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第3話 初回同伴レビューと社内風評、だいたい健全
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――ちゅん、ちゅん。
鳥は毎週、出勤判定を勝手に下してくる。
目を開けると、天井はいつもどおり白くて、隣には――
「おはようございます、先輩」
迅蛇。
声は安定、寝癖は最小、まばたきは省電力モード。
僕は布団の中で、人類に許された一番小さな丸になった。
「……おはよう」
ミルク多めのコーヒーの匂いがして、昨夜の記憶が帰ってくる。
会社を出て、いつもの赤ちょうちん。
“β版”に入って初めての同伴。
飲み過ぎず、絡まず、帰りのタクシーで“合図テスト”を一回。
僕が迅蛇の手の甲を“とん、とん”。
そこで彼は、ちゃんと止まって――えらい。
KPI達成率、今日は高い。僕の主観。
「先輩、レビューを始めます」
「寝起きレビュー文化、どこの会社だよ」
迅蛇はベッドの端に腰を下ろし、メモアプリを開く。
システム監査か? ここは枕元だぞ。
「議題は三つ。飲酒量、合図運用、そして――社内風評対応」
最後、さらっと爆弾混ぜるな。
「……風評?」
「昨日の金曜、いくつかの観測がありました。総務の杉田さんが『最近、あなたたち退社タイムが同期してるわね』とコメント。営業の八木さんは『同伴(ペアラン)強化月間?』と笑っていました」
「言葉の選び方が絶妙にいやらしい」
「さらに、情シスの渚さんが、先輩のキーボードと僕のキーボードの打鍵音が似てきた、と」
「どんな観察眼だよ」
「音響ログは曖昧な真実を告げます」
「かっこよく言うな。で、みんなの反応は?」
「からかい半分。悪意は低いスコアです。気にしてない感じ」
ほっとする。
しながら、胃がすこし固くなる。
“会社では内密”。それが僕らのルール。
でも、空気には匂いがある。誰かの笑い声に、少しだけ混ざる。
「対応は?」
「三案。A:ノーコメント一貫。B:ゆるめの冗談返し。C:あえて相手に話題を譲って逸らす」
「お前、危機管理部門も兼務してるの?」
「兼務手当は出ません」
「出ないならやめろ」
でも、まあ、考えておくのは悪くない。
昨日、ちらっと噂を感じたのは事実だ。
――フラッシュバック。金曜の夕方、定時三分前。
―――
「佐万里くん、今日も“彼”と帰るの?」
コピー機の前、杉田さんがわざとらしく声量を上げた。
“彼”って言うな。“彼”だけど。いや今は“仮”。
曖昧な名詞の魔力やめろ。
「偶然ですよ、たまたま方向が同じで」
僕は笑う。声の湿度を下げ、目の焦点を固定する。
ここで泳ぐと、魚群探知機に引っかかる。
「たまたまが毎週続くの、いいわよね」
杉田さんはニヤリと笑って、コピーを抜く。
紙の熱。機械の匂い。
僕はうっすら汗をかいた。
廊下の角から、八木さん。営業の快足。
「お、二人とも金曜ラン? ペース配分、ミスるなよー」
走ってねえよ。
心の中で突っ込む。口では「はーい」と手を振る。
迅蛇はと言えば、いつもどおりの顔で「ストレッチは済ませました」と受け流した。
この男、どんな時も準備運動済ませてるのか?
