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【同人誌より】島ぞうりとビーチサンダル
しおりを挟む葉月君はかっこいい。スラッとしていてスタイルもいい。しかも、オシャレだ。
本人は「そんなことない」って否定するけど頭もいいし、優しい。
愛犬のメイちゃんの世話だって一生懸命やっているし、部屋はいつ遊びに行ってもキレイにしている。脱いだ服をそのままになんかしないし、洗濯禁止の服はちゃんとクリーニングに持っていく。……だけど、旅行に行くための荷造りは全然上手じゃないみたいだった。
「葉月君、暑いからニットはいらないんだってば! それにこの服の量はなに!? どう見ても二泊三日じゃなくて、十日分はあるじゃん!」
「……だって、荷物を減らしたいからって理由で妥協してダサイ組み合わせになるのは嫌だし……。汗もかくかもしれないじゃん」
「そうだとしても、こんなにいっぱいいらないよ! 三月なんてもう暑いんだからニットは全部置いていって大丈夫だよ! しかも、靴とサンダルまで……」
部屋の真ん中で全開になっている葉月君のキャリーバッグは、大量の服が詰め込まれているせいでファスナーが閉まらない。
半袖が二枚と、ズボンが一つあれば充分だよ、と俺が何度言っても葉月君は「ええ~……」と顔をしかめるばかりで、あれもこれも持っていこうとする。
本当に暑いんだよ、向こうでは絶対長袖なんかいらないよって一生懸命説得して、それで、ようやく葉月君の荷造りが終わった。
「……田舎へ行くんだから、お洒落なんてしなくたっていいのに」
「えー? 関係ある? それに、陸ちゃんの家へ行くのに、変な服なんか着れるわけないじゃん」
「俺のお父さんもお母さんも、ただの田舎のおじさんとおばさんなんだから、大丈夫だよ……!」
「ねえー、陸。俺って、髪の毛も切った方がいいのかな?」
「つい最近美容室に行ったばっかりじゃん! 行かなくて大丈夫だよ! 逆にどこをカットして貰うの!?」
そうかなあ、と葉月君は前髪の毛先を整えながら、不満げな表情を浮かべた。
……この調子だと、きっと葉月君は明日にでも美容室を予約してしまう。ミリ単位で長さを調整して、「トリートメントしてきた」と澄ましている様子が容易に想像出来た。
本当に、そこまで張り切っていくような場所じゃないんだよ~! なんで伝わらないんだろう!? と歯痒い思いをしていると、葉月君がフフッと笑った。
「……ね、陸。楽しみだよね」
「へ?」
「だって、陸と旅行に行くの初めてだし……」
「……うん。うん、そうだよね……」
うひ、ってだらしなく笑う俺の顔を葉月君は黙って見つめている。
それから「荷造り、手伝ってくれてありがと」って、俺の髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
やめてよ! って怒りながらも、「初めて二人で旅行に行く」ということと、葉月君がそのことを楽しみにしてくれていること、両方が嬉しすぎて、ボサボサになった髪を直している間も、気分は浮かれていた。
行き先は俺の生まれ育った海と畑しか無いような小さな島だけど、でも、葉月君が来てくれるんだって思うと、この週末の里帰りがいつもの何百倍も特別なものになった。
◆
お母さんから「次はいつ帰るの?」と言われるたびに、そのうちね、と適当に返事をしていたら、いつからか「ところで、葉月君をいつ連れてきてくれるんですか?」と聞かれるようになってしまった。
俺だって、島へ帰ってお父さんとお母さんに会いたい。だけど、バイトだってあるし、時間に余裕のある大学の長期休み中は航空賃がすごく高い。それに、あんな何も無い場所に葉月君を連れて行くなんて……! と思い、お母さんには「無理だよ。葉月君は忙しいんだから」と伝えていた。
その後、実家のお母さんとの間でそんなやり取りがあったことを葉月君に話したら「え、行きたい。なんて島だっけ……? ……とにかく、陸ちゃんの育った島に行ってみたい」と言ってくれた。
