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ザバテル

30.包囲(5月13日)

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マンティコレの死体1頭をエルレエラで引き取ってもらった俺達は、報奨金と買取金、それに任務の報酬でパンパンになった袋を受け取って自宅へと転移した。
スー村に滞在している間に、カリナは一度この家を訪れている。だが泊まるのは初めてだ。
疲れからかぼーっとしているカリナを風呂に放り込み、お湯の出し方とシャンプー・ボディーソープの使い方を教える。気の利いた洗顔料なんてものはないが、まあ自分の肌荒れぐらい自分で癒せるだろう。
カリナが入浴している間に、血で汚れたカリナの服と俺のBDUを洗い、ベランダに干す。
夜風が湿り気を帯びているのが気になる。明日は雨かもしれない。

風呂から出てきたカリナにTシャツと短パンを着せて、髪にドライヤーを当てる。
その間にもカリナの頭が船を漕ぎはじめた。相当疲れたのだろう。無理もない。

寝室のベッドに寝かせると、彼女は大の字になった。まったく、一応俺は男なのだがな。
まさか同衾するわけにもいかず、照明を消して部屋のドアを閉める。
明日に備えてやる事があるのだ。

エアガンのバッテリー残量を確認して充電する。
バレルをクリーナーで掃除し、マガジンに給弾する。
充電済みのバッテリーをエアガンに装着して、コネクターをラッピングする。更にビニール袋とビニールテープを用意しておく。普段はこんな事はしないが、明日は雨かもしれない。雨の中で電動ガンを使うにはそれなりの作法があるのだ。
BB弾の在庫はまだあるが、この調子で魔物に遭遇するならいつかはその在庫も尽きる。何かで現地調達する方法を考えなければ。マンティコレの鬣に魔力を通すとヤマアラシの針のようになるが、いいところで切断したらエアコキから発射できないだろうか。

エアガンのメンテナンスを終えてから、気になっていたザバテルの衛兵達の様子を遠目から見に行く。
エンリケの見立てどおり、ドゥラン達生き残りの衛兵はそのまま野営する構えであった。
ならば手伝いは明日の朝でいいだろう。
残った兵士の数にしては天幕が多いような気もするが、後続部隊か別働隊が合流したのかもしれない。
天気が心配ではあるが、兵士である以上は悪天候にも備えてはいるはずだ。

自宅へと戻ったのは午後10時ぐらいだった。
夜明けまでは時間があるし、うちにベッドは1つしかない。
仕方ないのでリビングにエアマットを敷き寝袋に入る。元の世界では5月中旬だが、この世界の夜は少し肌寒いぐらいだ。寝袋に入ってちょうど良い具合である。

◇◇◇

「カズヤ!カズヤってば!」

体にかかる重みと頬を打つ軽い衝撃で目を覚ます。
目線の先には俺を覗き込むカリナの顔があった。

「ああ、おはよう。よく眠れたか?」

「眠れたけどさ!そりゃあもうぐっすりと!じゃなくて、ここどこ!?この服なに!?私の服は!?」

つまりである。この美しい金髪の娘さんは、昨夜のことを、さほど覚えておいでではなかった。
それでも昨夜ここに転移してからの経緯を説明すると、多少は恥じらいというものが戻ってきたらしい。自分の胸元を押さえて頬を赤らめた。

「み……見た?」

見た。当然見た。
ラブコメの主人公の少年ならば顔をちょっと赤らめて否定するところだろう。
だが俺はラブコメの主人公ではない。見た目はともかく中身は中年のおっさんである。前後不覚に陥った女の裸を見たところで、特に疚しい事はない。

「ああ。その服を着させたしな。それよりも下りてくれないか?重い……」

彼女は最後までは言わせてはくれなかった。
俺の頬から派手な音と衝撃を発して、彼女は2階へと駆け上がって行ったのである。

◇◇◇

外は雨であった。
霧雨よりは少し粒の大きな雨のおかげで、昨夜干した俺のフレクター迷彩のBDUはまだしっとりとしていた。
濡れた服を着ると体力の消耗が激しい。濡れたままのBDUをミリタリーリュックに収納し、代わりにタイフォン迷彩の撥水加工されたカーゴパンツに、袖がタイフォン迷彩で胴体部が黒いジップアップを着る。どうせブッシュハットを被り雨合羽レインポンチョを羽織るのだ。上半身は通気性重視である。
携行するエアガンはG36Cにした。取り回しがよく、頬付けせずに腰ダメでもそこそこの集弾性がある。
バッテリーとコネクターはラッピングしているから、全体をビニール袋で包みマズルだけを出してビニールテープで固定する。多少の雨なら大丈夫だろう。

