18 / 19
第18話 偽物は悪意じゃなく雑で生まれる――敵は雑さだ
しおりを挟む
倒れる音は、店の戸より先に来る。
走る足音。誰かの叫び声。鎧が擦れる音。吐き気の匂い。汗の匂い。――そして、腹の悲鳴みたいな呻き。
「ユー! 来た! まただ!」
ガルムの声が割れていた。嫌な“慣れ”が混じる割れ方。慣れたくない慣れだ。
戸が開く。担がれて入ってきたのは、若い冒険者だった。顔が赤い。汗だらけ。腹を押さえ、手が震えている。呼吸が浅い。目が焦点を結べてない。
屋台の列にいたやつだ。
ミレイが先に動いた。今日は珍しく店にいた。目が鋭い。
「店、閉めます! ギルド案件! 下がって!」
人が引く。空気が変わる。――こういう時、場を作るのはミレイの仕事で、俺の仕事は腹を守ることだ。
「座らせろ。吐くなら横向き。水は今は飲ませるな」
俺は言いながら、脈を取った。速い。浅い。手の震えは――刺激過多。腹の攣りは――胃が燃えてる。
俺は鼻を近づけた。
舌が“熱い”匂い。
あの触媒の匂いが、吐息に混じってる。
「……常用か?」
俺が聞くと、ガルムが眉をひそめた。
「昨日も飲んだって言ってた。『勝てるから』って」
「勝って、帰れてない」
言葉が勝手に低くなる。怒鳴らない。怒鳴ると感情にされる。これは命の話だ。
俺は厨房へ戻り、鍋に火を入れた。解毒の土台。月白根。ミズナ草。深緑。塩はほんの少し。酸を数滴。脂を数滴。香りは強くしない。強い香りは吐き気を呼ぶ。
器を出す。
「熱くない。ゆっくり。口に含んで、飲める分だけ」
冒険者が震える手で器を掴み、少しだけ飲む。喉が動く。次に、眉間の皺がわずかにほどけた。
「……あ……っ」
「呼吸。合わせろ。吐き気が来たら、止める」
そのとき、戸が開いた。
風が入り、湯気が揺れる。
そして――明るい赤茶の髪が、青い顔で飛び込んできた。
「……私のせいだ」
ニケだった。
笑顔の強い屋台主が、笑顔を失っている。目の下が暗い。唇が震えている。手は荒れているのに、その手が今日は頼りなく見える。
「私が……雑だった……!」
後ろから、怒号が飛んだ。
「ふざけんな! 殺す気か!」
「倒れたぞ! 戦闘前に!」
村人と冒険者の声が混ざる。怖いと怒りは似ている。怒りは、怖さの形だ。
俺は言った。短く。
「怒鳴るな」
声が通る。通ってしまう。嫌われ役の声だ。
「水。塩。まず命」
ニケが息を呑んだ。怒鳴られた方が分かりやすいのに、怒鳴られないと自分の罪が宙に浮く。宙に浮くと、もっと怖い。
俺はニケを見た。
「仕入れ先。保管方法。火入れの手順。全部言え」
ニケは唇を噛んで、言葉を絞り出した。
「触媒は……いつもの人……。保管は……屋台の下……。火入れは……混んでる時、短く……した……」
混んでる時に短くする。
それが雑さだ。悪意じゃなく、忙しさと焦りの雑さ。
雑さは、罪だ。
でも罪は、殺して終わりじゃない。次を作らないと、また起きる。
ハナが腕を組んで言った。
「人気で手が回らないなら、やめろ」
刺さる言葉。ハナの言葉は腹に刺さる。
ニケの目から涙が落ちた。
「やめたくない……! だって……おいしいって……言われたい……! 早く効けば、助かる人もいるって……!」
正論だ。
だからこそ、危ない。
俺は一拍置いて、言った。
「おいしいは否定しない。速いも否定しない」
ニケが顔を上げる。
「でも、守れない速さは毒だ。近道は腹に返る」
ニケの肩が震える。
「……私、近道した……」
「したな」
俺は頷いた。否定しない。否定すると逃げる。逃げると繰り返す。
そして言った。
「敵は人じゃない。雑さだ」
場が少し静まる。怒りが、形を失う。形を失うと、ようやく次の手が見える。
俺は続けた。
「ニケ。三点セットを覚えろ」
「……三点……?」
「手洗い」
一つ目。
「火入れ」
二つ目。
「保管」
三つ目。
「この三つだけは削るな。削ったら、お前の“うまい”が人を殺す」
ニケは涙を拭き、震える声で言った。
「……覚える……。うるさいけど……守れるなら……」
ハナが鼻で笑った。
「うるさいのは命綱だからな」
ミレイがメモ帳を開いた。紙の音。ここから先は“守る紙”が必要になる。
「屋台の事故、記録します。症状、発生時間、触媒のロット、仕入れ先。……ニケさん、協力して。逃げたら、あなたが黒幕扱いされます」
ニケが顔を青くした。
「黒幕……?」
「現実です」
ミレイの現実は容赦ない。容赦ないから守れる。
俺は鍋を見ながら、もう一度言った。
「逃げるな」
ニケは歯を食いしばった。
「……逃げない。怖いけど……言う。怖いって」
その言葉だけで、少し救われる。怖いを言えたら、次に進める。
処置が落ち着き始めた頃、ニケが小さく言った。
「……弟子にして」
俺は即答した。
「弟子は取らない」
