丸ごと全部を食べてみて

サトー

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みらい

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「俺はさー、何十回とシミュレーションをしたんだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。本当はこんなハズじゃなかったし、そもそも俺は……って、陸ちゃんボーッとして全然聞いてないでしょ」
「……聞いてるよお」

 返事をしてから側で寝ている葉月君の方へすり寄る。一緒にシャワーを浴びて、同じ石鹸で洗ったはずなのに、やっぱり葉月君だけは特別な良い匂いがするのが不思議だった。

 終わった後、俺は何も言っていないのに、「違うから!」と葉月君はなぜかプリプリ怒っていた。いつもの俺は、入れた瞬間にすぐ出るような人間じゃない、本当に本当に違うから……と葉月君はすごく一生懸命だった。
 ちゃんと聞かなきゃ、って「うん、うん」って相槌を頑張って打とうとはした。
 だけど、「やっぱり嫌だ」って中断して貰うこともなく、ちゃんと最後までセックスが出来た……、俺、頑張った、って、つい嬉しくて、「うひ」って笑いかけたら、葉月君も「……まあ、いっか」って、ちょっとだけ笑った。


「……陸ちゃん、気持ち良かった?」
「うん……。あんまり覚えてないところもあるけど、気持ち良かった。それに、嬉しい……」
「うん……」

 初めて経験したセックスは、夢中になっていたからなのか、いつの間にか何もかもが終わってしまっていた。初めてってみんなこうなんだろうか、よくわからない……と考えていると、葉月君の長い腕が枕元に転がっていた照明のスイッチを掴む。ピッ、という小さな音の後、部屋は真っ暗になって、どちらからともなく、お互いの足を絡ませた。



「葉月君、俺、ちゃんとセックスが出来て嬉しい……良かった」
「うん……」
「一回出来たから、きっとまた出来るよね……?」
「……そうだね」

 前にセックスの後はタバコを吸う、と言っていたから、てっきりベランダか台所へフラッといなくなっちゃうのかなと思っていたのに、葉月君はどこにも行かないでずっと側にいてくれた。

「葉月君、あの、また出来るって聞いたのは、セックスが気持ち良かったからだけじゃなくて……。葉月君のことが大好きだからだよ!」
「どうしたの、慌てちゃって」
「か、肝心なことを言い忘れたと思って……」

 体目当てだと誤解されないよう大事なことを急いで伝えたのに、バカだねーって、なぜか笑われて髪をぐしゃぐしゃにされてしまう。

「やめてよ!」
「ふふっ……。陸は可愛いね。……あー、可愛い」

 唇で頬や耳、額に触れられて、くすぐったいけど心地が良い。ちゅっ、と音を立てられると、小さな子供扱いをされているみたいだった。
 もういいよ、って手でガードをしながら顔を背けると、掴まえられた手首にまでキスをされる。……じゃれあっていると、葉月君が「バカだねー」って俺を笑った理由がわかった。
「葉月君、好き好き、大好き。かっこいいねー」とくっつくのはいつも俺の方だけど、葉月君も俺と同じように触ったり触られたりするのを、嬉しいって感じているんだよね、大好きだからセックスしたいって、ずっとずっと思ってくれていたんだよねって、聞いて確かめなくとも、触れ合っていたら葉月君の気持ちがたくさん読み取れた。
 セックスをして、前よりも葉月君のことが好きだ、って俺が感じていることを、葉月君も気が付いてくれていたらいいのに、と思わずにはいられなかった。



 いつもは俺の方が先に眠ってしまうのに、珍しく、今日は、葉月君の方がすぐに寝てしまった。初めてセックスをして、それで興奮して眠れないなんて、いかにも童貞っぽくて嫌だけど、ソワソワして落ち着かないのだからしょうがない。微かに聞こえてくる葉月君の寝息を聞きながら、眠気がやって来るのをおとなしく待った。

 ぼーっと横になって、俺も早く寝てしまおう、と思っていたのに結局は葉月君の事をいっぱい考えてしまう。
 それで……、少し前に、泊まりに来ていた葉月君のスマホのアラームが、朝の4時に大きな音で鳴って、ビックリして二人で飛び起きた日のことをなぜか思い出した。
 葉月君が「ごめん、切り忘れてた」ってすごく申し訳なさそうにした後、すぐに、また二人で眠った日。あの時は「なんで、こんな早い時間に……? 眠い……」と不思議に思いはしたものの、半分寝ぼけていて、それ以上は特に気にしなかった。

 だけど、今ならわかる。たぶん、葉月君は、毎朝あの時間に起きていて、勉強をしているに違いなかった。新品だった塾の教科書も過去問も、すっかりボロボロになってしまっているからだ。
 頑張っている所を知られるのが恥ずかしいのか、葉月君本人はなんにも言ってくれない。時々、「受かるわけないじゃん。他の人みたいに頑張ってないんだから」と言うのも、弱ってしまっている部分を見せたくないのかな、ってずっと気になっていた。
 
 せめて、今日は葉月君がぐっすり眠れるように、ベッドの端ギリギリまで寄って、葉月君の体にちゃんとタオルケットをかけてから、その日は寝た。



 次の日は7時前には二人とも目を覚ました。心配して「どこも痛くない?」って、聞いてくる葉月君に「平気だよっ!」と答えるのがちょっぴり照れ臭い。
 昨日残した白桃ケーキを二人で食べた。甘すぎないから、朝に食べるのにちょうどいいのと、なんだかお腹が空いていたから、今日は大きく切ったケーキをペロッと完食出来た。

 ケーキを突っつきながら、葉月君はポツポツと試験のことを話してくれた。
 筆記は通っている所もあるけど、結果待ちと不合格で、今日に到るまで、まだ最終合格までは一つも進めていないこと。この後は私立大学職員と、団体職員の試験をたくさん受けること……。大学のテストと課題だけで「うわああ~! 全然、終わらない……」とパニックになって、葉月君に勉強を見て貰っている俺には、想像しただけでも頭が痛くなってしまうような内容だったけど頑張って聞いた。

「ここから、すごく遠い自治体も受けるから……。そういう所に受かったら、もしかしたら、一人暮らしをするかも」
「そうなの!? そうしたら俺、遊びに行くよ! 楽しみだねー!」
「……そうだね」
「あっ、でも、迷わないで行けるかな……? 葉月君、最初だけは迎えに来てね」
「……うん。フフッ。陸が迷子になってウロウロしてるのを想像したら、笑えてきた……」
「笑わないでよー!」

 ……来年の今頃がどうなっているかはわからない。葉月君が遠くに引っ越したら、今みたいに気軽に会えなくなるし、今度は俺が就職のことを真面目に考える番だ。
 だけど、きっと俺の何倍も今の葉月君は心細いと感じているに違いなかった。だから、葉月君が、今、この瞬間に少しでも笑ってくれたことが、俺はすごく嬉しかった。



「……もう行くね。陸、本当にありがとう。……俺が帰った後に、具合が悪くなったりしたら、すぐ連絡していいからね」
「……大丈夫だよ。どこも痛くないし。それよりさ……、なんか、ゴメンね。俺のお母さんが送ってきた食べ物のせいで荷物が増えちゃって……」
「一回、家に寄るからいいよ。陸ちゃんのお母さんに、ありがとうございますって、伝えておいてくれる?」
「うん!」

 白地に赤色のハイビスカス模様の紙袋は、葉月君のような垢抜けた人には全然似合わない。
 もっとずっとお洒落で美味しいものを知っているはずなのに、「葉月君の分です」と定期的に俺のお母さんから送られてくる大量の食べ物を「いいのー? ありがとう」といつも当たり前のように葉月君は受け取ってくれる。しょっちゅう俺が葉月君のことを話すから、お母さんまで葉月君の事が大好きになっちゃって……と伝えた時は「やった」って嬉しそうにしてくれた。
 そういう時、俺は……葉月君が俺の気持ちをすごく大事にしてくれているって、いつも感じていた。

「じゃあ、行くね」
「うん。バイバイ」
「陸……。もしさあ、受けた試験が全部ダメだったら……。その時は、ここから日雇いのバイトに通ってもいい?」

 どうして、急に葉月君がそんなことを言ったのかはわからない。口調は飄々としていて、いつもと変わりない。だけど、伏せられた目が少しだけ不安そうだった。

「……もちろん、いいよ!」

 全然現実的じゃない提案は、きっと本当にそうしたいんじゃなくて、「いいよ」って言って欲しいだけなんだって、すぐにわかった。大丈夫だよ、頑張ってね、って気持を込めて頷くことしか出来ないけれど、葉月君は「サンキュー」と微笑んだ。



「いってきます」と、葉月君が部屋のドアを閉めた後、こっそりとベランダへ出た。下を覗くと、ちょうど階段を降りた葉月君が建物の外を歩いている。「おーい!」と手を振ったら、きっと振り返してくれるだろうけど、少しでも長い時間、葉月君のことを眺めていたかったから、黙ってベランダから下を見下ろした。


 休日だからなのか、ほとんど人がいない歩道を葉月君はてくてく歩いていく。スラッとしていて足は長いのに、葉月君は、意外と歩くのは早くない。
 葉月君は歩行者信号の青が点滅している時ですら、ダッシュしないで、次のターンまで待つような人だ。だけど、俺がはぐれた時は大慌てで息を切らして探しに来てくれる、そういう葉月君が俺はすごく好きで……と一人になっても、頭の中は葉月君のことでいっぱいだった。
 ゆっくりだけど、葉月君は真っ直ぐ前を向いたまま歩き続けて、しゃん、と伸びた背中はどんどん小さくなっていった。(終)

    
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