お隣さんがパンツを見せろと言うからプロ意識を持ってそれに応える

サトー

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【番外編】リンちゃんの彼氏(3)

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はじめてマナトを見たのは鍵を返そうとユウイチの家へ向かっていた時だった。
所有者が同じなのか、コンクリート打ちっぱなしのマンションばかりが建っている場所だった。
似たような建物ばっかでややこしいんだよなと思いながら歩いていると、ユウイチが若い男を連れて歩いていた。
「おっ、朝帰り?」と思い、別のマンションの駐車場の柱に隠れて、コッソリ二人の様子を確認した。



ユウイチより背は低くて、若い。もしかしたら、18歳とかそれくらいってこともありえるかもしれない。
へー、あんなに若い男を捕まえるなんてやるじゃん、どうせ土下座したんだろうな。というか、未成年だったら犯罪……とりあえず、顔もみてやろ、とからかうような気持ちでマナトの方を凝視した。




……ものすごく目が腫れていて、誰が見ても大泣きしたんだと分かる顔をしていた。
正直連れて歩いているユウイチは、ここへ帰ってくるまでよく警察に止められなかったな、と不思議に思える程だった。
そもそも、あれだけキモイことを言って俺を不愉快にさせるユウイチはいつまでたっても捕まらないし、この国の警察はいったい何をやっているんだろうか。


どうせラブホテルにでも泊まって、朝から一発ヤるかどうかとか、オモチャを使っていいかどうかとか、そんな些細なことがきっかけで痴話喧嘩でもしたんだろう。
バカらしい、帰ろ……とその日は、何もせずに家に帰ることにした。




駅まで歩いてる間は、「また来ないといけないじゃん。ユウイチのくせに手間をかけさせやがって」とイライラしていた。
けれど、電車に揺られているうちに「果たして、ケンカをしたくらいで若い男があそこまで泣くだろうか?」という考えがふと頭を過った。


そもそも、ユウイチの彼氏というわりには、どう見てもノンケとしか思えなかった。
ガソリンスタンドでアルバイトをして、たまの休みには女とデートをするのを楽しみにしているような、どこにでもいる若い男だと、その時はマナトのことをそんなふうに思った。

考えれば考えるほど「あれは彼氏じゃないのでは?」と思えてきた。
どう見ても売り専ではなさそうだし、よっぽど生活が苦しくて仕方なくユウイチに身体を売っているか、何か弱味を握られているか、どちらかなんだろうという気もしてきた。
……きっと、数万円という金のために、十代の頃の俺みたいに、自分が何をされているのか分かっているようで、何も理解していないまま、大人に犯されまくっているに決まっている。

あんなに目を腫らしているなんて、尿道責めや極太ディルドの挿入、ハメ撮り強要でもされたに違いない。

暗い顔をして、とぼとぼと黙って歩くマナトが「嫌だ!痛い!怖いよ、やめて……」と大泣きしている姿が容易に想像出来た。

あんないたいけな青年にそんなことをするなんて、アイツやっべえな……と内心震え上がった。
同時に「えっ?俺の別れ方が悪かったから、それで頭がおかしくなって、若い男をいじめてんのか?」という結論に至った。

えー、俺のせい?ヤダなあ……。これから死ぬっていうから、いろいろスッキリさせようと鍵を返しに来たのに、最悪……と頭が痛くなった。




結局、気になってユウイチの家まで通うことにした。仕事が忙しいのかいつ行ってもいなくて、3回目に訪ねた時にようやくマナトを見つけた。
一目見た瞬間に「あ、無駄な心配だった」と気付いた。

ユウイチの部屋の前でぼーっと立ち尽くしていたマナトは、ものすごく寂しそうだった。
「まだ、痴話喧嘩中かよ、全く……」と呆れていると、マナトがフラフラと隣の部屋の前に移動してきたから、思いきって声をかけた。

一度きりしか会わない人間にはいつも偽名を使うようにしていたから、適当な名前を伝えたらマナトはそれをすぐに見抜いた後、「リンちゃん?」と尋ねてきた。
なるほど、ユウイチから聞いてるってわけか。「リンちゃんは俺の彼氏だった人だよ」とか言われてたら本当に最悪……と気分が悪くなる。

