10 / 19
第10話 大泣き。謝罪。それでも、戻らない
しおりを挟む
夜更けの来客は、だいたい碌でもない。
それでも戸を開けたのは、足音が――子どもの足音だったからだ。
軽い。速い。けれど乱れている。怖さで速くなる歩き方。追い立てられる歩き方。村の夜に似合わない、王都の匂い。
ハナが弓を握ったまま、戸の横に立つ。ミレイはメモ帳を閉じ、静かに息を吸った。俺は手を洗い、布巾を絞り、火を落としていた鍋に再び火を入れる。
「……来るぞ」
戸が叩かれる。控えめじゃない。必死の音だ。
「開けて! お願い! ……ユー! ユー、いる!?」
声が震えてる。高くて、泣きそうで、でも叫ぶ。
その声だけで分かった。
リリィだ。
――今さら、って言葉が喉まで上がって、引っ込んだ。今さらでも、子どもが死にかけてるなら、まずやることは一つだ。
俺は戸を開けた。
冷たい夜気が流れ込んで、その向こうに四つの小さな影が立っていた。
白い外套は泥だらけ。金髪のツインテはほどけ、顔は涙と埃でぐちゃぐちゃ。背後でコウタが肩を支えられている。腕に包帯。顔色が悪い。ミナトは唇を噛み、スズは目を赤く腫らしている。
そして――少し離れた場所に、黒い影がもう一つ。
監視の外套。王国の匂い。
俺の背中が一瞬だけ冷える。
接触制限。
ここで俺が不用意に動けば、子どもたちを政治に巻き込む。誘拐疑いだの反逆だの、面倒な札が子どもの首に掛かる。
だから、線を引く。
線を引いたまま、助ける。
「……中に入れ。まず水。次に塩。あと、靴の泥を落としてから」
「い、いまそれ言う!?」
リリィが泣き声で叫んだ。叫んでから、喉が詰まって咳き込む。
コウタが掠れた声で言う。
「……ユー……」
その一言だけで、胸の奥が痛んだ。痛んだけど、顔には出さない。出したら、こっちが崩れる。
「座れ。コウタ、腕見せろ。スズ、顔色悪い。ミナト、喉乾いてるな。リリィ――息が浅い。まず水じゃない、今は深呼吸」
言いながら、俺は二つの器を出した。ひとつは薄い塩水。ひとつは温かい薬草茶――深緑の茶だ。集中を整える。まず“落ち着く”を作らないと、何も始まらない。
ハナが無言で椅子を並べ、ミレイが戸口に立って外の影を見た。
「……監視の方。ギルド案件です。店内への立ち入りは、ギルド規定に従ってください」
丁寧語が、氷みたいに硬い。
影は何も言わず、少し距離を取った。……すぐに踏み込めないように、ミレイが“場”を作っている。ありがたい。
俺はコウタの包帯をほどき、傷の色を見た。毒は抜けきっていない。神殿の処置は“最低限”。応急はしたが、回復の設計が足りない。
「動かすな。腕を心臓より高く。……痛いか」
「……痛い。でも……」
「でも、じゃない。痛いなら痛いと言え」
コウタが目を伏せた。子どもは、痛いと言うのが怖い。弱いと認めるのが怖い。
俺は赤紐ではない、普通の解毒薬を少量出し、温度を調整して飲ませた。胆味を削る香りを添え、喉に引っかからない粘度にする。子どもの喉は狭い。吐き気がある時は特に。
「……にが……」
コウタが顔を歪める。
「苦いのは情報だ。……でも、不快は削れる。舌に残したまま飲むな。息を吐いて、飲み込め」
コウタは震えながらも、言われた通りに飲んだ。喉が動く。次に、肩の力が少し落ちた。
スズに月白粥を出す。温度はぬるめ。胃が空っぽで震えている。食べさせるより先に、胃を“安心させる”。
ミナトには塩水と深緑茶を交互に。脳が過熱している。過熱してる時ほど、冷静のふりをする。
そして、リリィ。
リリィはずっと俺を見ていた。泣くのを堪えながら、怒ってるみたいな顔で。九歳の顔だ。
「……きたの」
声がか細い。
「……ユーに、会いに……きたの」
「会いに来たのか。助けを求めに来たのか。どっちだ」
「……わかんない……!」
リリィが叫んだ。叫んだ瞬間、涙が溢れた。堰が切れる。
「だって……だって……! コウタが……! スズが……! みんな……! あたし、こわくて……! なのに、あたし……!」
言葉が崩れて、嗚咽になる。
