ニンゲンミナライは成長中

サトー

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紺とコン

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「紺のきつねそば」はこの世界に存在するそばの中で一番美味い。まず、名前がいい。
狐の鳴き声の「コン」と「紺」をかけてるんだろうな、フフッ、フッフッフッ……。

自分で口にしたことがおかしくて堪らなかったのか、赤いきつねの姉妹品のカップ麺、紺のきつねそばを啜るのをやめて、ホタルはくつくつと笑い始めた。

ニンゲンギツネは、動物園にいる狐とは違う特別な生き物だ。
人間そっくりの姿に化けて生活をするニンゲンギツネは、人の言葉を喋れるうえに賢い。
だから、人間の世界にもたくさん紛れこんでいて、ホタルはよく有名な政治家や女優の名前を挙げては「アイツもアイツもニンゲンギツネだよ」と言う。

人間よりもずうっと長く生きられて、特別なおまじないや術を使える。
鼻は人間の何百倍も利くから、シャンプーや香水が大嫌い……。
一番好きな食べ物は「赤いきつね」。次に好きな食べ物はいなり寿司ときつねうどん。

家に籠りっきりだった俺に「俺と一緒に暮らそう」と言ってくれたニンゲンギツネのホタルも、赤いきつねのことになると普段とまるで様子が違う。

人の姿でいる時のホタルは、どこからどう見ても綺麗なお兄さんなのに、一緒に作った赤いきつねを食べる時は「ああ、美味しい……!」とおおはしゃぎする。
そんな時、俺の頭の中に、ふわふわモフモフの尻尾を振って大喜びする狐が現れる。
何度か見たことがある、狐に戻ってしまった時の、ホタルの可愛い姿だ。


「ああ、なんて美味いんだろう……!お揚げとそばの相性は最高だな……」

緑のたぬきと同じ麺、と俺がボソッと呟くとホタルは露骨に嫌な顔をした。
狸と何があったのか知らないけれど、赤いきつね派であるニンゲンギツネは「緑のたぬき」に対して異様に敵対心を持っていて、名前を出すだけでブスッとしてしまう。

「……ごめんね。俺の分のお揚げもあげるから怒らないで」
「そんなの貰えるか!アオイはこれから大きくなるんだろう?さっさと全部食べるんだよ」

……とは言っても、先に食べ終わってしまったホタルは、ずいぶん物足りなさそうにしていたから、結局は俺の分のお揚げを割り箸で半分に切って、分けてあげた。

「う、美味い……」

アオイは良いヤツだな、と照れ臭そうにしながらも、美味しそうに大好物のお揚げを食べるホタルが俺は大好きだ。



「ふう……わざわざ駅から遠いドンキホーテまで足を運んだ甲斐があるってもんだ。
いつも混んでいるから、いろいろな人間の整髪料の匂いで具合が悪くなるのを堪えてでも行く価値があるな……」

そう呟きながらホタルが目をゴシゴシ擦った。

人間の世界で電車に乗る時は、鼻がバカになる薬を飲まないと、匂いに敏感なニンゲンギツネは気分が悪くなるのだと言う。
薬の副作用で涙が出やすくなる、とドンキホーテの店内でホタルはずっと目を潤ませていた。
……滅多に売っていない、紺のきつねそばが税抜きで一個98円で売られているのを見つけた時は、ホタルが違う意味で目を潤ませていて、思わず俺は笑ってしまった。



こんなふうに、人間の世界に買い物へ行ったり、一緒に鶏小屋の掃除をしたり、足や目が悪くなってしまったお年寄りのニンゲンギツネのお手伝いをしながら、ホタルと暮らしているのは、毎日楽しくて幸せだった。


「……あれ?アオイ、七味唐辛子使わなかったのか?」

カップ麺の容器を二人で片付けている時に、目敏くホタルがそんなことに気が付くから、ドキリとしてしまう。

「……うん。入れなくても美味しかったから……」

ふふ、とホタルが得意気に笑う声が聞こえる。紺のきつねそばが褒められたのが、よっぽど嬉しくて堪らないみたいだった。

……本当は喉がなんだかイガイガする気がして、辛いものはよくないような気がしたからわざと使わなかった。

最近、風邪をひいているわけでもないのに、喉の調子が悪い。
熱は無いのに、イガイガしたり、大きな声が出にくかったり、反対にヒソヒソと小声で話そうとすると、ほとんど声が出ないことがある。

病気ではないからホタルには言ってない。

……二人が結ばれた日に何があったのかは知らないけれど、ホタルはずいぶん心配性になってしまった。

俺が虫にたくさん刺されて痒がっているだけで、大変だ、とすっ飛んで来ては、薬をベタベタ塗って、「今日はもう外には出るな」と言う。

大事にされてる、と言うよりは、大事にされすぎている、と言う気がする。
もっと、普通に接してくれていいのに、と感じてはいるものの、たぶん、ホタルはホタルで俺に対して、いろいろ、してやりたいことがあるのかもしれない。


今日だってドンキホーテのお菓子コーナーで、「……紺のきつねそばが見つかって、気分がいいからな」とブツブツ言いながら、俺の好きなチョコレートをぽいぽいカゴに放り込んでいた。

ありがとう、って言ったら、「はあ?何が?」と照れてしまうだろうから黙っていたら、ホタルは俺の方をチラリと確認してから、無言でホワイトチョコレートもカゴの中へ突っ込んだ。



「人間は歯が弱い。すぐ虫歯になる」という理由で、ホタルはチョコレートをいっぺんにたくさんは食べさせてくれない。

けれど、俺がチョコレートを口にしている時、すごく優しい顔でこっちを見ていることがある。
俺が見ていることに気が付くと、ホタルはいつものツンとした表情に戻ってしまう。
だから、チョコレートに夢中になっているフリをして、こっそり盗み見ることしか出来ない。

「なんだ。また、半分残すのか」
「うん……」


頬杖をついて、綺麗な顔に穏やかな微笑みを浮かべているホタルをチラチラと見ていたら、胸がいっぱいになってしまって、それで、とてもじゃないけどホワイトチョコレートを丸々一枚食べきるなんて出来なかった。

チョコレートを綺麗に銀紙で包み直している間も、ホタルが好き、ということで頭の中はいっぱいだった。
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