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狐の里
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「すごい……。ホタルの家ってすごくキレイだね」
ここ最近連れてきた人間でそんなことを言ったのはアオイが初めてだった。
「祖父母の家にそっくり」「懐かしい」と言われるのが普通だったのに、月日が経つにつれて「昔の家だ」「博物館で見たことがある」と言われるようになり、最近では「日本昔話だ!」という反応が定番になっていた。
狐の里に着いて以来、アオイは「ホタルもそうだけど、ニンゲンギツネってみんな綺麗だね」「なんだか、変わった景色…。昔見た絵本に似てる…」とはしゃいだり、うっとりしたり、忙しそうにしていた。
ニンゲンギツネがアオイの言う「綺麗」な見た目をしているのは、人間の「狐の妖怪はこんな姿だったらいいのにな」という空想に、俺達が付き合ってやっているから、そうなっている。
長い歴史の中で俺達のご先祖が、ニンゲンギツネがどんな姿に化けてどんな振舞をすれば、人間が簡単に心を開くかを少しずつ少しずつ解き明かしていったおかげだ。
俺達は人間が好む「美しい」姿へと変化していった。
街並みも建物もそうだ。
大工にちょっとしたおまじないをかけてから、連れて来て働かせるか、材料集めから建築までを代わりにやってくれるよう、土人形に術を使うかすれば、べつにいつの時代であろうと人間達の生活する世界とそっくり同じようにすることだって出来る。
ただ、不思議なことに人間達は自分の元々いた世界と全く同じような場所ではなくて、それとは違う何かを求めているようだった。
だから、「日本昔話」を完全に再現した建物が並ぶ様子を見せて「ここが、ニンゲンギツネの暮らす「狐の里」だよ」とさえ言えば、ロクに説明なんかしなくたって人間はすぐに納得してしまう。
そんな様子を見て「人間って、可愛いね」「今度は、昭和30年くらいの町並みにしてさあ、昔のデパートの屋上遊園地でも、作ってやるか」と里に暮らす狐どうしで笑い合うこともしょっちゅうだった。
「俺は、本当にここにいてもいいの……?」
「いいけど、俺の言うことはしっかり聞いてもらうよ」
はい、と素直に返事をするアオイは腕も脚もどこもかしこも細くて頼りなかった。
「そんなに身体が小さいとなんだか気がひけるなー…」
「……俺は、居候だから、どうか遠慮はしないで」
「そうか……。まあ、今日は来たばっかりだし、特別に優しくしてやるか」
こっちにおいで、と腕を軽く引いただけで、アオイの身体はぐらついた。…ダメだ。どうしてもやりたかった事は、こんな人間にはとてもじゃないけど、させられない。
やっぱりアオイを拾ったのは失敗だった。
□
狐の里へと続く、ほら穴へ入る前、アオイには、「ここを出るまでは絶対に俺から手を離したらいけないよ」と何度も言い聞かせた。
一応、ものわかりのよさそうな顔で頷いてはいたので、大丈夫だろうとすっかり油断しきっていたら、ほら穴に入った瞬間に、「もし、手を離すとどうなるの?」と質問された。
「すぐにはぐれてしまう……。そのまま、迷子になって三日もしないうちに死んでしまうさ」
「ふうん……」
はぐれてしまうのは本当で、迷子になれば三日も経たずに死ぬだろう、というのも本当だった。
ただ、もしアオイが手を離してはぐれてしまったとしても、俺は暗闇の中でも彼の姿はよく見えるし、匂いでどこにいるか探し当てることだって出来る。
人間を連れて帰る時は、はぐれてしまうといろいろと面倒なことになるから、いつも大袈裟なことを言って怖がらせるようにしている。
たいていの人間は暗くて歩きにくい、このほら穴を通ることは不安に感じるようだった。
だからどんな人間も、俺の言うことをよく信じて必死でしがみ付いてきた。
アオイも一応、手をぎゅっと握りしめてはいるものの、「怖い」とは一言も言わなかった。
「はぐれて死ぬ」と俺から言われた時も反応は薄くて、どうかしたら「そうなったとしても、どうでもいい」とすら思っていそうなぼんやりとした顔つきをしている。
さっき、墓場で饅頭を取ろうとしていることが見つかった時はあれだけ怯えていたくせに、よくわからんやつだ……とアオイの手を引きながら、そんなことを感じていた。
「……言っておくけど、俺とはぐれたら、二度と元いた世界には戻れなくなるからな」
「……そうなんだ」
「おい!なにやって…?!」
信じられないことに、アオイは掴んでいた手をぱっと離してしまった。
あれだけ言い聞かせたのに、なぜ?と困惑しながら、アオイの冷たい手をぎゅっと掴んだ。
「どうして手を離すんだよ?はぐれたら、本当に死んでしまうぞ」
ほら穴は暗くて足場が悪い。人間のアオイにはほとんど何も見えていないだろうから、一人で歩けばすぐに転んでケガをしてしまうだろう。
そんなことになったら、ますます面倒なことになるから、「勝手なマネはするな」とキツク叱っておいた。
「……ごめんなさい」
しょんぼりと項垂れたアオイは、今度こそ俺の手をしっかりと握った。
「はぐれて死ぬ」ということよりも、今、この瞬間叱られたことの方が、よっぽど怖いことだと感じているみたいだった。
トロイうえに何を考えているかわからない人間を拾ってしまうなんて、今日は本当にツイていない。
口を開けば、ため息か嫌味しか出てこないような気がしたので、黙って歩き続けた。
ここ最近連れてきた人間でそんなことを言ったのはアオイが初めてだった。
「祖父母の家にそっくり」「懐かしい」と言われるのが普通だったのに、月日が経つにつれて「昔の家だ」「博物館で見たことがある」と言われるようになり、最近では「日本昔話だ!」という反応が定番になっていた。
狐の里に着いて以来、アオイは「ホタルもそうだけど、ニンゲンギツネってみんな綺麗だね」「なんだか、変わった景色…。昔見た絵本に似てる…」とはしゃいだり、うっとりしたり、忙しそうにしていた。
ニンゲンギツネがアオイの言う「綺麗」な見た目をしているのは、人間の「狐の妖怪はこんな姿だったらいいのにな」という空想に、俺達が付き合ってやっているから、そうなっている。
長い歴史の中で俺達のご先祖が、ニンゲンギツネがどんな姿に化けてどんな振舞をすれば、人間が簡単に心を開くかを少しずつ少しずつ解き明かしていったおかげだ。
俺達は人間が好む「美しい」姿へと変化していった。
街並みも建物もそうだ。
大工にちょっとしたおまじないをかけてから、連れて来て働かせるか、材料集めから建築までを代わりにやってくれるよう、土人形に術を使うかすれば、べつにいつの時代であろうと人間達の生活する世界とそっくり同じようにすることだって出来る。
ただ、不思議なことに人間達は自分の元々いた世界と全く同じような場所ではなくて、それとは違う何かを求めているようだった。
だから、「日本昔話」を完全に再現した建物が並ぶ様子を見せて「ここが、ニンゲンギツネの暮らす「狐の里」だよ」とさえ言えば、ロクに説明なんかしなくたって人間はすぐに納得してしまう。
そんな様子を見て「人間って、可愛いね」「今度は、昭和30年くらいの町並みにしてさあ、昔のデパートの屋上遊園地でも、作ってやるか」と里に暮らす狐どうしで笑い合うこともしょっちゅうだった。
「俺は、本当にここにいてもいいの……?」
「いいけど、俺の言うことはしっかり聞いてもらうよ」
はい、と素直に返事をするアオイは腕も脚もどこもかしこも細くて頼りなかった。
「そんなに身体が小さいとなんだか気がひけるなー…」
「……俺は、居候だから、どうか遠慮はしないで」
「そうか……。まあ、今日は来たばっかりだし、特別に優しくしてやるか」
こっちにおいで、と腕を軽く引いただけで、アオイの身体はぐらついた。…ダメだ。どうしてもやりたかった事は、こんな人間にはとてもじゃないけど、させられない。
やっぱりアオイを拾ったのは失敗だった。
□
狐の里へと続く、ほら穴へ入る前、アオイには、「ここを出るまでは絶対に俺から手を離したらいけないよ」と何度も言い聞かせた。
一応、ものわかりのよさそうな顔で頷いてはいたので、大丈夫だろうとすっかり油断しきっていたら、ほら穴に入った瞬間に、「もし、手を離すとどうなるの?」と質問された。
「すぐにはぐれてしまう……。そのまま、迷子になって三日もしないうちに死んでしまうさ」
「ふうん……」
はぐれてしまうのは本当で、迷子になれば三日も経たずに死ぬだろう、というのも本当だった。
ただ、もしアオイが手を離してはぐれてしまったとしても、俺は暗闇の中でも彼の姿はよく見えるし、匂いでどこにいるか探し当てることだって出来る。
人間を連れて帰る時は、はぐれてしまうといろいろと面倒なことになるから、いつも大袈裟なことを言って怖がらせるようにしている。
たいていの人間は暗くて歩きにくい、このほら穴を通ることは不安に感じるようだった。
だからどんな人間も、俺の言うことをよく信じて必死でしがみ付いてきた。
アオイも一応、手をぎゅっと握りしめてはいるものの、「怖い」とは一言も言わなかった。
「はぐれて死ぬ」と俺から言われた時も反応は薄くて、どうかしたら「そうなったとしても、どうでもいい」とすら思っていそうなぼんやりとした顔つきをしている。
さっき、墓場で饅頭を取ろうとしていることが見つかった時はあれだけ怯えていたくせに、よくわからんやつだ……とアオイの手を引きながら、そんなことを感じていた。
「……言っておくけど、俺とはぐれたら、二度と元いた世界には戻れなくなるからな」
「……そうなんだ」
「おい!なにやって…?!」
信じられないことに、アオイは掴んでいた手をぱっと離してしまった。
あれだけ言い聞かせたのに、なぜ?と困惑しながら、アオイの冷たい手をぎゅっと掴んだ。
「どうして手を離すんだよ?はぐれたら、本当に死んでしまうぞ」
ほら穴は暗くて足場が悪い。人間のアオイにはほとんど何も見えていないだろうから、一人で歩けばすぐに転んでケガをしてしまうだろう。
そんなことになったら、ますます面倒なことになるから、「勝手なマネはするな」とキツク叱っておいた。
「……ごめんなさい」
しょんぼりと項垂れたアオイは、今度こそ俺の手をしっかりと握った。
「はぐれて死ぬ」ということよりも、今、この瞬間叱られたことの方が、よっぽど怖いことだと感じているみたいだった。
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口を開けば、ため息か嫌味しか出てこないような気がしたので、黙って歩き続けた。
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