お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く

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第6話 ギルド受付ミレイ、嗅ぎつける

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 噂は、腹より先に走る。

 畑荒らしを片付けた翌日から、くすり香くすりこうには“村の外の足音”が混じり始めた。鎧の擦れる音、革靴の硬い音、荷馬車の車輪が止まる音。村人のゆっくりした歩き方じゃない。

 ……目立つ。

 目立つってことは、守る線を引き直さなきゃいけないってことだ。

 朝、仕込みをしていると、戸がこんこんと控えめに叩かれた。控えめ、なのに迷いがない。こういうノックはだいたい“仕事”だ。

「開いてる」

 俺が言うと、戸がすっと開いた。

 入ってきたのは女だった。二十四くらい。栗色の髪をきっちりまとめ、動きは無駄がない。手には分厚いメモ帳。目が、厨房を一瞬で測る。

 ――受付だ。しかも、仕事ができるタイプ。

「失礼します。薬膳小料理やくぜんこりょうり『くすり香』、店主さんで合ってます?」

「俺が店主。ユージン。ユーでいい」

「ミレイ・カーンです。冒険者ギルド、グランセル支部の出張担当。――噂になってます。“勝負前に寄る店”って」

 言い方が、事務的なのに妙に丁寧だ。噂を“商品”として扱う声。

 俺は鍋の火を弱め、布巾で手を拭いた。

「噂は勝手に走る。俺は飯を出してるだけだ」

「結構です。噂は走らせるものですから」

 迷いがない。

 ミレイは店内を見回し、次に棚を見る。棚の段、器の置き方、薬草の保管、手洗い場の水の位置。視線が速い。チェックリストが頭に入ってる人の目だ。

「……清潔ですね。水桶が二つ。布巾が煮沸済み。刃物の保管も乾燥も、かなり厳格」

「腹壊したら終わる」

「ええ。終わります。村も店も」

 話が早い。助かる。

 ミレイはメモ帳を開き、さらさらと書いた。

「本題に入ります。ミズナ村の依頼が最近、ギルドに上がってきても受注が伸びない。理由は二つです。報酬が低いのと、補給が弱い」

「補給が弱い?」

「食事、薬、休息。つまり“帰れる”基盤」

 その言葉が俺に刺さった。……この人、分かってる。

 ミレイは続ける。

「でもここがある。噂がある。結果も出てる。――ギルドとしては、ここを“拠点”にしたい」

「拠点?」

「はい。冒険者が勝負前に寄って、勝負後に戻れる場所。食事と軽い治療、情報交換。村の依頼も回る。魔物被害も減る。村の流通も動く。……数字が改善します」

 数字、と言い切る。現実主義。嫌いじゃない。

「俺に何をしろって?」

「二つです。ひとつ、メニューと効果を“規格”としてメモに落とします。冒険者に説明できるように。もうひとつ、店を守るために“ギルド案件”にします」

「守る?」

 ミレイは一瞬だけ視線を細めた。

「昨日、畑荒らしの後に影を見たって話が、村で回ってます。……店が目立つと、変な連中が来ます。あなた、王都の人間を敵に回しませんか?」

 俺は鍋の蓋を閉めた。湯気が落ち着く。

「……技術が広まると困る連中はいるだろうな。苦い薬を高く売ってきたやつら」

「ええ。既得権です」

 言葉が、軽いのに重い。

 ミレイは店の椅子に腰掛け、ペンを構えた。

「では、確認。あなたの料理は“ポーション”ではない。即効ではなく遅効、持続。小~中の底上げ。重ね掛けは減衰。食べ過ぎると胃疲れデバフ」

「その通り」

「具体例」

鉄根の豚汁てっこんのとんじる:防御+小、三十分。風渡り山菜の天ぷら:敏捷+小、三十分。月白粥げっぱくがゆ:状態異常耐性+小、六十分。深緑の薬草茶:集中+小、二十分」

 俺が言うと、ミレイのペンが止まらない。記録する手つきが、少しだけ俺に似ている気がした。

「……陽だまり生姜鍋は?」

「回復速度+中、九十分。ただし材料が高い。常連の勝負飯だ」

「勝負飯。いい言葉ですね」

「勝負は、準備で決まる」

「そういうことです」

 ミレイは顔を上げた。そこで初めて、少しだけ人間っぽく笑った。

「あなた、評価され慣れてないでしょう」

「……何の話だ」

「“結果”が出てるのに、自分の手柄にしない。淡々としてる。嫌いじゃないです」

 俺は反射で言い返しそうになった。“いや、そんなことは”って。いつもの癖だ。褒められると否定する。自分の価値を軽くして、責任だけ抱える。

 ……それが、王都での俺だった。

 俺は息を吸って、言い直した。

「……評価は、ありがたい。照れるけど」

 ミレイの眉が、ほんの少し上がった。

「素直ですね。珍しい」

「最近、田舎の空気で矯正きょうせいされてる」

 奥からハナが顔を出した。

「矯正ってなに」

「うるささの角を取られてる」

「角、取れてないよ。相変わらずうるさい」

「衛生は土台」

「はいはい」

 ミレイがメモを取りながら、ハナに視線を移す。

「あなたがハナ・ミズナさん? 案内役として噂に上がってます。弓が上手い。……それと、店主さんを“戻すな”って言った人」

 ハナが一瞬固まって、次に鼻で笑った。

「噂って、そんなとこまで回るんだ」

「回ります。回したい人がいるから」

 ミレイは淡々と言う。

「店主さん。あなた、王都に戻れない事情がありますね」

 俺の背中が、一瞬だけ冷えた。

 ……勅命ちょくめい。接触制限。言いふらされると面倒が増える。俺は手を止めずに、短く返した。

「ある。制度上だ」

「承知しました。こちらから踏み込みません。――ただ、守るためには、線引きの理由が必要です。あなたが“見捨てた”と誤解されると、村ごと巻き込まれる」

 ミレイの言葉が、鋭い。

 俺は鍋の中の出汁を見つめた。匂いで誤魔化せない苦味が、胸の奥に残っている。

「……分かってる」

「なら、こちらも守りやすい。ギルドの看板を使いましょう。店を“冒険者の補給拠点”として認定する。表向きの理由が立ちます」

「認定って、そんな簡単に」

「簡単にします。私の仕事ですから」

 その言い方が、頼もしいのに怖い。仕事ができる人間は、敵に回すと面倒だ。味方なら、ありがたい。

 ミレイは立ち上がり、入口の看板を見た。

「……『くすり香』。いい名前です。匂いは強い導線になります。村の資産になりますね」

 資産。言い方が現実的で、でも悪くない。

 俺は鍋に火を入れ直した。

「じゃあ、飯を出す。受付さんにも味見させる。噂で動く前に、舌で判断しろ」

「はい。舌で判断します」

「まず水」

「……水も飲みます」

 ミレイが微妙な顔で水を飲んだのを見て、ハナが吹き出した。

「受付さんも、うるさいって思った?」

「思いました。……でも理にかなってるので、腹は立ちません」

「すごい。大人だ」

「大人は、腹が立っても仕事をします」

 ミレイが真顔で言い、俺とハナが同時に笑った。

―――

 昼の客が引いた後、ミレイは食後のメモをまとめ、最後に一枚の紙を取り出した。

「これ、仕入れの相場表です。今週から、王都側で薬草の値が跳ねてます。ミズナ草、月白根げっぱくこん鉄根芋てっこんいも。……妙です」

 紙の数字を見て、俺は眉をひそめた。

「跳ね方が雑だな。自然な品薄じゃない」

「ええ。買い占めの匂いがします」

 ハナが腕を組む。

「村の商人が来ないの、これのせい?」

「可能性は高い。――さらに、昨日から“あなたの店に関する苦情”がギルドに入ってます」

「苦情?」

 ミレイは淡々と読み上げた。

「『違法な薬膳やくぜんを売っている』『衛生が悪い』『冒険者を甘やかしている』……言い回しが、王都の薬師組合に近い」

 俺の胃が、少しだけ冷えた。

 来た。面倒の正体が、形になり始める。

「証拠は?」

「今のところ、噂だけ。だから先に潰します。あなたの衛生記録、工程、材料管理。全部、武器になります」

「……記録はある」

 俺は無意識に棚の方を見た。赤紐の位置。記録帳の位置。いつもの癖だ。

 ミレイはその視線を追い、頷いた。

「あなた、強いですね。派手じゃないけど、折れない」

「折れたら、腹が減る」

「……変な比喩ひゆ

「腹は真実だ」

―――

 その夜。

 仕入れのために村の小さな問屋に行くと、顔馴染みになりかけていた商人が首を振った。

「すまん、ユーさん。塩が入らん。油も入らん。乾物も……王都の方で止まってる」

「止まってる、じゃなくて、止められてるだろ」

 俺が言うと、商人は目を逸らした。

「……上から、圧が来てる。詳しいことは言えん。言うと、村の取引が全部切られる」

 それが“首を絞める手”だ。

 店に戻る途中、街道の影にまた誰かがいた。今日は一人じゃない。二人、三人。距離を取って、こちらを見ている。犬みたいな視線。

 俺は立ち止まらず、店へ戻った。

 厨房に入ると、ミレイが待っていた。メモ帳を閉じ、珍しく眉を寄せている。

「……始まりましたね」

「始まったな」

「大丈夫です。ギルド案件にします。――ただ、これだけは言っておきます」

 ミレイは一拍置き、言葉を選ぶように言った。

「あなたの店が潰れたら、村が潰れます。だから私も本気です。……潰させません」

 丁寧語が、少し崩れた。感情が出た時の“本音”だ。

 俺は息を吐き、鍋の蓋に手を置いた。

「……分かった。俺も逃げない。ただし、無茶はしない。帰れる線は守る」

「はい。帰れる線を守りながら、戦いましょう」

 湯気が上がる。

 香りが立つ。

 その匂いの向こうで、誰かが“常識”を盾にこちらを殴りに来る。

 ――苦い薬を飲んで感謝していろ、みたいな価値観のやつらが。

 俺は包丁を握り直し、静かに言った。

「まず、飯を守る」

 守る相手は、俺が選ぶ。

 そして、今夜の敵は――腹を減らせるやつだ。
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