ぷるぷるスッキリ、イカがでしょう

サトー

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シャンズオアイラ

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「パチモンじゃないよー! 全部、モノホン!」 
 
 一度親切にしたらすっかりなつかれてしまって、ユズルさん、としょっちゅうリィは寄ってくるようになった。リィと遊ぶような仲になるまでは、バイクに乗って一人で遠出するのが趣味だったのに「ダメ―! ユズルさん、来週も遊んで!」とやかましいから、出掛ける頻度はだいぶ減った。 

 親しくなるにつれ、リィについてのいろいろなことがわかるようになった。 
 勝手に同い年だと思っていたが、一緒に映画を観に行った際、何気なく学生証を見たら実際は俺よりも三歳も年上だった。 
 
「お前、全然年上じゃん! 今まで面倒見てやった時間を返せ!」 
「ユズルさん……タイムイズマネー、時は金なり。時間は取り戻せないよ?」 
「あ……?」 
「継続は力なり。これからも、よろしく、です」 
「コイツ……!」 
 
 母国語以外でここまで人を煽れるんだから、ある意味天才に違いなかった。その時も、キャラメルポップコーンをバカみたいに食べたリィは「甘くて喉が渇く! どーすんの?」と俺のコーラをほとんど奪い、映画の終盤では勝手に肩へもたれてきてグーグー寝ていた。 
 
 リィは日本の漫画とアニメと声優が大好きだと言う。わけのわからないアニメ声優のコンサートに連れていかれた時は、二万人近いファン達に揉みくちゃにされているリィの腕を引いて会場から脱出するのに本当に苦労した。 

 どうせパチモンだろうと思っていた、デカデカとしたハイブランドのロゴがやたら目立つ服も持ち物も、全部本物らしい。リィは金持ちの子供だった。
 ただ、リィがコーディネートをして着ていると、似合ってはいるのに全部偽物に見える。「服の価値を下げてやるなよ」とからかうと、「ユズルさん、ヒドイよー!」とリィが拗ねるのが面白い。 
 リィは俺が服を買う時は「おー! カッコイイ、カッコイイ! それにしよ!」と五秒で即決させるくせに、自分の服を買う時は何度も同じ店を行ったり来たりして、散々悩んで、「ユズルさん、さっきのとどっちが似合う?」としつこくアドバイスを求めてくる。 

 ブカブカのTシャツとハーフパンツで、入口に門番が立っているハイブランドの店へフラッと入っては、値段も見ずにカードで服を買うリィ。 
 始めは、「なに、コイツ……?」と怪訝そうにしていた店員が、次第に「なんか、どえらい金持ち来たよ!?」と露骨に態度を変える姿は愉快だった。だからついついリィに付き合ってしまう。 
 
 リィは、俺と遊んでばかりでろくに勉強をしていないように見えるが、ちゃんと頭は良い。よく考えたら、中国語と英語と日本語が喋れるわけだから、それだけですでに俺の何倍も賢い。 

 だけど、一生懸命日本語の勉強をしていると思っていたらエロ同人を読んで「この人の絵柄は本物のアニメに似ているからシコリティが高い」とか言う、どこで覚えてきた? と聞きたくなるような言葉も平気で使う。 
 俺の中でリィの印象は「変な中国人」から次第に「厚かましくて、服のセンスが悪い、ろくでもない日本語ばっかり覚える声豚の変な中国人」に変わっていった。 
 
◆ 
 
「ユズルさん! 助けて!」 
 
 連絡もよこさずに、リィが俺の部屋へやって来たのは金曜日の夕方のことだった。よっぽど急いでやって来たのか、手ぶらなうえにいつも綺麗に整えられている髪の毛もボサボサだった。 
 
「どうした?」 
「乱交だよ! 乱交!」 
「えっ……」 
 
 また、そんな言葉を……と呆れたものの「危なかった」とリィが腕にしがみついて来る。とりあえず、部屋に入れて杏仁豆腐を食べさせてやったら「ぷるぷるスッキリ。ユズルさん、もっとある? もっと食べたい」と一瞬で元気を取り戻した。 
 
「ところで、乱交って?」 
「あー……、寮に日本人の女の子がたくさん来て……、それで嫌な感じの酒の飲み方を始めたから、もうやかましくて! 『お前も来たら』ってお兄さん達に言われる前に逃げてきたんだよ」 
「……ただの、飲み会じゃねーか」 
 
 大袈裟に騒ぎやがって、と呆れていたら、「違うよ! ユズルさんのボケ」とリィは怒り始めた。 
 
「ユズルさんみたいな、独り身が知らないような飲み方だよ! じゃんけんをして、それで負けた方がものすごく強い酒を飲んで、それで、それで……もう飲めなくなったら、今度は女の子が膝に乗ったり、ハグしたりする」 
「……はあ」 
 
 楽しそうでよかったですね、と返すと「バカ!」とますます怒っていた。 
 
「ユズルさんは、そんなんだからいつまでたっても恋人が出来ないんだよ! 誰かを口説いたことある?」 
「あ?」 
「俺が、中国人を口説く言葉を教えてあげてもいいよ」 
 