いっつも強気でいようとしていたせいで、俺の話し方自体が刺々しくて意地悪そうに聞こえるというのは仕方ないにしても、「なぜ?」と思うくらい、マナトは俺を見て怯えていた。

あそこまで怯えられると「あんな変態と付き合ってるくせに…」とムカッとした。
挙げ句の果てには、自分はガス屋だとすぐバレるような嘘をつくし、いやいやいや、ユウイチに比べたら俺の方がずっとマトモだから。なんなのその反応は?と納得出来なかった。



「あの、こんなに綺麗な男の人に、会ったの初めてだから、ビックリして……」

そう言った後、マナトは俺を見上げてきた。目が丸っこくてウルウルしていて、小型犬みたいだった。
マナトは特別美少年というわけではない。人間の男として可愛い、というよりかは、子犬や子猫と同じ「生き物として可愛い」という方が近かった。
ソフトな印象の顔つきだけど、鼻はスッと高くて、横顔は意外と男っぽい。

話してみたところ、怯えてはいるものの、どこからどう見ても普通の男だし、「なぜこんなマトモな子があの変態と?」と不思議で仕方なかった。
無理やりにでも居酒屋に連れて行って、からかって遊んだり、ご飯をたくさん食べさせたりしながら、ユウイチとのことを聞いた。



マナトは「どうして俺はこの人と居酒屋にいるんだろう」と納得していないながらも、行儀よく食事をしていた。
その様子を見ているだけで、ちゃんと躾られて大切に育てられた人間なんだろうな、ということがよく分かった。

俺のことをじっと見ているから、「食べ方が汚い」と不快に感じているんだろうか、と思った。
けれど、マナトは俺を咎めるようなことは一切言わずに「美味しいね」と言ってから微笑んだ。
……こういうところは、なんだかユウイチとマナトは似ている。
人をよく見ているのに、目についたことに対して、攻撃的なことを言わないところが。

マナトのいう「美味しいね」は今まで、誰かと食事を取る時にずっとそうしてきたんだろうな、と感じられるような、柔らかくて自然な口調だった。


あとで話を聞いたら、自分には下に兄妹が二人いて、すごく可愛がっているんだということを言っていた。
数年前に父親を亡くしてからは、母親は働きづめだった、と言っていたから、子供達三人だけで食事をしている時に、いつも下の二人の様子を気にかけて「美味しいね」と笑いかけていたのかもしれない。

自分の食事の仕方について、何も言われなかったということもあるけど、なんだかマナトとご飯を食べるのはホッとした。
俺には絶対に手に入らないような家族との暖かい時間が、マナトを通じて分け与えられているような……不思議な時間だった。




マナトは、自分がゲイになってしまうことが怖い、それでユウイチを傷付けるようなことを言ってしまった、ということを気にしているようだった。

「ケンカして、それで、ユウイチとそれから会ってないってこと?隣に住んでるのに?」
「うん……。避けられてるのかも…」


マナトは落ち込んでいたけど、俺はほんのちょっとだけ、ユウイチを見直していた。
ユウイチがマナトに会わないようにしているのは、絶対に、傷付いたからじゃない。

仕事や家のことはどうなのか知らないけど、男とエロいことが出来るかどうかが懸かっている時は、どんなに雑な扱いを受けようと、怒鳴られようと「逆に抜ける」「逆にエロい」と興奮する、殺したって死なないようなメンタルを持ってる男だ。


たぶん、マナトから言われたことを受けて「自分のせいでマナトを悩ませているなら、諦めよう」とユウイチなりに考えて、そっと身を引こうとしているからに違いなかった。

マナトは「生田さんは、俺にとっても親切にしてくれる」と何度も言っていた。
マナトが一生懸命尽くしてくれることに対して、ユウイチも出来る限り優しくしているようだった。

本来は「分割で1,000万円払うから、愛人になってくれ」と土下座をして相手を困らせるような人間なんだから、ユウイチも多少なりとも成長はしている。
マナトに対して、変態なりに足したり引いたりが一応出来ていることに感心した。



「生田さん、俺にとっても優しいよ。お金だって貰ってるのにいいんだろうかって思うくらい……」
「いやいや、当たり前じゃん。散々キモイことされてるでしょ?金を貰うのは当たり前だから。
ほんと、なんであんなのがいいの?一緒にいてもべつの意味でドキドキするでしょ?」