四月から社会人になる葉月君にとっては、大学生活最後の春休みはすごく大事な時間だろうから、嬉しいと感じるよりも先に、「本当にいいの!?」ってビックリして何度も確認してしまった。
「いいも何も……。逆に俺なんかがお邪魔していいの?」
「もちろん! お父さんもお母さんも、俺単品で帰ってくるよりもずっとずーっと喜ぶよ」
「ほんとー?」
葉月君は「いいのかなあ」って遠慮していたけれど、俺のお父さんもお母さんも息子がお客さんを連れてくるとわかると大張り切りし始めた。お母さんは家中をピカピカにして、「布団も干したよ~」とわざわざ敷布団の写真まで送ってきた。その頃には暑くなっているからって、業者を呼んでエアコンも掃除したと得意気に報告された。
お母さんは「刺身を食べさせるために、船を出すって言ってる!」とお父さんの様子まで教えてくれた。
あんまり盛大にもてなされたって、葉月君がビックリしてしまう……と心配しつつも、アルバイト代の残りをかき集めて、飛行機のチケットを予約した。葉月君と隣同士の席に座りたくて毎日航空会社のホームページにかじりついた。
「ねえ、陸ちゃんの家に持っていくお土産どうしよう?」
「お土産なんていらないよ! 気を遣わないで……本当に葉月君が来てくれるだけで、喜ぶから」
葉月君は葉月君で考えがあるらしく、田舎の人にとって人に何かものをあげるということは、自分が物を貰うよりも何倍も何十倍も嬉しいことなんだよっていくら説明しても、「そうは言ってもさあ……」となかなか納得してくれない。
この前だって、ずいぶん熱心に本を読んでいるなあと思ったら『いま、贈りたい 東京の手土産』というお土産選びのガイドブックを熟読していた。
この部屋のどこかに付箋だらけになったあの本があるのかもしれない……とキョロキョロしていると、「空港で買えるようなものはなあ……」と葉月君がぼやいているのが聞こえた。
「大丈夫だよ! なんなら手ぶらで行って俺の実家にあるものをみんな食べ尽くすくらいの気持ちで来てくれた方が、俺のお父さんとお母さんは喜ぶよ!」
「えー……」
子供の頃から近所の人の家に転がり込んで、おやつや野菜をいっぱい貰っていた俺と、洗練された都会で行儀良く育った葉月君とでは人間としての性質がそもそも違うのかもしれない。
いつも俺のお母さんから送られてくる大量の食べ物に対しても「こんなにたくさんいいの?」ってビックリしているし、そもそもよく知らない人から物を貰うことになれていないのかもしれない。
だったら葉月君が「手ぶらで行くのは気が引ける」という気持ちになるのも仕方がない気がしてきた。
「……あのー、じゃあセブンイレブンの食パンはどう? 俺のお母さん、セブンのパンが大好きだから……」
「陸……。そんなのどこででも買えるじゃん」
「葉月君、島にセブンはないよ……」
あるのは農協がやってるスーパーと、オバアがやってる個人商店だけだよ、と伝えると「そうだった」って葉月君はゲラゲラ笑った。
「笑いすぎだよ……」
「ごめん、ごめん……。いつも、陸はセブンの食パンをいっぱい抱えて帰ってるのを思い出したらおかしくて……」
「しょうがないじゃん……! どんなお土産よりも喜ばれるんだから……」
しかも美味しいし……とむくれていると、クスクス笑いながら「ごめんね」と葉月君が俺の肩を抱いた。
きっと、この後は「怒っちゃった?」って良い匂いをさせながら可愛く笑いかけてきて、それで許して貰うつもりに決まっている。バレないように、コッソリ息を止めていると、「ねえねえ、陸ちゃん」と葉月君が体を擦り寄せてきた。
「……あのさ、俺の親はまだまだ帰って来ないよ」
「えっ……!?」
「姉だって、遅い時間まで帰って来ないだろうしさ……。だから、しようよ……?」
「う、えっ……!?」
