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ザバテル

31.制圧(5月13日)

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衛兵達の野営地近くの丘で包囲された俺とカリナは、麻痺魔法を付与した射撃によって前面の衛兵達を無力化した。
スキャン上の反応はあるから死んではいない。
ただ雨に濡れた鎖帷子のせいで少々強烈な電撃になってしまったようだ。

俺達の正面に展開していた数十人は数分と経たずに壊滅した。更に右翼と左翼の指揮官らしき衛兵を狙撃したことで、右翼集団と左翼集団も地面に伏せて動きを止めた。潰走しようとしないのは統制が取れている証拠なのか。

「カズヤ、残りは遠くの弓隊と後ろの部隊だけだね」

「ああ、これで引いてくれればいいのだがな」

「どうだろう。弓隊は伏せたまま動かないね。動けないのかもしれないけど」

「正面の部隊にドゥランはいなかった。俺達の後方にいるのかもしれない。今のうちに陣地転換するか」

「そうだね」

俺とカリナは匍匐したまま後退る。陣地転換と言うほど大袈裟なものではない。何せ丘の頂上は差し渡し数mしかないのだから。

◇◇◇

丘の反対側の藪から辺りを窺う。
と、後方から丘を迂回して近づく魔力反応がある。

「カズヤ、左から走ってくるのがいる。伝令かな」

カリナの言うとおり、その反応は伝令のようだ。
隊列の中央で立ち止まり、何かを言っている。
双眼鏡を覗いていたカリナが言う。

「あそこにドゥランさんがいる。ほら、あの中央の大きな男の人、あれがそうだよ!その隣は昨日助けた衛兵さん、その隣もそうだ!」

と言われても50mは離れている人間の人相など目視で判別できるはずもない。
カリナから双眼鏡を受け取って覗く。
そこにいたのは確かに昨日重症を負っていた槍隊隊長のドゥランであった。そして隊列を組む衛兵達の顔も見覚えがある。
昨日助けた衛兵達はこちらの部隊にいたのか。

ドゥランは伝令の話を頷きながら聞いている。
と、彼が丘の方を見た。目が合うはずもないが、確かにこちらを見たのだ。
彼は数本進み出て、持っていた槍の石突を地面に突き立て、戦列に戻る。何かの儀式だろうか。
ドゥランが隣の兵から抜き身の剣を受け取り、槍の穂先に向かって切先を突き上げた。

わかった。これは俺へのメッセージだ。
根拠は無い。勘だ。いわゆるピンと来たというやつである。

ミリタリーリュックからPSG-1を取り出し、二脚バイポットを立てる。
双眼鏡はカリナに渡した。観測手スポッター役を果たしてくれるだろう。
専用マガジンを叩き込み、4×40mmスコープを覗きながらセーフティを解除する。
大地に突き刺さる槍の柄は4倍のスコープでもレティクルに隠れるぐらいの太さにしか見えない。
この距離から命中させられるだろうか。
いや、やるしかない。やらなければ昨日助けた衛兵達に銃を向けることにもなりかねない。

レティクルと槍の柄を重ねたまま、深く息を吸う。止める。込める魔法は加速と貫通。息を止めたまま引き金を引く。

タンッ!

発射とほぼ同時にスコープの中で槍がゆっくりと折れた。

◇◇◇

ドゥランが地面に突き刺した槍が折れるのを見て、衛兵が何人か後退る。
ドゥランが手にしていた剣を鞘に収め、鞘ごと腰から外して地面に置いた。
周りの衛兵達も次々と武器を手放していく。
どうやら降参の合図のようだ。
その様子には双眼鏡を覗くカリナも同意見であった。

「勝った……の?」

「勝ち負けと言っていいかはわからないが、とりあえず戦う気は失せたようだな」

武器を放棄し戦う意思を取り下げた相手に向ける銃口は持ち合わせてはいない。
セレクターをセーフティに戻し、スコープから顔を上げる。カリナが持つG36Cのセレクターもセーフティに戻させた。

遠くから声が聞こえる。
戦列から歩み出たドゥランが俺達を呼んでいるようだ。

「カズヤ殿!そこにいるのか!」

「カズヤ呼んでるよ」

その姿は双眼鏡越しのカリナにも見えている。

「武装解除したのなら少なくとも攻撃する意思は無いんだろう。先に行くぞ」

起きあがろうとするカリナを止め、腰からUSPハンドガンを抜いて立ち上がる。
いつの間にか雨は止んでいた。目深に被っていたレインポンチョのフードを脱ぎ、丘を下る。

ややオーバーリアクション気味に出迎えてくれたのは確かにドゥランその人であった。

◇◇◇

事の顛末はこうである。

昨日の日没間近にドゥラン達に合流したのは、ザバテル衛兵隊所属の一団であった。
指揮官の名はノエル カレイラ。ドゥランと同じく槍隊隊長の1人であり、若くして王国魔法師の一員となり、早くに第一線を退いた人物らしい。

「魔法師なのに槍隊の隊長を?どうして?」

カリナの疑問は最もである。俺のイメージでは魔法が使えるなら引退してもそのまま魔法関連の仕事なり職務に就きそうなものなのに、どうして衛兵隊の、それも最前線に立つ槍隊を率いているのか。

「本人曰く、修行だそうだ。何でも魔法師の師匠に言われたんだと。“お前の魔力量は素晴らしい。だが経験が足りない。しばらく魔法を封じて何ができるか修行してこい”とまあこんな感じにな」

