お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く

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第5話 畑荒らし退治と、村の笑顔

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 畑ってのは、村の心臓だ。

 土が死ぬと、人が痩せる。人が痩せると、判断が鈍る。判断が鈍ると、怪我が増える。怪我が増えると――村が静かに終わる。

 だから、畑荒らしはただの迷惑じゃない。死活問題だ。

 朝、店を開ける前にハナが飛び込んできた。息が上がってる。猟師の娘が息を上げる時は、だいたい面倒だ。

「ユー! 畑、やられた!」

「どの畑」

「川沿いの芋畑。柵、ぶち破られて……足跡もある。猪型。たぶん毒虫も混じってる」

 俺は手を洗いながら、頭の中で優先順位を並べた。

 畑の被害を止める。村の食い扶持を守る。怪我人を出さない。――そのために“誰を出すか”。

「ギルドの依頼は出たか?」

「村長が今、出しに行ってる。……でもさ、冒険者が来るまでに、またやられる」

「焦って突っ込むな」

「分かってる。……分かってるけど、腹立つ」

 ハナの目が怒ってる。怒りは動力だ。でも動力は、制御しないと事故る。

「落ち着け。怒る前に水。まず水」

「……出た」

 ハナはむっとしながらも、水を一杯飲んだ。喉が鳴る。その音で、少しだけ肩が落ちた。

 俺は鍋に火を入れた。店の仕込みは後回しだ。今日は村の案件が優先になる。……それでも、腹は減る。戦う前に腹を満たすのは正しい。正しいから、うるさく言う。

「ハナ。案内役をするなら、飯を食え」

「今はそれどころじゃ――」

「それどころだ。空腹で突っ込むと死ぬ。『行ける』じゃなくて『帰れる』で考えろ」

 ハナは舌打ちをしそうになって、ぐっと飲み込んだ。

「……分かった。何、食べる」

「敏捷が要る。猪型は突進、毒虫は針。避けられないと詰む」

 俺は乾物棚を開け、風渡り山菜を取り出した。ミズナ村の山で採れる、細長い葉と茎の山菜だ。独特の香りがある。下処理を間違えると、舌が痺れる。痺れるってことは――毒にもなる。

 この世界の薬草は、だいたいそうだ。毒にも薬にもなる。だから、火入れと順番と組み合わせが命になる。

 鍋に湯を沸かし、塩を一つまみ。山菜をさっと湯通しする。長くやると香りが死ぬ。短すぎると毒が残る。秒じゃない。“色”と“匂い”で切る。

「……今」

 俺は素早く引き上げ、冷水に落とした。余熱を止める。水気を絞り、少量の油で軽く和える。そこに粉衣――村の麦粉に、砕いた月白根げっぱくねをほんの少し混ぜる。胃を守る下地。敏捷を上げる飯ほど、体を軽くするぶん胃に負担が来る。だから先に守る。