俺は、鍋を見た。湯気が立つ。香りが立つ。――この匂いは、今泣いてる子どもたちを落ち着かせるためにある。
俺は器を四つ並べた。
「食え。謝る前に食え。腹が減ってると、言葉が歪む」
「……そんな……!」
「まず水。次に塩。最後に糖。……それから話せ」
リリィは泣きながら、器を掴んだ。月白粥を一口。次の瞬間、目を丸くする。
「……おいしい……」
その“おいしい”が、今は刃みたいに刺さるんだろう。リリィは顔を歪めて、さらに泣いた。
「なんで……なんで、こんなに……!」
「胃が落ち着く味だからだ。……お前ら、胃を酷使しすぎた」
ミナトが震える声で言う。
「……僕たち、事故を起こした。罠を見落として、コウタが刺されて……撤退が遅れて……」
スズが小さく、消えそうな声で続けた。
「……言えなかった……。やめようって、言えなかった……」
コウタは俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「……俺、かっこつけた。……ユーに叱られるの、嫌で……」
リリィは両手で器を抱え、涙を落としながら言った。
「……あたし、ほんとは、こわかった。だから……イヤ!って……。苦いのも、こわいのも……ぜんぶ、ユーのせいにした……」
子どもたちの言葉が、店の中に落ちていく。湯気の中で、重くなる。
そこで、ミナトが荷物の中から一冊の帳面を取り出した。
角が擦れて、紙が少し波打っている。――記録帳。
俺の手が、無意識に止まった。
「これ……僕が、神殿で……開いた」
ミナトの声が震える。
「……ユーが、僕らの体温とか、睡眠とか、食事とか……全部、書いてた。危険区域の回避理由も……撤退の基準も……」
ページがめくられる。そこには数字と短い言葉が並んでいる。
『リリィ:苦味に反応強。香りを先に吸わせる。空腹時は拒否が強くなる。怖いを言えない』
『コウタ:空腹で突っ込む癖。面子で止まれなくなる。褒める時は具体的に』
『ミナト:眠いと罠見落とし。合理の顔で怖さを隠す。確認を口に出させる』
『スズ:我慢して倒れる。水を飲ませる。言い出せない時は選択肢を渡す』
……一行だけ、余白に小さく書かれている。
『今日は四人とも笑った。良かった』
その行を見つけた瞬間、スズが声を上げて泣いた。
「……うそ……。うそじゃない……。ユー、ほんとに……」
コウタの肩が震える。ミナトが唇を噛んで、目から涙を落とす。リリィは器を落としそうになりながら、俺を見上げた。
「……あたし……守られてたのに……嫌って……っ」
全員が、泣いた。
大泣きだ。子どもらしい、息が苦しくなる泣き方。
俺は、その泣きを止めなかった。止めたら、また“怖い”を押し込める。押し込めたまま進むと、次は死ぬ。
「泣け」
俺は短く言った。
「泣いていい。子どもはそういうもんだ。……でも、次は“帰れる”を選べ」
リリィが鼻をすすりながら、必死に言った。
「ごめんなさい……! ユー、かえってきてよ……! ねえ……!」
きた。
この瞬間が、この話の芯だ。
俺は一度、息を吸った。心臓が、変に早い。ここで曖昧にしたら、この子たちは“また他人に判断を預ける”。
預けたまま育つと、いずれ折れる。
俺は、線を引く。
「戻らない」
店の湯気が、少しだけ静かになった。
「なんで……!」
リリィの声がひっくり返る。コウタもミナトもスズも、同じ顔をする。理解したくない顔。
俺は言った。三段で。制度、成長、自尊。
「一つ。制度だ。俺は保護者枠を外された。接触制限対象だ。無断で合流すると、お前らが政治に巻き込まれる。誘拐だの反逆だの、面倒な札が首に掛かる」
ミレイが静かに頷いた。証人になる目だ。
「二つ。成長だ。俺が戻れば、お前らはまた俺に判断を預ける。預けたら楽だ。……でも楽は、強さじゃない。自分で決めて、自分で帰れるようになれ」
コウタが涙を拭いながら、声を絞る。
「……でも、俺ら、まだ……」
「だから今、ここで学べ。腹の作り方、補給の仕方、撤退の基準。……俺は教える。だが“保護者”には戻らない」
最後。
「三つ。自尊だ」
俺は自分の指先を見せた。薬草の染みが残っている手。
