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オニーサン
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リィが「日本人を口説ける言葉を教えて」とうるさいから仕方なく、わかった、とは言ったもののあまり下品なことは教えたく無かった。本当は「エッチしたい」よりも過激な言葉とその意味を教えてやって、「ユズルさん、なんてことを……!?」と驚かせてやりたい。
ただ下手なことを言うと、「ユズルさん、そんなこと今どきヤンマガのヒロインでも言わないねー」「Oh……ユズル氏身長伸びた? 思春期ネ」と煽られる可能性の方が高い。
「クソッ……! 想像の中でも煽りスキルが高すぎるだろ…!」
「ユズルさーん、一人言? 大丈夫?」
毎日リィと一緒にいるせいで、煽りのパターンまで完全に覚えてしまっている。それに、「日本語の勉強」と称して毎日5ちゃんねるをチェックしてはレスバに応じているリィに勝てるはずがない。
「ねえねえ、ユズルさん、好きな人に、どんな言葉をかけるの?」
教えてくれたら俺は必ず覚えます、とリィはローテーブルの上に身を乗り出した。
ここまで教えて欲しがるなんて、よっぽど親しくなりたい日本人の女が出来たのかもしれない。
いつの間に? あれだけ一緒にいたのに全く気が付かなかったぞ、とリィの顔をまじまじと見た。「そういやコイツ、髪伸びたな」「髪、切ったのか」とか、そういうことは、いつも嫌でも気が付くのに、リィが恋している女については何もわからなかった。
「リィ」
「うん?」
「もし、日本人を好きになったんだとしたらさ……」
「え? ユズルさんなに? 全然、聞こえないよ」
自分の声がデカイからなのか、リィは相手の声にも一定以上のボリュームを求める。リィと電話をする時は通話の音量を最小にしないと「三半規管がヤられる」と思うくらい、とにかくうるさい。
だから、「聞こえないよ」と顔を近付けてくるリィに「まず、声のボリュームを抑えろ。日本人はうるさすぎるのは苦手だから」とよく言い聞かせた。……何度も大袈裟に頷きながら「オーケー! バッチリ理解した!」という返事の時点ですでにうるさかった。このままだと、両耳がヤられるかもしれない。
「……そうだなー……お前なら片言の日本語で『だいすき。あいしてます』って言えばどうとでもなるだろ」
「ホントー?……ユズルさん、だいすき、あいしてます」
「……俺に言ってもしょうがないだろ! バカだな、ホント……」
「なんでー?」
どうとでもならないじゃん! ユズルさんの嘘つき! とリィはプリプリ怒っていた。
いつもわざとらしい下手くそな日本語で女を拐かしてるくせに何を……とムカついていたので、無視していたら「恋人がいない寂しいユズルさんが、スペシャル100パーセント中国人のいい子に出会える言葉を教えてあげます」とリィがすり寄ってきた。
「いらねぇよ! だいたい、お前が毎日寄ってきてうるさいのに寂しいなんて……」
「ユズルさん、百聞は一見にしかずだよ! ダイジョブダイジョブ、オニーサンに任せとけば心配いらないねー」
「また、都合のいい時だけ年上ぶりやがって……」
勝手に肩へ回されたリィの長い腕は、引き剥がそうとすればするほど、強い力で絡み付いてくる。こうやってウザ絡みをしてくる時のリィは絶対に言うことを聞かないし、体格が俺とそう変わらないせいで力ずくで引き剥がすのも難しいから厄介だ。
三歳も年上のくせに、くっついてじゃれつくのが本当に楽しくて堪らないといった様子で、リィがケタケタ笑う。「ユズルさん」とリィの顔が近付いてきて、目がゆっくり細められる。知り合った頃は「厚ぼったい瞼」としか思えなかったのに、親しくなった今では「優しげな目つき」に見えるのが不思議だった。
「ユズルさん、ウォーヘンシーフアンニーって言ってみてください」
