幼馴染みが屈折している

サトー

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15才の帰り道

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「ヒカル、ヒカル!」

 廊下からルイが呼んでいるのが聞こえた。三年になってクラスが離れてしまったから、用がある時は休み時間にお互いのクラスを訪ねることになっている。

「なに?」
「体操着貸して!」

 今日時間割変更があるのを忘れてた、と言ってルイは俺がロッカーから体操着を取ってくるのを早く早くと待っていた。

「俺、今日もう体操着を使っちゃったけど……」
「全然大丈夫! ヒカル、お願いー」

 体育の授業は忘れ物をすると後日補修授業のペナルティがあるから、皆忘れた時は友達から必死に借りてくる。俺だってペナルティは嫌だからルイの気持ちはわかるけど……。ルイは気にしなくても、俺がいろいろ気にするんだよ、と思いながらも断りきれなくてしぶしぶ体操着を貸した。

「ありがとう! 明日返すな、あと今日一緒帰ろうぜ!」

 バタバタと慌ただしく走っていくルイの背中を見送った後、俺はふーっと深いため息を吐いた。


 授業の始まりを待っている間は、ルイのことを考えていた。暇な時はたいていそうしている。
 俺はルイのことが好きだから。友達としてというよりも、恋愛・性の対象として好きだ。中一の時からそう思い始めてもう二年以上になる。

 俺は中二の時にセックスは済ませていて、それからは、ルイとセックスをするとどうなるんだろう、ルイとセックスがしたいとずっと思っていた。一応、インターネットで調べてみるとアナルを使えば男どうしでも出来ることはわかったけど……。それで得られる快楽やそれに伴う苦痛がまだイマイチ想像出来ない。

 だから、今はとにかくルイに触れてみたいし、出来ればルイにも触ってほしい、と思っている。女が好きなルイにこんなことを言ってもきっと気持ち悪がられるだろうから絶対に言えない。

 ルイのクラスが体育の授業をしている間、俺のクラスは道徳の授業だった。
 担任が始めに今日はDVDを見せると言って、教室のテレビには映像が流れ始めた。内容はドキュメント番組で、ゲイの男性や、女性として産まれたが男性の心を持つ人等を取材していて、生きづらさや苦労、差別について語ってもらっていた。番組自体はまだまだ続きそうだったが、担任は20分程で鑑賞の時間を切り上げてから、「どうでしたか?」と皆に尋ね、授業を展開していった。

 俺はもっと皆が冷やかしやからかいの対象としてそういう人達を見ると思っていたが、意外にも「学校も、自由に制服のスカートやズボンが選べるように出来ればいいと思った」「どんな生き方でも尊重されるべきだと思う」「テレビとかでは同性愛の人をからかう発言で皆笑っているけど、傷ついている人もいるかもしれない」といったいい意見が出ていた。

 それを聞きながら、ルイのことをぼんやりと考えていた。
 ルイはなんて答えるだろう、と。


 その日の帰りにルイは「ヒカル、体育着ありがとうな!」と嬉しそうにしていた。

「ああ……。ねえ、匂いとか大丈夫だった?」
「匂い? めっちゃいい匂いだった!」

 ヒカルんちの柔軟剤と同じにしてもらったのに、全然同じ匂いにならないんだよなー、にーちゃん達の洗濯物と一緒だからかな? とルイは俺の顔を覗き込む。
 パッと笑ったり、不満そうに唇を尖らせたりコロコロ変化するルイの表情はいつだって誰にも負けないくらい可愛い。変に思われないのなら、きっと俺は永遠に見ていられる。


「今日、道徳の授業でDVDを見たんだけどさ」
「えー、いいなー。ヒカルのとこの久保先生は、しょっちゅうDVDを見せるよな。うちの担任、DVDの使い方をロクに覚えてねーんだもん」
「うん……。それが、同性愛者とかセクシャルマイノリティの人達の番組だったんだけど」

 セクシャルマイノリティ、とルイは復唱した。ろくに口にしない言葉だからだろうか、言った後不思議そうな顔をしている。

 ルイと二人で歩く帰り道は、あっという間に家へ着いてしまうから、かいつまんで番組の内容を説明しないといけなかった。「男同士で結婚したくてもできない」「親の理解を得られず長年勘当状態」といった苦労している部分を説明している間、ルイは話を遮ることはせず、うんうん、と頷いていた。