さらに、帰りのエレベーター前。
情シスの渚さんが、無表情で一言。
「キーボード、最近似てきましたね」
「え、音が?」
「はい。とくにスペースの打鍵が同期してる」
「うちら心拍センサーかなんか?」
「気づいちゃうんですよね。趣味で音を採取してまして」
趣味が想像の外側。
でも、笑ってくれていた。
“気にしてない”のサインを、ちゃんと出してくれた。
ありがたい。
―――
――以上、回想終わり。
現実は土曜の朝。枕の柔らかさが主役に戻ってくる。
「先輩」
「ん」
「僕ら、“内密”は守ります。でも、噂に過剰反応して縮こまると、それ自体がサインになります」
「確かに」
「なので、B案をベースにしたい。ゆるい冗談返し。たとえば八木さんに『今日はペース落とします』と返したら、会話は終わる」
「その例え、スポーツ感強いな」
「営業はスポーツです」
「お前じゃなくて八木さんの話な」
笑いがひとつ落ちる。
緊張が、少し、やわらぐ。
僕はマグを置いて、布団から半身を起こす。
ふと、迅蛇の指先に目がいく。
長い。きれい。いつもキーボードを打ってる、まじめな指。
昨夜、その指が、僕の手を――
「先輩」
「うん」
「昨夜の合図、ありがとうございました」
「“とんとん”のやつ?」
「はい。止まるのは簡単です。でも、止める合図を先輩からくれるのが心地よかった」
真面目すぎるだろ。
でも、僕の胸の奥が、少しだけほどける。
“止まれる”って、親密さの種になるんだな。
昔の僕は、それを知らなかった。
“止まらない”方がかっこいいと思ってた。若かった。いや今も若いふりをする時がある。
「迅蛇」
「はい」
「会社の噂、気にしてない?」
「気にしてないです。ただ、先輩が心細いなら、それは気にします」
「……ずるい言い方するな」
「仕様です」
この“仕様”、嫌いじゃない。
僕は、枕を背に座り直して、話を戻す。
「じゃ、B案で。冗談返し。ノーコメントは封印。C案の“話題譲り”は、逃げたい時だけ」
「同意。Slackでは絵文字リアクションで完結させます」
「絵文字、何?」
「ランニングシューズとビールジョッキ」
「なんで走ってから飲む前提なんだ」
「金曜ですから」
納得してしまう自分が嫌だ。いや、嫌いじゃない。
「飲酒量は、昨日くらいがベースラインで」
「はい。先輩の“顔が赤くなってから一杯”で打ち止め」
「どこで判断してるの?」
「“さまりレッドアラート”の閾値は頬の温度と語尾の伸びで決まります」
「怖い精度だな!」
こういう時、迅蛇はちょっとだけ笑う。
口角が、数ミリ。ほんの数ミリ。
でも、その数ミリのために、僕は金曜に生きてるのかもしれない。
「さて、朝ごはん作ります」
「今日は俺がやる。β版の“見返り”を提示しろよ」
「では、焼き鮭と卵焼きと、味噌汁。塩分は少なめで」
「フルセットじゃん。コンビニじゃないの?」
「先輩の卵焼き、好きです」
急に、直球を投げるな。
心がキャッチャーミットを落とす。
「……了解」
台所に立って、卵を割る。
ジュッと油が鳴る音が、なんか、家庭の味みたいに聞こえる。
僕はそんな柄じゃないのに、手が自然に動く。
巻いて、切って、皿に並べて。
鮭はグリル、味噌汁は出汁パック。
手際が良いのは、コミケ厨房で鍛えられたからだ。
オタクの現場は、だいたい家庭を強くする。嘘じゃない。
「いただきます」
「どうぞ」
迅蛇は、卵焼きを一口。
目を細めるでもなく、ただ“噛む”。
でも、噛むテンポが半拍、柔らかくなる。
それで十分。
「うまいです」
「言葉で言った」
「仕様を拡張しました」
「いい拡張」
食べ終わって、食器を洗って、互いに身支度。
土曜は、駅まで送っておしまい。それがこのシリーズのルールだ。
ルールがあると、安心する。
恋愛に、ルール。
昔の僕は、これを笑ってた。
今は――好きだ。
「先輩」
「ん?」
「会社の噂、もう一個ありました」
「追加で?」
「昨日、帰りのエレベーターで、渚さんがぼそっと。『朝のちゅんちゅん、聞こえるんですよね』って」
「うち、鳥飼ってないけど?」
「メタ発言です」
「やめろ、第四の壁を触るな」
笑いながら、玄関へ。
靴を履く。
迅蛇が、いつもの手つきで、僕の靴紐を結ぶ。
きゅっと、でも優しく。
そこで僕は、彼の手の甲を――“とん、とん”。
テストではない。単なる癖だ。
止まってほしいわけじゃない。
ただ、ここにいるって合図。
「進んでいい時は、どうするんでしたっけ」
「……俺から、手、絡める」
「はい」
指を、絡める。
ほんの数秒。
玄関の空気の中で、ふたりだけの密度が変わる。
それから、するりと離す。
駅までの五分は、公共スペースだ。
線引きは、守る。
外に出る。
秋晴れ。パン屋の匂い。
