丸ごと全部を食べてみて

サトー

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夏休みが終わる

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「葉月君……やるなら一思いにやってね。じわじわされるより、一気にされた方が、俺、怖くないから……」
「……陸ちゃん、これから殺されるの?」
「違うよ! これから、家に帰って、それで……」

 口ごもると葉月君が、ふふっと笑う。本当は早く家に戻りたいから、もっと急いで歩きたいところだけど、ケーキの入っている箱を抱えているからそうもいかなかった。

「……俺さ、子供の頃、自分の誕生日が来るのが大嫌いだったんだよね」
「なんで……?」
「プレゼントを買って貰えるのは嬉しいんだけどさ、自分の誕生日が来ると、いよいよ夏休みが終わるってことだから、それですごく憂鬱な気分になったんだよな……」
「そっか……」

 葉月君の話を聞いていると、自分の子供の頃を思い出した。八月の二十日を過ぎてから、「いよいよ夏休みが終わっちゃう! まだ書道も自由研究も工作も終わってないのに!」と大慌てして、それでいつもお母さんに叱られていた。見かねたお父さんが、工作の材料集め兼生き物の観察のために俺を海や川に連れていって、いつも宿題を手伝ってくれた。

「……まあ、でも大学は夏休みが長いじゃん? それに、今年は陸が祝ってくれるから、今までで一番誕生日が来るのが待ち遠しかったよ」
「本当?」
「ホント、ホント」

 夏休み、と言っているけど葉月君は公務員になるための塾に休みなくずっと通っているし、土日はあちこち試験を受けに行っている。今日は「一日だけね」って、勉強を休んで俺と会ってくれた。「誕生日を祝ってくれてありがとう」って言ってくれたけど、本当は忙しいのに葉月君が無理をして一緒に過ごす時間を作ってくれたのはわかっていた。


「デート、楽しかった?」
「うん! スカイツリーに行くのなんて、すごい久しぶりだったから……」

 誕生日に何がしたいか尋ねた時に、葉月君の返事は「普通にデートしようよ」だった。
葉月君が喜んでくれるような知る人ぞ知る……といった感じのお洒落なデートスポットはどこだろう……と一人で頭を悩ませていたら、意外にも葉月君からは「スカイツリーに行こう」とリクエストされた。

 大学に入学したばかりの頃、初めて二人で遊びに行ったのも東京スカイツリーだった。あの時は、俺が「行ってみたい!」と言ったから、葉月君は、電車の乗り換え方を教えたり道案内をしたりしながら付き添ってくれた。こんなにかっこよくてお洒落な人が俺と遊んでくれるなんて……! ということに感動して、当日の朝はすごく早く目を覚ましたことを未だに覚えている。
 田舎者を連れて歩いてる、って周囲の人から思われたら葉月君も迷惑だろうから、気を付けようと思っていたのに、楽しすぎて自分が訛っていることも忘れて「すごいね、俺、こんなに高い所に登ったのは初めて」と喋りすぎてしまった。



 葉月君が実は高い所があまり得意じゃない、と知ったのはそれから一月ほど経った頃、二人で部屋で過ごしていた時のことだった。

「えっ……!? じゃあ、あの時って、俺が行きたいって言ったから、無理してスカイツリーに連れていってくれたの!?」
「……べつに、そういうわけじゃないけどさ」
「じゃあ、ジェットコースターも観覧車も乗れないの?」
「ジェットコースターは乗れるのと乗れないのがある。観覧車は……一番高い所で目を閉じてたら平気だけど?」
「ええ……」

 べつに、無理なんかしてない、陸が喜んでたからそれでいいよ、と逃げるようにしてベランダにタバコを吸いに行ってしまった葉月君に聞こえるように、「葉月君、ありがとう」と、部屋の中から大きい声で伝えたような気がする。


 今日、久しぶりに訪れたスカイツリーの展望フロアでも、葉月君は俺の側にぴったりとくっついて離れようとはせず、普段よりもずっと口数は少なかった。340メートル下まで透けて見えるガラス張りの床には近付こうともしなかった。
 やっぱり怖いのかな、って心配になって、何度か「大丈夫? もう帰る?」って声はかけた。

「なんで? 全然平気だけど?」
「うん……」

 初めて葉月君に、スカイツリーへ連れて来て貰った時は「すごい! すごい! 高いね!」とテレビでしか見たことの無い場所で大はしゃぎして、自分が今まで暮らしていた小さな島とは全然違う都会の風景を夢中になって眺めた。
 だけど、今日は、葉月君のことばかりが気になった。人の目に付かない場所で、そうっと俺の腕を掴んで来たことや、「こういう安全な場所ならまだ平気」と恐々景色を
眺めていたこと……。
 せっかくの誕生日なのに、苦手だという高い所で過ごしても良かったんだろうか、ということがすごく気がかりだったけど、スカイツリーから出た後に葉月君は「来れてよかったよね」と言ってくれた。

「そうなの?」
「うん。陸と知り合ったばかりの頃の事を思い出してさー……。陸って、なんでも素直に『すごいね、俺、こんなの初めてだよ!』って感動するじゃん? 一人で行ってもつまんない場所も、陸と一緒だと楽しくて、一緒に喜べるからいいなーって思うよ」
「そう……? へへ……」


 二人とも、ウヒ、ふふ、って笑った後、これからもっといろんな場所へ行こう、って約束しあった。
 ご飯を食べた後は、二人でぶらぶらと服を見に行った。葉月君は鏡の前に俺を立たせた後、いろいろな柄や色のシャツを合わせては「全部似合うな……」と首を傾げていた。自分では、「好き」か「嫌い」かの判断は出来るけれど、どの色が似合うかなんてよくわからない。
 葉月君から「陸は顔がいいから、なんでも似合っちゃうね」と言われるのが照れ臭くて、それだけでなんだか満足してしまった。「似合わなくなったから」という理由で、最近葉月君から服のお下がりをたくさん貰ったばかり、というのもあって、結局今日は何も買わなかった。



「……陸ちゃん、大丈夫? 疲れた?」
「えっ! 全然、元気だよ! ケーキだって食べなきゃだし!」
「ねー、ケーキの箱傾いてない?」
「えっ!? 嘘、大丈夫かな!? ぐしゃってなってたらどうしよう……」
「ふふっ……、これくらい大丈夫だよ」

 慌てちゃって、と葉月君が俺の頭を撫でた。大事な誕生日ケーキなのに……と、不安な気持ちで葉月君の方を見たら「大丈夫だよ」って優しく笑いかけてくれた。
 
 葉月君は、公務員試験の日程が本格的にスタートしてから、髪をバッサリと切ってしまい、知り合ったばかりの頃とはずいぶん雰囲気が変わった。
 ミルクティーベージュだとかピンクアッシュだとか、明るい色に染められていた髪は今は真っ黒で、襟足も耳周りもスッキリと短く切ってある。サイドに流していた前髪も、今は眉毛にかかるくらいの長さになった。
 葉月君本人は、「前髪を作っちゃうと、離れている目が余計強調されるんだよなー……」とボヤいていたけど、前より少しだけ幼く見えて雰囲気が柔らかくなったように感じられるから、就活仕様の葉月君のことも、俺は一目見た瞬間に大好きになってしまった。


 ケーキすごい美味しそうだよね、と言う葉月君に返事をしながら、傾いたりしないよう、ケーキの箱を大事に抱え直す。葉月君もそれをわかってくれているのか、俺に合わせてゆっくり歩いてくれる。
 葉月君の横顔をこっそり盗み見た。……こうやってちゃんとデートが出来たのは久しぶりだと言うのもあって、すごく楽しかったし、俺はやっぱり葉月君のことが好きだな、って改めてそう感じられた一日だった。



この後、俺の家に着いたら、葉月君と俺は初めて最後までセックスをする。



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