うん?とマナトは小首を傾げてから、しばらくの間、黙って何かを考えていた。ユウイチにされたことでも思い出したのか、ほんの少し頬が紅潮している。

「優しい時は一緒にいると落ち着くけど……、その、そういうことをしてる時は、恥ずかしくて、いつも緊張してる……」
「……それ絶対違う意味の緊張だと思うよ」
「え?」
「道で変態とかに会ったら震え上がるでしょ?それと一緒だから」
「ははは」

いや、笑ってるけど本当のことだから、と言いたかった。
なんなら、あらゆる匂いを嗅ぐだろうから絶対にマナトの部屋には入れるなとか、安易に国民年金の納付書を絶対に渡すな、なぜなら「これが……リンちゃんの年金番号……」とクソ気持ち悪い意味深なことを言ってくるからとか、言いたいことは山程あった。

けれど、ひょっとしたらユウイチに惚れているマナトは、俺の口からそういうことを聞くのは嫌なんじゃないだろうか、という気がして言えなかった。

だから、せめて、どんなに好きな相手だったとしても気持ちが乗らないとか、身体がキツイとか、とにかく「嫌だ」と思った時はセックスするな、と遠回しに伝えた。
素直に頷いていたから安心した。もう、心残りはないな、と思えた。




「駅まで送って」と俺が言うと、マナトは一応頷いてくれた。
頼まれたことに対して責任を果たそうとしているのか、歩調を合わせてチラチラと俺の足元を一生懸命気にしてくるのがなんだか可笑しかった。
けれど、たまに、「どうしても我慢が出来ない」といった様子で、フッと俺から目を離して、食い入るように遠くを見ていた。

「なにを見てんの?」
「あ……車を見てた」

気付かれたのが恥ずかしかったのか、マナトは照れ臭そうに笑った。

「……ジムニー、知ってる?あれは、最近出たモデルじゃなくて、30年近く前に発売されたものだけど、未だに人気があるんだよね。
あんなに大事に綺麗に乗ってる人を見ると感動する……」

苦労をしながら学校にまで通っているんだから、マナトはそうとう車が好きなんだろうけど、俺は全く興味が無いから、たくさん走っている車の中のどれがジムニーなのかはよく分からなかった。


「なんで、そんなに車が好きなの?」
「…車って、特別だから」

もう珍しい車は走っていないのか、マナトはきらきらと目を輝かせながら俺の方を見て喋り続けた。

「……車には、作った人の知恵と思いがいっぱい詰まってるから。
仕事とか遊びに行くとか、単に一人になりたいとか、そういう時にみんな車に乗ると思うんだけど……車、一台一台の側にいろんな人の暮らしと特別な時間があると思うんだよね。俺も父さんとの思い出は全部車のことだし……」
「ふーん……俺の知り合いがすっごいボロい軽トラに乗ってんだよね。もっといい車に乗ればいいのにさあ。あー、ヤダヤダ」
「軽トラ……?大工か農家かな?綺麗じゃなくて古くても……俺はそういう車も好きだよ。
きっと、リンちゃんの友達、毎日一生懸命働いてるんだね」
「さあ……どうだろうね」


マナトは自分がユウイチに身体を売っていることを、恥ずべき事だと思っているのかもしれないけど、ちゃんと家族や将来といった、大切なものを持っているから、きっとどんな事があっても前に進んでいける。

マナトは俺が持っていないものをいっぱい持っていて、暖かくて、眩しい。
妬ましいなんて思わなかった。マナトに知り合っていなかったら、きっとそんなものがあるとは知らずに死んでいた。







「俺はそういう車も好き」とマナトが言った軽トラが止まった。今この瞬間も「特別な時間」なんだろうか。
真っ暗で、家から何十キロ離れているのかも分からない、歩いて帰るとしてもどのくらい時間がかかるか見当もつかないような海の側は特別と言えなくもないんだろうけど……。
余りにも暗くて静かで、気味が悪かった。窓の外を見るのも、運転席の方を見るのも嫌で、顔を上げられなかった。



「おい」

怖がっていると思われるのは癪だったから、顔を上げた。タクミは整形した俺の顔が大嫌いで、バレた時は「何やってんだ!」と殴られた。
だから、「俺は全然余裕だけど」という表情であえてタクミの目をちゃんと見た。

