上 下
22 / 57
エルレエラ

21.エルレエラにて②(5月12日)

しおりを挟む
結局のところ、今後のカリナの身の振り方については結論が出なかった。
これはあくまでもカリナの問題であって、出会って数日の俺が口を差し挟む事ではないし、カリナ自身がもう決めている事なのだ。

“守り人”としてアルカンダラまで俺に同行し旅をする。その行いそのものが、養成所へ入り魔物狩人カサドールとして認められる実績になるとカリナは考えているらしい。
俺の方も旅路にカリナがついて来てくれるのならば、これほど心強い事はない。何せ俺にはこの世界の常識が全く無い。一応「スー村の近くの森で隠遁生活を送っていた爺さんの孫が、人里に初めて出てきた」なんて設定では通そうとしているが、相当無理のある言い訳だと自分でも思う。
俺達2人だけの事を考えるのであれば、カリナの提案は双方Win -Winの関係である。

だがカリナの母親であるデボラや村の側からすれば、カリナの不在期間が数日間から数年間に大幅に延びてしまうし、そもそも心配するはずだ。
このまま俺とカリナの2人でアルカンダラへの旅に出たら、ハビエルはデボラに何と説明するのだろう。俺がカリナを奪って逃げたことになるのだろうか。ハビエルならそれぐらいの作り話はしかねないし、状況だけ見ればそう思われても仕方ない。

やっぱり先に相談すべきはハビエルだ。
俺とカリナはハビエルと連絡を取るべく、朝一番で連絡所へと向かった。

◇◇◇

昨夜の大雨が嘘のように晴れ渡った空の下、連絡所へと向かう。途中の水溜りには流れる白い雲が映り込み、吹き抜けるそよ風は肌に心地よい。
カリナの話によれば、この地方は夏でもさほど暑くなく冬でも凍えるほど寒くはないらしい。
冬に氷や雪が見たければ、もっと北に行かなければならないようだ。

そんな雑談をしながら連絡所までたどり着いたが、連絡所の周囲が何やら物々しい気配に包まれている。弓矢や剣を携えた男達はカサドール、揃いの防具を纏い整列しているのは衛兵か。
警察や軍隊が建物を取り囲んだと考えれば、それは物々しい雰囲気にもなる。
だが包囲している対象は連絡所ではないようだ。何か指示を待っているような、そんな気配である。
見知らぬ俺達に向けられる胡乱げな視線が痛いが、とりあえず話を聞かねば状況すらわからない。

「はいはい、ちょっと通してね~」

とかなんとか言いながら、カリナは俺の手を取ってスイスイと男達の間をすり抜けていく。この度胸は俺には到底真似できそうにない。
あれよあれよという間に連絡所の扉の前にたどり着いたカリナが、勢いよく扉を開いた。

◇◇◇

陽光が差し込む暖かな雰囲気の連絡所の真ん中には、まさに角を突き合わせんばかりの男女がいた。女性の方はレベカ、この連絡所の女主人だ。
もう一方の男性は見た目30代前半ぐらいか。茶色の髪を刈り上げ、腕には刀傷らしきもの。外にいた衛兵達と揃いの防具を見に纏い、鞘に収めたままの長剣を床に突き立てている。

「だから!助けに行かなきゃいけないでしょ!」

「繰り返すが、我が街の衛兵は我が街を守るためにある!ノレステ村はサバデルの管轄だ。エルレエラが救援を出す理由はない!それにノレステ村が襲われたのは4日も前と言うではないか。どうせ村は壊滅している。今から行っても無駄だ」

単語の意味はわからないが、兵力の派遣を求める側と渋る側に分かれてバトルしているようだ。

「あのう。お取り込み中……ですよね。出直そうかカズヤ」

カリナが数歩下がる。

「あん?見かけぬ顔だな……新参者か?」

男の方がジロリと俺達を見る。

「ちょっと噂にはなってるでしょ。“守り人”の2人よ」

腰に手を当てたままのレベカが至極簡単に俺達を紹介した。

「ちょうどよかったわ。あなた達に2つ報告があるの。良い話と悪い話、どっちを先に聞きたい?」

そういう場合大抵は良い話の前提条件が悪い話をクリアする事だと思うのだが。
俺が答える間もなく、男のほうが床を踏み鳴らして近寄ってきた。

「ちょっと待て。そこの男、その肩口の徽章は何だ?まさかお前さん“獅子狩人”か?」

男の視線の先には鷲の翼を持つライオンと2本の交差する剣を銀糸で刺繍した黒地のワッペン。とあるミリタリーショップで1000円ほどで買った実在しないはずの部隊章だ。
スー村でも“獅子狩人”という言葉が出てきた。あの時は普通に流してしまったし、結局のところ意匠が少し異なるという結論が出たのが、やはりこのワッペンには何か意味があるのか。

