ニンゲンギツネとまんじゅう泥棒

サトー

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チョコレートのケーキ

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翌朝になってもなかなか目を覚まさないアオイの側から、俺は片時も離れなかった。
医者を呼ぼうか、薬草を煎じて飲ませようか散々迷ったものの、まるでそういったものを拒むかのように、アオイは深い深い眠りについていた。

このまま、目を覚まさなかったらどうすればいいのだろう、俺はなんてことをしてしまったのだろう、と自責の念に苛まれ、死を選ぶことすら考えていた時。
昼過ぎにようやくアオイが目を覚ました。

「ん…………、ホタル……?」

アオイ、とすぐに飛び付いて無事かどうか確かめたいのを我慢して「ここだ、ここにいる」とそっと手を握った。
アオイは外からの光に眩しそうに顔をしかめてから、「ホタル」と今度はさっきよりもずっとハッキリした声で俺の名を呼んだ。

「アオイ、身体は……?どこか痛いか?すぐ医者を呼んでやるからな」
「医者……?どうしたの?俺、どこも痛くなんかないよ」

俺に心配をかけないようにと嘘を言っているのでは、とよくよくアオイの様子を観察してみたものの、思っていた以上に顔色は良く、表情も少し眠そうなくらいで、普段と変わりは無かった。

おそるおそる、夕べのことを尋ねてみると、「あんまり覚えてない……」と首を傾げている。

「……覚えてないだって?本当に?」
「うん……。あの、ホタルと、ひ、一つになったのと、気持ちよくって苦しかったこと、なんとなく覚えてる。けど、所々しか思い出せない……」

起きたばっかりなのに、なぜかすごく疲れていて眠い、と言うアオイに、今日はずっと体を休めているように伝えてから布団をかけてやる。

「……今日はいつも以上に優しいね」
「…………うん」
「ホタルは夕べのこと覚えてる……?」

忘れられるはずが無かった。未熟な心のせいでアオイを傷つけてしまったことも、アオイの泣き顔も。
身を守ろうと、意思とは関係ない衝動に突き動かされていたとしても、俺のしたことは許されない。
けれど、それでも、やっぱりアオイの側にいたかった。

アオイは、もっと温かくて輝かしい場所があることをきっと知らない。
そんなアオイの、綺麗な心と身体の何もかもを奪って、手離したくない、と考えるのは人拐いと同じだ。
それでも、俺は……誰に咎められようとアオイと一緒にいたかった。

「どこにも行くところがありません」と勇気を出して打ち明けたことも、「大好き」という気持ちを心のいつでも取り出せるような場所に置いていることも。
アオイのそういった部分を二度と裏切るようなことはしたくなかった。



「……アオイ。アオイの気持ちがここへ来た時と変わらないなら、ずっとここで俺と暮らそう。
俺は君が好きだ。俺はアオイを大切にする。どうか、ここにいて欲しい……」

変わるどころか、と言った後、アオイは恥ずかしそうに口をつぐんだ。

「……一緒にいたら、俺はホタルのことがすごく大好きになって、それで、それで……」

カーッと顔を赤くした後、「俺に居場所をくれて、ありがとう」とアオイはポツリと言った。
ここにいてもいいんだって思えたのはホタルの側が初めて、と微笑むアオイの手を握る。

初めて二人でほら穴を歩いた時は、はぐれないように、転ばないように、冷たいアオイの手を強く掴んでいた。
今は、暖かい手が、「ありがとう。ホタルが大好き」とちゃんと同じくらいの強さで握り返してくる。

きっと、もう俺はアオイの辛い子供の頃の記憶に負けたりなんかしない。アオイは過去に生きているんじゃなくて、今、俺の側で生きているからだ。
……どんなに暗い道でも、もう俺はこの手を離さない、と固く自分の胸に誓った。






「ホタルは大人になれたの……?」

アオイの質問に頷いてはみたものの、自分でもその実感はあまり無かった。
一応、最後まで狐の姿に戻らずにアオイと事を済ませることは出来た。
けれど、おまじないをかけたアオイをむりやり抱いて、成熟した心と身体を手に入れたなんて、どう考えても間違っている。

「……一応なったんだろうけど、果たしてこれで良かったのかはわからない……。
無茶をして未熟な心が掻き乱されて、アオイに恐ろしいおまじないをかけようとして……」
「そうかなあ」

落ち込む俺を慰めようと思ったのかアオイが身体を起こした。

「……寝てな。無理はするんじゃない」
「ううん……。あのさ、きっと、ホタルはちょっとずつ大人になったんだよ。
無茶をしたのだって、どうしてもやらないといけないことがあったんでしょ……?おまじないだって……失敗したらホタルだって嫌な気持ちになるのに、それでもいいと思ったんだよね?
きっと、いっぱい勇気を出したから、気がつかないうちに大人になったんだね……」

よかったね、と言いつつ、アオイは「もうふわふわの狐の姿は見られない?」としきりに残念がっていた。
……ニンゲンギツネは人間にはなれない。だから、狐の姿にはいつでも戻れると伝えると、「よかった」と俺が大人になったことよりも、アオイはずっと喜んでいた。

「……優しいな、アオイは」
「そうかな……でも、あの、ずっと一緒にいたら、わがままを言ってしまうかも」
「わがままって?」

言ってごらん、と促すと、アオイは散々俺を待たせた。
ようやく自信がなさそうに口にしたわがままは、「……誕生日会をしてみたい」だった。

「誕生日会……?」
「人間よりもずっと長く生きるニンゲンギツネのホタルは、いちいちそんなことを祝うなんてバカみたいだって思うかもしれないけど……。
俺、自分のために誕生日のケーキを用意して貰ったこと、無い……。
一回でいいから、誰かに俺が生まれた日を祝われてみたい」

確かにニンゲンギツネは誕生日を祝わない。
自分の分だけで人生で1,200回前後も産まれた日を祝うなんてゾッとする。

そもそも俺はクリスマスだの、ひな祭りだの、イベントばかりを気にする人間達がせかせかしているように見えて大嫌いだった。
大きな祝い事の前で何気ない暮らしを無駄にしているように見えるからだ。

……ただ、アオイにとってはそれは特別で、きっとすごく大切なことだ。そんな願いならいくらでも叶えてやりたいに決まっていた。


「でも、ホタルはケーキって食べない?……だったら、赤いきつね、一緒に食べたい。
でも、俺の誕生日の時は、俺にホタルの分のお揚げもちょうだい……」
「……アオイ」
「えっと、ホタルは子供が欲しいんだっけ……?そう言ってた気がする……。
子供の誕生日には、俺とホタルの分のお揚げは子供にあげないとな……」

夕べそんなことを言われたのを、アオイは覚えているようだった。あの時、俺は心からアオイとの子供が欲しいと望んでいたわけではなかった。
ただアオイを繋ぎ止めるだけの手段として、子供を産ませることを考えていた。

力なく首を振って、子供はいい、二人で暮らそうとアオイに伝えた。

「なんで……?」
「…………俺のものはアオイにだけ、あげたいから」

それから、アオイを俺だけのものにしたいから。……とまでは言えなかった。
それに、ようやく自分の居場所を手にして甘えたりわがままを言ったりすることを許されたアオイに若くして親になって、自分より小さな命を守れ、と言うなんて出来るはずがなかった。




「……アオイ、ずっとここで暮らすんだったら、俺は意地の悪いニンゲンギツネだから覚悟するんだよ」


俺はニンゲンギツネの中でもとりわけ意地悪だから、「ここがアオイの家だ」とずっと言い聞かせて、たとえケンカをしたとしても元いた世界には二度と帰してやらない。……そうするからには、ケンカをした時は俺の方から謝ってやる。ただし、狐の姿でだ。

それに、これから何十回とやってくるアオイの誕生日には、有無を言わさず赤いきつねを食べさせる。
たとえアオイが「焼き肉がいい」「寿司が食べたい」と言ったとしても、そんな食べ物は無い、とこの世界で一番美味い食べ物でアオイの産まれた日を祝う。……人間愛護派に告げ口されないよう、アオイの好きなチョコレートのケーキくらいは準備してやってもいい。

そう伝えると、アオイは、俺の言うことを噛み締めるように聞きながら、いちいち何度も頷いてから、「うん」と返事をした。

「ホタルは意地悪なんかじゃないよ……俺の心の中を見せられたらいいのに」

嬉しいことも、楽しいこともみんなホタルとの思い出ばかりだよ、と言うアオイの瞳は潤んではいたものの、迷いは無かった。
「うん」という返事一つとったって……熱に浮かされているわけでもなければ、幼い子供がなにもわからずに頷いているわけでもなく……自分の居場所を探し求めた、一人の人間の、大人へと成長していくための第一歩に違いなかった。(完)
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