 油を熱する。温度が低いと吸って重くなる。高すぎると焦げて苦味が立つ。……胆味たんみじゃない種類の苦味だ。情報が違う。だから香りで誤魔化すのではなく、温度で正す。

 衣をまとわせ、落とす。

 じゅわ、と音が立った。

 店の中が一瞬で“腹が減る匂い”に変わる。ハナが思わず鼻を動かした。

「……これ、ずるい」

「ずるくない。正しい。腹は正義だ」

「意味わかんない」

 揚がった天ぷらを皿に並べ、塩を添える。塩はただの味付けじゃない。筋の反応を整える。水とセットだ。

「熱い。舌をやるな。……まず香り」

「はいはい、うるさい」

 ハナは文句を言いながら、一口かじった。

 目が、ぱちっと開く。

「……うまっ。軽い。……なんか、足が……」

「足が前に出る感じがするだろ」

「……する」

 体感が早い。敏捷系は、脳が気づきやすい。だから過信しやすい。だから、釘を刺す。

「調子に乗るな。敏捷が上がると、止まるのが遅くなる。猪型に突っ込むなよ」

「分かってるってば」

 分かってる、は危ない言葉だ。分かってるつもりの時ほど、事故る。

 そこへ、店の戸が開いて、見覚えのある二人が入ってきた。

「ユー! 頼む!」

 ガルムとレナだ。鎧と軽装。昨日の泥は落ちてる。つまり、今から行く。

「村長から依頼が回ってきた。畑荒らしだ。俺らで片付ける。……飯、食わせろ」

「食え。まず水」

「また水!」

 ガルムが叫び、レナが笑う。笑いながらも二人は水を飲んだ。冒険者は学ぶ。学ぶやつは、生き残る。

 俺は追加で天ぷらを揚げ、握り飯も焼いた。炭水化物は燃料だ。燃料がない敏捷は、空回りする。

「副作用は?」

 レナが口を動かしながら聞く。

「食べ過ぎると胃疲れ。あと、風渡り山菜は下処理が甘いと舌が痺れる。今日は大丈夫だ。……ただし、帰ったら水を飲んで塩を舐めろ」

「はいはい、うるさい」

「うるさいのは命綱」

 ガルムが天ぷらを飲み込んで、急に真面目な目をした。

「ハナも行くのか」

「案内する。畑の場所、知らないでしょ」

「……危ないぞ」

「危ないから案内するんだよ。迷った方が死ぬ」

 ハナの言い方が、俺に似てきている気がして、少しだけ胸がざわついた。

 ――俺のうるささが、誰かに移るのは、悪いことじゃない。たぶん。

 出発前、俺は薬箱を開けた。赤紐を一本、腰に括る。

「ユーも来るのか?」

 ガルムが言う。

「前線は無理だ。俺は後ろで見る。怪我と毒は、その場で処置しないと詰む」

 レナが俺の指先の染みを見て、少しだけ表情を引き締めた。

「……薬師って、こういう時頼れるんだよね。本来は」

「本来はな」

 その“本来”に、王都の子どもたちの顔がちらつく。俺は首を振って、今に戻した。

―――

 畑は川沿いにあった。柵が破られ、土が掘り返され、芋の葉が踏み潰されている。足跡は確かに猪型。蹄が二つに割れている。そこに、小さな穴のような跡が点々とある。

「毒虫もいる」

 俺が言うと、レナが頷いた。

「地面に潜って、飛び出すやつか」

「針に麻痺。刺さったら無理に動かすな。血が回ると毒も回る」

「はいはい、うるさい」

 その時、草むらが、ざわ、と揺れた。

 低い唸り声。

 猪型の魔物が姿を現した。体は猪より大きい。皮膚がぬめっている。瘴気を吸って、筋肉が異様に膨れている。突進したら、人間は簡単に折れる。

 ガルムが盾を構え、レナが側面へ回る。ハナは弓を引き、距離を取った。

「……行くぞ!」

 ガルムが叫んだ瞬間、猪型が突っ込んだ。

 速い。

 だが――昨日より、いや、いつもより“少しだけ遅く見える”。

 ガルムの足が踏ん張る。盾が受け止める。土が抉れるほどの衝撃。でもガルムは弾き飛ばされない。受け止めて、ずらす。受け流す。防御の下地と、今日の敏捷が噛み合ってる。

 レナが背後へ回り、短剣で腱を狙う。猪型が暴れる。そこでハナの矢が飛んだ。耳の根元に刺さる。痛覚が鋭い場所。猪型がわずかに動きを止める。

「今!」

 レナが叫び、ガルムが一歩踏み込む。剣が振り下ろされ――肉が裂ける音がした。

 猪型が倒れる。

 同時に、地面がぷつ、と破裂するように盛り上がった。

「来る!」

 俺が叫ぶより早く、毒虫が飛び出した。細い針が光る。

