幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

【同人誌より】大晦日の夜に(2)

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◇◆◇

 結局今年最後の夕食は、すき焼きになった。牛肉じゃなくて馬肉専門店の。今日の予約に空きがあるかどうか電話で問い合わせるルイを「へー、電話の時はいつも以上にハキハキして喋るなあ。会社でもこんな感じなんだろうな」と眺めていたらいつの間にか予定が決まっていた。その間俺は何もしていないから全く役には立っていないわけだけど、「やったな」とルイは上機嫌だった。

「余裕があったら、ウマカツとユッケも食べたい」
「うーん、あるかなあ……」

 俺はたぶんすき焼きと他何品かのコースを全部食べたとしてもいけるだろうけど……と思いながら、助手席に座るルイへちらっと視線をやった。ルイは小食でいつもすぐお腹がいっぱいになってしまうからだ。

「昼、控えめにしたからさ、いけると思うんだよな」
「じゃあ様子を見ながらってことで……」
「あー……、でも、食べ過ぎたらセックスの時に苦しいから今日はやめとく」
「あっ、うん、そうだね」

 危ない。つい、「今日はお腹が苦しい、入らない」とイヤイヤしているルイを想像して、それはそれでなんだかいやらしい気がする、と思ってしまったからだ。ルイは時々さらっとこういうことを言って、俺を何かに目覚めさせようとする。

「ちょっとだけ混んでるね」
「うん。家を出た時、めちゃくちゃ寒かったから、車で移動出来てよかった。ありがとー、ヒカル」

 始めルイは「二人で飲みたいから電車で行こう」と言っていたけど、車を動かしたいから、という理由で、俺の意見を押し通した。今日は一段と冷えると言っていたから、寒空の下をなるべくルイに歩かせたくなかったのと、それから移動の時でさえも二人きりで過ごしたかったからだった。

「まだ十七時過ぎなのに、寺院の方に人がいっぱいいる。みんな屋台でも回ってんのかな?」

 齧りつくようにして窓の外を眺めながらルイがそう呟く。あんまり熱心に見ているからうっかり「帰りに寄る?」と尋ねそうになったのを慌てて堪えた。大晦日から元旦にかけての人混みの中でウロウロしていたらきっと帰りはすごく遅くなってしまうだろうから。

「みんな、何を頼むんだろうな」
「……ふふっ」
「なんで笑ってんだよ」
「べつに、子供の頃もよくそういうことを言っていたなって思って……」

 子供の頃は家族とも初詣に行ったけど、それとは別にルイとも必ずお参りへ行っていた。俺は物心がついた頃には、「自分や自分の将来のことを変えられるのは自分の力だけ」と思っていたから神や仏に祈るという行為の必要性をほとんど感じていなかった。ただ初詣という一年で一度のイベントをルイと過ごしたいだけだった。

「ヒカルは神様になんか頼んだ?」

 子供の頃、ルイの言う「神様」という響きに含まれている素直さが好きだった。信仰や思想といったものは感じられない、きっと子供だったルイにとって神様はサンタクロースと同じような存在だったのだろう。「本当にいたらいいな」と信じて願いたくなる、自分や家族をひっそりと見守っていてくれている人。頼んだ? という気楽な言い方もいい。俺が「出前じゃないんだから」とからかうとルイはイヒーと笑っていた。あの頃、俺の願いは誰に頼んだって絶対に叶わないと、ずっとそう思っていた。

「帰りも混むかなー」
「混んだっていいよ。どうせ明日も休みなんだから」
「うん」
「せっかく二人とも休みだし、仕事初めまでに一緒に車を洗いにいこうね」
「……」

 洗車へ行こうという誘いをルイが露骨に無視すると車内は沈黙に包まれる。でも嫌な感じの静けさじゃない。見えないけどきっとルイは笑いを堪えていて、それがうつった俺もニヤニヤしているような、そういう雰囲気だ。行くよね、と俺が念を押すとやっぱりルイは笑った。

