8 / 11
第8話 おでんと白湯、湯気の向こうの半分こ
しおりを挟む
――ちゅん、ちゅん。
鳥は相変わらず勤勉で、今朝は少し湯気の音がする。
鼻の奥が昆布だし。枕の片側は温い気配。
目を開けると、ベッドの脇のトレイに白い湯のみ。控えめに立つ湯気。ラベルは手書きで「白湯」。
「おはようございます、先輩。低温で淹れました」
「“淹れる”って言うの、白湯にも使うの?」
「使います。抽出時間はゼロですが」
迅蛇はいつもどおり真顔。寝癖は最小。
僕は布団の端から手を出し、湯のみを受け取る。
一口。やさしい。胃袋が“起動中”になる。
昨夜を巻き戻す。
――金曜。「白湯会+おでん」のプロトタイプ運用日。
―――
定時ちょい過ぎ。
外は秋口の風。ビル風が少し辛口。
エレベーター前で目が合って、自然に足並みが揃う。
「今日は“白湯会+おでん”ですね」
「うん。21:30カットオフ、忘れないように」
「“小瓶の罠”は回避。アルコールはゼロまたは一杯まで」
「ゼロで行こう。白湯会、初回だから」
B案(ゆる冗談返し)をポケットにしまったまま、僕らはそのまま駅前のコンビニへ吸い込まれた。
自動ドア。
カツンと乾いた“ピン”音。
店内の中央、ガラス越しに湯気の箱。
――おでん。
店員さんの「いらっしゃいませ」に湯気が混ざる。
ステンレスの仕切りの向こう、白と茶と灰色の小宇宙。
大根が鎮座。卵は月。糸こんは軌道。がんもは小惑星。
「選定会議を開始します」
「会議しなくても、直感で……いや、会議するか」
迅蛇がトングを構え、目は真剣。
僕はペーパーカップを持って“係”になる。
社会は係で回る。
「先輩、最優先は?」
「大根。厚いの。端っこじゃないやつ」
「了解。角の丸み良好。――たまごは?」
「一個。割る用」
「“む”の合図ですね」
「今日は“に”でもいいけどな。肉まんあるから」
「いい指摘です。合図“に”を半分こ用として暫定導入」
“合図”は増える。
でも、生活に必要なら、増えた分だけ親密さの路線図が伸びる。
「こんにゃく、しらたき、ちくわ、がんも……え、もち巾着あるじゃん」
「“もち”は暴走枠です。極小で制御」
「極小もち巾着ってある?」
「半分に切ってもらえますか?」
「トングで分割は難しいので、僕らで“分けっこ運用”にします」
店員さんにお願いして、取り皿を二枚追加。
からしの小袋、三つ。柚子こしょう、一つ。
だし多め。――ここ、重要。
レジへ。
“ピッ”音の向こうから、情シスの渚さんが出てきた。まさかの偶然。
「あ、どうも。――おでんの“湯気音”は名曲ですね」
「音、集めてないですよね?」
「集めてません。ただ、好きなので耳が勝手に」
「それ、集めてるのと同じでは」
渚さんは目だけで笑って、袋を持ち直す。
レジ横の蒸篭からは湯気がもう一つ。
肉まん。白い。丸い。誘惑。
「肉まん、半分こしよう」
「異議なし。――一個、お願いします。」
「“に”の合図の実装、初回です」
袋を二つ持って外へ。
夜の風。街路樹がきしむ音。
コンビニの前のベンチ。
屋外だけど、湯気の発光で小さな室内みたいな気持ち。
「大根から行きますか」
「うん。最初に大根で、全体の出汁バランスを舌にロードする」
「ロード完了後、卵は“割り”。半分こ」
大根を割って、口に運ぶ。
優勝。
口の中で、だしが時計になる。時間がうまい方向に進む。
「卵、割るよ」
「合図を」
人差し指で、迅蛇の手の甲に“に”。
ひらがな二画。
指で書くと、なんか妙に照れくさい。
けど、それがいい。
彼は小さく頷いて、卵を割って、黄身の柔らかい方を僕に渡す。
ずるい。いや、優しい。
「こんにゃく、からしあり?」
「あり。鼻に一発入れて、白湯で中和」
「白湯、運用開始」
魔法瓶の白湯。
70℃未満。舌が驚かない温度。
ひと口ごとに世界が音量を下げる。
「もち巾着、ちょっとだけ」
「“暴走しない合図”は塩皿じゃなく“からし袋の端とんとん”で代用します」
「合図の新設、速いな」
もち、しみしみ。
半分こ。
ちいさな罪悪感を、白湯がやさしく洗い流す。
「――肉まん、いく?」
「いきます。合図“に”」
ふたたび、人差し指で“に”。
肉まんの皮を割ると、ふわっと湯気。豚の甘い匂い。
その瞬間、世界が二度目の優勝をする。
半分こ。
もちっと噛むたび、秋の夜がやわらかくなる。
「“白湯会”、いいな」
「はい。酔いがないのに、会話が甘くなります」
「甘い、って言うな」
「仕様です」
ベンチでしばらく、湯気と白湯と、くだらない話。
社内のからかいは横ばい。
八木さんは来週ハーフ。
杉田さん家の猫は冬毛で増量。
渚さんは“湯気音”の可視化に興味がある(なにそれ)。
21:12。
温度は下がり始める。
僕らは予定どおり、21:30カットオフに向けて片づけて、帰宅。
鍵がカチン。玄関の空気が“おかえり”と言う。
白湯を二杯だけ継ぎ足して、“居る練習”。
テレビも音楽もなし。
ただ、湯気の音。
“とん、とん”は要らなかった。自然に止まれた。
―――
現在地、土曜の朝。
白湯は二杯目。
昨夜の残りの大根が、冷蔵庫でじゅうぶんに味を深めている。
迅蛇が台所で温め直している音がする。
台所は昨日の延長線。安心の延長戦。
「朝は“おでん茶漬け”にしましょう。だしを少し濃いめに」
「天才。胃に優しいやつだ」
「それと、肉まんの残り皮をカリッと焼いて“おやつ”。半分こ」
「残り皮まで救うの、なんか良い」
湯気がまた立ち上がって、部屋の密度が少し上がる。
僕はベッドの端に座り直し、昨夜のログをやわく振り返る。
「迅蛇」
「はい」
「昨日、外で肉まん半分こしたの、なんか良かったな。外の空気と湯気の交差点に座ってる感じ」
「“交差点の親密さ”ですね」
「その言い方、詩人かロガーかどっちかにして」
彼は小さく首を傾げる。
“どっちも”の顔。ずるい。
「――レビュー、軽くしておきます?」
「やろう。白湯会+おでん、初回レビュー」
迅蛇がスマホを開いて座る。
枕元会議はもう儀式だ。
「総評:成功。改善点は三つ。①からしの配給を“1人1.5袋”に最適化。②大根の厚さは次回も“厚い”に固定。③肉まんは“1→2個”に増やし、最初から“半分こ運用”でロス削減」
「“ロス削減”って言うな。ロスはおいしかったよ」
「おいしいロスでした」
「僕から一点。“白湯温度”。70℃弱、良かったけど、もうちょいぬるい日があってもいい。喉が幸せ」
「“白湯温度レンジ 60–70℃”。その日の気分で選択」
「あと、屋外ベンチ。風が強い日は“室内ベンチ”に切り替え。コンビニ裏のイートスペース」
「導線、確認しておきます」
脳内に地図ができていく音がする。
この人の頭の中、たぶん駅前のベンチまで路線図が引かれてる。
「家族のおでん話、したっけ?」
「してません」
「うちはさ、母が“おでんは大根から”って宗派だった。あと、卵は“最後”。黄身で締める、っていう謎ルール」
「合理的です。脂が少ない順に攻めることで最後まで疲れない」
「すぐ合理にするな。――妹は“もち巾着先行”。写真映え重視」
「血統」
「言うな。迅蛇の兄たちは?」
「長兄は“根性だ!”で大根を二個。次兄は“熱拡散”で蓋の角度を調整。母は静かにがんも」
「想像が余裕でつくの、家族って感じだな」
「普通の家族です」
“普通”。
昨夜の湯気が、その普通をすっと包んでくれる。
音のないところに、だしのにおいが残るの、ずるい。
「できました。――おでん茶漬け、梅少し」
「わー、やさしい」
茶碗の上に、だしが薄金色。大根の影。
ひと口。
胃が“これだ”と拍手。
白湯の役割は、朝にちゃんと引き継がれた。
「うまい」
「よかったです」
「肉まん皮、おやつ」
「半分こ。合図“に”」
人差し指で“に”。
温まった皮は、表面だけカリ。中はしっとり。
砂漠にちびっと雨。そんな顔になる。僕の顔が。
迅蛇は見ないふりで見ている。ずるい。
食べ終わって、食器を片づける。
“台所オーケストラ”のテンポは低め。
昨日の“尊い”Slackは、渚さんから「湯気に合う言葉」とリアクションが増えていた。
削除しなくてよかった。昨日の僕、グッジョブ。
身支度。
歯磨き、シャツ、鍵。
迅蛇がゴミ袋の“からしの端”をまとめる。
使い切った小袋が、いい戦歴みたいに見える。
玄関で靴。
いつもの手つきできゅっと結ぶ。
僕はその手の甲に、二文字。
“に”と“とん”。
半分こと、ありがとう。
伝えたい言葉は多いけど、合図でいい時がある。
「駅まで、歩幅ゆっくりで」
「うん。白湯の延長で」
外。
空はうす晴れ。
パン屋の甘い匂いに、だしの記憶が混ざる。
ベンチの前を通ると、昨夜の湯気がまだどこかに残っている気がして、笑ってしまう。
「来週の朝ごはん会議、議題追加。――“コンビニおでんメニューの季節変動”」
「ちくわぶが入荷されたら祭りです」
「祭りはパンケーキだったろ」
「“ダブル祭り”にします」
「暴走の気配がする。合図“からし端とんとん”で止めよう」
「了解」
横断歩道。
信号待ちの間、僕はふと、白湯の色のない味を思う。
味がないのに、たしかに“味”がある。
恋愛も、たぶんそうだ。
味が派手じゃなくても、湯気があればいい。
一緒に息をするだけで、何かが温かくなる。
「先輩」
「ん」
「“半分こ”の合図、“に”は継続採用で」
「採用。――“む”と“に”、だんだん手の甲が辞書になってきたな」
「辞書の増分は親密さのログです」
「名言メーカー、また稼働してる」
駅前。
人の流れは穏やか。
改札の手前で立ち止まり、僕は迅蛇を見る。
真面目な目。笑ってないけど、温度は高い。
湯気の向こうで見たのと同じ目。
「ありがとな。おでん、白湯、肉まん、ぜんぶ良かった」
「こちらこそ。――21:30カットオフ、次回も厳守で」
「もちろん」
指先で、空気に“とん”。
進んでいい合図。
それからもう一つ、人差し指を立てて、ゆっくりと“に”。
半分こは、また来週。
次はちくわぶが来るかもしれない。
来なくても、湯気があればいい。
佐万里、二十九歳。
“白湯会+おでん”初回は成功。
コンビニの湯気、ベンチの夜気、肉まんの半分こ。
ぜんぶ、ほどよい温度で、ほどよい幸福。
ちゅん、ちゅん。鳥は勤勉。
僕らは、ほどよく。
また来週、湯気の向こうで。
鳥は相変わらず勤勉で、今朝は少し湯気の音がする。
鼻の奥が昆布だし。枕の片側は温い気配。
目を開けると、ベッドの脇のトレイに白い湯のみ。控えめに立つ湯気。ラベルは手書きで「白湯」。
「おはようございます、先輩。低温で淹れました」
「“淹れる”って言うの、白湯にも使うの?」
「使います。抽出時間はゼロですが」
迅蛇はいつもどおり真顔。寝癖は最小。
僕は布団の端から手を出し、湯のみを受け取る。
一口。やさしい。胃袋が“起動中”になる。
昨夜を巻き戻す。
――金曜。「白湯会+おでん」のプロトタイプ運用日。
―――
定時ちょい過ぎ。
外は秋口の風。ビル風が少し辛口。
エレベーター前で目が合って、自然に足並みが揃う。
「今日は“白湯会+おでん”ですね」
「うん。21:30カットオフ、忘れないように」
「“小瓶の罠”は回避。アルコールはゼロまたは一杯まで」
「ゼロで行こう。白湯会、初回だから」
B案(ゆる冗談返し)をポケットにしまったまま、僕らはそのまま駅前のコンビニへ吸い込まれた。
自動ドア。
カツンと乾いた“ピン”音。
店内の中央、ガラス越しに湯気の箱。
――おでん。
店員さんの「いらっしゃいませ」に湯気が混ざる。
ステンレスの仕切りの向こう、白と茶と灰色の小宇宙。
大根が鎮座。卵は月。糸こんは軌道。がんもは小惑星。
「選定会議を開始します」
「会議しなくても、直感で……いや、会議するか」
迅蛇がトングを構え、目は真剣。
僕はペーパーカップを持って“係”になる。
社会は係で回る。
「先輩、最優先は?」
「大根。厚いの。端っこじゃないやつ」
「了解。角の丸み良好。――たまごは?」
「一個。割る用」
「“む”の合図ですね」
「今日は“に”でもいいけどな。肉まんあるから」
「いい指摘です。合図“に”を半分こ用として暫定導入」
“合図”は増える。
でも、生活に必要なら、増えた分だけ親密さの路線図が伸びる。
「こんにゃく、しらたき、ちくわ、がんも……え、もち巾着あるじゃん」
「“もち”は暴走枠です。極小で制御」
「極小もち巾着ってある?」
「半分に切ってもらえますか?」
「トングで分割は難しいので、僕らで“分けっこ運用”にします」
店員さんにお願いして、取り皿を二枚追加。
からしの小袋、三つ。柚子こしょう、一つ。
だし多め。――ここ、重要。
レジへ。
“ピッ”音の向こうから、情シスの渚さんが出てきた。まさかの偶然。
「あ、どうも。――おでんの“湯気音”は名曲ですね」
「音、集めてないですよね?」
「集めてません。ただ、好きなので耳が勝手に」
「それ、集めてるのと同じでは」
渚さんは目だけで笑って、袋を持ち直す。
レジ横の蒸篭からは湯気がもう一つ。
肉まん。白い。丸い。誘惑。
「肉まん、半分こしよう」
「異議なし。――一個、お願いします。」
「“に”の合図の実装、初回です」
袋を二つ持って外へ。
夜の風。街路樹がきしむ音。
コンビニの前のベンチ。
屋外だけど、湯気の発光で小さな室内みたいな気持ち。
「大根から行きますか」
「うん。最初に大根で、全体の出汁バランスを舌にロードする」
「ロード完了後、卵は“割り”。半分こ」
大根を割って、口に運ぶ。
優勝。
口の中で、だしが時計になる。時間がうまい方向に進む。
「卵、割るよ」
「合図を」
人差し指で、迅蛇の手の甲に“に”。
ひらがな二画。
指で書くと、なんか妙に照れくさい。
けど、それがいい。
彼は小さく頷いて、卵を割って、黄身の柔らかい方を僕に渡す。
ずるい。いや、優しい。
「こんにゃく、からしあり?」
「あり。鼻に一発入れて、白湯で中和」
「白湯、運用開始」
魔法瓶の白湯。
70℃未満。舌が驚かない温度。
ひと口ごとに世界が音量を下げる。
「もち巾着、ちょっとだけ」
「“暴走しない合図”は塩皿じゃなく“からし袋の端とんとん”で代用します」
「合図の新設、速いな」
もち、しみしみ。
半分こ。
ちいさな罪悪感を、白湯がやさしく洗い流す。
「――肉まん、いく?」
「いきます。合図“に”」
ふたたび、人差し指で“に”。
肉まんの皮を割ると、ふわっと湯気。豚の甘い匂い。
その瞬間、世界が二度目の優勝をする。
半分こ。
もちっと噛むたび、秋の夜がやわらかくなる。
「“白湯会”、いいな」
「はい。酔いがないのに、会話が甘くなります」
「甘い、って言うな」
「仕様です」
ベンチでしばらく、湯気と白湯と、くだらない話。
社内のからかいは横ばい。
八木さんは来週ハーフ。
杉田さん家の猫は冬毛で増量。
渚さんは“湯気音”の可視化に興味がある(なにそれ)。
21:12。
温度は下がり始める。
僕らは予定どおり、21:30カットオフに向けて片づけて、帰宅。
鍵がカチン。玄関の空気が“おかえり”と言う。
白湯を二杯だけ継ぎ足して、“居る練習”。
テレビも音楽もなし。
ただ、湯気の音。
“とん、とん”は要らなかった。自然に止まれた。
―――
現在地、土曜の朝。
白湯は二杯目。
昨夜の残りの大根が、冷蔵庫でじゅうぶんに味を深めている。
迅蛇が台所で温め直している音がする。
台所は昨日の延長線。安心の延長戦。
「朝は“おでん茶漬け”にしましょう。だしを少し濃いめに」
「天才。胃に優しいやつだ」
「それと、肉まんの残り皮をカリッと焼いて“おやつ”。半分こ」
「残り皮まで救うの、なんか良い」
湯気がまた立ち上がって、部屋の密度が少し上がる。
僕はベッドの端に座り直し、昨夜のログをやわく振り返る。
「迅蛇」
「はい」
「昨日、外で肉まん半分こしたの、なんか良かったな。外の空気と湯気の交差点に座ってる感じ」
「“交差点の親密さ”ですね」
「その言い方、詩人かロガーかどっちかにして」
彼は小さく首を傾げる。
“どっちも”の顔。ずるい。
「――レビュー、軽くしておきます?」
「やろう。白湯会+おでん、初回レビュー」
迅蛇がスマホを開いて座る。
枕元会議はもう儀式だ。
「総評:成功。改善点は三つ。①からしの配給を“1人1.5袋”に最適化。②大根の厚さは次回も“厚い”に固定。③肉まんは“1→2個”に増やし、最初から“半分こ運用”でロス削減」
「“ロス削減”って言うな。ロスはおいしかったよ」
「おいしいロスでした」
「僕から一点。“白湯温度”。70℃弱、良かったけど、もうちょいぬるい日があってもいい。喉が幸せ」
「“白湯温度レンジ 60–70℃”。その日の気分で選択」
「あと、屋外ベンチ。風が強い日は“室内ベンチ”に切り替え。コンビニ裏のイートスペース」
「導線、確認しておきます」
脳内に地図ができていく音がする。
この人の頭の中、たぶん駅前のベンチまで路線図が引かれてる。
「家族のおでん話、したっけ?」
「してません」
「うちはさ、母が“おでんは大根から”って宗派だった。あと、卵は“最後”。黄身で締める、っていう謎ルール」
「合理的です。脂が少ない順に攻めることで最後まで疲れない」
「すぐ合理にするな。――妹は“もち巾着先行”。写真映え重視」
「血統」
「言うな。迅蛇の兄たちは?」
「長兄は“根性だ!”で大根を二個。次兄は“熱拡散”で蓋の角度を調整。母は静かにがんも」
「想像が余裕でつくの、家族って感じだな」
「普通の家族です」
“普通”。
昨夜の湯気が、その普通をすっと包んでくれる。
音のないところに、だしのにおいが残るの、ずるい。
「できました。――おでん茶漬け、梅少し」
「わー、やさしい」
茶碗の上に、だしが薄金色。大根の影。
ひと口。
胃が“これだ”と拍手。
白湯の役割は、朝にちゃんと引き継がれた。
「うまい」
「よかったです」
「肉まん皮、おやつ」
「半分こ。合図“に”」
人差し指で“に”。
温まった皮は、表面だけカリ。中はしっとり。
砂漠にちびっと雨。そんな顔になる。僕の顔が。
迅蛇は見ないふりで見ている。ずるい。
食べ終わって、食器を片づける。
“台所オーケストラ”のテンポは低め。
昨日の“尊い”Slackは、渚さんから「湯気に合う言葉」とリアクションが増えていた。
削除しなくてよかった。昨日の僕、グッジョブ。
身支度。
歯磨き、シャツ、鍵。
迅蛇がゴミ袋の“からしの端”をまとめる。
使い切った小袋が、いい戦歴みたいに見える。
玄関で靴。
いつもの手つきできゅっと結ぶ。
僕はその手の甲に、二文字。
“に”と“とん”。
半分こと、ありがとう。
伝えたい言葉は多いけど、合図でいい時がある。
「駅まで、歩幅ゆっくりで」
「うん。白湯の延長で」
外。
空はうす晴れ。
パン屋の甘い匂いに、だしの記憶が混ざる。
ベンチの前を通ると、昨夜の湯気がまだどこかに残っている気がして、笑ってしまう。
「来週の朝ごはん会議、議題追加。――“コンビニおでんメニューの季節変動”」
「ちくわぶが入荷されたら祭りです」
「祭りはパンケーキだったろ」
「“ダブル祭り”にします」
「暴走の気配がする。合図“からし端とんとん”で止めよう」
「了解」
横断歩道。
信号待ちの間、僕はふと、白湯の色のない味を思う。
味がないのに、たしかに“味”がある。
恋愛も、たぶんそうだ。
味が派手じゃなくても、湯気があればいい。
一緒に息をするだけで、何かが温かくなる。
「先輩」
「ん」
「“半分こ”の合図、“に”は継続採用で」
「採用。――“む”と“に”、だんだん手の甲が辞書になってきたな」
「辞書の増分は親密さのログです」
「名言メーカー、また稼働してる」
駅前。
人の流れは穏やか。
改札の手前で立ち止まり、僕は迅蛇を見る。
真面目な目。笑ってないけど、温度は高い。
湯気の向こうで見たのと同じ目。
「ありがとな。おでん、白湯、肉まん、ぜんぶ良かった」
「こちらこそ。――21:30カットオフ、次回も厳守で」
「もちろん」
指先で、空気に“とん”。
進んでいい合図。
それからもう一つ、人差し指を立てて、ゆっくりと“に”。
半分こは、また来週。
次はちくわぶが来るかもしれない。
来なくても、湯気があればいい。
佐万里、二十九歳。
“白湯会+おでん”初回は成功。
コンビニの湯気、ベンチの夜気、肉まんの半分こ。
ぜんぶ、ほどよい温度で、ほどよい幸福。
ちゅん、ちゅん。鳥は勤勉。
僕らは、ほどよく。
また来週、湯気の向こうで。
15
あなたにおすすめの小説
冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている
春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」
王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。
冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、
なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。
誰に対しても一切の温情を見せないその男が、
唯一リクにだけは、優しく微笑む――
その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。
孤児の少年が踏み入れたのは、
権謀術数渦巻く宰相の世界と、
その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。
これは、孤独なふたりが出会い、
やがて世界を変えていく、
静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。
素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸Twitterもぜひ遊びに来てください🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる