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不在の夜①お楽しみ会(タクミ)
しおりを挟む飲みに行くと言うから、送ってやると言ったら「いらない」と舌打ちされた。いつもの友達と会うと言うから、だったらと、冷蔵庫から桃を取り出して袋に入れていたら「だから! そういうのはいらねえんだよ!」とリンはキーキー怒り始める。
いつも疲れた疲れたと言っているが、コイツ、めちゃくちゃ元気だよなと俺は感心する。俺が何か言い返そうと口を開くよりも早く、「フリとかじゃなくて! そういう果物とかは本当にいらないの! 毎回毎回イジられてるんだってば! わざとやってるだろ!?」とがーっと文句を言い、ぷいっと顔を背ける。
こんなにしっかり怒れるなんてエネルギーが有り余っているからだろう。一度風邪をひいたり、寝不足で体調を崩したりすると、リンは長く寝込むことがあるから、これぐらいでちょうどいい。
行くぞ、と背中を押すとまだブーブー言っていたが、最終的にはブスッとしたままリンはバンの助手席に乗り込んだ。
「なんで、いっつも俺を送りたがるわけ?」
「あ? バカか、お前。危ないだろ、いろいろ」
「危ない? ハッ……、誰がこんなデカイ男を拐うって言うんだよ」
「べつに何もないならないでいい。でも俺は、お前に何かあったら嫌だと思う」
「……俺もう三十のいい大人なんですけどー」
なんですけどお、とわざとらしく伸ばした語尾が尻上がりになっている。嬉しさが隠しきれていない時、リンはこういう喋り方をする。
コイツ、機嫌がいいんだか悪いんだかどっちだよ、とリンの様子を盗み見ると、桃のパックの入った白いポリ袋が落ちないように膝の上で押さえている。俯き気味のため、髪が前の方に垂れていて、顔はよく見えなかった。
「帰りは来なくていいから。近くだからタクシーで帰ってこられるし……」
友達と会うという居酒屋の前で下りる時にも何かゴニョゴニョ言っていたが「電話しろ」とだけ返事をして車を出した。リンを下ろした後は速やかに撤収するに限る。リンの友達に見つかると、気を遣っているのか面白がっているのかよくわからないが、「リンの彼氏だ! 一緒に飲もうよ!」と誘われるからだ。
リンが降りた後も、しばらくの間車の中は香水の匂いが充満していた。ジバンシイだかシャネルだか知らないが、友達と飲みに行く時、リンはいつも主張の強い香水をつけて出掛ける。そういうマナーなんだろうか。芳香剤のバニラの匂いと混ざって車の空気がすごいことになっている。
五センチだけ窓を開けたまま車を走らせる。夏の温い風が車の中へ入ってきて、エアコンの冷気が薄まっていく。
このまま真っ直ぐ家へ戻ってもいいが、何か用事はなかったか。リンがいないから、今日は夕飯も適当でいい。適当に家までの道を運転しながら考えてみたが、買い物の必要もないし、クリーニングは受け取っている。
時間はあるが、何をするかは特に思い浮かばない。せっかく車を出したのにこのまま家へ帰るのは味気ない気がして、コンビニへ寄ることにした。
一人で来る時も、リンと一緒の時もコンビニで買うものはだいたい決まっている。
まず窓際の漫画コーナーに寄って、チャンピオンは必ず買う。リンからは「毎週毎週ほんっと飽きないよねー」と呆れられている。
久しく会っていないが、前に家へ遊びに来ていたマナトからは「タクミ君、チャンピオン読んでるの!? 読んでそうー」とニヤニヤされた。チャンピオンに気づいた瞬間は、ひゃーっと歓声のような声をあげていたから、たぶんアイツは俺をいじって面白がっている。買う度にその時のことを俺は思い出すようになってしまった。
それにしたって、リンもマナトも時々、マガジンやヤンマガを買っていると言うし、ユウイチさんも「教養」という理由で漫画を読んでいるのに、なんで俺だけ? と俺はいつも思う。リンは「タクミはそういう、いかにもってところが、いいんじゃん?」と言うがこれは本当に褒められているんだろうか。
