お隣さんがパンツを見せろと言うからプロ意識を持ってそれに応える

サトー

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リンちゃん

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ラブホテルに行った日以来、生田さんとはもう二週間近く顔を合わせていない。
引っ越してはいないだろうし、外を歩く靴音やドアを開け閉めする音はたまに聞こえる。
けれど、前みたいにゴミを捨てる時に会わなくなったし、生田さんはほとんど家にいないようだった。もしかしたら、徹底的に避けられているのかもしれない。



どうして俺はあの時あんなことを言ったんだろう、と何度も後悔した。
自分は身体を買われているだけだということを忘れて、生田さんを本気で求めてしまった。
ちゃんとした彼氏を作りたいであろう生田さんにとって、俺のそういう思いはきっと邪魔でしかなかったはずだ。

のめり込みすぎないように、なにも考えずに、嫌だな、キモイな、と思いながら適当にいやらしいことをしていれば良かったのかもしれなかった。
そうすれば、まだ一緒にいられたのかもしれない。



友達と遊びに行ったり、彼女を作ったりする気にはなれないけど、家で一人でいると気が滅入る。
それで、学校に行ってる時以外はとにかくバイトに打ち込んだ。ひたすら最速ルートでピザを配達し、廃材を運び、ペンキを塗った。

バイトで軽トラやバイクを運転している間は助かった。
一人で車に乗っている時は、生田さんのことを忘れて運転に集中できる。

生田さんと会わなくなると当然収入も減るから、ほとんど休みなしで必死に働いた。おかげで、工務店からは「すぐに学校を辞めて大工になれ」と言われるくらい、仕事を覚えた。

クタクタになって家に帰って来た時、たまに生田さんの部屋の明かりが点いていると、フラッと寄りたくなる。
というか、何度かドアの前に立ち尽くして、インターホンを押すか迷った。……しばらく本気で悩んで、押したところでどうにもならない、と結局は諦めて自分の部屋へ帰る。

こんなことは止めなければと思い、生田さんのことを忘れようとしているけど、女の人へは気持ちが向かわない。
やっぱり俺はゲイになってしまったんだろうか、と一人で悩む時もある。
そういう時は必ず生田さんに「ゲイだってことを気にしない」と言った日を思い出した。

どうしてあの時「気にしない」なんて言ったんだろう。俺よりも何倍も長い時間を一人で悩んでいたであろう生田さんのもっと話を聞いていれば良かった…と、本気で後悔した。
会えなくなってから、生田さんの気持ちを分かろうとするなんて、俺は本当にバカだ。




「はあ……」

結局、今日もバイトの後に、自分の部屋へ入る前に、生田さんの部屋へ寄ってしまった。
明かりは点いていなかった。寝ちゃったのかな、それともいないのかな、と思いながら、トボトボ自分の部屋へ戻る。
ポケットから鍵を取り出そうとしている時だった。

「ねえ」

その声は、しん、としたマンションの外廊下によく響いた。え?と思い、声のした方を振り返ると、階段を上ってすぐの場所に男の人が一人で立っていた。

生田さんと同じくらい大きいから、身長は180センチ近くあるのかもしれない。
20代に見えるけど、「ものすごい若く見える35歳だ」と言われたらそう見えるような、堂々とした顔つきをしていた。

顔のパーツは全部派手で、なんだか芸能人みたいだった。大きなアーモンドアイ、作り物みたいに完璧な鼻筋、柔らかそうな唇、ほっそりとした顎……。前下がりのショートヘアーが整った顔を引き立たせていた。

「ねえ」
「……お、俺ですか?」

他に誰がいんの?と高いところから冷ややかな目で見下ろされる。側に立たれると、ムスクの甘い香りがした。
話しかけられたら、自然と姿勢を正して、身構えてしまうような……ものすごい存在感とオーラの持ち主だった。

女の人みたいに綺麗だけど、身体は大きくて男の強さや逞しさも感じられる。
いかにも気の強そうなものの言い方と、凛としたたたずまいは、どことなく女優を思わせた。
朝ドラに出てるような若手じゃなくて……ADや付き人を怒鳴り付けていそうな大御所の方。

