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お供え物と泥棒
しおりを挟む「あっ、ねえ、その饅頭食べない方がいいよ」
慌てて声をかけると、墓石に向かって前屈みになっていた、痩せっぽっちの小さな背中がビクリと震えた。
伸びてヨレヨレになった薄いTシャツから伸びた細い腕。
ボロボロのスニーカーは墓石よりもずいぶん汚れていた。いつも歩きにくそうにしているから、実際の足のサイズよりも窮屈なのかもしれない。
なるほど、どうやら彼は金を持っていない人間で、食べるものに困っているらしい。それで墓にお供えされた饅頭をちょくちょく食べにくるわけだ、と納得していたら、ギ、ギ、と音がしそうな程ぎこちない動きで、彼が振り返った。
「……あの、す、すみませんでした。ごめんなさい……」
女のような声は、小さくてか細くて、ほんの少しだけ掠れていた。
それで、ようやく、目の前の男が「大人」ではなくて、人間の世界でいう「子供」だということに気が付く。
そういえば、彼からは女の匂いも男の匂いもしない。まっさらな身体の生き物の匂いがする。
そうか、きれいな男の子供、という種類の人間なんだ、とまじまじと彼を見つめていると、黒々とした眼にうっすらと涙の膜が張っていた。
「……どうかしたの?ああ、そうか、よっぽど饅頭が食べたかったんだ。
でも、きっとばっちいから食べたら君はお腹を壊すかもしれないよ。
いつもみたいに、もっと早い時間に来れば良かったのに。そうしたら、雨で饅頭が濡れるなんてこと無かったよ」
朝早くにやって来たばあ様が供えた饅頭は、昼前に降った雨のせいでビショビショに濡れている。
ひと昔前の人間だったら、多少泥が付いていようと、ほとんど腐っていようと、腹が減っていればなんでも口にしていた。
だけど、雑菌だのウイルスだの、病原菌だの、いろいろなものに気が付き始めてからは、ここ最近の人間は「キレイ」と「汚い」にずいぶん敏感になってしまった。
「人間は弱くて可愛い生き物だ」という思想を持つ人間愛護派の連中が「人間の変化に対応し、親切にしてあげるべきだ」とやかましく言ってくるから、最近はホイホイとものを食べさせることすら難しくなっている。
男の子供は「う」とか「あ」とか、何か言おうとしてはすぐに口を閉じてしまう。
自分をより小さく見せようとでも思っているのか、背中を丸めて自信がなさそうに俯いた。
少し前の世の中には、こんなふうにロクに喋れなかったり、読み書きがほとんど出来なかったり、そういう人間はそこら中にたくさんいた。
最近はほとんど見なくなったと思っていたのに、どうやら、そういう人間もまだ残っていたらしい。
懐かしい。昔はそういう人間にほんの少し「おまじない」をかけてやって、俺が立派な人間にしてやったものさ……と思いながら、男の子供が何を言おうとしているのかジッと待っていた。
「……いつもみたいにって、なんですか。俺が、ここで……物を盗んでいること前から気付いていたんですか」
たっぷりと俺を待たせた後に、絞り出すような声でそう呟く様子は、ひどく怯えきっていた。
指の先でほんの少し体をつっ突いたら、ブルブルと震えだすかもしれない。
「……盗んでる?……墓に供えられた饅頭なんて、もともと捨てられるようなものさ」
「でも……」
バチがあたるって……と、気まずそうにしているのを見ていると「フッフッフ」と笑いが零れてしまう。
供えられている缶ジュースを美味しそうに飲み干しているところを何度も見たことがあるし、コソコソと饅頭を頬ばった後「美味しいっ」とでも言いたげな表情で、目を輝かせていたことも知っている。
彼は、どうして自分が笑われているのか、さっぱりわかっていないようだった。パチパチと何度も瞬きを繰り返した後、なぜかますます泣きそうな顔になった。
「俺だって似たようなことをやっているから、安心しなよ。君が食べたらお腹を壊すであろうこの饅頭も、俺は持って帰るつもりだし」
「えっ……」
「ああ、これは横取りなんかじゃないよ」
「それは……わかってます。お寺の掃除の人ですよね……。今まで、お供え物を盗んで食べたりしてすみませんでした」
もうしません、と小さな頭が深々と下げられる。嘘をついているようには見えなかった。もしかしたら、お供え物を拾って食べるのをやめるどころか、ここには二度と来ないつもりなのかもしれない。
「……俺は寺の人間じゃないよ。君と似たようなことをするついでに、墓の掃除をしているだけさ」
「……本当に?」
「本当だよ。今日は残念だったね。あのばあ様は熱心だから、きっと饅頭を持ってまた来るさ」
じゃあね、と手を振ってから、ベショベショになってほとんど形が崩れかかっている饅頭をさっと回収した。
「俺が先に見つけたのに、ひどい」と駄々をこねられたらどうしようと心配だったものの、さすがにばっちいものは食べたくないのか、男の子供は、ただじいっと俺の方を見てくるだけで特に何も言わなかった。
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