葉月君が何を「しよう」と言っているのかは聞き返さなくったってわかる。息を止めていたのも忘れて、「今!?」とうろたえていると、葉月君の使っている香水の甘い匂いが一気に鼻へ雪崩れ込んでくる。
「ダメだよっ……!」
「どうして?」
「だって、途中で葉月君の家の人が帰ってきちゃったら……」
「誰も来ないよ。ね……? ちょっとだけだから……」
「だ、だめっ……! あっ……、葉月くん、ダメだよ……」
押し倒されないように頑張っていると、葉月君の手が服の上から俺の胸を撫でる。本当かな、本当に誰も帰って来ないかな、って気持ちがグラグラしていると、部屋の外で葉月君の愛犬のメイちゃんがキャン、と短く鳴いているのが聞こえた。
「な、鳴いてるね……」
「……うん」
「葉月君を探してるんじゃないかな……」
メイちゃんは廊下を走り回りながら、何度も鳴いているようだった。時々ドアを爪で引っ掻くカリカリという音も聞こえる。昼寝から起きて、誰もいないから寂しくなったのかな? と思っていると、葉月君がスッと俺の体から離れた。
「……陸をいじめるなって、怒ってんのかな」
「えー?」
「あーあ……、せっかく二人きりだったのに……」
ブツブツ言いながら、葉月君は俺の服を直した後、メイちゃんを呼びに部屋から出ていった。
その日は結局、メイちゃんと遊んでから、「何か食べに行く?」と葉月君が誘ってくれたからサイゼリヤでご飯を食べた。食事中もずっと話題の中心は旅行のことだった。
帰ってから一人になっても、「あともう少しで、葉月君と旅行……!」とソワソワしてしまって、なかなか眠れなかった。
◆
長い移動時間も葉月君が一緒ならちっとも退屈なんかじゃなかった。
空港のスタバで言いづらい横文字にしどろもどろになりながら注文しているところを葉月君に笑われたり、機内で貰ったミント黒糖を食べて「何これ? 美味いんだけど!」と驚いている葉月くんに、「そうでしょう!」となぜか俺が誇らしい気持ちになったり……。
那覇空港で乗り継ぎが必要だから全部で二回、飛行機には乗った。飛行機から降りた後は、バスで港まで移動して、それから船に四十分揺られる。
船に乗ることについて、葉月君は「ちょっと自信が無い」と言い、空港の薬局で買ったオレンジ味の酔い止めを飲んだ後は、船内ではずっと目を閉じていた。
「大丈夫……?」
「わかんない……。薬を飲んでるからなんとか大丈夫って感じ……」
「もうすぐ着くからね! それまで、頑張って……!」
黙って頷いた葉月君は、膝の上に乗せている紙袋を大事そうに抱え直した。
中身は、昨日、葉月君がわざわざ銀座まで行って行列に並んで買ってきた、ビックリするくらい値段が高い食パンだ。お母さんがセブンイレブンの食パンが好きだって俺が言ったから、一生懸命探してくれた、葉月君の気持ちがこもった大事なお土産。
朝、早い時間に葉月君と待ち合わせたのに、もう十四時過ぎになってしまっている。お母さんが港まで迎えに来てくれるからね、って伝えた後にコッソリ繋いだ葉月君の手は冷たくて、普段よりも固く強張っているように感じられた。
◆
俺のお母さんは「はじめまして」と微笑む葉月君を一瞬で大好きになってしまったようだった。すごく珍しくて綺麗なものを見つけたかのように目を輝かせる様子は、「これが都会の男の子……!」と感動していた。葉月君は「陸ちゃんはお母さんにソックリだね」って笑った。
「どこが!?」
「……初めて会った日の陸ちゃん、陸ちゃんのお母さんにすごく似てるよ」
「え~……ヤダよ……」
お母さんは息子が都会から友達を連れて帰ってきた、ということに興奮しすぎているみたいで、「いらないよ! お腹空いてない」と何度言っても、島の洋菓子店で買ったロールケーキや、普段だったら「観光客の人はお金があっていいねー」と言うだけで売り場に近付こうともしない、お土産用のマンゴージュースやパインジュースを「どうぞどうぞ」と葉月君にあげようとする。
「観光してくる!」と逃げるようにして外へ連れ出していなかったら、きっと夕御飯の時間になる頃には葉月君のお腹がはちきれてしまっていた。
夕御飯の時間まで、何もない集落と海を二人でブラブラ散歩した。
俺は実家に置いてあった適当な島ぞうりに、葉月君は持ってきたビーチサンダルにそれぞれ履き替えた。鼻緒部分と底が明るい黄色で、足が触れる部分は真っ白な安物の島ぞうりを見た葉月君から、「ゴムぞうり、可愛いね」って言われて、そっか、「島ぞうり」って言い方をしないんだって、なんだか変な感じがした。
葉月君が履いているサンダルはレザー製で、今着ているシンプルな白Tとゆるっとしたパンツのコーデとも合ってて、足元だけ浮く、なんてことにもなっていない。そのまま都会の街をうろついたってちっともおかしくない格好だった。
大人っぽいダークブラウンは、きっと履けば履くほど味が出るってやつだ……俺の履いてる一足四百円で買った島ぞうりと全然違う……、と何度も自分と葉月君の足元を見比べた。
外では、いつもとは違って俺よりも葉月君の方がずっとはしゃいでいた。海を眺めている間は「綺麗だね……! すごい透明感……」とパッと笑顔になって、それから真っ白な砂に目を丸くする。
散歩中、俺がよその家のパパイヤとバナナの木をじいっと眺めているのに気付いた時は「見すぎでしょ! 狙ってるの?」とゲラゲラ笑う。
就活中は疲れていて元気が無い日もあったから、葉月君の明るい表情をたくさん見ることが出来て、ホッとしてしまった。
この日が来るのを嬉しく思っていたのは、お父さんとお母さんも同じで、夕方になってから家へ戻ると、すでに大量の料理が準備されていた。
お父さんが釣ってきた魚の刺身と煮付け、そば、煮込みハンバーグ、車エビのフライ、かき揚げと、それからマグロの天ぷら、野菜炒め、スパゲッティサラダ、チーズケーキ……。
お父さんとお母さんと、俺と葉月君しかいないのに、十人分はありそうな山盛りの料理。葉月君には「残していいからね! 俺の家、いつもこうだから!」と何度も言い聞かせた。
歯が小さくて、子供みたいな口元をしている葉月君がたくさんの食べ物をせっせと食べている様子は、なんだかすごく一生懸命だった。
そんな葉月君にお母さんは「卒業してすぐ公務員になるなんて、葉月君は親孝行だね、エライねー」と同じことを何度も言い、お父さんは「おじさんが四百円でそばを食べられるお店を教えるからね。明日陸と行ったらいいよ。石垣島や沖縄本島だと五百円はするからねー。こっちだけだよ」と葉月君へ変な絡み方ばかりする。実家で飼っている犬のモップにいたっては「お風呂に入ってないからダメだよ!」と何度注意しても葉月君の匂いをずっとクンクン嗅いで側から離れようとしなかった。
それから「陸が生まれた時の古酒です」とお母さんが泡盛まで出してきた時は、本当に本当に恥ずかしかった。
葉月君はあまり飲めないから「やめてよ!」って何度も言ったのに、お父さんもお母さんも俺を無視して「こんなお酒があるなんてスゴイでしょ」と誇らしそうにするばかりで全然言うことを聞いてくれない。葉月君は躊躇しないでグラスに口をつけた後、「美味しいです」と微笑んだ。
このままだと、俺のアルバムを引っ張り出してきて、それを眺めながら古酒を飲む……という流れになってしまうかもしれない……! 葉月君がベロベロに酔っ払ってしまうのも困るし、「ちょっと! 屋上に行ってくる!」と家の中から脱出した。屋上へ連れていかれることを不安そうにしている葉月君の足に無理やりサンダルを履かせてから、泡盛のせいでだらんとしている手をしっかりと掴まえる。
外階段を使って、転ばないよう気をつけながらゆっくり屋上まで上がった。都会から来た人は明かりがほとんど無い島の夜を怖がる。だから、ちゃんとスマートフォンのライトで葉月君の足元を照らした。
明かりの無い屋上で二人で並んで座る。あと一月もすれば、夜さえも蒸し暑くなってしまう。冬と夏しか季節がない島では貴重な「涼しい静かな夜」だった。