そこへレベカが軽く手を打ち合わせて割り込んできた。

「そうよ!あなた達がいるじゃない。昨日も30頭ばかし一角オオカミを狩ってきたところだし、適任よね!」

レベカは何やら企んでいるようだが、ここは黙して語らずのほうがいいか。

「一角オオカミを30頭だと?たった2人でか?」

「まあハビエルも一緒だったみたいだけどね。それでも彼らの実力を図るには間違いない結果でしょ?」

「確かに。我が衛兵隊の三個小隊、いや一個中隊に匹敵するやもしれん」

一個中隊だって?
旧帝国陸軍の中隊編成の定員は136名、自衛隊普通科のそれは200名規模である。
この世界が中世ヨーロッパに近い文明水準だと仮定しても、中隊といえばその定員は100名は下るまい。
その100人の衛兵隊が上げる戦果に等しいと評されたのか。
この男に話を誇張する癖があるのかもしれないが、いったいこの世界での魔物狩人カサドールの扱いはどうなっているのだ。

「そうでしょう?適任だと思うのよね」

「ふむ……その意見に同意する。この件はお前に一任するぞ」

何やら俺達の知らない所で話が纏まったらしい。
男は数本下がり、改めて鞘に収めたままの長剣を床に突き立てた。レベカの話を静観するつもりのようだ。

「じゃあ話を戻すわ。まずは良い知らせね。あなた達が調べている身元不明者のうち、お一人の身元が判明したの」

レベカはカウンターの奥から製本された束を持ってきた。

「えっと、お名前はマリアね。マリア イバルラ ドゥラン。出身はデニア。失踪当時は23歳ね」

「デニアのドゥラン?あのドゥラン家の令嬢か?」

静観するつもりかと思いきや、男も口は挟むらしい。

「そうよブラーボ。あのドゥラン家。デニアの港の管理者で、実質的な街の代表。その3人目の娘がマリア。スー村のカルネが残していた宿帳に書かれていた名前と、私が付けていた記録が一致したわ。ほら、これよ」

レベカが綴られた羊皮紙の束の一頁を俺に見せる。そこには幾つかの文章と共に丁寧なイラストが描かれていた。

「どれどれ……うわっ、レベカさん絵上手!」

俺の斜め後ろから覗き込んだカリナが声を上げる。

「マリア ドゥラン。剣士。得意魔法は水と治癒。ふーん、剣士なのに治癒魔法が得意なんだ。ふんふん……栗色の長い髪。長い鋲を打った革の手甲と脚絆。まあ剣士なら手甲は珍しくもないけど、絵のとおりなら異常に鋲が長いですよね」

確かに。革細工の補強用の鋲というよりも。装飾用の鋲に見える。要は世紀末にヒャッハーしてそうな連中がつけていそうな手甲のイラストなのだ。

「そうなのよ。その時は数日間は滞在してたんだけど、一度もその手甲を外している姿を見てないの。だから印象に残っているわ」

「験担ぎみたいに武具を外さない人っていますもんね。それで、このマリアさんはカサドールだったんですか?」

「そうよ。ドゥラン家って子沢山で有名でね。いくら有力者の家とはいえ、自分より上に兄や姉がたくさんいたんじゃ家を継げるわけでもないし。早々に家を出ても不自然ではないわ。それなりの格式の家で育った若者が立身出世を図る道は、実はそう多くないの。男なら政治家を目指すか軍人になるか。でもマリアは女だった。しがらみから解放されたいと願っていたとすれば、狩人になるってのは魅力的な道に思えたでしょうね」

「なるほど……。ではそのデニアの街に行ってみます」

「ええ。アルカンダラまでの道が予定とは逆になってしまうけど仕方ないわよね。それが良い話ね。次にちょっとした問題があるのだけれど、まあ、あなた達なら大丈夫でしょう」

こっちが“悪い話”か。そして往々にして悪い話のほうが本題なのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

推しに婚約破棄されたので神への復讐に目覚めようと思います

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:540

婚約者は私を溺愛してくれていたのに、妹に奪われた。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,740pt お気に入り:16

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:312pt お気に入り:4,044

処理中です...