「俺は、俺の人生を取り戻す。責任で縛られて生きるのは、もう終わりにする。ここで店をやる。必要な人に届ける。――それが、俺が選んだ居場所だ」
沈黙が落ちた。
リリィの口が、何度も開いては閉じる。言葉にならない。悔しい。悲しい。理解したい。理解したくない。全部が混ざった顔だ。
ミナトが、か細く言った。
「……じゃあ僕たち、どうすれば……」
「帰れるようになれ」
俺は同じ言葉を繰り返した。
「行けるじゃない。帰れる。……そのために必要な飯と薬は、ここにある。お前らが望むなら、教える。だが――俺の人生は、俺が守る」
スズが泣きながら頷いた。
「……うん……。うん……。わたし……言う……。言う勇気、もつ……」
コウタが拳を握る。
「……俺、撤退、ちゃんと決める。……今度は、遅れない」
ミナトが目を赤くして、言った。
「……合理じゃなくて……怖いを、言う……」
リリィは、最後まで泣いていた。泣いて、泣いて、それでも口を開いた。
「……ユー。……ごめん。……ありがとう……」
その言葉は、たぶん、今できる一番の成長だ。
その瞬間、戸口の外で、監視の影が小さく動いた。ミレイが一歩前に出て、冷たく言う。
「記録はギルドと神殿に提出します。偽薬膳事故の件、宮廷薬師バルム・レグナードの関与が疑われます。――これ以上の妨害は、王都の問題になりますよ」
影は何も言わず、消えた。
―――
夜明け前。
子どもたちは店の座敷で眠った。腹が満ちると、ようやく眠れる。眠れると、少しだけ回復する。俺は火を落とし、記録帳に今日のことを書いた。
『四人とも泣いた。泣いて、食べた。少し前に進んだ』
―――
朝、店の前に新しい客が来た。
見知らぬ冒険者だ。傷だらけの腕をさすりながら、看板を見上げて言った。
「……ここが、くすり香か。昨日の事故、助かったって聞いた。……勝負前に寄る店、だって」
俺は湯気の立つ鍋を見て、息を吐いた。
「座れ。まず水」
客が苦笑する。
「噂通り、うるさいな」
「うるさいのは命綱だ」
店の奥で、リリィたちが目を覚ました。泣き腫らした目で、それでも自分の足で立つ顔をしていた。
ミズナ村の朝は、少しだけ明るい。
――ただし。
バルムが序章で終わるとは、俺は思っていない。
常識を盾にするやつは、ひとつ潰しても別の顔で戻ってくる。
だから、次も――帰れる線を守りながら、うるさく戦う。
それでも戸を開けたのは、足音が――子どもの足音だったからだ。
軽い。速い。けれど乱れている。怖さで速くなる歩き方。追い立てられる歩き方。村の夜に似合わない、王都の匂い。
ハナが弓を握ったまま、戸の横に立つ。ミレイはメモ帳を閉じ、静かに息を吸った。俺は手を洗い、布巾を絞り、火を落としていた鍋に再び火を入れる。
「……来るぞ」
戸が叩かれる。控えめじゃない。必死の音だ。
「開けて! お願い! ……ユー! ユー、いる!?」
声が震えてる。高くて、泣きそうで、でも叫ぶ。
その声だけで分かった。
リリィだ。
――今さら、って言葉が喉まで上がって、引っ込んだ。今さらでも、子どもが死にかけてるなら、まずやることは一つだ。
俺は戸を開けた。
冷たい夜気が流れ込んで、その向こうに四つの小さな影が立っていた。
白い外套は泥だらけ。金髪のツインテはほどけ、顔は涙と埃でぐちゃぐちゃ。背後でコウタが肩を支えられている。腕に包帯。顔色が悪い。ミナトは唇を噛み、スズは目を赤く腫らしている。
そして――少し離れた場所に、黒い影がもう一つ。
監視の外套。王国の匂い。
俺の背中が一瞬だけ冷える。
接触制限。
ここで俺が不用意に動けば、子どもたちを政治に巻き込む。誘拐疑いだの反逆だの、面倒な札が子どもの首に掛かる。
だから、線を引く。
線を引いたまま、助ける。
「……中に入れ。まず水。次に塩。あと、靴の泥を落としてから」
「い、いまそれ言う!?」
リリィが泣き声で叫んだ。叫んでから、喉が詰まって咳き込む。
コウタが掠れた声で言う。
「……ユー……」
その一言だけで、胸の奥が痛んだ。痛んだけど、顔には出さない。出したら、こっちが崩れる。