カリナの服はかろうじて着られる状態だったようだ。さっさと着替えて俺と入れ違いに階下へと下りていったカリナにも、透湿レインスーツを着させて靴下を履かせる。足元はゴム長でいいか。多少ブカブカするだろうが、我慢してもらおう。

「う~。シャカシャカする……なにこれ?」

ようやくカリナの機嫌が戻ったらしい。

「外は雨だ。お前も見ただろう?その服は水を弾くし、ゴム長なら水溜りでも平気だ。一応着ておけ」

「なんかゴワゴワする……ちょっと待ってて!」

脱衣所に飛び込んだカリナは、数分後にスッキリした顔で出てきた。
手にはさっきまで着ていた、昨夜俺が洗って干していた彼女の服を持っている。

「ちょっと待て。お前まさか……」

「ん?さっきのカズヤの服を着てみた。ちょっと太もものあたりがチクチクするけど、まあ慣れるでしょ」

裸にレインコートならぬ裸にレインスーツを想像したのだが、ちゃんと肌着は着てきたようだ。ならいいか。

「さっさと行くぞ。靴を履いて掴まれ」

カリナが俺の腕を掴んだのを確認して、転移魔法を発動する。向かうは昨日別れたドゥラン達の野営地だ。

◇◇◇

「うわっ!水溜り!」

端的に言えば転移に失敗したのである。正確に言えば転移そのものは成功したが、転移先が水溜りの中であった。
機敏に飛び上がるカリナだが、彼女は焦る必要はないのだ。何せ彼女はゴム長を履いている。彼女の跳躍とそれに続く着地によって影響が出たのは俺の方であった。

バシャン!と上げられた派手な水飛沫が俺の顔面を襲う。

「あ、ごめん……」

「いや、転移先の状態を確認しなかった俺が悪い。気にするな……」

泥だらけになった顔を拭う。ゴーグルを着けていてよかった……

「そこにいるのは誰だ!」

突然少し離れた後方から声がした。
ずぶ濡れの衛兵達である。数はざっと20人。鎖帷子の上に纏った黄色いガウンが水を吸って重そうだ。もっと撥水性のある素材で作るなり、魔法付与するなりできないのだろうか。

「昨日の魔物狩人カサドールよ。撤収の手伝いに来たの」

カリナが声を掛けるが、衛兵達の反応が妙だ。

「こいつら人間か?」

「見たこともない服を着てるぞ!きっと魔物だ!」

「殺せ殺せ!仲間もみんなこいつにやられたんだ!」

衛兵達が口々に叫びながら剣を抜き槍を構え矢を番い、俺達を包囲する。

「ちょっと待って!昨日助けてあげたじゃない!」

カリナも負けじと叫ぶが、その声は衛兵達には届いていないようだ。
衛兵達の殺気に圧されてカリナが後退りする。
キリリと弓が引き絞られる音がする。
戦うしかないのか。
G36Cのセレクターをフルに切り替える。
彼等に向かってトリガーを引けるか?
人に向かってトリガーを引いた事は何度もある。だがそれはあくまでもある程度の安全が確保されたサバイバルゲームの中でだ。この世界で人に向かってBB弾を発射したらどうなるか、俺には想像もつかない。ゴブリンやオーガのように弾が貫通し血の花を咲かせるのだろうか。だとすればたかが20人ぐらい、マガジン1本で屠ってしまうだろう。
ふと視界の端に小高い丘が見えた。数本の木と灌木が生えている。

「カリナ!一旦退くぞ。掴まれ!」

「退くってなんで!!」

「人間と戦うつもりか!まずは体勢を立て直す!」

ヒュッと矢が掠める。

「わっ!わかった!」

背中にしがみつくカリナの体重を感じながら、丘の向こう側へと転移した。
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