ニンゲンギツネとまんじゅう泥棒

サトー

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未遂

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家へ入るなり膝から崩れ落ちて、まともに立っていられない状態の俺を目にしたアオイは「ホタル、どうしたの」と真っ青な顔をして、すっ飛んできた。

「ホタル、ねえっ……!大丈夫?気分が悪いの?ケガをしたの?!」
「……だ、大丈夫だから」
「人間の世界で誰かに何かされたの?!ホタルってば……!」

遠出をして疲れている、ほんの少し気分が悪い、と伝えると、アオイは大慌てで布団を敷き始めた。
不器用なのか、非力だからなのかはわからないが、やっぱりアオイが敷いた布団はぐちゃぐちゃだった。「ごめんなさい」と何度も謝るアオイに礼も言わずに、俺はそのまま布団へ倒れ込んだ。

「ホタル、他に何かして欲しいことある……?」

真上からこちらを覗き込んでくるアオイの細くて頼りない身体を、思い切り抱き締める。激しい頭痛と吐き気がほんの少しだけ和らぐような気がした。
悲しみで心が押しつぶされそうだった時、俺はずっとずっとアオイを探していた。

「…アオイ、俺は……、人間の世界で酷い光景を見てしまった。人間の子供のとても悲しくなるような姿を見て、その場にいるのが辛くなってしまって……。
俺みたいに成熟していないニンゲンギツネは、匂いに敏感なだけじゃなくて、悲しい気持ちや辛い記憶の影響を受けやすいんだ」

人間のアオイに、ニンゲンギツネが人の心を覗き込んだ時の、様々な記憶や感情が自分の中へととめどなく雪崩れ込んでくる感覚をいくら説明しようと伝わるわけがなかった。
それなのに、アオイは神妙な顔つきで、うん、うん、と何度も頷いている。
その様子は、わからないなりに、何かを必死で感じとろうとしているように思えた。

「……そこには酷い悪臭が漂っていて、ものすごい悪意を放つ人間を目にした。
本当に……そこにいるだけで、どんどん心も体もすり減ってしまうような場所だった」
「……うん」
「アオイ……、俺は自分の身体を守ろうと心の中でアオイに必死ですがりついた……。今の俺と一緒にいると危ない……」

アオイ、アオイ、と何度も名前を呼んでいたせいなのか、アオイが欲しい、という思いに今にも飲み込まれてしまいそうだった。

「どうすればいい……?」
「ヒナタを呼んできて欲しい……。早く、俺から離れて。このままだと、アオイに酷いこと、してしまう……」

本心でそう言っているのに、身体は俺の意思を無視した。
ますます抱きしめる腕に力がこめられ、戸惑っているのか、アオイが身体をモゾモゾと動かした。

「ホタル」
「ごめ、ん……、アオイ、俺はそんなつもりじゃないのに」
「……ホタル、一緒にいると危ないって何?酷いことって……?」

不安なのかアオイの顔色は悪い。それなのに、言えない、といくら言っても、アオイは「教えて」としつこく食い下がって来る。
い、っ、て、とアオイの薄い唇が動くたびに、胸が締め付けられるような思いに駆られる。

こんなボロボロの状態でアオイに縋りつくようにして触れたくなんかない、違う違う違う…と何度自分に言い聞かせても、指先が勝手にアオイの唇を何度もなぞった。
やめてくれ、あっちへ行ってくれ、とアオイの身体をやっとの思いで押しのけると、抵抗するかのようにしがみついてくる。

「……嫌だ。離れない」
「言うことを聞けよっ……!」
「だって、俺、ホタルが苦しい時も側にいるって、約束した……」



家から出て行け、と怒鳴りつけたいのに、出来なかった。
アオイの育った環境を目にしてしまったせいで、アオイを守るためであっても、そんなことを言っていいのだろうかという、迷いが生まれてしまう。

ほんの一瞬、躊躇した途端に「アオイをこのまま犯してやりたい」というコントロール出来ない感情がムクムクと湧いて来る。

「違うっ……!いやだっ!いやだっ……!」

嫌で嫌で堪らないのに、脳が欲求に支配されてしまったかのように、俺はアオイの身体をまさぐった。
アオイがくすぐったそうに身を捩っているのを無視して、服の中に手を突っ込むと、すぐに「足りない」という思いで頭が埋め尽くされる。


ヒナタを呼んで来いって言うのは、ホタルが本当にして欲しいことじゃないって、俺わかってるよ、とアオイが呟いた。

俺の肩に顔を押し付けるようにしているせいで、「酷いこと」の意味を理解しているのかそうじゃないのかを、表情から読み取ることが出来ない。
ただ、なんとなく、アオイの声が少しだけ震えていた。

子供のアオイでも、自分よりも大きな男が言う「酷いこと」がなんとなくわかっているのかもしれない。
わかっていなかったとしても、綺麗なままの、アオイの身体を傷つけるなんて、出来るはずがなかった。
そんなことになるのなら、ずっと一人で苦しいままでいた方がいい。

それなのに、俺の唇は、操られるようにして、恐ろしいことを口にしていた。



「……ずっと一緒にいられるおまじないをかけたい。アオイが欲しい……」



「おまじない?」と不思議そうにして首を傾げているアオイを見ていると、勝手に涙がぽろぽろと零れた。
本当に違うのに、一度言葉にしてしまうと、ますますその思いは強くなっていく。

「……いいよ」
「違う……、そんなことしたくないのに、俺……」

違う、違う、と頭の中で何度否定しても、身体はアオイのことを欲しがっている。
泣く俺を目にして、アオイは「いいよ」と何度も頷いた。



どんな恐ろしいおまじないか知らないからそう言えるに決まっている。俺は、しゃくりあげながらアオイに正直におまじないのことを話した。

元々はニンゲンギツネの雌が、浮気者の雄を縛り付けようと産み出した物であること。
朝まで休むことなく身体を求め合い、おまじないをかけられた方が気を失えば、成功。相手に身も心も奪われ、永遠に離れられなくなってしまう。

それを、遊び半分で狐の里へと連れてきた人間に使うニンゲンギツネがいたせいで、心と身体を壊されて、死んだ人間がいること。
中には死なずに、ニンゲンギツネに寄り添い続けている人間もいる。
……本当かはわからないが、命を落としはしなかったものの、気が狂ってしまい、死ぬまで蔵に閉じ込められ続けた人間の娘もいると言う。

なるべく隠さずに、おまじないのおそろしさと、ニンゲンギツネの残酷さをアオイに伝えたつもりだった。
けれど、それを聞いている間、アオイは少しも怯えたり怖がったりしなかった。ただ、心配そうに俺のことだけをじっと見つめている。


「……ホタル、大丈夫だよ。俺におまじないをかけていいよ。
俺、ちっとも怖くなんかないし、頑張れるから平気だよ」
「い、いいわけあるかっ……!早く、ヒナタを」
「……いいよ。どうせ、頭の中は忘れたいようなことばっかりだし、それに……ホタルに会ってなければ、俺、これ以上成長する前に死んじゃってたと思う」

忘れたいようなこと、と聞いた瞬間、さっき見た光景が頭を過った。
後から後から涙は溢れてくるのに、「早くアオイを自分だけのものにしてしまおう」という考えで頭がいっぱいになる。

俺が、俺だけはアオイのことを大切にしてやりたいという気持ちは、「この身体を早く手にいれなければ」という抗えない欲求にすり潰されて粉々になった。

アオイと身体を密着させているだけで、全身がムズムズして、もどかしくて堪らなくなる。
いつもだったら、とっくに狐の姿に戻っているはずなのに、フー、フーと呼吸を荒くして、アオイのことを「犯してやりたい」という思いで、気持ちがどんどん昂っていく。

15年分のアオイの悲しみと寂しさをほんの短い時間で流し込んだせいなのか、俺の未熟な心は目の前の身体にすがりつくことで、傷を癒そうとしている。

「いいよ。して」と囁くアオイの声はいつもと変わらない。それなのに、ゾクゾクと肌が粟立つほど、甘くとろけるような、いやらしいものに聞こえる。


それでもほんの一瞬正気に戻った時には、やめろ、嫌だ、俺の側に寄るな、と繰り返し口にしてアオイの身体を引き離そうとした。
けれど、次第に頭がぼうっとして何も考えられなくなってくる。


「……狐の里、じゃなくて、ホタルの側でずっと暮らせるおまじないをかけて。お願いします……」

怖くなんかない、と言っていたものの、アオイの声はか細く頼りない。
怖くないわけが無かった。
……初めて、二人で真っ暗なほら穴を歩いた時に、躊躇せずに俺の手を離したアオイ。あの時と今のアオイはまるで違う。

ホタルの側でずっと暮らせるおまじないをかけて、と言う言葉はあまりにも切実で、「生きていたい」とアオイが必死で訴えているのがわかる。

それなのに、完全に理性を失ってしまった俺は、死んだ獲物の内蔵を食い漁る獣のようにアオイの身体をまさぐり、夢中で唇を塞いだ。








「あ、んっ……ああっ……!また、いくっ……!あっ、あっ、ああっ……」

おまじないが効いたアオイは、どろりとした目で俺に跨がって腰を振り続けた。

初めてその身体で俺を受け入れる時、恐怖で顔を強張らせ、「もっと、してください」とアオイは泣いていたのに、今では、一度教え込まれた快感を求めて乱れていた。

おまじないをかける前に「……いやだとか、痛いとか、一度でもそういうことを言ったら、おまじないは失敗してしまう」と言ったら、アオイは必死で口を閉じて声をあげないようにしていた。

そんなアオイに、こういう時は、気持ちいいです、もっとしてくださいと言い続けるんだ、と俺は嘘を教えた。
効果の強すぎるおまじないは、かけられた相手と同じ分だけ、かけた自分自身の意識も蝕まれ、快楽のためなら平気で嘘をつき、残酷なこともしてしまう。

おまじないの力でアオイの窄まりは女のように濡れ、どれだけ乱暴に突かれ、身体を揺さぶられようと傷付くことはなかった。

「あっ、あっ、あっ、きもちいい…、ああっ…んぐっ、んんーっ……!」

……一向に俺の身体は狐の姿に戻る気配がない。いつもと違って、全身の血が熱くなっていて、それを静めようと何度も腰をアオイの身体に打ち付けた。
何度しても足りない程の快感に、額から汗がポタポタと落ちる。

俺の身体は完全に成熟したということなのだろうか。
結局、人間の世界へ行っても、何が出来るというわけでもなく、アオイの過去を知って、自分勝手に傷付いて、大切な相手を酷い方法で抱いている。

……こんなことで、大人になれるのなら、俺の我慢とアオイの勇気はなんだったんだろう、と泣きたくなったものの、すぐにそんなことはどうでもよくなってしまった。
どうすればいいかわからず、戸惑うアオイを気遣うことなく体位を変え、奥へと何度も熱を吐き出した。
「熱い、少し、休ませて」と泣くのも無視して、アオイの身体を抱いた。






「あ、あっ……、ううっ……」

後ろから獣が交わる時のように抱いてやろうと、一度性器を引き抜いてから、身体をうつ伏せにしてやると、そのままアオイは布団に顔を伏せて泣き始めた。

「ま、待って……すぐ、起きるから……」

腕に力が入らないのか、身体を起こそうとはするものの、すぐにバタリと倒れてしまう。

「待って……、気持ちいいから、もっとして……」

そう口にしながら、アオイはえぐえぐと泣いた。
怖い、やめて、入れないで、もうイキたくない、苦しい、壊れちゃう……口にすることを許されないアオイの本心が、雫となって次々と流れ落ちていく。

「……これ終わったら、一緒に、いられる……?」
「……いられるよ」

おまじないの成功を信じているのか、うん、うん、とアオイが何度も頷いた。
嘘はついていない。
なぜなら俺は、どんなふうになったとしても、絶対にアオイを手離さないからだ。

身も心も俺のものにして、子供を産ませて、死ぬまで俺の側に縛り付ける。
おまじないの効果は絶大で、アオイの身体を快楽漬けにするだけではなく、俺の中にアオイに対する強い執着心を芽生えさせた。

俺は、俺は、昨日までアオイと、この先どんなふうに暮らすことを夢見ていたのだろう。
アオイの好きな勉強を教えてやることも出来ないし、本物の人間らしい暮らしを与えてやることも出来ない。
それでも、アオイに何かを与えてやりたいと思っていたはずなのに、もう思い出せなくなってしまっていた。

その時、ホタル、とアオイが小さな声で呼ぶのが聞こえた。



 「ホタルを、一人にしちゃダメだって思ったのに、俺……」

小さな背中が微かに上下に動いている。

「我慢しないで気を失えば楽になれるってわかってたけど……、ホタル、ずっと苦しそうにしてるから、一人で寂しい思い、させられない……。
でも、ごめん、もう起きていられるかわからない、ごめんなさい……」

肩を震わせてアオイが泣きながら謝るのを見ていると、急激に俺の中で何かが冷えていくのを感じた。
興が削がれた、とかそういうことでは無くて、正気に戻る、という方が近かった。
アオイの腰を無遠慮に掴んでいた手が汗で湿っている。俺は、アオイに何を、と身体が震え始める。

「アオイ……」
「……ホタル、おまじない、成功するかな」

途切れ途切れに話すアオイを抱き締めて、「もういい」と何度も言い聞かせた。
暗闇の中で、何度も強制的に絶頂に導かれ、終わりのない責め苦にたった一人で耐え続けていたアオイはどれだけ辛かっただろう。
アオイ、ごめんよ、ごめんよ、と泣き続ける俺に、アオイは「おまじないは……?失敗したの……?俺のせい?」と再び身体を起こそうとした。

「……失敗じゃない。もう終わったんだ。もう大丈夫だから……」
「ほんと……?」

よかった、と呟いた後、アオイはそのまま意識を手離した。
途中でやめてしまったから、おまじないは「失敗」ではなく「未遂」で終わった。

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