「座れ。コウタ、腕見せろ。スズ、顔色悪い。ミナト、喉乾いてるな。リリィ――息が浅い。まず水じゃない、今は深呼吸」
言いながら、俺は二つの器を出した。ひとつは薄い塩水。ひとつは温かい薬草茶――深緑の茶だ。集中を整える。まず“落ち着く”を作らないと、何も始まらない。
ハナが無言で椅子を並べ、ミレイが戸口に立って外の影を見た。
「……監視の方。ギルド案件です。店内への立ち入りは、ギルド規定に従ってください」
丁寧語が、氷みたいに硬い。
影は何も言わず、少し距離を取った。……すぐに踏み込めないように、ミレイが“場”を作っている。ありがたい。
俺はコウタの包帯をほどき、傷の色を見た。毒は抜けきっていない。神殿の処置は“最低限”。応急はしたが、回復の設計が足りない。
「動かすな。腕を心臓より高く。……痛いか」
「……痛い。でも……」
「でも、じゃない。痛いなら痛いと言え」
コウタが目を伏せた。子どもは、痛いと言うのが怖い。弱いと認めるのが怖い。
俺は赤紐ではない、普通の解毒薬を少量出し、温度を調整して飲ませた。胆味を削る香りを添え、喉に引っかからない粘度にする。子どもの喉は狭い。吐き気がある時は特に。
「……にが……」
コウタが顔を歪める。
「苦いのは情報だ。……でも、不快は削れる。舌に残したまま飲むな。息を吐いて、飲み込め」
コウタは震えながらも、言われた通りに飲んだ。喉が動く。次に、肩の力が少し落ちた。
スズに月白粥を出す。温度はぬるめ。胃が空っぽで震えている。食べさせるより先に、胃を“安心させる”。
ミナトには塩水と深緑茶を交互に。脳が過熱している。過熱してる時ほど、冷静のふりをする。
そして、リリィ。
リリィはずっと俺を見ていた。泣くのを堪えながら、怒ってるみたいな顔で。九歳の顔だ。
「……きたの」
声がか細い。
「……ユーに、会いに……きたの」
「会いに来たのか。助けを求めに来たのか。どっちだ」
「……わかんない……!」
リリィが叫んだ。叫んだ瞬間、涙が溢れた。堰が切れる。
「だって……だって……! コウタが……! スズが……! みんな……! あたし、こわくて……! なのに、あたし……!」
言葉が崩れて、嗚咽になる。
俺は、鍋を見た。湯気が立つ。香りが立つ。――この匂いは、今泣いてる子どもたちを落ち着かせるためにある。
俺は器を四つ並べた。
「食え。謝る前に食え。腹が減ってると、言葉が歪む」
「……そんな……!」
「まず水。次に塩。最後に糖。……それから話せ」
リリィは泣きながら、器を掴んだ。月白粥を一口。次の瞬間、目を丸くする。
「……おいしい……」
その“おいしい”が、今は刃みたいに刺さるんだろう。リリィは顔を歪めて、さらに泣いた。
「なんで……なんで、こんなに……!」
「胃が落ち着く味だからだ。……お前ら、胃を酷使しすぎた」
ミナトが震える声で言う。
「……僕たち、事故を起こした。罠を見落として、コウタが刺されて……撤退が遅れて……」
スズが小さく、消えそうな声で続けた。
「……言えなかった……。やめようって、言えなかった……」
コウタは俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「……俺、かっこつけた。……ユーに叱られるの、嫌で……」
リリィは両手で器を抱え、涙を落としながら言った。
「……あたし、ほんとは、こわかった。だから……イヤ!って……。苦いのも、こわいのも……ぜんぶ、ユーのせいにした……」
子どもたちの言葉が、店の中に落ちていく。湯気の中で、重くなる。
そこで、ミナトが荷物の中から一冊の帳面を取り出した。
角が擦れて、紙が少し波打っている。――記録帳。
俺の手が、無意識に止まった。
「これ……僕が、神殿で……開いた」
ミナトの声が震える。
「……ユーが、僕らの体温とか、睡眠とか、食事とか……全部、書いてた。危険区域の回避理由も……撤退の基準も……」
ページがめくられる。そこには数字と短い言葉が並んでいる。
『リリィ:苦味に反応強。香りを先に吸わせる。空腹時は拒否が強くなる。怖いを言えない』