「……もう二度と誰とも寝るな。今ここで約束しろ」
「はあ?なんでそんなこと言わないといけないの?なに、ここで降りればいいの?
わざわざ、送ってくれてアリガトー。じゃあね」

シートベルトを外そうとする手をタクミの大きな手に、ものすごい力で掴まれてギョッとした。

「……お前のそういうところが、昔から本当にムカツクんだよ。人の気も知らないで、よくそんなふうに生きてられるな」
「……だから、死ねって?わざわざこんなとこまで連れて来るなんて、そんなに俺がオッサンと寝るのが嫌だった?
とんでもない変態プレイに付き合ってる俺の方が、せっせと真面目に働いてるタクミより何倍も稼いでるのが気に食わない?うん?」

一度言うと歯止めが聞かなかった。タクミと喧嘩になると昔からいつもそうだった。
お互いに負けるのが嫌で、どっちも一歩も引かなかった。
子供の頃はそれでも仲直りが出来ていたのに、出来なくなってしまったのはいつからだろう。

タクミが無言で俺の右腕を強く掴んできた。服の上からにも関わらず指が皮膚に思いきり食い込んできて痛かった。

「やめて!自分で降りるから触るなよ!」

バカにされたと思ってよっぽど腹が立ったのか、運転席から身を乗り出すようにして、タクミが俺の方にのし掛かってきた。ぐっと体重をかけられて助手席のシートに押し付けられているような状態になる。
狭い車内でお互い頭や肩をぶつけながら揉み合いになった。フーとタクミが荒い呼吸を繰り返しながら、俺の両肩を掴んだ。
首を絞められるか、殴られるかのどっちかだと本気で思った。


「いやっ…!やめろよ…!……ん、んっ!?」

なんで、と思った時にはもう遅くて、さっきまで俺のことを「死ね」「ムカツク」と言っていた唇にキスされていた。
……殴られた方がよっぽどマシだった。狭い車の中にはどこにも逃げ場がなくて、窓に頭をぶつけながら必死に抵抗した。

タクミの力はものすごくて、ビクともしなかった。
目の前の身体を押し返したり、殴ったりしていると、服の裾を掴まれる。
脱がされるか、破られると思いゾッとした。

「いやだ!やめろってば……!やっ……」

もう泣きたかった。全然好きでもないオッサンと散々寝てきた。
だからといって何をされても平気というわけではないのに、どうしてタクミはそんなことも分からないんだろう。
それとも、分かっていて俺が嫌がるからわざとそうしているんだろうか。

舌が、無理やり唇の中に入ってくる。手が、服の中で肌をまさぐっている。
何度も「嫌だ」と訴えているのに、止めるどころかどんどんエスカレートする行為に、諦めにも似た気持ちが芽生えてダラリと腕の力が抜ける。

もういい。このまま、殺されたっていいし、タクミに一生嫌われたままでもいい。
どうせ、もともと死ぬ気だったし、と思いながら目をキツくキツく閉じた。

そしたら、ふいに身体が軽くなった。慌てて目を開けるとタクミが運転席に座って、こっちを見ていた。
冷ややかなのに、どことなく悲しそうな不思議な目付きだった。散々好き放題やっといて、なんだその顔は!と怒りがこみ上げてきた。



「お前、俺が、誰とでも寝るからって、こういうことしていいと思ってんのかよ……!」

最悪だ。気まずくなってもずっと友達だったことは変わらないと思っていた人間からも、こんな仕打ちを受けるなんて。

「そんなに俺が嫌いなら殴れよ……」

いや、俺が先に殴った方がいいのかもしれない。殴ってそれでこの車から降りよう。
俺を憎んでいるタクミと二人きりで車に乗っていたくなんかなかった。
顎か鼻を狙うか、と考えていると、タクミがハンドルに額を擦り付けるようにして項垂れた。

「は……?なんで急に弱って被害者ぶってんの?」
「リン……お願いだから、もう誰とも寝るな。俺は、俺は……ずっとお前を探して追いかけるのはしんどい……。だから、もう止めろ」

はあ?キモ!頼んでませんけど、という言葉はすぐ頭に浮かんだけど言えなかった。
本当はさっきのことで頭に来ていたから、めちゃくちゃに罵倒してやりたい。けれど、タクミが肩を震わせて今にも泣きそうな声でそう言うから、頷くこともしないで、気まずくてタクミから目を逸らすことしか出来なかった。



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