人魚の祈りが届くまで

サトー

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13.初夜の後と新婚生活

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 いつの間にか眠ってしまっていた僕のことを、ノエル、と優しく起こしたのはエリアスだった。

「ん……、いつの間にか寝ちゃった……」
「長いこと寝ていたわけじゃない。うとうとしかけていたところを、起こしただけだ」
「うー……そっか……」

 眠い目を擦っているとだんだん頭がスッキリしてきて、さっきまで自分がどんなふうに乱れていたのかが少しずつ思い出される。もうダメ、出ちゃうと泣いた後、気持ちがいいのとエリアスが好きなのとで、しくしくと泣いてしまっていた。

「ノエル?」
「……恥ずかしい」
「なぜ? 何が?」
「だって、いっぱい汚して、すごく変な声も……!」

 しどろもどろになりながらいくら僕が説明しても、エリアスには本気で理解が出来ないらしく「綺麗だった」と言うだけだった。

「寝るなら身体を洗ってからにしなさい」
「は、はい……」

 さっき使った大きなお風呂とは別に。寝室の奥にある扉を開けるとそこでもお風呂に入ることが出来るようになっている。たぶん、ここは寝室で休む人専用のお風呂場なんだろう。
 僕のことを気遣ってくれるエリアスに大丈夫、と頷きながら汗や体液で汚れた身体を起こす。このまま休んでいたら明日の朝は、きっとひどいことになってしまっていた。


 日常生活に必要なことを、エリアスはなんでも一人でこなしている。階段の上り下りや、着替えやお風呂。出来ないのは走ったり跳んだりすることや、右足だけで立ったり爪先立ちをすることだ。とにかく右足の甲に負担をかけてはいけないのだということは見ていればわかる。

 だけど、いざ一緒にお風呂に入るとなると、滑りやすい足元やさっきまでの行為で足に負担がかかっていたんじゃないかということが気になって、僕は内心では狼狽えていた。
 何かお手伝いが必要なことはないのかな。……それとも、そう思うこと自体が、失礼なことなのだろうか。

 こういう時、僕は自分にとって最も必要なことはエリアスとの対話なのだと思う。まだ全然足りない。もっとたくさんのことを話してエリアスの気持ちを知りたい。
 裸のまま側で狼狽えている僕を見て、エリアスは微笑んでから言った。よかったら洗ってくれないかと。

「いいの? 嫌じゃない……?」
「いや。洗ってもらえるのなら、私はとても嬉しい」

 そうか、嬉しいんだと僕はホッとする。それから、君は? と聞かれて僕は迷わずに頷いていた。

「嬉しい。……エリアスに触りたいって思ってもらえるのは嬉しいことだから」
「……同じだ、私も。だいたいのことは君と同じように考えているから」

 そう言われて、エリアスは戸惑っていた僕の心を全てわかっていたのだと僕は知った。わかったうえで、僕に、自分も物事を嬉しいと感じるかどうかで捉えているのだとそっと教えてくれている。
 さっきまでの僕は、エリアスの足が不自由だということばかり気にしていて、他のことが見えていなかったのだと思う。エリアスだけじゃなくて、お互いが必要な時に支えあえるような関係になれればいいのかもしれない。そのために今日僕は愛を誓ったのだから。

「あ、ちょっと……、洗ってるのに……」
「……でも、反応してる」
「ひ、……あっ、もう、ダメだってば……」

 エリアスのことを洗う僕の身体に、エリアスが手を伸ばしてはからかってくる。結局僕達は泡まみれのまま、少しだけお互いに触れあうことを選んだ。明るいお風呂場でエリアスは僕の鱗の跡を「綺麗だ」と何度も言い、優しく洗ってくれたから。僕もエリアスも一度ずつ達することが出来た。

◇◆◇

「……僕の身体のことについてたくさん調べてくれたのですか?」

 身体を綺麗にした後、僕はエリアスにぴったりと寄り添いながら眠りが訪れるのを待っていた。二人とも裸のまま、気が向けば頬や胸に唇で触れる。きっと、余裕がなかったからだろう。本当に結婚したんだって、愛し合っていた最中の時よりも実感出来る。

「もちろん。何も知らずに狼狽えてしまっては、せっかくの夜が台無しだ」
「う……。お気遣いありがとうございました……」

 たくさんのことを勉強しているエリアスのことだ。きっと、「男性であったとしても肛門は女性器のように激しく濡れる」「鱗の跡に触れられると、男女問わず乱れ快楽を欲しがる」といった記述や図解を読み込み、全てを知識として冷静に処理したに違いない。だから、僕が恥ずかしがることじゃないんだ……と思うことで、僕はなんとか平静を装っている。


「頭ではわかっていても、自分の身体のことについて、僕も知らないことが多くてビックリしました」
「……人魚の末裔としての身体の作りのおかげで、私は君を傷つけずに最後まで愛し合うことが出来た」
「僕の先祖である人魚達が陸に上がった理由のほとんどは愛する人と結ばれるためだったから……。たくさん愛してもらえて子孫を残せるように、身体が進化したんじゃないかと……。僕は男だから、ただ愛してもらうためだけの身体をしているということですが……」

 ピク、とエリアスの身体が強張る。どうしたんだろうと暗がりの中で目を凝らしてもエリアスがどんな表情をしているのかはわからない。なんでもない、とエリアスが強く僕を抱き締めた。

「それを、君は……君のおばあ様から聞いた?」
「いいえ。性的なことはいくら家族でも、異性である祖母には恥ずかしくて聞けませんでした……。自分で本を探して調べました。えっと、寄宿学校にいた頃に……」

 あの頃は、どちらかというと「どうして最近、僕の身体にある痣がじりじりと疼くのだろう?」という答えが知りたかった。学校の図書館にある本はどれも難しく退屈なものばかりで、大半を読み飛ばしていた。濡れる、という部分についてもよくわからないまま「下着が汚れたら嫌だなあ」なんて呑気なことを考える程度に僕は子供だった。



「……よく六年間無事でいられたな。奇跡的だ」

 深いため息をつくエリアスからはそう言われた。

「誰とも特別な関係になろうと思わなかったから……。えっと、僕の身体のことを、いっぱい調べてくれて……。変な身体だと思わずに大切にしてくださって、ありがとうございます」

 エリアスの胸に頬をくっつけながら、そう伝えた。とくとくと聞こえる鼓動が心地いい。エリアスと結ばれてからの僕は、二つの意味で安心を与えてもらっている。他の人と違う身体をしていてもそれを受け入れてもらえること。人魚の末裔だから選ばれたのではなく、僕という一人の人間を愛してもらえているということ。
 暗闇の中で、エリアスがあちこちに顔を傾ける。唇を探しているのだと気がついた時には、触れるだけの口づけに僕は捕らえられていた。

「どんな身体に産まれていたとしても、大切にされるべきだ」
「ん……」

 エリアスも、とすごく勇気を出して僕は伝えた。エリアスからの手紙に書かれていた「どんな身体になっても変わらず君が好きなんだ」という言葉。本当はずっと返事がしたかった。僕がエリアスを大切に思っていて、好きでいる気持ちはこの先も永遠に変わらないって。
 ありがとう、と僕の気持ちはエリアスに受け取ってもらえた。

◇◆◇

 結婚してから三ヶ月が経つ。

 大きな家にも、職場での噂話にもだいぶ馴れた。マチルダさんは「何を言われたって、『はい、僕は幸せです』って心でニコニコしていればいいのよ」と言う。人の心を変えることは出来ない。だから、僕はやるべきことをやるだけ、と思うことで、「人魚の末裔だっていっても、平民の家出身じゃない。それでハーヴェルマン家の方と結婚するなんて、不相応にも程がある」という声を気にしないようにしている。

 結婚前と比べたらエリアスはとても穏やかで優しくなったと思う。昔のようにたくさん喋って明るく笑うことはないし、家にいても難しい顔をして何か考え込んでいることが多いけれど。でも、仕事のことを話してくれたり、僕の家族のこともすごく気にかけてくれたり。僕は少しずつエリアスの側にいることで安心出来るようになっていた。

 エリアス自身も「ノエルが側にいて、海の声を聞かせてくれると大丈夫だと思えるようになった」と船を出すことを怖がらなくなった。今日もエリアスの大きな船は高価な服をよその国へ運んだり、物資に困っている人達を助けに行ったりしている。少しずつエリアスが過去から解放されて、苦しい思いをせずに仕事が出来るようになってほしいと、僕も毎日お祈りをしている。

 きっと今の僕は満たされていて幸福なのだろう。

 だけど、どういうわけか、僕の脚はちっとも痛くなる様子がない。

 初夜の後、すぐにその時はやってくるだろうと思っていたのに、いつまで経っても僕の脚は変わらない。脚が痛くなっていなくても、僕のエリアスを思う気持ちは嘘じゃない。エリアスから大切にされているとも感じる。すごくたくさん話し一日中べったりというわけではないけれど、でも、仲だっていい。
 じいやは「お二人が仲睦まじくしている様子をこれからも見届けるために、じいも長生きをしないといけませんね」とニコニコしながら言っていた。

 それにこれは……、僕とエリアスだけしか知らないことだけど……。エリアスはきっちり五日に一回、僕のことを抱く。だから、僕は心も身体もエリアスで満たされているはずなのに。

 その日の夜が来ると、僕に「大丈夫そうなら準備をしなさい」とエリアスは言う。僕は顔を赤くしながら頷き、身体をよく洗い、寝室でエリアスのことを待つ。

 最初の頃は、「今日はするのかな?」と毎日ソワソワしていたけれど、やがてその規則性に気がついた。続けて二日することはないし、絶対に間が五日以上空くこともない。
 行為自体はとても丁寧に、お互いへ愛を伝えあっていると思う。エリアスは初めての時と同じように、横向きに寝た僕を抱き締めて後ろから挿入する。ゆったりと愛し合えるし、初めての時と比べたら僕も緊張しなくなった。だから……出来ればもっとしたいな、と思うけれど、なかなか言い出せないでいる。五日に一回と言うのが多いのか少ないのかもわからなくて、これ以上ねだっていいのかどうか、いつも僕は迷っている。

 決められた日に会社へ行くのと同じで、エリアスの中ではそうすることが義務になっているのだろうか。

 もしかしたら、結婚したからそうしないといけないと思っているのかな。本当は十日に一回或いは月に一回でも足りているけれど、僕があんまり悦ぶから、それに応えようとしてくれているのかもしれない。

 最後にしたのはいつだから、次はあと何日後と数えるのがやめられない。何度数えたって時間が早く進むわけでもないのに。

「どうしてだろう……」

 エリアスに「脚が痛くならないなんて、どうしてだろう?」と聞いても、きっと困らせてしまう。そもそも、脚が痛くなったと言えばエリアスにもじいやにも、お手伝いの人達にもきっと心配をかけてしまうのに。
 だけど、僕の身体に流れる人魚の血から、僕とエリアスの愛が本物ではないと言われているようで不安になる。結婚式の日に、目には決して見えない愛に触れられたような気がしたのに。まだ僕はそれを掴めずにいるのだろうか。

 
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