『コウタ:空腹で突っ込む癖。面子で止まれなくなる。褒める時は具体的に』
『ミナト:眠いと罠見落とし。合理の顔で怖さを隠す。確認を口に出させる』
『スズ:我慢して倒れる。水を飲ませる。言い出せない時は選択肢を渡す』
……一行だけ、余白に小さく書かれている。
『今日は四人とも笑った。良かった』
その行を見つけた瞬間、スズが声を上げて泣いた。
「……うそ……。うそじゃない……。ユー、ほんとに……」
コウタの肩が震える。ミナトが唇を噛んで、目から涙を落とす。リリィは器を落としそうになりながら、俺を見上げた。
「……あたし……守られてたのに……嫌って……っ」
全員が、泣いた。
大泣きだ。子どもらしい、息が苦しくなる泣き方。
俺は、その泣きを止めなかった。止めたら、また“怖い”を押し込める。押し込めたまま進むと、次は死ぬ。
「泣け」
俺は短く言った。
「泣いていい。子どもはそういうもんだ。……でも、次は“帰れる”を選べ」
リリィが鼻をすすりながら、必死に言った。
「ごめんなさい……! ユー、かえってきてよ……! ねえ……!」
きた。
この瞬間が、この話の芯だ。
俺は一度、息を吸った。心臓が、変に早い。ここで曖昧にしたら、この子たちは“また他人に判断を預ける”。
預けたまま育つと、いずれ折れる。
俺は、線を引く。
「戻らない」
店の湯気が、少しだけ静かになった。
「なんで……!」
リリィの声がひっくり返る。コウタもミナトもスズも、同じ顔をする。理解したくない顔。
俺は言った。三段で。制度、成長、自尊。
「一つ。制度だ。俺は保護者枠を外された。接触制限対象だ。無断で合流すると、お前らが政治に巻き込まれる。誘拐だの反逆だの、面倒な札が首に掛かる」
ミレイが静かに頷いた。証人になる目だ。
「二つ。成長だ。俺が戻れば、お前らはまた俺に判断を預ける。預けたら楽だ。……でも楽は、強さじゃない。自分で決めて、自分で帰れるようになれ」
コウタが涙を拭いながら、声を絞る。
「……でも、俺ら、まだ……」
「だから今、ここで学べ。腹の作り方、補給の仕方、撤退の基準。……俺は教える。だが“保護者”には戻らない」
最後。
「三つ。自尊だ」
俺は自分の指先を見せた。薬草の染みが残っている手。
「俺は、俺の人生を取り戻す。責任で縛られて生きるのは、もう終わりにする。ここで店をやる。必要な人に届ける。――それが、俺が選んだ居場所だ」
沈黙が落ちた。
リリィの口が、何度も開いては閉じる。言葉にならない。悔しい。悲しい。理解したい。理解したくない。全部が混ざった顔だ。
ミナトが、か細く言った。
「……じゃあ僕たち、どうすれば……」
「帰れるようになれ」
俺は同じ言葉を繰り返した。
「行けるじゃない。帰れる。……そのために必要な飯と薬は、ここにある。お前らが望むなら、教える。だが――俺の人生は、俺が守る」
スズが泣きながら頷いた。
「……うん……。うん……。わたし……言う……。言う勇気、もつ……」
コウタが拳を握る。
「……俺、撤退、ちゃんと決める。……今度は、遅れない」
ミナトが目を赤くして、言った。
「……合理じゃなくて……怖いを、言う……」
リリィは、最後まで泣いていた。泣いて、泣いて、それでも口を開いた。
「……ユー。……ごめん。……ありがとう……」
その言葉は、たぶん、今できる一番の成長だ。
その瞬間、戸口の外で、監視の影が小さく動いた。ミレイが一歩前に出て、冷たく言う。
「記録はギルドと神殿に提出します。偽薬膳事故の件、宮廷薬師バルム・レグナードの関与が疑われます。――これ以上の妨害は、王都の問題になりますよ」
影は何も言わず、消えた。
―――
夜明け前。
子どもたちは店の座敷で眠った。腹が満ちると、ようやく眠れる。眠れると、少しだけ回復する。俺は火を落とし、記録帳に今日のことを書いた。
『四人とも泣いた。泣いて、食べた。少し前に進んだ』
―――
朝、店の前に新しい客が来た。
見知らぬ冒険者だ。傷だらけの腕をさすりながら、看板を見上げて言った。