「あ?」
「あなたが大好きって意味。……さっき、ユズルさんは俺に嘘をついたけど、俺のは効果抜群です」
「ああそう……ウォーヘンシーフアンニー」
「……棒読みだけど、発音は悪くないねー」
明日から使いたくなっちゃうねー、と心なしかリィは誇らしげだった。……さっきの「エッチしたい」と一緒で、今日が終われば一生使うことがない言葉だから、「ハイハイ、シェイシェイ」で流しておいた。
「……ユズルさんは、どんな人が好き?」
「あ……? 俺? そーだなあ……バイクに乗ってもうるさく言わない人」
「それだけ? じゃあ、中国人もオーケーですか?」
「……日本語が通じるなら」
Oh……とリィは目を丸くしていた。たぶん、「求める条件のハードルをそこまで下げても恋人がいないなんて……」と思っているのかもしれない。いや、リィのことだから、もっと皮肉の効いた煽りを……と考えていた時だった。
「ユズルさん、俺、バイク乗りは、嫌いじゃ無い」
「はあ……?」
「…… ウォーヘンシーフアンニー」
「……なんだっけ? えーと……」
「ユズルさん、もう忘れたの? ユズルさんのボケ……」
さっきの「自称:オニーサン」の時とは全然違うテンションでリィが肩に腕を回してきた。回してきた、というよりは両腕で絡み付いてきているから、ほとんど抱きついてきたに近かった。
「……シャンズオアイラ」
「……思い出した! エッチしたい、だ」
「ユズルさん、いちいち順番とか気にしそうだね……ウォーシャンチンニー」
「ウォーシャン……」
それ習ってない、と口を開きかけたら、じいっとリィもこっちを見ていた。
「ユズルさん、キスしたい」
「え? 今のってそういう意味?」
「ユズルさんってば……ウォーシャンチンニー。キスしたい」
これも一生使う機会が無い……と考えているうちに、リィに捕まってしまっていた。バカみたいに強い力で抱き着いてきたリィは本当に小さな声で、「キスしたい」ともう一度繰り返してから一気に距離を詰めてきた。
コイツ、中国語で「キスしたい」を教えた時は「って意味だよ」と付け足さなかった、と気が付いた時には、柔らかいものが唇に触れていた。
ただ下手なことを言うと、「ユズルさん、そんなこと今どきヤンマガのヒロインでも言わないねー」「Oh……ユズル氏身長伸びた? 思春期ネ」と煽られる可能性の方が高い。
「クソッ……! 想像の中でも煽りスキルが高すぎるだろ…!」
「ユズルさーん、一人言? 大丈夫?」
毎日リィと一緒にいるせいで、煽りのパターンまで完全に覚えてしまっている。それに、「日本語の勉強」と称して毎日5ちゃんねるをチェックしてはレスバに応じているリィに勝てるはずがない。
「ねえねえ、ユズルさん、好きな人に、どんな言葉をかけるの?」
教えてくれたら俺は必ず覚えます、とリィはローテーブルの上に身を乗り出した。
ここまで教えて欲しがるなんて、よっぽど親しくなりたい日本人の女が出来たのかもしれない。
いつの間に? あれだけ一緒にいたのに全く気が付かなかったぞ、とリィの顔をまじまじと見た。「そういやコイツ、髪伸びたな」「髪、切ったのか」とか、そういうことは、いつも嫌でも気が付くのに、リィが恋している女については何もわからなかった。
「リィ」
「うん?」
「もし、日本人を好きになったんだとしたらさ……」
「え? ユズルさんなに? 全然、聞こえないよ」
自分の声がデカイからなのか、リィは相手の声にも一定以上のボリュームを求める。リィと電話をする時は通話の音量を最小にしないと「三半規管がヤられる」と思うくらい、とにかくうるさい。
だから、「聞こえないよ」と顔を近付けてくるリィに「まず、声のボリュームを抑えろ。日本人はうるさすぎるのは苦手だから」とよく言い聞かせた。……何度も大袈裟に頷きながら「オーケー! バッチリ理解した!」という返事の時点ですでにうるさかった。このままだと、両耳がヤられるかもしれない。