「……陸ちゃんの家、スゴイね。大きくて、ゆっくり出来るような屋上まであるし……。お父さんとお母さんはなんの仕事をしてるの?」
「……お父さんの仕事は獣医。ペットじゃなくて、家畜の方の。ええと、お母さんは鮮魚店で天ぷらを売ってて、夫婦でサトウキビも少しだけどやってる……。お金持ちとかでは無い。東京よりも家は安く手に入るだろうし……」
家のことを長々と説明する自分の声が、しんとした外でよく響いているような気がして、いつもよりもずっと小さな声になってしまう。
それでも葉月君は「うん、うん」とちゃんと相槌を打ってくれるから、一応聞こえているみたいだった。家に戻ってからはずっと賑やかだったから、ここなら二人でゆっくり出来るということに、なんだかホッとしてしまう。
「うちのお父さんとお母さんがゴメンね……いかにも田舎のおじさんとおばさんって感じで、本当に恥ずかしいよ……」
「なんで? 嬉しいよ?」
「うん……」
「それよりさ……陸ちゃんのお父さんとお母さんって、陸ちゃんのことを『りーくー』って呼ぶんだね」
「そうだよ?」
「なんだかそっちの方が親しげに聞こえるな。俺もそう呼ぼうかな」
「えっ!? ダメだよ! 今までどおり、呼んでよ……!」
嫌だ! って俺が必死で反対する様子がおかしかったのか「一生懸命になっちゃって……」と葉月君がクスクス笑う。
初めて知り会った日に、俺のことを「陸」と呼ぶ葉月君の喋り方に感動したことを思い出した。テレビに出てる人達と同じ、いかにも都会の男の人らしい話し方だ、なんてカッコイイんだろう、いいなー……って葉月君と会話が出来て本当に嬉しく感じられた。
「俺、葉月君の喋り方が大好き……」
「俺も陸ちゃんの喋り方が好きだよ」
「うん……」
隣にいる葉月君の体へそっともたれかかる。……もうセックスだってすませているのに、今夜はなぜかこんなことでさえもドキドキしてしまう。
「……下にお父さんとお母さんがいるからダメだよ」
「うん……。でも、少しだけ……」
お父さんかお母さんが「おーい」と俺達のことを呼びに来たら言い訳できないような距離感で、葉月君に寄り添い続けた。
「……星、スゴイね……。こんなにたくさんの星を見たの初めて……」
「暗いからね……。昔、東京から民泊に来た人は『星が見えすぎて気持ち悪い』って怯えてたよ」
「ふうん……。陸ちゃんの家は、よく人が泊まりに来てたの?」
「うん。泊まらなくてもさ、俺の家って海の側にあるからなのかな……? 子供の頃、家族みんなで外出して夜に家へ戻ってくるとさ、屋上に知らないお兄さんとお姉さんが座ってることがあって……」
「えっ?」
「観光に来た人達なんだけど、カフェか何かと間違えて、それで『入ってもいい場所だと思ってしまった』って……。うちの両親は『いいよー、せっかく来たなら見ていったらいいさ』ってそのまま入れちゃうんだけど……」
「……スゴイよね、陸ちゃんのお父さんとお母さん……。なんていうか……おおらかだよね」
子供の頃は「あのお兄さんとお姉さんは、こんな何もない場所で何をしてるんだろう?」と不思議で仕方がなかった。
だけど、今ならなんとなくわかる。……好き合っている人となら、ただ側にいて、ぼーっと星を眺めているだけでも幸せだって。
「……子供の頃は全然わからなかった」
「何が?」
「ううん、なんでもない……。あのさ! 葉月君、えっと……」
ぎゅうっと葉月君の手を握る。おかしいなあ、って自分で自分に首を傾げたくなった。
いつもなら「葉月君、カッコイイね。大好き」ってベタベタしているのに、今日はなんだか上手く言葉が出てこない。下にお父さんとお母さんがいるから? だけど、いつも以上にくっつきたくて堪らない。途方に暮れて「うひ」って葉月君に笑いかけるしかなかった。
「……陸」
「うん……?」
「目、閉じて。ちょっとだけキスしたい……」
「……うん」
その後は、二人ともほとんど喋らないで、何度もキスをした。「好きだよ」って、抱き締め合う。これ以上進んじゃダメだってわかっているから、いつもみたいに体には触れることが出来なくて、もどかしい気持ちになるのはわかっていたけれど、止められなかった。
◆
次の日の朝は、二人とも自然に目が覚めた。台所から良い匂いがするから、覗いてみたらお母さんが張り切って朝御飯を準備していた。
葉月君から貰った食パンのトーストとオムレツ。脂がたっぷりのジョールベーコンと、サラダ。スープとフルーツヨーグルトに、紅茶まである。
こんな朝食食べたことない……葉月君がいるからちょっと良い感じにしてる……と俺が呆然としている間に、「お母さん」と葉月君はサッと台所に入ってせっせと俺のお母さんのことを手伝い始めた。
……昨日もそうだった。何かお祝い事等で家にお客さんが来る時、女の人は台所に籠りっきりで、男は座って飲んだり食べたりするのが俺にとっては子供の頃から普通のことだった。
島ではどこの家もそうだったから、お母さんがいつまでも座らないで一緒に食事をしないことも、あまり気にしたことがなかった。
台所は女の人の場所だから、って周りの大人からは言われていたから、昨日の夕御飯の時も俺とお父さんはぼーっと座っていた。
だけど、葉月君はずっとお母さんのことを気にかけていて、空いたお皿を運ぶとか、そういうことを「いいよ! 座ってて!」とお母さんに断られないように、サッとやってしまう。
今日も「おはようございます」って、スッ……とお母さんに近寄った後はお喋りをしながら、一緒に料理を盛り付け始めた。
お母さんは「やっぱり都会の男の子は違うね~!」と何度も言い、それから聞いていて恥ずかしくなるようなことをツラツラと葉月君に喋り始めた。
なかなか子供が出来なくてすごく苦労して俺が産まれたことから始まって、俺が東京の大学に行くと決まった時には誰にもバレないようにキビ畑で泣いていたこと、東京で一人ぼっちになっていたらどうしよう、と心配でたまらなかったこと……。
いいよ、そんなこと言わなくて! って何度も言ったのに、お母さんは話すのをやめなかった。
ムシャムシャ朝御飯を食べながら、葉月君と今日は何をして遊ぶか相談していると、お母さんはその様子をじいっと見てから「二人があんまり一生懸命食べてるから……。可愛いさ……」と呟いた。
「なにそれー」
「……陸には兄弟がいないから、良かった。……葉月君がいて、良かったね」
「……うん」
お互いの誕生日もクリスマスもお正月もどんな時だってずっと一緒なんだよ、と言いたかったけど言えなかった。
言った方が葉月君とお母さん両方に対して誠実なんだろうけど、まだ言えない。嘘をついているわけじゃないけれど、なんだかモヤモヤする。
俺が静かになった事で何かを察したのか「僕も陸がいて良かったです」と葉月君が俺の代わりにお母さんと会話を続けてくれた。
朝御飯を食べた後は「牛とヤギを見に行こうよ!」って葉月君を誘った。時々海ガメがやってくる場所も教えていないし、せっかく葉月君と一緒だから観光にやって来た人向けの、お洒落で高いカフェにも入ってみたい。
パタパタと慌ただしく玄関へ向かう俺と葉月君のことを「忙しいねー」ってお母さんが笑う。明日の朝には船に乗らないといけないから、なんだか時間が惜しかった。
「陸、大丈夫だよ。ゆっくりで大丈夫だよ」
「うん……。うん、そうだよね……」
玄関には俺と葉月君のことを「いってらっしゃい」と送り出すかのように、島ぞうりとレザーのサンダルが揃えて並べられていた。
いつも朝、誰よりも早く起きるお母さんは、俺が子供の頃から玄関にその日の朝履いていく靴を出してくれていた。
子供の頃からずっと変わらずに続いてきたこと。遊びにやって来た葉月君の分が一足追加されただけなのに、なんだか俺にはそれがすごく嬉しいことに感じられた。
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