先には、白っぽい石造りの建物がある。直線距離では100メートルほどか。
「わかった。アンナは道案内を頼む。先頭はイザベル、次にアンナと俺、アリシア、殿はアイダの順だ。さっきも言ったが極力戦闘はしない。負傷者を見かけたら場所を覚えておいてくれ。子供達の安全を確保してから救助に向かう。いいな?」
「はい!」
「よし。結界防壁を構築して、その中を進む」
半球状の天蓋に加えて、地面に沿って展開した結界防壁に包まれるように一塊りでゆっくりと移動していく。
「誰か!いたら返事して!」
「アルカンダラから来たカサドールだ!誰か返事してくれ!」
道中にある倒壊した家々の戸口でイザベルとアイダが呼び掛けるが、応答はない。
「まさか村一つが全滅……」
「いや、今向かってる食糧庫に避難してるかもじゃん?」
いつになく青ざめたアイダを見て、アンナの手を引くアリシアの顔も強張る。
「アンナ。私達より先に5人組の狩人が来なかったか?うち3人は剣士で、後の2人は魔法師か魔導師なんだが」
アイダがアンナに確認しているが、そういえば先輩狩人の仕事っぷりを見学するのが今回の目的だった。
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襲撃は夕方からだったのか。
だとすれば先輩方は間に合ったはずだ。
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先頭を歩くイザベルがボソッと呟く。
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「それはほら、夜のうちに他のグサーノや魔物が食べちゃったんじゃないかな。奴らは魔素の補給のために他の魔物を喰らうじゃない。だからだよ」
「それならいいけど。まさか1匹も倒せなかったんじゃ……あれ」
「ん?あれは……」
イザベルとアイダが立ち止まって路地を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「お前達は見るな!」
「子供には刺激が強すぎる…」
アンナの手を引きながら一緒に覗き込もうとしたアリシアをイザベルとアイダが立ち塞がるように制止する。
そんな2人の頭越しでも俺の身長ならば向こう側が見える。そこに落ちているのは……剣を握ったままの腕か。
「アンナ。この村に剣を扱える人って住んでいるか?衛兵やってたとか狩人だったとか」
「それも護身用の剣なんかじゃない。私が持っているのよりもっと大きい剣だ」
「いえ……いないと思います。大人達は短剣は持っていますが、そんなに大きな剣を持っている人は知りません」
ということは、あの腕の持ち主はやっぱり……
「ダミアン一家の誰か。それも男3人のうちの1人が、少なくとも腕を失うほどの深傷を負っているってことですね……」
「そんなに大きな村でもないし、ここまで戦闘音も何も聞こえてこなかった。戦う事を諦めてどこかに引き籠もっているか……」
「ダミアン一家も含めて本当に全滅したかだね。お兄ちゃんどうしよう。私達だけならお兄ちゃんの転移魔法で脱出できるけど、この子達にどんな影響が出るかはわかんない……」
転移魔法は極めて便利ではあるが、正直どんな副作用があるかわからない。魔法を学んだ専門家(一応)でもあるアリシア達には平気な事でも、子供達には致命的な何かが起きるかも知れない。
さっさと子供達を連れて転移もせず、普段歩く事を面倒くさがるイザベルが大人しく歩いているのはそういう理由だ。
「この子達の親が無事ならいいのだが……少なくともリナレスの街までは脱出して、然るべき方法でこの子達を預けないとな」
「了解です。しかし激戦になりそうですね」
アイダの言うとおり、さっさと防備を固めなければ俺達も危ない。
◇◇◇
アンナに案内されて辿り着いた食糧庫は、高さ3メートル弱、間口5メートル、奥行き10メートルほどの石造りで天井部は平らな構造だった。
20フィートコンテナを4つ並べたサイズ感だ。
扉は要所を金具で補強された木製の外開き。大きな閂が外側から掛かったままになっている。
周囲にグサーノが現れた時にできる穴や、這い回った痕跡はない。
「閂が掛かってるって事は……」
「中に人がいるとは思えないな……」
イザベルとアイダの予想に反して、3Dスキャンの結果は内部に人の気配を検知していた。
それも横たわった人が複数人いる。
「中に要救助者がいるようだ。一旦子供達を置いて、俺とイザベルで確認する。アイダとアリシアは子供達の直掩を任せる」
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