 ハナが半歩横に滑る。滑る、というより、風に押されるみたいに軽い動きだ。さっきの天ぷらの効果が、そのまま足に出てる。

 針が空を切る。

 ガルムも、いつもより素早く盾を回し、針を弾いた。レナはすでに一匹を踏み潰している。

「……やっぱ出てるわ、効果」

 レナが息を吐きながら言う。ガルムが笑う。

「これ、やべぇな。体が言うこと聞く!」

「言うこと聞くのは危ないぞ!」

 俺が言うと、ガルムが「はいはい!」と返して、次の毒虫を叩き切った。

 戦いは短かった。猪型は一体。毒虫は数匹。畑の被害は大きいが、これ以上広がる前に止められた。

―――

 戻り道、ハナが息を整えながら言った。

「……あんたの飯、ほんとに効くんだね」

「効くように作ってる。……ただし、明日胃が重かったら、俺に言え。調整する」

「調整って、そう簡単にできんの?」

「できる。食べる人が違う。体が違う。仕事も違う。なら、同じものを出す方が雑だ」

 ハナは少しだけ目を丸くした。

「……なんか、ちゃんと“人”見てるんだ」

 胸が、またちくりとした。見てた。王都でも見てた。見てたのに、届かなかった。

 村に戻ると、畑の持ち主が泣きそうな顔で待っていた。俺たちが魔物の証拠――牙や甲殻を見せると、腰が抜けそうになりながら頭を下げた。

「助かった……! もう、今年は終わりかと思った……!」

 村人たちの顔が明るくなる。畑はまだ生きてる。村はまだ生きてる。

 その夜、くすり香くすりこうはいつもより混んだ。

 畑荒らしが止まると、人はちゃんと腹を鳴らす。俺は鉄根の豚汁てっこんのとんじるを薄めにして出し、疲れた体に負担が来ないように組んだ。ガルムたちには、胃疲れが出ない量で、深緑の薬草茶――集中を整える茶を添えた。

 そして、村の子どもが三人、親に連れられて入ってきた。畑の持ち主の家の子らしい。目がきらきらしている。

「ここ、うまいってほんと?」

「ほんと。……ただし、熱いから気をつけろ」

「うるさーい!」

 笑い声が上がった。うるさい、が笑いになる。胸の奥が、少しだけ軽くなる。

 俺は子ども用に、月白粥げっぱくがゆを少し固めにして出した。噛むことで唾液が出る。唾液が出ると、胃が動く。子どもの胃は繊細だ。だから丁寧に。

 子どもが一口食べて、目を丸くした。

「……おいしい!」

 その言葉が、妙に刺さった。

 王都の森で聞いた「世界一まずい!」の反対側にある言葉。どちらも子どもの本音だ。だから刺さる。

 俺は笑って、頷いた。

「おいしいなら、ちゃんと食え。噛め。水も飲め」

「また水ー!」

「水は命」

 大人たちが笑う。子どもたちが笑う。店の中が、湯気と声で満ちる。

 ――こういうのが、俺の居場所だ。

―――

 だが、その夜遅く。

 店の外、街道の方角に目をやると、誰かが立っていた。月明かりの端に、黒い影。村人じゃない歩き方。こちらを見ている。

 俺が目を細めた瞬間、影はすっと暗がりに溶けた。

 面倒の匂いが、濃くなる。

 さらに、ガルムが箸を置いて、ぽつりと言った。

「……なあ、ユー。帰り道で聞いたんだけどさ。隣村に、安い“薬膳”やくぜんの屋台が出始めたらしい」

 レナが眉をひそめる。

「薬膳を名乗って、腹壊すやつ、前に見たことある。火入れが甘いと最悪」

 ハナが腕を組む。

「安い屋台? この村にも来るのかな」

 俺は湯飲みを置き、ゆっくり息を吐いた。

「……同じ材料でも、作り方で毒になる」

 誰に言うでもなく、言葉が出た。

「だから俺は、うるさいんだ」

 笑い声が少しだけ止まる。みんなが俺を見る。

 俺は視線を返して、淡々と言った。

「屋台の噂、続けて聞け。腹痛が出たら、すぐにここへ運べ。――そして、食べる前に匂いを嗅げ。変な甘さで誤魔化してるなら、疑え」

 レナが口角を上げた。

「やっぱり、勝負前に寄る店だ。……守ってくれる」

 その言葉が、胸の奥に落ちた。

 守る相手を、俺が選ぶ。

 それが優しさの線引きなら――俺は、今日も線を引く。

 外の暗がりで、また何かが動いた気がした。流通が詰まっている匂いと同じ、誰かの手の匂い。

 店の湯気は暖かいのに、背中だけが少し冷えた。
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