「もし、ルイの周りで……、例えば、兄弟とか友達が、同性愛者だったらどうする?」
「えー?」

 ルイがなんと答えるか、ハラハラしながら待った。
 俺はいつもルイのことを見ているから、ルイの考えそうなことはよくわかっているつもりだ。俺の想像では番組を直接見ていないルイなら良くて「気にしない」、最悪の場合「やだよ、気持ちわりー」と答えるのではないかと思った。
 ルイは思ったことは何でもすぐ口にする。何か聞かれたら、即答えないと相手に対して失礼だと思っているのか、ポンポンものを言い返す。

 けれど、今日のルイは真剣な顔をしてじっと黙ってしまった。ルイが黙ったまま歩き続けていると、結局何も答えが返ってこないまま俺の家の前に着いてしまった。四つ隣がルイの家で、いつもならここで別れるところだ。

「ルイ」
「ヒカル、ごめん! さっきの質問明日でもいいか?」

もっと考えたいから、と言うのに頷くと「明日は絶対言うな!」と宣言してから、ルイは自分の家へと向かって走っていってしまった。

◇◆◇

次の日、いつもと同じように二人で下校していると、「昨日、約束しただろ? 俺、ちゃんと考えてきたから」と得意そうにしていた。

「俺、上のにーちゃんにも聞いた」
「えっ? お兄さんにも聞いたの?」

 ルイの家は男四兄弟で、長男を「上のにーちゃん」、次男を「すぐ上のにーちゃん」、一番下の弟である四男を「アサヒ」とルイは呼んでいる。
 ルイは上のにーちゃんのことをよく慕っていた。もの静かで優秀な人で、大抵の人が名前を知っているような難関大学に通っているルイの自慢のお兄さんだ。

 すぐ上のにーちゃんについては、よく俺の部屋で不満を溢していた。子供の頃はよく泣かされていたし、今でもケンカをする度にボロボロになるまで痛めつけられているので「アイツは最低だ」と言う。
 向こうはルイより体も大きいし、どう考えても勝てるわけがないのに、どうしてケンカを挑むんだろう、と俺は不思議だったけど、「ヒカル、助けて」と俺の部屋に逃げ込んでくるルイは可愛くて、それで、いつも慰めてやっていた。

「にーちゃんが言ってた。大学にはそういう人もいるって。いろんな国からいろんな人がいるから、言葉だけじゃなくて宗教も文化も違う、いろんな人がたくさんいるって言ってた」

 俺、ヒカルに昨日質問されるまでそういう人達のことを考えたことなかった、とルイは肩を竦めた。

「俺、もし友達とか兄弟に同性愛者だって言われたら『大丈夫だよ、俺気にしないから』って絶対言わないでおこうと思う」
「なんで?」
「だって、その人なりにすげー勇気を出して自分の大事なことを俺に言ったんだと思うから。
だから、俺もそいつのそういう部分は大事にしようと思う。もし、その人がいじめられたり酷い目にあわされたりしたら、一緒に怒るし助けてやりたい」
「……そっか」
「昨日は上手く答えが見つかってスッキリしたと思ったのに、今日になったら上手く説明出来ないな、ごめん」

 意味わかった? とルイは自分の話したことの意味が正しく伝わっているのか心配しているけれど、俺にはルイの言いたいことがちゃんとわかった。
 ルイは優しい。すごくすごく優しい。きっと友達が「げー、コイツ、ホモかよ、気色悪い」と虐められていれば、「虐めるな!」と本当に助けにいくんだろう。だって、俺が先輩から殴られていた時もそうだったから。

 でも、それは特別な愛情じゃない。俺を助けてくれたのと同じように俺じゃない誰かのこともルイは助ける。どうして俺はルイの特別になれないのだろう、と思うと泣きたくなる。ルイは優しい。優しいけど残酷だ。

「もし男から好きだって言われたらどうするの?」

 は、の形で口を開けたままポカンとした後、ルイは困った様子で首を傾げた。

「俺は女が好きだからごめん、って言うと思う」

 いつか俺から告白されたとしても、そう答えるってこと? とは聞けなかった。
 ルイじゃない男を好きになっていたら、カミングアウトを「大事なこと」と言うルイに、俺は救われていたんだろうか。残念ながらそうじゃないから、女が好きだ、とルイにキッパリと言われてただただ苦しい。ルイのことを本気で好きだと思っている俺にとっては聞くに耐えないような言葉だった。


 男は無理、と答えないルイは、きっと俺の知る人間の中で誰よりも誠実だ。だから好きになったんだと、唇を噛んでこみ上げてくる何かを堪えた。
 
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