郵便受けにチラシ。土曜の朝は、相変わらず優しい。
歩きながら、噂に対する“軽口”の練習をする。
八木さんへの返し:
「“同伴”って、ビールのプランですか?」
杉田さんへの返し:
「退社タイムは電車のダイヤ次第でーす」
渚さんへの返し:
「打鍵音、今度一緒に収録します?」
――うん、悪くない。
空気は、笑いで薄める。
真実は、僕らの部屋に置いたまま。
「先輩」
「うん」
「来週の金曜も、同伴」
「うん」
「噂は、たぶん続きます」
「だろうね」
「でも、僕らは、続けます」
「そうだね」
返事の“ね”が、少し伸びた。
“さまりレッドアラート”の検知基準に引っかかりそう。
でも、土曜の朝だから許される。
鳥も、許してくれる。たぶん。
改札前。
人の流れは穏やか。
僕は、立ち止まって、迅蛇を見る。
真面目な目。
笑ってないけど、冷たくない。
たぶん、ちょっとだけ、誇らしそう。
「ありがとな」
「何に対しての感謝か定義してください」
「全部。卵焼き美味しいって言ったのも、噂の処理も、あと――」
「“とんとん”も入ります?」
「駅で言うな」
「了解。家でレビューします」
「レビューすんな!」
笑いあって、手を小さく振る。
僕は改札を抜ける直前、少しだけ振り返って、指を動かす。
もう一つの合図。
指先を彼の方へ伸ばして、空気に“とん、とん”。
彼は、ほんの少しだけ、目で笑う。
“β版”。
走り始めたばかり。
社内の風評は、ぼちぼち。
僕らの歩幅は、まあまあ。
このくらいの“まあまあ”が、いちばん長く続く。
そう信じたい。
ちゅんちゅん鳴く鳥に、ついでに誓っとく。
佐万里、二十九歳。
社内のからかいがうっすら混じった土曜の朝、だいたい健全に終了。
次の金曜も、たぶん、走って飲んで、笑って帰る。
レビューは、枕元で。
鳥は毎週、出勤判定を勝手に下してくる。
目を開けると、天井はいつもどおり白くて、隣には――
「おはようございます、先輩」
迅蛇。
声は安定、寝癖は最小、まばたきは省電力モード。
僕は布団の中で、人類に許された一番小さな丸になった。
「……おはよう」
ミルク多めのコーヒーの匂いがして、昨夜の記憶が帰ってくる。
会社を出て、いつもの赤ちょうちん。
“β版”に入って初めての同伴。
飲み過ぎず、絡まず、帰りのタクシーで“合図テスト”を一回。
僕が迅蛇の手の甲を“とん、とん”。
そこで彼は、ちゃんと止まって――えらい。
KPI達成率、今日は高い。僕の主観。
「先輩、レビューを始めます」
「寝起きレビュー文化、どこの会社だよ」
迅蛇はベッドの端に腰を下ろし、メモアプリを開く。
システム監査か? ここは枕元だぞ。
「議題は三つ。飲酒量、合図運用、そして――社内風評対応」
最後、さらっと爆弾混ぜるな。
「……風評?」
「昨日の金曜、いくつかの観測がありました。総務の杉田さんが『最近、あなたたち退社タイムが同期してるわね』とコメント。営業の八木さんは『同伴(ペアラン)強化月間?』と笑っていました」
「言葉の選び方が絶妙にいやらしい」
「さらに、情シスの渚さんが、先輩のキーボードと僕のキーボードの打鍵音が似てきた、と」
「どんな観察眼だよ」
「音響ログは曖昧な真実を告げます」
「かっこよく言うな。で、みんなの反応は?」
「からかい半分。悪意は低いスコアです。気にしてない感じ」
ほっとする。
しながら、胃がすこし固くなる。
“会社では内密”。それが僕らのルール。
でも、空気には匂いがある。誰かの笑い声に、少しだけ混ざる。
「対応は?」
「三案。A:ノーコメント一貫。B:ゆるめの冗談返し。C:あえて相手に話題を譲って逸らす」
「お前、危機管理部門も兼務してるの?」
「兼務手当は出ません」
「出ないならやめろ」
でも、まあ、考えておくのは悪くない。
昨日、ちらっと噂を感じたのは事実だ。
――フラッシュバック。金曜の夕方、定時三分前。
―――
「佐万里くん、今日も“彼”と帰るの?」
コピー機の前、杉田さんがわざとらしく声量を上げた。
“彼”って言うな。“彼”だけど。いや今は“仮”。
曖昧な名詞の魔力やめろ。
「偶然ですよ、たまたま方向が同じで」
僕は笑う。声の湿度を下げ、目の焦点を固定する。
ここで泳ぐと、魚群探知機に引っかかる。
「たまたまが毎週続くの、いいわよね」
杉田さんはニヤリと笑って、コピーを抜く。
紙の熱。機械の匂い。
僕はうっすら汗をかいた。
廊下の角から、八木さん。営業の快足。
「お、二人とも金曜ラン? ペース配分、ミスるなよー」
走ってねえよ。
心の中で突っ込む。口では「はーい」と手を振る。
迅蛇はと言えば、いつもどおりの顔で「ストレッチは済ませました」と受け流した。
この男、どんな時も準備運動済ませてるのか?