 ニヤっとリィが笑う。リィはファッションセンスこそ、とち狂っているものの、見た目は華やかでカッコイイ。韓流のアイドルがやっているような、サイドと襟足が短いショートのヘアスタイルも、よく似合っているし、顔も小さい。 

 しかも、可愛い女の前だと「ども、ありがと。おれ、とてもうれしい」とたどたどしく話すような奴だ。散々女を食いまくっているのでは? という気もするが「そんなことない、俺はユズルさんだけだよー」といつも纏わりついて来る。 
 自分がどんなふうに振舞えば「可愛い」と認識されるか理解しているくせに、ただの飲み会に「乱交」と大騒ぎする。

 ヘンテコな奴の言うことをいちいち相手にしてはいけない。どうせ、あと三十分もすれば自分がなんでここに来たのかも忘れて、俺の部屋に勝手に置いている「スラムダンク」のブルーレイ全巻を再生して咽び泣くのだから。そう思って無視していたら、「ねえねえ、ユズルさん」とリィが顔を覗き込んできた。 
 
「俺が中国人を口説く言葉を教えてあげるから、ユズルさんも俺に日本人を口説く言葉を教えてよ」 
「……なんでそんなこと」 
「……ユズルさんが、どんなふうに人を口説くのか聞いてみたい」 
 
 うひひ、とおかしくて堪らないという様子でリィが笑う。コノ野郎、とわき腹をくすぐってやったら「やめてよ! 暴力はノー!」とリィは涙を流しながら大笑いした。 
 
「ユズルさんってば……俺をオモチャにするのはやめて欲しいね……」 
「こっちのセリフだよ」 
「ユズルさんのスペシャルな100パーセント相手を落とせるセリフ聞かせて」 
 
 女を口説く時になんて言えばいいのかくらいは、普通に生活していればなんとなくわかる。だけど、俺は19歳になっても、いまだに女をちゃんと口説いたことが無い。俺はいわゆる「男だけでつるんでるのが一番楽しいよな!」という結構痛いタイプの人間なのだ。
 女に興味が無いのはそのせいだって……そこまで考えたところで、いつも思考をストップさせている。まだ、19歳だから、とかそんなことを理由にして。 
 
「ねえねえ、ユズルさんは好きな人になんて言うの?」 
「逆にお前はなんて言うんだよ?」 
「俺―? そうだねえ……」 
 
 リィはしばらく考えた後、パッと笑った。 
 
「……シャンズオアイラ」 
 
 講義では習ったことのない言い回しだった。初級クラスだから「私は日本人です」「私は大学生です」程度の会話しか習っていないから仕方ないものの、何を言っているのかさっぱりわからない。ただ、いつもデカい声でやかましいリィが、少しだけ恥ずかしそうにして、普段よりぐっと声のボリュームを落としたことだけはわかった。 
 
「なんて意味?」 
「エッチしたいって意味だよ」 
「は……?」 
 
 母国語じゃないと恥ずかしさが薄れるのか、ケラケラと笑う様子は、すでにいつもどおりのリィだった。誰かに言ったことあるのか、と聞きかけて、慌てて口をつぐんだ。聞いたところで、どうなるというわけでもないのに。 
 
「……お前、いきなり直球でいくのかよ」 
「んふふ……。ねえ、ユズルさんも言ってみてよ」 
 
 シャンズオアイラ、とリィはゆっくり口にした。真似してみたものの、この言葉と「エッチしたい」は頭の中で全然結びつかなかった。どうせ一生使う機会のない言葉なのだから、覚える気なんてこれっぽっちも無い。 
 
「覚えた? 言ってみて」 
「……シャンズオアイラ」 
「……うん。まあ、ユズルさんにしては結構いいんじゃない……」
「シャンズオアイラ」
「うん……」

 相変わらず人を煽るセンスだけは一流でイラッとさせられる。けれど、教えられたから、一応復唱しているというのに、リィはなんだか照れ臭そうな顔でソワソワし始めた。
 いつもはデカイ声でやかましく騒ぐうえに、「この子の声はシコイねー、これじゃあ簡単に屈してしまうねー」とキモイことを恥ずかしげもなく言うくせに、なんだか様子がおかしい。

「ねえねえ、ユズルさんも何か教えてよ」
「教えてって言ったって……お前、そんだけ日本語ペラペラなら、今さら何も習うことなんかないって」
「ユズルさーん……」

 教えてよう、と服の裾を引っ張ってくる。こんな時だけ、小さな声でしおらしくしてくるのだから、本当に困った奴だった。

 普段、俺はリィのことを結構ガサツに扱っている。泊めて、と押し掛けられた時は「床で寝ろ」と言うし、リィが盗み食いをした時は「この野郎」と小突く。だけど、時々、こうやっておとなしくされると、そうもいかなくなって、それで、結局は「わかった」と頷いてしまう。

 そういう知恵だけはしっかりあって本当に厄介な奴……と思いながら、リィの様子をうかがったら目が合う。ユズルさんも、早く、と促すように「……シャンズオアイラ」ともう一度口にした後、やっぱり恥ずかしそうにしてからリィは空っぽの杏仁豆腐の容器を手で弄んだ。
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