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アルカンダラ

54.養成所にて(6月10日〜24日)

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一夜明けてもビビアナの意識は回復しなかった。
掛け続けた治癒魔法の緑色の光はすっかり消えたが、俺は彼女の手を握ったまま彼女が横たわるベットの横を動けないでいた。
それは付き添ってくれているカミラも同じことだが、この黒髪の女性は明け方にダウンした。見た目以上に豪胆なのだろうか。今もビビアナが眠るベットに突っ伏して寝息を立てている。

軽いノックの音で我に返る。

「カズヤ、入るよ」

ドアを開けて顔を出したのはカリナとカレイラだった。

「所長さんに様子を見てきてって言われたんだけど、どう?」

「ああ、心配かけたな。見てのとおりだ。治癒魔法の効果は消えた。あとは彼女自身の生きる力に賭けるしかないな」

「生きる力……生きる力か……」

カリナが繰り返し呟く。

「お前達はどうしてたんだ?」

「えっと、宿舎の空き部屋に案内されて、一晩過ごしてたよ。あ、宿舎って言っても養成所の2階部分がそうなんだ。だいたい200人ぐらいが宿舎に入ってるらしいよ。今朝は入所に向けた適性検査?みたいなのを受けてきた」

「そうか。カリナなら問題ないだろうな。結果はいつわかるんだ?」

「明日って言われたよ。カレイラも一緒に入所するって」

「そうなのか?お前は王国魔法師に返り咲くのが目標だと思っていた」

「そうだ。だけどそれには経験と実績を詰むことだ。そう師匠に言われているからな。それよりお前はどうするんだ?」

「そうだな……」

アルカンダラに着いて遺体と遺品を引き渡す。その目的を果たした後の事までは考えていなかった。スー村郊外の家に帰ってひっそりと暮らすか……あそこならスー村の連中とも付き合えるだろうし、そもそも目的を果たしたのだから元の世界に戻ってしまうかもしれない。
スー村のアニタは俺の事を“呼ばれた者”と表現した。誰が呼んだのかは知らないが、仮に娘達の誰かが助けを求めて俺を召喚したのだとすれば、その願いを果たせなかった俺にはこの世界にいる理由も資格もないはずだ。
返事が出来ない俺の頭にカリナが軽く触れて、カレイラを連れて部屋を出て行った。

◇◇◇

その日のうちにビビアナを医務室から出すことが決まった。医務室だと俺が勝手にそう思い込んでいるだけで、単に“日当たりのいいベットがある部屋”であって医療機器があるわけでもないのだが、実際のところは体調不良者の休憩室という扱いらしい。カディス方面から魔物が殺到する可能性は当面無しとの判断のもと、アルカンダラ防衛に駆り出されていた養成所の職員と入所者(一般的に学生と呼んでいるようだ)が戻ってくる。その前にビビアナを移すということのようだ。

◇◇◇

俺の部屋は養成所の2階に宛てがわれた。ビビアナもすぐ近くにいる。正確には2階にある俺の部屋と繋がった上階にビビアナが眠る小さな部屋があり、その部屋に行くには俺の部屋の天井にある隠し階段を登るしかないのだ。
養成所の構造は中庭がある正方形で、その一辺はアルカンダラの城壁を兼ねている。宛てがわれた部屋は城壁に穿たれた東門の上だった。だから俺の部屋に入るには2階の中庭側に面した廊下をぐるりと通って突き当たりまで行かなければならない。そして俺の部屋に至るまでの廊下に並んでいるのは倉庫やら古い資料が納められた資料室で、滅多に人が訪れることもないらしい。ビビアナが眠る3階部分の上には物見櫓があるが、そこには城壁の上から階段でしか行けない。要するにビビアナは俺共々幽閉されたということだ。

まるでビビアナを連れてきたことが喜ばれていないかのように思えたが、その理由は6月17日になって判明した。
アリシア、アイダ、イザベルの3人に加えて、ビビアナの葬儀も執り行われたのだ。
この事実を知った時、俺は相当なショックを受けた。
元の世界でならば、普通失踪ならば7年、災害や事故に巻き込まれた特定失踪ならば1年の後に家庭裁判所による失踪宣言を受けて認定死亡と見做される。アリシア達は遺体があるのだから当然としても、ビビアナについては当分先だろうと考えていたのだ。それがたった二週間で葬式をあげるとは……
悶々としながらも、中庭で執り行われるアリシア達の葬儀を廊下の窓から見送った。
結局俺は葬儀には呼ばれなかったのである。