「えー」というめんどくさがっているような声は、俺が「なんで。行こうよ」と言うのを待っている。「いやいや、ルイも行きたいでしょ」「嫌だよ、寒いじゃん」を何回か繰り返した後、最後にルイが「ヒカルはしょうがねーなー」と言うのだろう。オチはわかっているのに、楽しいから何度も繰り返してしまうようなやり取りが俺とルイの間にはいくつもある。二人だけの車内はそれで遊ぶのにぴったりの場所だった。

 ◇◆◇

 早い時間に食事を済ませたからなのか、帰りは思っていた程の混雑に巻き込まれなかった。やっぱりルイはコース料理だけで満腹になったみたいで「単品料理も頼んでいたら危なかった」と言っていた。

「まだ、全然時間があるな」

 二人ともクローゼットの前に突っ立って、もぞもぞとマフラーを外してコートを脱ぐ。

「……ちょっと時間かかるかも」
「うん」
「ヒカルから先に入ってきて」

 気まずそうにしながらクローゼットの戸を閉めるルイを軽く抱き寄せた。二人とも男の身体をしているからセックスの時に挿入までするとなると、どうしてもいろいろ準備が必要になる。ごめんねとありがとうの意味で立ったままルイのつむじに鼻の先を埋めたり、額に唇で触れたりしていると「俺が出てくるまで寝るなよ」とルイが言う。ほんの少しだけ、自分からも俺に身体をくっつけながら。ベタベタされるのはむず痒いけど嫌じゃないみたいだった。

 もちろんどれだけ待たされたって先に寝るわけなんかなかった。ルイを待つだけの時間はすごく長く感じられたけど、ベッドの上でおとなしく待っていた俺は「お利口な恋人」に分類されるべきだろう。

「髪の毛ちゃんと乾かした?」
「うん。ヒカルも?」

 ベッドの上でお互いの髪を触りあう。細くて真っ直ぐなルイの髪はさらさらしていて、ドライヤーの熱でまだ微かに暖かい。くしゃくしゃにすると「やめろよ」とルイが笑う。そのまま押し倒したかったけど、ルイはルイで、俺の肩を押してくる。そのままじゃれ合いながら二人でベッドへ倒れ込んだ。

「はー……何もしてないのに疲れた」
「えー、それじゃあ困る」

 二人ともどこかソワソワと浮かれていた。お互いの服を脱がせ合って下着姿になってからベッドへ潜り込む。明かりはベッドサイドの小さなライトだけつけている。いろいろ試してみたけど、「真っ暗な中でセックスをするのは大変だから」という結論に至ったため、ルイとはいつも穏やかな明かりの中で抱き合う。

「いい、ヒカル? 今日は俺もしたい」
「ん、どうしようかな……」
「少しでいいから……」

 甘えるようにそう言ってルイが覆い被さってくるのを、抵抗せずに受け入れた。時々ルイは「俺ばっかりが気持ちいいのはダメだ」という理由で、俺の上に乗ってきて、いろいろと気持ちがよくなるための方法を俺に施してくる。リードされるのに慣れていなかった時は、一方的に快感を与えられるのに気恥ずかしくなってしまって「ダメ。そろそろ交代」とすぐにルイのことを押し倒してしまっていた。だから、言葉では迷っている感じを装ったけど、でも、なんだか俺も今日はルイに全部を任せたいような、そういう気分だった。ルイの薄い唇が俺の唇にそっと押し当てられて、素肌どうしが触れあう。

「ん……」

 舌を絡ませる深いキスの最中にさわさわと胸を撫で回される。うっとりと目を閉じながら夢中で舌を伸ばすと、乳首を指の腹で刺激されて身体が小さく跳ねた。

「ここ、好き」

 ルイの指の先がつーっと俺の胸をなぞる。血管が青く浮いている部分のことを言っているのだろう。くすぐったいのを誤魔化すように微笑みかけると、ルイは俺の目をじっと見つめてきた。

「ヒカルは綺麗な胸をしてる。肌だって真っ白だし……」

 そうだね、と返事をする前にぱくっと乳首を口に含まれ、変な声が出そうになるのを必死に堪えた。ちゅう、と優しく吸われながら、もう片方を指でくりくりと摘ままれる。綺麗、という言葉も、胸への愛撫も全部、本当はこれは女へルイから与えられるべきものだったのかな、と思えてしまって、それで俺の心は引っ掻き回される。それなのに、萎えるどころか身体の一点にどんどん熱は集まってしまう。女は好きじゃない。でも、ルイとのセックスの時は女という存在を意識するのをやめられない。

「……本当は女と、こういうことがしたいって思う?」
「おんなあ?」

 怪訝そうな声でそう繰り返した後、「なんでそんなことを言うんだ?」と、ルイは首を捻っている。俺を宥めるための演技ではなくて、本当に何を言われているのかわからないみたいだった。

 もう治ったと思ったのに、時々こういう後ろ暗い嫌な気持ちをルイへぶつけて愛情を試したくなる。ルイのそういう態度を日常的に感じているから、というわけではなくて、100パーセント俺自身の問題だった。

「ヒカルとだからしたいんだろー……」
「本当?」
「うん。もー、シャワー中も我慢するのが大変だった」

 すりすりと胸に頬擦りをしながら、ルイがおどけた調子でそんなことを言う。ルイはセックスについてオープンに明るくそういうことを言うようなタイプじゃない。「ああ、今、ヒカルにはこういう態度で接した方がいいのかな」と察してくれているに違いなかった。

 女とこういうことがしたい? の問いについての、「ヒカルとだからしたい」という返事は本当なんだってもちろん信じている。でも、それがルイの気持ちの全部かと言われればそういうわけじゃない。別の場面では、「自分が童貞であることが恥ずかしい」「男として半人前なんじゃないかって気がして、時々苦しくなる」とルイはこっそりと俺に打ち明けてくれたからだ。

 ルイにとっても俺にとってもすごく大事なことだから、「ちゃんと二人でルイのそういう気持ちに向き合おう」と約束している。安易に「お金で解決してくれる人を呼ぶ?」という結論でいいのかがわからなくてまだ答えは出ていない。ずっと二人で暮らしていけるように、各々が気持ちに折り合いをつけていかないといけないんだろう。

 一応、俺のそういう思いはルイにちゃんと伝わっているし、「ヒカルに話せて、少し楽になった」とも言われた。そういう、二人で抱えているデリケートな問題を持ち出して俺は揺さぶりをかけたのに、今のルイは俺を気遣って自分の気持ちの一部分を隠してくれていた。

「変な間が出来ると恥ずかしくなるな」
「本当? ルイだけじゃない?」
「ヒカルが真顔で変に俺をじろじろ見てくるから……」

 肩にぐりぐりとルイの額が押し当てられる。大型の肉食獣どうしがじゃれ合う時のような仕草で、それは俺をとても安心させる。やっぱりルイは何歳になってもルイだ、と感じさせるからだろうか。

 付き合いたての頃のまだまだ子供だった俺なら、自分の欲しい答えのために、きっとルイをもっともっと困らせていた。嘘をつけないルイが上手に自分の心の内を隠したように、俺も言いたいことの全部は言わずにルイの気持ちをそのまま素直に受け取ろう。悪いことだとは思わない。お互いがお互いのために少しずつ変わっていくだけなのだから。

「ルイを好きでよかった」

 良い時と悪い時、安定している時と不安定な時。セックスのことだけじゃなくて、仕事や自分自身について、俺もルイも、些細な浮き沈みをこれからも繰り返していくのだろう。お互いもう大人なのだから、今日みたいに「好きでよかった」と最後に言えればそれでいいのかなあと思っている。ルイもほっとした表情を浮かべた後、ちゅっと音を立てて俺の硬い胸に口づけて、続きをしよう、と真っ直ぐな目でそう言った。
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