「……ここが、くすり香か。昨日の事故、助かったって聞いた。……勝負前に寄る店、だって」
俺は湯気の立つ鍋を見て、息を吐いた。
「座れ。まず水」
客が苦笑する。
「噂通り、うるさいな」
「うるさいのは命綱だ」
店の奥で、リリィたちが目を覚ました。泣き腫らした目で、それでも自分の足で立つ顔をしていた。
ミズナ村の朝は、少しだけ明るい。
――ただし。
バルムが序章で終わるとは、俺は思っていない。
常識を盾にするやつは、ひとつ潰しても別の顔で戻ってくる。
だから、次も――帰れる線を守りながら、うるさく戦う。
16
あなたにおすすめの小説
最弱だと追放された俺、実は神々の加護持ちでした 〜知らぬ間に世界最強になってた俺を今さら呼び戻そうとしてももう遅い〜
fuwamofu
ファンタジー
最弱だと追放された俺、実は神々の加護持ちでした 〜知らぬ間に世界最強になってた俺を今さら呼び戻そうとしてももう遅い〜
追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~
fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。
しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。
気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。
裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。
無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!
無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件
fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。
実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。
追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。
そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。
これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
追放された無能と言われた俺、実は古代最強魔法の継承者でした〜気づいたら女神たちに囲まれて世界最強になってた件〜
fuwamofu
ファンタジー
王国最強パーティーから「無能」と罵られ追放された青年レオン。
しかし、彼の中には太古の時代に封じられた「古代魔法の権能」が眠っていた。
辺境の森で出会った謎の女神、従魔の少女、傭兵の姫たち──彼の元に集うのは、世界を変える力を秘めた美しき者たち。
本人はただの旅人のつもり……でも、その一歩一歩が伝説を塗り替えていく。
「え?あのレオン様って、神話の再来じゃないですか!?」
笑いあり、バトルあり、そして甘い誤解たっぷりの無自覚最強ざまぁファンタジー!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
にゃ-さん
ファンタジー
平凡な村人・レオンは、勇者パーティの荷物持ちとして蔑まれ、ある日「役立たず」として追放される。
だが、彼の正体は神々が恐れ、世界の理を超越する“創世の加護”を持つ唯一の存在だった。
本人はまったくの無自覚——それでも歩くたび、出会うたび、彼によって救われ、惹かれていく者たちが増えていく。
裏切った勇者たちは衰退し、彼を捨てた者たちは後悔に沈む。
やがて世界は、レオン中心に回り始める。
これは、最弱を装う最強が、知らぬ間に神々を超える物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる