人魚の祈りが届くまで

サトー

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18.★新婚生活

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 エリアス様はずいぶん優しい顔つきになりましたなあ、というのが最近のじいやの口癖だ。

「お仕事が上手くいっているからだと思います」

 実際エリアスの会社は順調だ。有名な女優がエリアスの会社で作られる服を気に入って、今主演が決まっている舞台公演の衣装だけででなく、私服も全て任せたいと発表している。会社もエリアス自身もますます有名になることだろう。
 慈善事業で海を渡るエリアスの船を応援するかのように天候にだってずっと恵まれている。僕とエリアスで港を管理する会社へ慌てて手紙を書いた時以来、出港を禁止する赤い旗は上がっていない。
 洪水で壊滅状態だった地域は、少しずつ復興が進み、やがて自分達の手で元の生活に戻っていくだろうとエリアスは言っていた。栄養価の高い非常用のビスケットや粉ミルク。医薬品、衣類や毛布といった救助に必要な物資ばかり運んでいた船も、最近ではコーヒーやチョコレート、化粧品といったものも少しずつ運んでいると聞いている。

 僕はそういったことをエリアスから直接聞いたり、新聞で読んだりする度に、遠い地で暮らす会ったことはない誰かの生活が少しずつ豊かなものになっていく様子を想像する。そうする度に、僕も自分に出来ることを精一杯やろうと思えた。

 様々なことを上手くやり遂げられて、エリアスもホッとしているのだろう。僕はそう感じているけれど、じいやは「何を言いますか!」とずいぶん驚いているみたいだった。

「ノエル様とご結婚されてからですよ! ノエル様がいらっしゃる前のエリアス様は歩けるようになったと思ったら、仕事ばかりで心配になる程でしたから……。まあ、あともう少しだけ、ノエル様と仕事のことだけじゃなく自分のことにも関心を持って欲しいと思いますが……」
「……うん。それは、僕もそう思う……」

 結婚してから驚いたことの一つが、特注の服を会社で作らせているのに、エリアス自体は自分の着るものに全く関心がないということだった。毎朝着るものはお手伝いの人に選んでもらっているし、何を聞かれても「着られればなんでもいい」としか言わない。指定された服しか着られない寄宿学校での生活では知ることの出来なかった一面だ。

 どうして? と聞いたことがあるけれど、服のデザインについては会社の人間に任せているからなんの問題もないのだとエリアスは言っていた。「たぶん、アイツは縦縞のシャツと横縞のズボンを渡されたとしても、その組み合わせに何の疑問も持たずに着るだろうな」と教えてくれたのはエリアスのお兄様だったと思う。
 何を着ていたとしてもあの綺麗な顔がついていたらどうとでもなってしまうからだろうか? 僕には腕を出すなとか、世の中で流行している背中や胸元が開いた服は絶対に着るなとか、言ってくるのに……。

 じいやしかいないのをいいことに、僕の服装についてエリアスがあれこれと厳しいことについて話していたら「いつだってエリアス様はノエル様のことで頭をいっぱいにしていますからね」と言われた。

「エリアス様はノエル様が自分自身の魅力に気がついていないのが心配だとよくおっしゃっていますよ。情熱的に自分のお気持ちを伝えられるタイプではないことをずいぶん気にしているようです」
「……エリアスが?」
「ええ。嬉しそうにしていると思ったら、昔のように真っ直ぐにノエル様へ愛を伝えるにはどうしたらいいかと悩んだり。最近のエリアス様を見ているだけで、このじいは寿命が百年でも二百年でも伸びそうです」

 もっと話していたかったけれど、喜んでいるじいやに「そろそろ仕事に行かなきゃ」と伝えてから僕は慌ただしく食卓を離れた。本当はまだ時間に余裕はあるけれど。
 エリアスの様子が変わったことについて……。休みの日は僕もエリアスも遅い時間まで寝室から出てこないことや、シーツぐしゃぐしゃに乱れている日が増えたことについて、じいやも他のお手伝いの人達も本当は何もかもを知っているんじゃないかという気がしてきて、涼しい顔をして座ってなんかいられなかった。いつもより少し早い時間に外に出たら、もう迎えの馬車が待っていたから、ホッとして乗り込む。

 仕事に行く前の朝食や身だしなみを整えるお手伝いをしてもらうことには慣れてきたけれど。汗や涙、その他諸々の体液で汚してしまったシーツを誰かに洗濯してもらうことだけは、未だに慣れない。エリアスは平気なの? と聞いてみたら「ベッドを整える対価として賃金を払っている。どこに問題が?」とすごく不思議そうにされた。子供の頃から家に家族以外の人が当たり前のようにいて、お手伝いをしてもらうことが普通だったエリアスは、こういう部分の感覚が僕とは違うのだなと最近は少しずつわかってきた。

 エリアスと自分の違う部分について、僕は寂しさや苛立ちを感じたりはしない。驚くこともあるけれど、エリアスのことをもっと知りたいと思っているし、少しずつ近づけている気がして嬉しい。シーツの後処理については質問して二、三日後に、あれは恥ずかしいということかと聞かれた。

「……はい。きっと、皆さん気にしていないのかもしれませんが……。汚してしまったシーツを、片付けてもらうと、その、僕達が何をしていたか、わかってしまうのかなって……」

 僕の返事を聞いて、やっぱりエリアスは驚いているみたいだった。ただ、「気がつかなかった」と言う顔はどこか申し訳なさそうにしていて、僕はなぜかそれをすごく可愛いと思っていた。

「あの、さっきからどうしてこっそりと話し掛けるんです? 二人しかいないのに……」
「……君が恥ずかしがるからに決まってる」

 寝る前の二人きりの寝室でコソコソと話すエリアスに僕は我慢出来ずに笑ってしまった。エリアスの考えた気遣いが愛おしかった。何気ない瞬間に僕の知らないエリアスの一面を知ることが出来るのは嬉しい。

 エリアスは「それが彼等の仕事だ」と言っていて、僕は自分が気にしすぎているのだと思っていた。エリアスのようにお金持ちの人にとってはそれが普通で、自分が慣れるべきなのだろうと。だけど、数日後にエリアスからは「その日で洗って欲しいものは寝室の隅に置いてあるカゴに入れておくといい。勝手に触っていいものかどうか判断に迷うものがあると使用人達が言っていた」と言われた。
 たぶん、僕の「恥ずかしい」という気持ちを少しでもなくそうと、洗濯物全般に関わることとして大きなカゴを準備してくれたのだと思う。僕に歩み寄ろうとしてくれていると感じられる出来事だった。


 五日に一回だけ愛し合うことについては、お互い我慢をしていたのだとわかり、それで、僕もエリアスも遠慮をする必要がなくなった。もちろんそればっかりになったんじゃなくて、どちらかが疲れている時はただ寄り添って眠る。不思議と僕達は、相手が眠いと感じているのを上手く読み取ることが出来たから、穏やかな安らぎの時間と、夢中になって抱き合う時間は交互に訪れた。

 休日は朝から愛し合うことが多い。朝の温かい日差しと、朝食のパンが焼ける微かないい匂いと、それから夕べの名残でしっとりとしているシーツ。自分の側にあるものを五感で感じながら、エリアスを求める。


 自転車に乗れるようになったばかりの人がふらふらとペダルを漕いで進んでいくように。僕とエリアスはぎこちなく繋がる。
いろいろな本を二人で読んだ。男女が交わっている様子を描いた絵をいくつも見ているうちに、妙な気持ちになっていつの間にか調べものは終わってしまうことがほとんどだけど。



「エリアスは平気? 僕、重くない?」
「ああ、重くなんかない。軽すぎて心配になる」
「あっ……」

 身体を起こしてベッドの頭の部分に凭れているエリアスの上に僕が乗る方法をもう何度か試している。最初はすごく難しいと感じたし、エリアスのペニスの根元を掴まえてそこに僕が少しずつ腰を落としていく瞬間の沈黙がすごく恥ずかしかった。僕が一点を懸命に覗き込んでいるのと同じように、エリアスもじっと見ている。気持ちいいだけで頭がいっぱいになる前は、いつもそういったことに意識が向いてしまう。

「あ……、ああっ……」

 濡れたソコはエリアスのことを欲しがるようにして、少しずつ熱い塊を咥え込んでいく。いつもと違う格好でしているからなのか。より置く深い部分まで開かれていくような気がして、僕はいつもエリアスの身体にしがみつく。ゆっくりでいいというエリアスに頷きながら、僕達は時間をかけて一つになる。

「あ、ん……、んうっ……」

 全部が入ってからは繋がったまま、エリアスに胸や唇をたっぷりと愛してもらえる。深く口づけながら、両方の胸を揉まれると、僕は顔を赤くしながら自然と下腹部を擦り付けてしまう。可愛い胸だ、エリアスがそう言って乳首を両方いっぺんに指先で摘まむと電気が走ったみたいに、僕の胸はじんじんと甘く痺れる。
 
「あ、んっ、ま、待って……、胸、触られると、気持ちがよくて止まんない……、抜けちゃう……」
「いいことだろう? 大丈夫。吸い付くようにして締め付けているから、簡単には抜けない」
「やだっ、言わないで……」

 恥ずかしいことを言うエリアスの肩に顔を埋める。エリアスのバカ、とは言えないけれど拗ねている気持ちを伝えるために。エリアスが声を出さずに笑って、僕のことをゆっくりと下から突き上げてくる。

「ひ、う……」

 僕の身体の中にいったい何があると言うのだろう。エリアスのペニスがある一点を擦れると、性器に直接触れられたわけでもないのにじわじわと快感が込み上げてくる。どうしたらもっと気持ちよくなれるのか知りたくて、僕は腰を何度も前後に動かす。

「あっ、ああっ……」

 手が汗で湿り息が切れるまで、エリアスの上で甘えたような声を漏らしながら、どう動くのが正解なのかもわからずに、僕は快感を探す。僕とエリアス、双方が達してしまうような強い快感を。

「ん……、は、あっ……、んうっ……」

 ちょうどいい強さで性器を擦ったら精液が出るということしか知らなかった僕は。自分が思っているよりもずっと早い動きを繰り返さないと二人とも絶頂を迎えることは出来ないなんて考えたこともなかった。
 疲れてきたと感じて僕の動きや反応が鈍くなると、エリアスは僕に下りるよう言う。そして、クタクタの身体でベッドに横たわる僕に後ろから挿入する。さっきよりも柔らかく解れたソコはエリアスのことを難なく受け入れる。お尻も太ももも濡らしてしまっているまま抱かれて、僕は獣みたいに呻くことしか出来ない。エリアスから与えられる快感だけをただ求めて、突かれる度に甘えているような声が漏れる。
 エリアスは僕の身体でバチバチと音を立てるような、激しい抜き差しはしない。代わりに僕の身体に残る鱗の跡を撫でる。そうすると僕はエリアスの腕の中で、上り詰めていくような感覚に身体を震わせながら絶頂を迎える。その後に、快感の余韻に包まれたまま、エリアスが僕の中に全部を注ぐのを受け止めるのが好きだ。

 強く激しい、直接的な刺激だけじゃなくて、エリアスに全身を包まれているという満たされた気持ちが合わさって、僕の身体はきちんと快感を受け止めるのかもしれない。

「僕、エリアスにして貰わないと、気持ちよくなれないみたい……」

 僕ももっとエリアスのことを気持ちよくしたいのに。うとうとと目を閉じたままそう伝える僕の頬にエリアスは口づける。いい子だと言って。くたっとした身体は、エリアスへの思いと注がれた愛情でいっぱいだった。「普通の男と同じように君を愛せたらよかった」というエリアスの言葉は今も僕の胸から消えない。でも、いつかはエリアスも僕も、誰かと比べるのではなく、二人だけで築いた愛に夢中になれればいいと思っている。



 少しずつエリアスとの関係は進んでいると言えるだろう。それなのに僕の脚は一向に痛くなる様子がない。一人で乗るには広すぎる馬車の中で太ももを擦ってみたけれど何も感じなかった。
 そのことについて祖母に手紙を書いてみたら『脚が痛くなることは、あなた達二人にとっての目的ではありません。結果として、脚が痛くなる、そういうことだと思います。あなた達の愛の本質は、ハーヴェルマンさんと過ごす日々の中にあるのだと、どうか忘れないで。子供の頃、背が伸びたり、乳歯が抜けたりする速さがバラバラだったように、心が愛を捉える瞬間も人それぞれなのです』と返ってきた。

 焦らずにエリアスと過ごす時間を今は大切にしなさいということなのだろう。結婚しているのに脚が痛くならないなんてどうかしている、本当はエリアスのことを愛していないんじゃないかと、僕を焦らせるようなことは決して言わずソッと見守ってくれる祖母の態度に僕はいつだって安心する。
 そうだ、人魚の末裔としての言い伝え通りに脚が痛くなることが大切なんじゃない。エリアスとの仲が深まればいつかそういう日が来るかもしれないと今は知っておくだけでいい。ただそれだけの話だ。

 脚が痛くならないことについては気にしないでいいとして……。

 今、一番僕の頭を悩ませているのは、近々ハーヴェルマン家が主催する大きなパーティーへ参加しないといけないことについてだ。
 事業の報告を目的とした盛大なパーティーには、ハーヴェルマン家の親族だけでなく関わりのある著名なお金持ちが大勢やって来る。エリアスからは何もしなくていいとは言われているけれど、そんな華やかな場所に顔を出すなんて、想像しただけで胃が痛い。

「どんな人間が近づいてくるかわからない。私の側から離れないように」とエリアスからは釘を刺されている。言われなくたって不用意に会場内をウロウロしたり、自分から知らない人に話し掛けたりなんてするわけがないのに、エリアスはパーティーに慣れていない僕のことをずいぶん心配している。

 パーティーなんて嫌い。エリアスと二人がいい。……そう言えるほど僕はもう子供じゃない。どうか早くその日が終わって、またエリアスとの穏やかな暮らしに戻れますようにと祈りながら僕は馬車に揺られていた。

 
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