丸ごと全部を食べてみて

サトー

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帰ってきたスリスリ

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 一日中、外を歩き回っていたせいで、家に着く頃には二人とも汗だくになっていた。全身がベタベタしていて、気持ちが悪い。
 同じように汗をかいているのに、葉月君からは相変わらず甘くていい匂いがする。すごいねー、不思議だねー、と本当はくっつきたいけど、汗をかいている時は「やめろよ」と絶対に怒られるから夏の間は毎日我慢しないといけない。 

部屋についてすぐにエアコンのスイッチをつけて、葉月君と一緒にしばらく涼んだけれど、体を綺麗にするよりも先に「よし! ケーキを食べよう!」という気には、とてもじゃないけどなれなかった。 
 この日のためにスペースを開けていた冷蔵庫に、ケーキは大事にしまってある。誕生日プレゼントも渡したいし、他にもたくさん……する事があるから、「シャワー、先にどうぞ」と葉月君に声をかけた。 
 
「陸から先に使ったら? 今日はずいぶん暑かったし……」 
「俺は葉月君の後でいいよ! だって、あの……いろいろと時間がかかるし……」 
「……うん」 
 
 何に時間がかかるのかを察したのか、「いいよ。陸から先に入りなよ」と食い下がることもせずに、葉月君は素直に頷いた。しん、と部屋が静まり返ったせいで、この後のことを意識しすぎてしまって、ますます落ち着かない気持ちになる。 
  
「えっ!? あれ、なんか急に静かになったね……!? あれ、俺、へ、変なこと言ったかな……? えっ!?」 
「……陸ちゃんダイジョブ?」 
「大丈夫だよ! ほ、本当に……。そうだ! 俺、葉月君へ誕生日プレゼントを用意したんだよ! 待ってて! シャワーの前にあげたいから!」 
「え? プレゼントって陸ちゃんの処……あ、ごめん、なんでもない」 
 
 葉月君が何を言おうとしていたかは聞こえなかったフリをして、それでコッソリ準備していたプレゼントをクローゼットから取り出した。 
 
「じゃーん! 葉月君に絶対似合うと思って買ったんだ! 開けてみて?」 
「え~? なに~?」 
 
 葉月君のようなお洒落な人へ誕生日プレゼントを選ぶのはとてもとても大変だった。かっこいい服も、それを着こなすセンスも、何もかもを持っている人が喜んでくれるものってなんだろうって、毎日頭を悩ませていた。 
 
「ねえ、葉月君、誕生日プレゼントで、欲しいものある?……約束してることとはべつに、服とか何かお店で買えるもので……」 
「べつにないよ。陸ちゃんと一緒に過ごせたらそれでいい」 
「そ、そう……?」 
 
 葉月君カッコイー、大好き……とデレっとしてしまって、「本人から直接聞き出す作戦」は三回も失敗してしまった。それで結局、葉月君が貰って嬉しいものってなんだろう、って今まで一緒に過ごした中でのやりとりを必死で思い出しながら、プレゼントを選んだ。 
 
「えっ! すっごーい! これ、陸が選んだの?」 
「そうだよ! ちゃんと葉月君のセンスに寄せてみたけど……どうかなあ……?」 
 
 サイコー、バッチリじゃん、と葉月君が笑いかけてくれて、それで一気に嬉しくなってしまう。「うん!」と元気に返事をするだけじゃ物足りなく思っていると、「ありがと」と髪をぐしゃぐしゃにされる。いつもだったら「やめてよ!」と怒ってしまうようなことも、葉月君に撫でて貰えた……! という気持ちの方が勝ってしまって、顔は緩みっぱなしだった。 
 
 葉月君は「陸の持っている変なプリントのTシャツを着るのは絶対に嫌!」といつも自分の家から部屋着を持ってくる。
最近は俺のアパートに遊びに来ても一緒に勉強することが多いから、いつもたくさん教科書を持ち歩いていて、それがすごく大変そうだった。ちょっとでも荷物が減らせれば葉月君の負担も減るのかな、と思って、それでお洒落な部屋着をプレゼントすることにした。 

 インターネットで「メンズ ルームウェア お洒落」で検索をすれば、高くていい物はいくらでもヒットする。田舎育ちの俺でも「触り心地がいい部屋着」として聞いたことがある有名ブランドの商品が検索候補にたくさん並んでいたから、迷わず公式サイトのオンラインショップにアクセスした。 
 問題なのはその後だった。ニンテンドーの有名キャラクターとのコラボデザインや、ソフトクリーム柄といった、俺好みではあるものの葉月君が「子供っぽい」と顔をしかめるような商品達が「こっちだよ~!」と誘惑してくる。何度も、「葉月君が着たら可愛いだろうなあ……見てみたい……」と心はグラついたけど、ちゃんと喜んで貰えるものを買うんだって、強い意志で乗り切らないといけなかった。
 結局上はブランドロゴ入りのプルオーバー、下は太めのボーダーのハーフパンツというシンプルなデザインにした。色は葉月君だったら、ネイビーかグレーを買うだろうけど、髪の毛を黒くした葉月君には明るい淡い色が似あうような気がしたから、ミントグリーンを選んだ。 
 
◆ 
 
「わー……スゴイ、気持ちいいね……」 
「……同じものをプレゼントしてあげるから、陸も着たら?」 
「うーん……。自分が着るよりも、葉月君を触ってる方が気持ちいいし、落ち着く……」 
 
 冬にもこんなことがあったね、と葉月君が肩を竦めた。二人ともシャワーをすませた後は、いくらくっついても怒られないから、「俺にも気持ちいい服にスリスリさせて」とせがんで、葉月君の胸や背中を好きなだけベタベタ触った。触れた瞬間、手に馴染む滑らかな肌触りは冬に着るようなモコモコして温かいニットとは違う良さがある。 

「やっぱり高い服は違うね!」と思わず口にしてしまわないよう気をつけながら、座っている葉月君の太ももに跨って正面から抱きついた。いつも葉月君からは「うちの犬ソックリだ」って笑われるけど、気持ちいいし良い匂いがするのだから仕方ない。 
陸、と葉月君に何度か呼ばれたけど、ロクに返事もしないで葉月君の背中を撫で回しながら、首元に顔を埋める。
……葉月君が塾に通うようになって、俺もアルバイトを始めてからは、こうやって触れ合える時間が本当に減った。二人でいる時に、やらないといけないことは山ほどある。一緒に勉強もしないといけないし、話したいことだってたくさんある。だけど、こうやってくっつくのも大好きだから、目の前に気持ちが良い服を着た葉月君がいるとなると我慢が出来なかった。「試験頑張ってね」「早く葉月君の誕生日にならないかな」と葉月君と遊びたいのを何度も我慢した分を取り返すみたいにして、 甘えた。
 
「気持ちいい……。こうやって毎日スリスリ出来たら幸せだろーなあ……」 
「ちょっと……、陸ちゃん、ストップして」 
「葉月君、好き……。誕生日おめでとー……」 
「……ケーキ食べたい。ね? ケーキ、ちょうだい?」 
「……そうだった!」 
 
 ガバッ! と顔を上げると、ケーキのことを忘れられていると思っていたのか葉月君はなんだかホッとしているようだった。……忘れていたわけじゃないけど、きっと俺の意志だけではいつまでも離れられなかっただろうから、葉月君がわき腹を突っつきながら「ケーキ!」と催促してくれたのはきっとちょうど良かった。 
 



「ねえねえ、電気も消そうよ!」 
「……ロウソク立てるの?」 
「そうだよ! だって葉月君、せっかくいつもライター持ち歩いているんだから、使わないともったいないよ!」  
「誕生日パーティーのために持ち歩いてるわけじゃないんですけど……」 
 
 葉月君はブツブツ言っていたけど、ちゃんと電気も消して、ローソクに火も付けた。もちろんハッピーバースデートゥーユーも歌った。 

「葉月君、誕生日おめでとう!」

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