「……今、あの部屋の前に立ってたよね?ユウイチの友達?」
「えっ、あの……違います」

ユウイチ、というのは生田さんの下の名前だ。前に契約書に「生田佑一」とサインしていたのを見た。
生田さんを「ユウイチ」と呼ぶこの人は、俺をよく思っていなさそうで、なんだか怖い。
あまり関わらないでさっさと部屋へ入った方が良さそうだった。
だから、嘘をついたのに「じゃあ、なんで、あそこにいたの?」と問い詰められた。

「……ガ、ガス屋です」

ほおー、そうなんだあ、と大袈裟に声をあげて頷いていた。どう見ても俺のついたその場しのぎの嘘に納得していない様子だった。

「……ガス屋がなんで、この間ユウイチと一緒に朝帰りしてたの?教えてよ」
「え……」

驚いて顔を上げると、ニコッと微笑みかけられた。どうやら、ラブホテルから帰ってきた日の朝、二人でいるところを見られていたようだった。

「えっと、あの……俺は、隣人です。生田さんには、前に、よくして貰っていたから……ちょっとだけ、仲が良かったんです……嘘をついて、ごめんなさい……」

しどろもどろになりながら説明する俺のことを、その人は相変わらず冷ややかな目で見下ろしながら、黙っていた。

「……なんで、そんなにビクビクしてるの?俺が怖い?」
「……こ、怖くないです」
「本当?声震えてるよ、大丈夫?」
「あの、こんなに綺麗な男の人に、会ったの初めてだから、ビックリして……」

もう許してください、と思いつつ顔を上げると目が合った。縦にも横にも大きな目が、すーっと細められた。

「……可愛いね。ねえ、名前なんて言うの?」
「あ、す、鈴井です……」
「下の名前は?」
「マナト……」
「マナトかあ。可愛い」
「お兄さんは……?」
「俺……?」

そうだなあ、としばらく考えた後「ミサキ」と返ってきた。
自分の名前を考えるのに、ここまで長々と間を空ける人を俺は見たことがない。
もしかしたら、偽名なんだろうか、とふと思った。

「…………リンちゃん?」
「おっ、よく分かったね。やるじゃん」

もしかしたら、と思って生田さんの元彼氏の名前を口にしたら、やっぱりそうだった。
リンちゃんは偽名を見破られたというのに、一切動揺していなかった。もしかしたら、「リン」も本名じゃないのかもしれない。

「マナトにお願いがあるんだけど」
「へ……?」
「ユウイチに鍵を返しといてくれない?」

そう言ってリンちゃんはポケットから取り出した鍵を俺へ向かって放った。
慌ててキャッチした鍵は、キーホルダーも何も付いていなくてピカピカだった。

「これは……?」
「ユウイチの部屋の鍵。この間、返しに来たら、二人が神妙な顔で歩いてるのを見たから、あらー、と思って。渡せなかったんだよね」

生田さん、ずっと俺に会ってくれないんです、避けられてるんです、と本当は言いたかったけど「よろしくー」と有無を言わせない威圧感で押し付けられた。

バイトでフラフラなうえに、リンちゃんに話しかけられてからはずっと緊張していたから、どっと疲れていた。
早く部屋に入って休みたかったから「わかりました」と一応、返事をした。鍵のことはあとで考えよう……とポケットをゴソゴソやっていると、ポンと肩に手を乗せられた。

「ねえ、これから、一緒に飲みに行こうよ」
「え……」

振り返ってから「行けません」と断った。
ヒョウやトラのように、リンちゃんの瞳は真ん丸だった。それが、一切動かずに俺だけを見つめていた。

「……じゃあさ、さっき渡した鍵返してよ。それで部屋に入って、中でユウイチを待って、直接返すから」
「だ、だめ……」

慌ててさっき受け取った鍵をぎゅっと握りしめた。……渡しちゃ、ダメだ。渡したくない、と強く思った。
この人に会ったらきっと生田さんは、また好きになってしまう。そうしたら、俺は……

「じゃあ、来てよ」

どうして、リンちゃんが俺なんかと飲みたいのかはさっぱり分からない。
でも、生田さんとリンちゃんが二人きりになるのは嫌だった。
だから、腕を掴まれて引きずられるようにして、さっき登ってきた階段をリンちゃんと二人で降りた。





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