幼馴染みが屈折している

サトー

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ベッド

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「自分の小遣いと電車賃くらいは自分でなんとかしなさい」というのが大学進学を機に一人暮らしを始める時の両親との約束だった。四人いる子供をそれぞれ大学や専門学校へやるために親がかなり無理をしているのはわかっていたから、大学一年の時から二十四時間営業のネットカフェでのアルバイトをせっせと続けている。キャンプが終わった後は休んでいた分の穴埋めで夜遅い時間のシフトもこなさないといけなかった。
 充分遊んで暮らせるほどの仕送りを貰っているヒカルも時間と体力を持て余しているのか思い出したかのようにキツくて高収入の単発のアルバイトへ行っているようだった。

「疲れた。死にそうかも」

 一日が終わる頃になると、ヒカルからそんなメッセージが届いた。ここ最近はイベント会場の解体のアルバイトに行っているらしい。「とにかく、女がいない所がいい。面倒だから」というヒカルは、大学一年の時にカフェのアルバイトを三ヶ月も経たずにやめてしまっていた。たぶん、俺にはわからないような面倒で大変な事があったんだろう。
「頑張れ」「無理すんな」と返事はするようにしていたが、体は丈夫なヤツだから大丈夫だろうと思っていた。

「しんどい。起きられない」

 寝る前にヒカルからそんなメッセージが届いて、眠気は一気に吹き飛んでしまった。肉体的な疲労、以外にこの暑さだと熱中症も考えられる。
 慌てて電話をかけるとヒカルの声は普段よりもずっと弱々しかった。

「今家にいんの?」
「うん……」
「大丈夫かよ? 病院いった?」
「ううん。休んでたら少しよくなってきたから平気。今日はずいぶん鉄骨を運んだから……」
「鉄骨……」

 信じてもいい大丈夫なのかどうか判断に迷っていると、「冷蔵庫が空っぽになっちゃった。明日来てくれない?」とヒカルから頼まれた。

「明日? 本当に明日まで大丈夫なのか?」
「うん。明日はルイも休みでしょ? 明日は絶対うちに来て……」

 そう言って電話が切れた。なぜかヒカルはいつだって俺のシフトを暗記している。

◇◆◇

 次の日、心配だったのもあって両手にスーパーのビニールと背中にリュックを背負ってヒカルの家を訪ねた。

「こんなにいっぱい買ってきてくれたの?」
「食べるものがなさそうだったから。適当にいろいろ買ってきたんだ」

 冷蔵庫開けるな、と断ってから、お茶と栄養ドリンクと食糧を冷蔵室に詰め込んだ。カップ麺やお菓子はキッチン内の棚に納める。しょっちゅう入り浸っているせいか、何処に何を入れるか聞かないでもわかった。

 ドラッグストアで買ったシップを渡した後、「俺、夕飯なんか作ってから帰りたいからしばらくここに居てもいいかな?」とヒカルに尋ねた。

「俺は嬉しいけど……。そこまでしてもらっていいの?」
「俺も夕飯食べたいし。ヒカルは寝てろよ。俺も適当に時間を潰すから」
「今、あんまり眠くない」

 ぼやきながらベッドでゴロゴロと寝そべっているヒカルは図体はデカイのに子供のようだった。

「ルイー……」
「んー? ヒカル、どっか痛いのか?」
「痛い。さすってくれない?」
「……しょうがねーなー。どこが痛いんだよ?」
「腕と背中と腰と全部……」

 ベッドサイドに腰掛けてヒカルの背中へそっと手を伸ばす。ふう、とヒカルがついた意味深なため息をかき消すように、「今度ジュース奢れよ」と腰を擦った。

「フフ、子供が触ってるみたい……」
「強く揉んだら悪化するからしょーがないんだろ」
「いや、手が小さいから」

 俺の手が小さいとは言ってもヒカルや一般的な成人男性に比べたら小さいと言うだけで、小中学生並みの大きさというわけではない。
 けれど、背中や腕を触っていると、高校の時と比べ、ヒカルの体は引き締まっていて、完全に大人の体格だった。昔、中学生の頃学校に講演会でJリーガーが来ていたけど、その人の体によく似ている。「体はまだまだこれから作っていく」と言っていたその人はスポーツ選手としては細身だったけど、「かっこいい」と女子が熱狂していた。

 それに比べると、俺の体はまだまだ全体的に薄くて、カッコ悪い。肩幅も小さいし、なにせ食べる量が少ないから肉がつかない。

「俺も引っ越しのバイトしよっかなー」
「うん? ルイには無理。コツを無視して、力まかせにソファーとか持ち上げようとしそうだから」
「お前、ソファーとか運んでんの?」
「冷蔵庫も洗濯機も運ぶよ、二人でだけど」

 ヒカルは何でもないことのようにそう言うけど、俺には二人がかりでも冷蔵庫や洗濯機を運べる気がしなかった。
 悔しいけどヒカルの言うことが正しい気がして、しばらく無言で背中と腰を揉んでいた。

 なんか、静かになると、ヒカルの体つきや匂いにばかり意識が向いてしまって気まずい。嫌でもキャンプでの夜のことが思い出されて、つい力が入ってしまったらしく「いててて」とヒカルが声をあげた。ごめんの意味を込めて、腰を擦っていると、ずっと同じ体勢が辛いのかヒカルがもぞもぞと身を捩った。

「体勢変える?」
「………ルイって、こういうの天然でやってるの?」
「なにが?」
「………ごめん、やっぱいい」

 シャワー浴びたい、と言ってヒカルは起き上がってそのままバスルームに向かおうとした。

「ヒカル、あのさ……俺に触ったり触られるのって、お前には何か意味があることだったりする?」
「……どういう意味?」
「……キャンプの時、ずっと起きてたんだ」
「……そう」

 ヒカルはそれだけ言って黙りこんだ。顔色があまりよくないから、たぶん珍しく動揺している。

「……先、シャワー浴びてきてからでいい?」

 フラフラとヒカルがバスルームへ入っていくのを確認してから、俺は「ふーっ」と長い息を吐いた。
今日、ヒカルの家に着く前からずっと聞こうと思っていたことをようやく言えたからだ。
 こんな状況でベタベタとヒカルの体に触っていいのか少しだけ迷ったけど、ヒカルの体が心配だったのと、俺が体に触った時どんな反応をするかどうしても見てみたかった。
 ヒカルが戻ってきた後、どうするかはまだ何も決めていない。ヒカルももしかしたら同じようにこの後どうするか考えているのだろうか。
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