「それで衛兵隊に……」

「その指揮官の事情はわかった。とりあえずこの事態をどう収束させる?麻痺魔法の効果は直に切れるだろうし、俺達はこの場を去ってもいいが」

「そりゃあ困る。あんたはマンティコレを倒し俺達を救った英雄だ。きっちり凱旋してもらって、それなりの礼をしなきゃあならん。それでだ」

ドゥランがニヤリと唇の端を上げて続けた。

「今回は演習ということにしてくれないか?魔物と遭遇した際の演習。魔物役をお二人さんが引き受けたって事にすれば、話は丸く収まると思うのだが」

「そんな言い訳が通じると思うか?」

「普通は無理だ。だが相手はノエル カレイラだ。まあ俺に任せろ。その前に……」

ツッとドゥランが俺とカリナを指差す。

「その服は変えたほうがいいな。カズヤ殿はともかく、カリナさんはせっかくの美人が台無しだ」

◇◇◇

カリナには普段着を着せておいてよかった。まさか本人も衛兵達の前で着替えることになるとは思っていなかっただろう。
手早くレインウェアを脱ぎ俺のミリタリーリュックに突っ込んだカリナは、剣を帯び直すと大きく伸びをした。

「ふう……濡れないのはいいけど、ちょっと暑かったよ」

少し赤らんだ頬を手でパタパタ仰ぐ仕草を見せる。
俺はレインポンチョを脱ぎはしたが、その下はタイフォン迷彩の撥水加工されたカーゴパンツに、袖がタイフォン迷彩で胴体部が黒いジップアップである。雨具を脱げば普通の女の子であるカリナとは違って、俺は結局黒ずくめの異世界人である。

G36Cのセレクターはセーフティのままローレディに構え、ドゥランの先導で歩き出す。
俺の隣を帯剣して弓矢を背負ったカリナが歩き、後方からドゥラン配下の衛兵隊が続く。

愉快な行進はそう長くは続かなかった。
小高い丘を迂回して歩くだけである。ものの数分で丘の反対側の麓、先の戦闘で粉砕した衛兵隊の所に辿り着いた。
そこかしこで呻き声が聞こえる。少し離れた場所の弓隊は相変わらずその場に留まっている。逃げるなり救助に向かうなりすればいいと思うのだが。そもそも最初の発砲から10分以上は経過している。いくらでも時間はあったはずだ。

カリナに警戒を続けさせたまま、負傷者を治療する。先日ドゥラン達を治療した際に、一定の範囲内の負傷者を纏めて“ある程度”治癒する“エリアヒール”的な治癒魔法を使えるようになったから、とりあえずエリアヒールを全体に掛ける。
この魔法の難点は、効果は単一、つまり“痛みを和らげる”なら鎮痛効果しかないことである。痛みの元である例えば局所的な炎症や傷口の治癒ができるわけではない。そういった意味では麻酔薬に近いが、いつまでも治療の順番待ちをさせるのも酷な話である。
次にカリナが負傷者に水をスプレーして回る。
水魔法で生み出した水に治癒効果があるのも先日確認できている。外傷であればその水をいかに効率よく傷口に触れさせるかがポイントなのだが、ふと昔はどの家庭にもあった“マキ◯ン”を思い出してペットボトルに取り付けるスプレーノズルを持ってきていたのである。
現代医学では“傷口は消毒しない”が常識になりつつあるらしい。擦り傷ぐらいであれば傷口をきれいに洗ってハイドロコロイド素材のパッドで覆う湿潤療法が主流なのだ。

◇◇◇

「さて、とりあえず落ち着いたようだが。どうするカズヤ殿」

槍の石突を地面に突っ立て、よく通る声でドゥランが聞く。
やれやれ。一席ぶち上げろという事らしい。
まったく柄じゃあないんだがな。
ブッシュハットを脱いで少し湿った頭を掻く。
その仕草を見てドゥランがニヤリと笑った。

「全員傾注!演習ご苦労であった!負傷した者には治癒魔法を掛けてもらったが、他に負傷者はいないか!いたら手を挙げろ!」

負傷者に手を挙げさせるのも如何なものかと思うが、俺が口を挟むことでもないか。

「よろしい。そこの弓隊!聞こえているなら集合だ!駆け足!」

後方に控えたまま遊兵となっていた弓隊がぞろぞろと集まってくる。
前後してようやく指揮官の男が目を覚ました。

「ドゥラン殿。これはいったい……私は何を……」

お供の兵に支えられながら蹌踉めく足を踏ん張って立ち上がる。少し高い声だ。ドゥランがかなり若いと表現していたから声変わり前なのだろうか。

「カレイラ殿。こてんぱんにやられましたな。では魔物役を引き受けてくれた、魔物狩人カサドールのイトー カズヤ殿を紹介しよう」

そういってドゥランが大袈裟な身振りで俺を指し示した。

「イトー カズヤである。まずは大した怪我がなくてよかった。兵士諸君の普段の訓練の賜物だろう。だがな、指揮官は落第だ。対人戦闘としても対魔物戦闘としてもだ。理由はわかるか?」

呼び掛けられた側の槍隊隊長ノエル カレイラは、目深に被ったフードの奥から俺を見返して。
その双眸は光を失わず、演習とはいえ敗軍の指揮官とは思えなかった。
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