ニケの顔が歪む。
「なんで……!」
「縛りたくない。縛られたくない。――教える。でも、お前の屋台はお前の足で立て」
ニケは鼻をすすり、拳を握った。
「……立つ。守れる味で」
その言葉が、今日の勝ちだ。
派手な勝ちじゃない。地味な勝ち。だけど命を繋ぐ勝ち。
夜、店を閉めた後、俺は帳面に書いた。
『事故:触媒刺激+火入れ短縮+保管雑。ニケ、悪意なし。敵は雑さ。雑さを利用する“誰か”の匂い』
匂いは、まだ残っている。
同じ触媒。同じ仕入れルート。誰かが“雑さ”を踏み台にしている。
そして俺は、今日も線を引いた。
看板は貸さない。
でも、うるさいは渡す。
――渡す難しさを、腹で学びながら。
走る足音。誰かの叫び声。鎧が擦れる音。吐き気の匂い。汗の匂い。――そして、腹の悲鳴みたいな呻き。
「ユー! 来た! まただ!」
ガルムの声が割れていた。嫌な“慣れ”が混じる割れ方。慣れたくない慣れだ。
戸が開く。担がれて入ってきたのは、若い冒険者だった。顔が赤い。汗だらけ。腹を押さえ、手が震えている。呼吸が浅い。目が焦点を結べてない。
屋台の列にいたやつだ。
ミレイが先に動いた。今日は珍しく店にいた。目が鋭い。
「店、閉めます! ギルド案件! 下がって!」
人が引く。空気が変わる。――こういう時、場を作るのはミレイの仕事で、俺の仕事は腹を守ることだ。
「座らせろ。吐くなら横向き。水は今は飲ませるな」
俺は言いながら、脈を取った。速い。浅い。手の震えは――刺激過多。腹の攣りは――胃が燃えてる。
俺は鼻を近づけた。
舌が“熱い”匂い。
あの触媒の匂いが、吐息に混じってる。
「……常用か?」
俺が聞くと、ガルムが眉をひそめた。
「昨日も飲んだって言ってた。『勝てるから』って」
「勝って、帰れてない」
言葉が勝手に低くなる。怒鳴らない。怒鳴ると感情にされる。これは命の話だ。
俺は厨房へ戻り、鍋に火を入れた。解毒の土台。月白根。ミズナ草。深緑。塩はほんの少し。酸を数滴。脂を数滴。香りは強くしない。強い香りは吐き気を呼ぶ。
器を出す。
「熱くない。ゆっくり。口に含んで、飲める分だけ」
冒険者が震える手で器を掴み、少しだけ飲む。喉が動く。次に、眉間の皺がわずかにほどけた。
「……あ……っ」
「呼吸。合わせろ。吐き気が来たら、止める」
そのとき、戸が開いた。
風が入り、湯気が揺れる。
そして――明るい赤茶の髪が、青い顔で飛び込んできた。
「……私のせいだ」
ニケだった。
笑顔の強い屋台主が、笑顔を失っている。目の下が暗い。唇が震えている。手は荒れているのに、その手が今日は頼りなく見える。
「私が……雑だった……!」
後ろから、怒号が飛んだ。
「ふざけんな! 殺す気か!」
「倒れたぞ! 戦闘前に!」
村人と冒険者の声が混ざる。怖いと怒りは似ている。怒りは、怖さの形だ。
俺は言った。短く。
「怒鳴るな」
声が通る。通ってしまう。嫌われ役の声だ。
「水。塩。まず命」
ニケが息を呑んだ。怒鳴られた方が分かりやすいのに、怒鳴られないと自分の罪が宙に浮く。宙に浮くと、もっと怖い。
俺はニケを見た。
「仕入れ先。保管方法。火入れの手順。全部言え」
ニケは唇を噛んで、言葉を絞り出した。
「触媒は……いつもの人……。保管は……屋台の下……。火入れは……混んでる時、短く……した……」
混んでる時に短くする。
それが雑さだ。悪意じゃなく、忙しさと焦りの雑さ。
雑さは、罪だ。
でも罪は、殺して終わりじゃない。次を作らないと、また起きる。
ハナが腕を組んで言った。
「人気で手が回らないなら、やめろ」
刺さる言葉。ハナの言葉は腹に刺さる。
ニケの目から涙が落ちた。
「やめたくない……! だって……おいしいって……言われたい……! 早く効けば、助かる人もいるって……!」
正論だ。
だからこそ、危ない。
俺は一拍置いて、言った。
「おいしいは否定しない。速いも否定しない」
ニケが顔を上げる。
「でも、守れない速さは毒だ。近道は腹に返る」
ニケの肩が震える。
「……私、近道した……」
「したな」
俺は頷いた。否定しない。否定すると逃げる。逃げると繰り返す。
そして言った。
「敵は人じゃない。雑さだ」
場が少し静まる。怒りが、形を失う。形を失うと、ようやく次の手が見える。
俺は続けた。
「ニケ。三点セットを覚えろ」
「……三点……?」
「手洗い」
一つ目。
「火入れ」
二つ目。
「保管」
三つ目。
「この三つだけは削るな。削ったら、お前の“うまい”が人を殺す」
ニケは涙を拭き、震える声で言った。
「……覚える……。うるさいけど……守れるなら……」
ハナが鼻で笑った。
「うるさいのは命綱だからな」
ミレイがメモ帳を開いた。紙の音。ここから先は“守る紙”が必要になる。