さらに、帰りのエレベーター前。
情シスの渚さんが、無表情で一言。
「キーボード、最近似てきましたね」
「え、音が?」
「はい。とくにスペースの打鍵が同期してる」
「うちら心拍センサーかなんか?」
「気づいちゃうんですよね。趣味で音を採取してまして」
趣味が想像の外側。
でも、笑ってくれていた。
“気にしてない”のサインを、ちゃんと出してくれた。
ありがたい。
―――
――以上、回想終わり。
現実は土曜の朝。枕の柔らかさが主役に戻ってくる。
「先輩」
「ん」
「僕ら、“内密”は守ります。でも、噂に過剰反応して縮こまると、それ自体がサインになります」
「確かに」
「なので、B案をベースにしたい。ゆるい冗談返し。たとえば八木さんに『今日はペース落とします』と返したら、会話は終わる」
「その例え、スポーツ感強いな」
「営業はスポーツです」
「お前じゃなくて八木さんの話な」
笑いがひとつ落ちる。
緊張が、少し、やわらぐ。
僕はマグを置いて、布団から半身を起こす。
ふと、迅蛇の指先に目がいく。
長い。きれい。いつもキーボードを打ってる、まじめな指。
昨夜、その指が、僕の手を――
「先輩」
「うん」
「昨夜の合図、ありがとうございました」
「“とんとん”のやつ?」
「はい。止まるのは簡単です。でも、止める合図を先輩からくれるのが心地よかった」
真面目すぎるだろ。
でも、僕の胸の奥が、少しだけほどける。
“止まれる”って、親密さの種になるんだな。
昔の僕は、それを知らなかった。
“止まらない”方がかっこいいと思ってた。若かった。いや今も若いふりをする時がある。
「迅蛇」
「はい」
「会社の噂、気にしてない?」
「気にしてないです。ただ、先輩が心細いなら、それは気にします」
「……ずるい言い方するな」
「仕様です」
この“仕様”、嫌いじゃない。
僕は、枕を背に座り直して、話を戻す。
「じゃ、B案で。冗談返し。ノーコメントは封印。C案の“話題譲り”は、逃げたい時だけ」
「同意。Slackでは絵文字リアクションで完結させます」
「絵文字、何?」
「ランニングシューズとビールジョッキ」
「なんで走ってから飲む前提なんだ」
「金曜ですから」
納得してしまう自分が嫌だ。いや、嫌いじゃない。
「飲酒量は、昨日くらいがベースラインで」
「はい。先輩の“顔が赤くなってから一杯”で打ち止め」
「どこで判断してるの?」
「“さまりレッドアラート”の閾値は頬の温度と語尾の伸びで決まります」
「怖い精度だな!」
こういう時、迅蛇はちょっとだけ笑う。
口角が、数ミリ。ほんの数ミリ。
でも、その数ミリのために、僕は金曜に生きてるのかもしれない。
「さて、朝ごはん作ります」
「今日は俺がやる。β版の“見返り”を提示しろよ」
「では、焼き鮭と卵焼きと、味噌汁。塩分は少なめで」
「フルセットじゃん。コンビニじゃないの?」
「先輩の卵焼き、好きです」
急に、直球を投げるな。
心がキャッチャーミットを落とす。
「……了解」
台所に立って、卵を割る。
ジュッと油が鳴る音が、なんか、家庭の味みたいに聞こえる。
僕はそんな柄じゃないのに、手が自然に動く。
巻いて、切って、皿に並べて。
鮭はグリル、味噌汁は出汁パック。
手際が良いのは、コミケ厨房で鍛えられたからだ。
オタクの現場は、だいたい家庭を強くする。嘘じゃない。
「いただきます」
「どうぞ」
迅蛇は、卵焼きを一口。
目を細めるでもなく、ただ“噛む”。
でも、噛むテンポが半拍、柔らかくなる。
それで十分。
「うまいです」
「言葉で言った」
「仕様を拡張しました」
「いい拡張」
食べ終わって、食器を洗って、互いに身支度。
土曜は、駅まで送っておしまい。それがこのシリーズのルールだ。
ルールがあると、安心する。
恋愛に、ルール。
昔の僕は、これを笑ってた。
今は――好きだ。
「先輩」
「ん?」
「会社の噂、もう一個ありました」
「追加で?」
「昨日、帰りのエレベーターで、渚さんがぼそっと。『朝のちゅんちゅん、聞こえるんですよね』って」
「うち、鳥飼ってないけど?」
「メタ発言です」
「やめろ、第四の壁を触るな」
笑いながら、玄関へ。
靴を履く。
迅蛇が、いつもの手つきで、僕の靴紐を結ぶ。
きゅっと、でも優しく。
そこで僕は、彼の手の甲を――“とん、とん”。
テストではない。単なる癖だ。
止まってほしいわけじゃない。
ただ、ここにいるって合図。
「進んでいい時は、どうするんでしたっけ」
「……俺から、手、絡める」
「はい」
指を、絡める。
ほんの数秒。
玄関の空気の中で、ふたりだけの密度が変わる。
それから、するりと離す。
駅までの五分は、公共スペースだ。
線引きは、守る。
外に出る。
秋晴れ。パン屋の匂い。
郵便受けにチラシ。土曜の朝は、相変わらず優しい。
歩きながら、噂に対する“軽口”の練習をする。
八木さんへの返し:
「“同伴”って、ビールのプランですか?」
杉田さんへの返し:
「退社タイムは電車のダイヤ次第でーす」
渚さんへの返し:
「打鍵音、今度一緒に収録します?」
――うん、悪くない。
空気は、笑いで薄める。
真実は、僕らの部屋に置いたまま。
「先輩」
「うん」
「来週の金曜も、同伴」
「うん」
「噂は、たぶん続きます」
「だろうね」
「でも、僕らは、続けます」
「そうだね」
返事の“ね”が、少し伸びた。
“さまりレッドアラート”の検知基準に引っかかりそう。
でも、土曜の朝だから許される。
鳥も、許してくれる。たぶん。
改札前。
人の流れは穏やか。
僕は、立ち止まって、迅蛇を見る。
真面目な目。
笑ってないけど、冷たくない。
たぶん、ちょっとだけ、誇らしそう。
「ありがとな」
「何に対しての感謝か定義してください」
「全部。卵焼き美味しいって言ったのも、噂の処理も、あと――」
「“とんとん”も入ります?」
「駅で言うな」
「了解。家でレビューします」
「レビューすんな!」
笑いあって、手を小さく振る。
僕は改札を抜ける直前、少しだけ振り返って、指を動かす。
もう一つの合図。
指先を彼の方へ伸ばして、空気に“とん、とん”。
彼は、ほんの少しだけ、目で笑う。
“β版”。
走り始めたばかり。
社内の風評は、ぼちぼち。
僕らの歩幅は、まあまあ。
このくらいの“まあまあ”が、いちばん長く続く。
そう信じたい。
ちゅんちゅん鳴く鳥に、ついでに誓っとく。
佐万里、二十九歳。
社内のからかいがうっすら混じった土曜の朝、だいたい健全に終了。
次の金曜も、たぶん、走って飲んで、笑って帰る。
レビューは、枕元で。
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