ニンゲンギツネとまんじゅう泥棒

サトー

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ほら穴

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今日収穫したものには、珍しいものは一つも無かった。
里で暮らす年寄り連中が大喜びするワンカップ酒が回収出来たくらいで、後は雨に打たれてつぶれかかっている饅頭だけ。

誰もやって来なくて、お供えものが一つも無い日が続いたとしても、それでも墓は汚れていく。
苔は生えるし、カビだって発生する。今日みたいにざあっと雨が降った後に、太陽が照りつければグングン雑草は伸びる。秋になればそこら中が枯れ葉だらけになる。

里から人間世界へと出て行く時に、絶対通らないといけない場所である墓場が「汚れているのはみっともない」というのが長老のお考えだったから、自分の家族を持たないひとり者がせっせと掃除をしないといけなかった。

掃除を任せられるのは、墓場を管理している寺の住職に「明日からもいらっしゃい」と言われた者だけだ。
ここ最近はそう言われたのは俺だけしかいないようで、仕方がないから一人で掃除をしに来る毎日が続いている。
 
墓参りのシーズンじゃないからお供え物が少ないのはしょうがない。
それでも、せっかく足を運んだのにしけてんな……と感じずにはいられなかった。
もしかしたら、あの男の子供もそう感じていたかもしれない。
 
だから、里へと戻る前に「ねえ、さっきからどうして俺の後を着いて来る?」と一応声をかけておくことにした。
俺の後ろをチョロチョロしていることは、匂いでずっと気が付いていた。
 振り返らずにそんなことを聞いたせいで怖がらせてしまったのか、「ひっ……」という、短い悲鳴が聞こえた。
 
「……怖がらせちゃった?ゴメンゴメン……。隠れていないで出てきなよ」

出来るだけ優しい声でそう言うと、古い古い墓石の影から、さっきの男の子供がそろそろと顔を覗かせた。

「……まだ、饅頭が諦めきれないっていうわけ?」
「……違います」

なんだか切羽詰まっているような顔つきをしていて、口調もつっけんどんだった。
饅頭を食べない方がいい、と声をかけて以来、ようやく彼は怯える以外の表情を見せた。

「……あの、立入禁止のほら穴の方へ向かうんですよね?」
「そうだけど?」
「お兄さんはどうしてほら穴の方へ行くんですか?何か食べるものや眠れるような場所があるんですか?」
 
「立入禁止のほら穴」とは、俺の暮らす里と、人間世界を繋ぐ唯一の場所だった。
中は迷路のようにグネグネと複雑で、真っ暗で怖い、と通った人間達は必ずそう言う。

昔は好奇心が旺盛な人間が入ってきては、勝手に死んでいることも何度かあった。
鼻も利かないうえに、暗いところではほとんど何も見えないのに人間は本当にバカだね、と里で暮らす連中は誰もがそう思っている。

死体を片付けるのも面倒なうえに、運良く生き延びて里までやって来てしまった図々しいバカに、「寺の方まで送ってくれ」と頼まれるのも、迷惑だ。
それで、先代の住職に頼んで「立入禁止」という大きな看板を側に設置して貰った。ほら穴の前には鎖もかかっている。

先代までの住職は、中で人間が死んでいたことを伝えても、ただ黙って手を合わせるだけだったのに、今の住職は「一応、警察を呼ぶ」と、面倒なことを言うし、死体を勝手に処分しておいたことに対しても不満そうな顔をする。

最近の人間は「自然淘汰」という言葉をどうやら忘れてしまったらしい。
そもそも、こんな得体の知れないほら穴へ、知恵も力も無いくせに考えなしで飛び込んでくるような奴は、生きていたって、結局は無茶をしてコロッと死ぬ。

どうして、今の住職はそんな簡単なことが理解出来ないのだろう、と人間じゃない俺達は不思議で仕方が無かった。

それで、長老もバカな人間が入ってこないよう、里へと続くほら穴に術をかけるようになった。
招かれざる人間がほら穴へ近寄ると、逃げたしたくなる程、嫌な気分になるような軽い呪いのような術がかかっているためか、度胸試しとかいうくだらないことをするバカな学生や、酔っ払いが死ぬことも最近はほとんど無い。


「……あの、俺、どこにも行くところがありません。もし、今日一日寝ても怒られない場所があるなら教えてください」

そう早口で言った後、まるで一生分の勇気でも使い果たしたかのように、男の子供はいよいよ本当に泣きそうな顔になった。

「そういう頼みならさあ……」

「住職に言えよ、俺は人間を里には連れて帰らない」と言いたいのをグッと堪えて、寺へ行って中にいる大人に言ってごらん、きっと君を助けてくれるだろうから……と丁寧に教えてやった。

「……お寺の人には言えません。俺は墓を荒らす泥棒だし、それに……警察に言われて家に連れ戻されたら困るんです」
「……ああ、そう。でも、俺は人間の……。悪いけど君みたいな子供のお守りは出来ないんだ。わかったら、さっさと寺に行きな。
この時間ならまだインチキ精進料理の夕飯に間に合うさ」

子供といい、住職といい、最近の人間は警察のことばかり気にしているな……と呆れてため息が出そうになる。

じゃあな、と歩き出そうとすると、「待って」と腕を思いきり掴まれた。
掴む、というよりは、飛び付く、と言った方が近いんじゃないかと感じる程、ほとんどぶつかるようにして、俺の腕に細い腕が絡み付いてくる。

「……じゃあ、さっきの饅頭をください」
「はあ……?」
「……汚れていてもいいから食べたいです。お願いします……」
 
どうやらよっぽどお腹が空いているらしかった。いったい産まれてから何年生き続けているのか知らないけど、ずいぶん痩せているし、小さい。
家には帰りたくないようだし、これはアレだ。ノラ人間だ。

「うう~ん……」
 「……饅頭をくれるなら、もうご迷惑はかけません。本当は、お兄さんが行く所に付いて行きたいけど……」
「そうだなあ……」

たまに、こういう人間がいる。そういう人間は、ほら穴に近付いても気分が悪くならないで、導かれるようにして里へとやって来る。
見たところ、ほら穴まで、あとほんの数メートルの距離しかないのに、ピンピンしている。……少なくとも長老のかけた呪いは効いていないようだった。

「……一応確認しとくけど、君、男の子供だよね?年は?」
「俺は男で、あの…………15歳です」

自分の年を言うのに、不自然に間が開いた。
たった15年しか生きていないくせに、産まれてから今まで何回「誕生日」とやらが来たかをイチイチ数えないとわからないのか?とその様子に首を傾げたくなった。

男の子供、ということについては、まあ、いい、と思う。
今まで身の回りの世話をさせようと何度か大人の女を家へ連れて帰ったことがあるものの、たいてい面倒なことになった。
大人の男も俺のことを不快な目で見てくる奴ばかりだった。
だから、ここ最近は「もうこんな奴等と暮らすのはごめんだ」と人間を連れて帰ることはやめてしまっている。

「……あの、俺、なんでもします。もう、どこにも行くところがありません。お願いします……」
「そーだなあ……。どうするかなあ……君、名前は?」

自分の名前すら即答出来ないようだったら、置いて帰ろうかと思っていたものの、今度はちゃんと「アオイです」とハキハキと返事をしてきた。

「なんでもする、かあ……」

トロくさそうだし、痩せっぽっちで小さい。まあ、でも俺が一番して欲しいことくらいなら出来るだろう……と思えなくもない。

「……俺はホタル。俺の言うことをなんでも聞くなら連れて行ってやってもいいけど」
「本当に?!」

アオイは、ありがとうございます!と目を輝かせて真っ直ぐ俺のことを見てきた。
こういう、いかにも人間の子供らしい表情も出来るのか、と観察していると、アオイはハッとした様子で慌てて頭を下げた。

「はあ……。住職のとこに行けばいいのに……」
「俺はお兄さんと一緒がいいです」
「……そうだ。俺のことを人間の「お兄さん」だと思っているかもしれないけど、俺はキツネが人間に化けてるだけなんだよね」
「えっ……」

アオイの目がこぼれ落ちそうなくらい、大きく見開かれた。黒目が忙しなく動く。
たぶん、キツネの耳や尻尾と言った、人間に化けるのに失敗した痕跡を見つけようとしているに違いなかった。

「……そーいうのは、三流ギツネがやることだ。悪いけど俺みたいなニンゲンギツネは、そんな失敗はしないよ」
「ニンゲンギツネ……?」
「さっさと行こう。君に付き合ってると日が暮れる。君はただでさえ、トロくさそうなんだから」

返事も待たないで、スタスタ歩き始めると慌ててアオイは着いてきた。
「この人、本当にキツネなんだろうか?俺に嘘をついているんじゃ……?」という視線には気がつかないフリをして、歩き続ける。
……収穫も少ないうえに、人間の男の子供だなんて、欲しくもないものを拾ってしまった。

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