◇◇◇

更に一週間が過ぎた。
ビビアナの容態に変化は無い。相変わらず深い眠りに付いているかのように瞼すら動かさずに眠っている。
カリナとカミラが交互に訪れビビアナの身体を清めたりしてくれるのだが、特に痩せていることもなく床擦れもないそうだ。一般的に人間は何もしていなくてもカロリーを消費する。いわゆる基礎代謝というやつで、ビビアナほどの体型ならば1,000kcal程度だろうか。普通ならば骸骨のように痩せこけ、命すら危ぶまれる状況のはずなのだが、まるで彼女の周りだけ時が止まっているかのようだ。

俺はといえば特にやる事もなく、ビビアナの世話を終えた2人に養成所の様子を聞いたり資料室の本を読み聞かせてもらう日々だ。文字を覚えようかとも考えたのだが、古い羊皮紙に書かれているのは崩れた筆記体のような手書きの文字なのだ。俺には半分も見分けが付かずに断念した。木版印刷を含めて印刷技術は普及していないのかもしれない。
様々な話を聞いたが、特に興味深かったのは「加護」についての話だ。
この世界の人間は、産まれたその時に神々の加護を受けると考えられている。
炎の神へファイストス
水の神アクシオス
大地の神ガイヤ
光の神アグライヤ
風の神エオーロ
癒しの神パナケーリャ
これら代表的な神々の加護は多くの人々に与えられる。その加護の力により、人々は魔法を使える。この世界の人々の誰もが、生活魔法と呼ばれるごく効果の弱い水魔法や火魔法を使えるのはそのためだ。
その中でも例えばへファイストスの加護が強ければ火系統の魔法が得意になるし、エオーロの加護が強ければ風系統、パナケーリャとアグライヤの加護が強ければ治癒魔法が得意になる。
一般的には水の神アグライヤと炎の神へファイストスの加護を合わせ持つ者が大半であり、逆に大地の神ガイヤの強い加護を持つ者は、今ではほんの一握りとのことだ。
更には狩人の守護者である虹の神イリスや、知恵と工芸の神ミナーヴァから加護を与えられることもあるし、後天的に加護を授かる例も稀にあるらしい。
冥界の神ハーイデースの加護を受けた者も過去にはいたらしいのだが、その加護がどんなものだったのかは不明とのことだ。
俺はこの世界に生まれた者は、得意不得意の差はあれど、誰もがある程度の魔法が使えるものだと思っていた。スー村で受けた説明もそうだったはずだ。
だがその認識はどうやら間違っていたらしい。
生まれながらにして与えられた神々の加護に応じて、行使する魔法の得意不得意が決まる。これが正しいようだ。

「それでね」

加護の話になった時に、カリナが身を乗り出してきた。

「養成所の適性検査ってのが、魔力測定と加護の確認だったの。私が受けてる加護はねぇ」

「おい、加護について無闇に人に話すな」

「いいじゃんカズヤだし。あんただって知ってるでしょ」

「それはお前が勝手に話したからだろう!?」

なるほど。どんな加護を受けているかは、なかなかにセンシティブな話題らしい。

「でね、私が受けてる加護は炎と水、風だったんだけど、虹の加護が増えてたの!すごくない!?」

「虹の加護。確か狩人の守護者イリスだったか。どんな御利益があるんだ?」

御利益という言葉の意味がピンとこなかった様子で、カリナは首を傾げた。

「えっと……走るのが速くなる?」

いやいや、ノレステ村に向かう途中でカリナの足の速さは実感している。自分でも100mを10秒切ると言っていた。元の世界の陸上100m女性の世界記録で10秒ちょっとのはずだ。条件が違うから一概に比較できないが、彼女の場合は距離が伸びてもさほど速度が落ちない。

「それは正確ではない。虹の加護を持つ者は身体能力が向上する。走るのが速くなるのもあるが、腕力も敏捷さも向上する。魔物狩人カサドールには必須とも言われているが、僕には無い加護だ」

カレイラの言葉でようやく理解した。
加護とはファンタジー世界では定番のスキルまたはスキル上達チートなのだ。自分の加護に合った技術なり魔法なりを修練すればそれだけ向上も早いのだろう。
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