「屋台の事故、記録します。症状、発生時間、触媒のロット、仕入れ先。……ニケさん、協力して。逃げたら、あなたが黒幕扱いされます」
ニケが顔を青くした。
「黒幕……?」
「現実です」
ミレイの現実は容赦ない。容赦ないから守れる。
俺は鍋を見ながら、もう一度言った。
「逃げるな」
ニケは歯を食いしばった。
「……逃げない。怖いけど……言う。怖いって」
その言葉だけで、少し救われる。怖いを言えたら、次に進める。
処置が落ち着き始めた頃、ニケが小さく言った。
「……弟子にして」
俺は即答した。
「弟子は取らない」
ニケの顔が歪む。
「なんで……!」
「縛りたくない。縛られたくない。――教える。でも、お前の屋台はお前の足で立て」
ニケは鼻をすすり、拳を握った。
「……立つ。守れる味で」
その言葉が、今日の勝ちだ。
派手な勝ちじゃない。地味な勝ち。だけど命を繋ぐ勝ち。
夜、店を閉めた後、俺は帳面に書いた。
『事故:触媒刺激+火入れ短縮+保管雑。ニケ、悪意なし。敵は雑さ。雑さを利用する“誰か”の匂い』
匂いは、まだ残っている。
同じ触媒。同じ仕入れルート。誰かが“雑さ”を踏み台にしている。
そして俺は、今日も線を引いた。
看板は貸さない。
でも、うるさいは渡す。
――渡す難しさを、腹で学びながら。
21
あなたにおすすめの小説
最弱だと追放された俺、実は神々の加護持ちでした 〜知らぬ間に世界最強になってた俺を今さら呼び戻そうとしてももう遅い〜
fuwamofu
ファンタジー
最弱だと追放された俺、実は神々の加護持ちでした 〜知らぬ間に世界最強になってた俺を今さら呼び戻そうとしてももう遅い〜
追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~
fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。
しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。
気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。
裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。
無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!
追放された雑用係、実は神々の隠し子でした~無自覚に世界最強で、気づいたら女神と姫と勇者パーティがハーレム化していた件~
fuwamofu
ファンタジー
異世界ギルドの「雑用係」としてコキ使われていた青年レオン。だが彼は、自分が神々の血を継ぐ存在だとは知らなかった。追放をきっかけに本来の力が目覚め、魔王軍・帝国・勇者をも圧倒する無自覚最強へと覚醒する。
皮肉にも、かつて見下していた仲間たちは再び彼に跪き、女神、聖女、王女までが彼の味方に!? 誰もが予想しなかった「ざまぁ」の嵐が、今、幕を開ける——!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
追放された無能と言われた俺、実は古代最強魔法の継承者でした〜気づいたら女神たちに囲まれて世界最強になってた件〜
fuwamofu
ファンタジー
王国最強パーティーから「無能」と罵られ追放された青年レオン。
しかし、彼の中には太古の時代に封じられた「古代魔法の権能」が眠っていた。
辺境の森で出会った謎の女神、従魔の少女、傭兵の姫たち──彼の元に集うのは、世界を変える力を秘めた美しき者たち。
本人はただの旅人のつもり……でも、その一歩一歩が伝説を塗り替えていく。
「え?あのレオン様って、神話の再来じゃないですか!?」
笑いあり、バトルあり、そして甘い誤解たっぷりの無自覚最強ざまぁファンタジー!
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
転生辺境の雑用兵、知らぬ間に世界最強になっていた件 〜追放されたけど美女たちに囲まれて安寧生活〜
eringi
ファンタジー
辺境軍の雑用兵として転生した青年・レオン。異世界に転生したのに、剣も魔法も地味でパッとしない日々。ところが彼の“地味な努力”が、実は世界の理をゆるがすほどの能力だと気づく者が次々と現れる。貴族令嬢、魔族の姫、神官少女──気づけばハーレム状態に。追放された元仲間が破滅していく流れの中、本人だけは「俺、そんな強いかな?」と首をかしげる。無自覚最強×ざまぁ×追放後スローライフ×英雄伝説が交錯する、異世界逆転ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる