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19.モヤモヤ
しおりを挟むパーティーの日。僕もエリアスも鏡台の前に座らされて、顔にいろいろなものを塗り、髪を整えてもらったりした。どんな仕上がりを求めるかという問いに、「何でもいいです、お任せします」とビクビクしながら答える僕と、「任せる」と一言だけ指示した後は堂々と座っているエリアスに、お手伝いに来ていた女性は「似ていないようで似ているような、不思議なお二人ですこと」と朗らかに笑っていた。
実際エリアスはどんな服を身体の前にあてがわれても美しかった。エリアスの品のある顔は重厚感や光沢のある素材にも負けない。べつになんだっていい、と言いたげな冷めた目つきで鏡を眺めているエリアスに見とれてしまっていたため、「ノエル様、前髪は上げてもよろしいですか?」「ブローチはダイアモンドとサファイアどちらにいたしましょうか?」という質問にすぐ答えることが出来なかった。……聞き取れていたところで、自分ではよくわからないです、としか言えなかったからさほど問題ではないのだろうけれど。
「……やっぱり君を連れていくのは間違いかもしれない。悪い虫がつきそうだ」
着替え終わった僕をまじまじと見つめた後、エリアスはため息をつきながらそう言った。悪い虫、という言葉に「そんなことはないと思いますが……」と僕は内心では首を傾げていた。
髪の色が桃色の珊瑚と同じ色をしているから少し目立つだけで、僕自身はエリアスに比べたら人の目を惹くような魅力はない。ずっと、エリアスの側で影に隠れているから大丈夫ですと伝えると、エリアスは頬をピクリと動かした後、僕のことを軽く抱きしめた。
「挨拶を済ませてすぐに引き上げよう。長居してもろくなことにならない」
「本当? そんなことをしたらエリアスが、お、お父様に叱られませんか……?」
「私も君もいい大人だ。それに父のことは気にしなくていい」
君を誰にも見せたくない。
エリアスの囁きが僕の鼓膜を震わせる。まだ、会場に着いたわけでもないのに鼓動が早くなっていく。
「ノエル?」
「ずるい……こんなの困ります。ちゃんと、エリアスの伴侶として、頑張らなきゃって思っていたのに……」
僕だっていい大人だ。自分の気分だけで物事を判断してはいけないことくらいちゃんとわかっている。怖い、苦手だと感じることも、大切な人のためだったら逃げずに頑張らないといけない。
それなのにエリアスからそんなことを言われたら。僕を独り占めしてと甘えて、エリアスの腕の中から離れられなくなる。
「……君の気持ちはよくわかっていたのに。気持ちが抑えられなくて、困らせてしまった」
「いえ……、僕の方こそ少し不安になっていて、それでエリアスにその気持ちをぶつけてしまいました。でも、もう大丈夫です」
エリアスはもう一度僕をぎゅっと抱き締めてから、「なるべく早く戻れるようにする。早く帰って、君と二人きりで過ごしたい」と約束してくれた。僕はそれに顔を赤くしながら頷き、エリアスに自分からねだった。帰ってきたら僕のことをたくさん愛して欲しいと。
「……パーティーよりも何よりも大事な予定だ」
真顔で数秒程黙り込んだあと、いつもよりずっとぎこちない口調でエリアスがそう言ってくれた。僕がエリアスにして欲しいことを伝えるのに慣れていないように、エリアスはエリアスで、僕から求められることにあまり慣れていないのだと思う。
二人とも帰った後のことを意識して、どこかソワソワしながら家を出発した。「なんと立派なんでしょう」と興奮するじいやにエリアスが、戻った後は二人だけで過ごすから今日はもういいと言っているのを聞いて、ますます僕の気持ちは昂る。
ずっと自信がなかったけれど、エリアスのことが、僕は好きだ。大人になったエリアスと少しずつ近づいて、心を通わせることが、初めは緊張と恐れを伴うことだったのに。今は喜びや憧れ、ときめきといったたくさんの感情が胸に溢れている。表情からは読み取れないけれど、エリアスもそうだったらいいのに、と思う。
「なぜ、父や祖父はパーティーを開き人を集めたがるのか。産まれて初めて理解に苦しむ」とブツブツ言いながら馬車に乗り込むエリアスを見ていたら、パーティーを憂鬱に感じていた僕と同じだと思いちょっとだけ嬉しくなった。
◇◆◇
ホテルを貸し切って行われたパーティーはすごい数の人で溢れている。隠れたいというよりは、そうしていないと本当にはぐれてしまいそうで、僕の腰に軽く手を回すエリアスにぴったりと寄り添っていた。
新聞で顔や名前を見たことのある貴族に財閥の重鎮。華やかなタキシードやドレス姿の、今までの人生で一度も関わったことのないような人達とはすれ違うだけでも緊張してしまう。キョロキョロと視線をさ迷わせた先にある天井のシャンデリアの輝きが目に眩しい。
一番忙しそうにしていたのはハーヴェルマン家当主であるエリアスのおじい様だけど、エリアスの元にもたくさんの人がやって来た。僕はその側でただニコニコして、一言二言挨拶をするだけだったけど、それでもずっと手には汗が滲んでいたし、喉はカラカラに渇いていた。
初めてお会いする方だと思っていたら「結婚前よりもいっそう凛々しく美しくなられた」と言われてすごく驚くことが何度もあった。今まで図書館を利用する人達のことはすぐに覚えられていたから、自分のことを人の顔と名前を覚えるのは得意な方だと思っていたけど、違うのかもしれない。たくさんの人とにこやかに握手を交わし、その一人一人の名前を記憶しているエリアスは、きっとこれが幼い頃から当たり前だったのだろう。
「……これだけ大勢と一度に会って疲れただろう」
こっそりと耳打ちしてくるエリアスに僕は小さく首を横に振った。なんの話をしているのかさっぱりわからないこともあったけど、会う人は皆エリアスのことを「素晴らしい」と褒める。エリアスにとって大事な機会なのだと思うと、疲れたから休みたい、帰りたいなんて言えるわけがなかった。
「無理に飲まなくていい」
一度口をつけただけでほとんど残ったままのシャンパングラスがエリアスに取り上げられる。食事は? と聞かれたけど食べられそうになかった。それに、おいしそうな料理やケーキも用意されているけれど、エリアスも、ハーヴェルマン家の人々はそれにはほとんど手をつけずずっと誰かと話している。
裕福で華やかなだけじゃなくて、それを維持するための努力が必要で、この人達はそれを当たり前のようにこなしているのだと考えると、自分の育ってきた世界と違いすぎてため息が出そうになった。
「エリアス!」
ほっと出来る時間がやって来る前に、今度はエリアスのおばあ様がお友達を大勢連れてやって来る。美しく着飾った貴婦人達に囲まれて、僕は顔に笑顔を貼り付けたまま頷くので精一杯だった。男性と違って「まあー、なんて綺麗なんでしょう」と僕とエリアスの肩や腕に次々と手が伸ばされる。まるでデパートの展示会か何かに出品された商品のような気持ちで、輪の中心に僕は突っ立っていた。
人が人を呼ぶのか、いつの間にかエリアスの側には若い女性も集まっていた。まるで僕なんか存在しないみたいに、彼女達の視線はエリアスだけに注がれていて、いつの間にか僕は輪の外に弾き出されてしまっていた。騒がしくてハッキリとは聞こえないけれど、お仕事や慈善事業のお話を聞きたいのだと美しい女性達がエリアスに言っているのがなんとなく聞こえる。
親とはぐれてしまった子供のように不安な気持ちのまま、僕はそれをただ見つめていることしか出来なかった。
エリアスの伴侶は僕なのに。
そう思っていると、なんだかすごくモヤモヤとした嫌な気持ちになる。この国では、重婚が許されているから彼女達はもしかしたらエリアスの奥さんになりたいのかもしれない。
エリアスは僕を愛する心を手放さないと約束してくれた。だから大丈夫だって、自分を慰める気持ちを塗り潰すように、「エリアスが自分の跡取りを欲しいと望むのは普通のことじゃない?」となるべく考えないようにしていたことが胸を過る。
結婚する前も今も怖くて聞けないけれど、跡取りを残せない僕と結婚することについて、お父様達から反対されなかったのだろうかとふと思う。もしかしたら、周りの人はエリアスについて、跡取りのことを考えていずれは女性とも結婚するだろうから大丈夫だと考えているのかもしれない。
これだけ大きな家に産まれた人なのだから仕方がないと考えるべきなのか。愛していると言ってくれるエリアスの気持ちを真っ直ぐに信じるべきなのか。エリアスから与えられる愛に対してどちらが誠実なのかはわかっているのに、いざ女性に囲まれている様子を見てしまうと途端にそれが難しく感じられる。
嫌だな。女性達とエリアスの間に割って入る勇気もなければ、「そういう人と結婚したのだから」と割り切って堂々としていることも出来ずに不安でいるなんて。側からエリアスがいなくなり何もすることがなくて、ますます心細く感じられる。どこか僕がいてもいい場所はないだろうかと辺りを見回していると、「やあ」と肩を叩かれた。
「ん? ビックリさせてしまったかな。こんなところに一人でどうしたんだ?」
驚いて目を丸くする僕の後ろに立っていたのはエリアスのお兄様だった。
「ルシアン兄様……?」
お父様、お母様もそうだけど「兄様」という呼び方も、僕にはまったく馴染みのないものだ。ぎこちなく名前を呼ぶ僕に、ルシアン兄様は優しく微笑んでから頷いた。
「新婚で伴侶をほったらかしにするなんてアイツはダメなヤツだ」
「いえ、僕がボーッとしていたからです。それにエリアスは忙しい人だから……」
エリアスの側を離れてはいけないと言われている。だけど、「少しでいい。外の空気を吸いに行こう。エリアスならすぐ近くにいるからなんの問題もない」とルシアン兄様が僕の手を離してくれない。エリアス、と呼びかける僕の声は人混みの中では届かないようだった。
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