「……そうだなー……お前なら片言の日本語で『だいすき。あいしてます』って言えばどうとでもなるだろ」
「ホントー?……ユズルさん、だいすき、あいしてます」
「……俺に言ってもしょうがないだろ! バカだな、ホント……」
「なんでー?」
どうとでもならないじゃん! ユズルさんの嘘つき! とリィはプリプリ怒っていた。
いつもわざとらしい下手くそな日本語で女を拐かしてるくせに何を……とムカついていたので、無視していたら「恋人がいない寂しいユズルさんが、スペシャル100パーセント中国人のいい子に出会える言葉を教えてあげます」とリィがすり寄ってきた。
「いらねぇよ! だいたい、お前が毎日寄ってきてうるさいのに寂しいなんて……」
「ユズルさん、百聞は一見にしかずだよ! ダイジョブダイジョブ、オニーサンに任せとけば心配いらないねー」
「また、都合のいい時だけ年上ぶりやがって……」
勝手に肩へ回されたリィの長い腕は、引き剥がそうとすればするほど、強い力で絡み付いてくる。こうやってウザ絡みをしてくる時のリィは絶対に言うことを聞かないし、体格が俺とそう変わらないせいで力ずくで引き剥がすのも難しいから厄介だ。
三歳も年上のくせに、くっついてじゃれつくのが本当に楽しくて堪らないといった様子で、リィがケタケタ笑う。「ユズルさん」とリィの顔が近付いてきて、目がゆっくり細められる。知り合った頃は「厚ぼったい瞼」としか思えなかったのに、親しくなった今では「優しげな目つき」に見えるのが不思議だった。
「ユズルさん、ウォーヘンシーフアンニーって言ってみてください」
「あ?」
「あなたが大好きって意味。……さっき、ユズルさんは俺に嘘をついたけど、俺のは効果抜群です」
「ああそう……ウォーヘンシーフアンニー」
「……棒読みだけど、発音は悪くないねー」
明日から使いたくなっちゃうねー、と心なしかリィは誇らしげだった。……さっきの「エッチしたい」と一緒で、今日が終われば一生使うことがない言葉だから、「ハイハイ、シェイシェイ」で流しておいた。
「……ユズルさんは、どんな人が好き?」
「あ……? 俺? そーだなあ……バイクに乗ってもうるさく言わない人」
「それだけ? じゃあ、中国人もオーケーですか?」
「……日本語が通じるなら」
Oh……とリィは目を丸くしていた。たぶん、「求める条件のハードルをそこまで下げても恋人がいないなんて……」と思っているのかもしれない。いや、リィのことだから、もっと皮肉の効いた煽りを……と考えていた時だった。
「ユズルさん、俺、バイク乗りは、嫌いじゃ無い」
「はあ……?」
「…… ウォーヘンシーフアンニー」
「……なんだっけ? えーと……」
「ユズルさん、もう忘れたの? ユズルさんのボケ……」
さっきの「自称:オニーサン」の時とは全然違うテンションでリィが肩に腕を回してきた。回してきた、というよりは両腕で絡み付いてきているから、ほとんど抱きついてきたに近かった。
「……シャンズオアイラ」
「……思い出した! エッチしたい、だ」
「ユズルさん、いちいち順番とか気にしそうだね……ウォーシャンチンニー」
「ウォーシャン……」
それ習ってない、と口を開きかけたら、じいっとリィもこっちを見ていた。
「ユズルさん、キスしたい」
「え? 今のってそういう意味?」
「ユズルさんってば……ウォーシャンチンニー。キスしたい」
これも一生使う機会が無い……と考えているうちに、リィに捕まってしまっていた。バカみたいに強い力で抱き着いてきたリィは本当に小さな声で、「キスしたい」ともう一度繰り返してから一気に距離を詰めてきた。
コイツ、中国語で「キスしたい」を教えた時は「って意味だよ」と付け足さなかった、と気が付いた時には、柔らかいものが唇に触れていた。
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