ジグザグと狭い通路を歩いて、適当にスナック菓子やパンを軽く眺める。駄菓子の棚の前で、小さい女の子から「プリキュア、いいでしょ」と手に持っているお菓子を自慢されたから一応「本当だ。いいな」と返事をしておいた。その母親と思われる女からの視線と「やめなさい!」という鋭い声に居心地が悪くなる。一応、母親に向けて会釈はしておいたが、すぐに目を逸らされた。寄ってくる幼児の親から、俺はたいてい嫌われる。よくあることだから仕方がない。
弁当のコーナーを覗いたが特に食べたいと思えるものは一つもなくて、店の奥の飲み物のコーナーへ移動する。この後迎えに行くため酒は飲めないが、そう言えばリンがいない時にしか飲めないものがあった。
「あっ、すみません……」
「いえ、どうぞ」
陳列棚の前で若い男と女が飲み物を選びたそうにしていたため、順番を譲った。俺は一人で、しかも時間がある。二人が圧を感じないよう離れた所にあるカップ麺を眺めて時間を潰す。
どれが食べたいかと聞かれれば答えられないが、リンが好きそうだと思えるものはあった。リンはコンビニに売っているものが好きだから、二人で来る時はリンを待っている時間の方が長いことに気がつく。いつもは早くしろとリンのことを急かしてばかりなのに、自分がここでダラダラと物を選ぶのは筋が通っていないような気がしてそそくさと目当ての物を買って店を出た。
◇◆◇
夏のピークは過ぎているとはいっても、俺は夕方の日差しもまだまだ暑いと感じている。クーラーをつけたままの部屋に戻って、買ってきたものをテーブルの上に並べた。
「おお」
ノンアルコールのサワーが二本と、それからアメリカンドックにお好み焼きと焼鳥。サラミとチーズ。あとはすっぱムーチョにきのこの山。
どれもコンビニで手に入れたものではあるものの、全部を並べるとなんというか「宴」とか「パーティー」といった雰囲気がすごい。豪華ではないから、暴飲暴食の方が近いんだろうか。とりあえず、欲望のままに選んだ食べ物と言うのはそれだけで「よし、飲むか」と俺を浮かれさせる。
いつも「野菜を食べろ」と口うるさく言っている俺がこんなメニューを夕飯にしているとリンに知られたらもちろん終わる。……これはたまの息抜きだから。心で自分とリンに言い訳をしてから手を合わせた。
甘いサワーとこってりとしたマヨネーズやソースとの組み合わせが俺は好きだ。焼きそばでもいいけど、お好み焼きかたこ焼きの、ぼってりとした粉もの料理の方がうまいと思う。
一応俺にも守りたいイメージみたいなものがあって、リンの前や友達の店では天ぷらとビールとか、日本酒と漬物とか、そういう組み合わせで飲むようにしているけれど、自分一人でダラダラ過ごす時はコッソリと甘い味の酒を選ぶ。
大酒飲みのリンにノンアルコールのゆずサワーやパインサワーを飲んでいるところを見られたら絶対にバカにされるだろう。「ギャハハ! 可愛いとこもあんじゃん」と綺麗な顔で爆笑するリンの姿が容易に想像出来た。
本当はリンと食べるのが一番楽しいけどな。そう思いながら黙々と口に食べ物を運ぶ。最近のリンは食べ方もだいぶ変わった。タコスみたいなポロポロした食べ物や粉糖がかかったあんドーナツは、マジか、と見ていて驚くくらい口の周りやテーブルを汚すけど、魚は骨だけを残してきれいに食べるようになったし、なんというか、がっつかなくなった。
どういう食べ方だったとしても、どんな顔だったとしても、機嫌がよくても悪くても、俺はリンが好きだ。
いつもより家がずっと静かなせいで、柄にもないクサイことが思い浮かんでしまった。今さら、好きかどうかで一緒にいるような仲じゃないだろうに。うなじの辺りが熱いのも気のせいだ。
一人で過ごす夜はボーッと出来るけど、特にやることがない。ゲームはリンが一緒じゃないとやる気が起きないし、テレビも「この女優、前歯は絶対かぶせだよねえ」という、普段は聞き流しているリンのボヤキがないとつまらない。とりあえず、暴食の証拠は残さないようにしようと、一番楽しみにしていたアメリカンドッグにケチャップだけをかけている時だった。
ガラガラ、と玄関の引戸が開く音がした後、「タクミー」「おじゃましまーす」という男二人分の声がする。
「……どーしても、来たいって言うからさあ」
「リンの彼氏だー。どーもー。あっ! 桃! ありがとう、すっごく嬉しかったあ」
香水の匂いが二倍。
酔っぱらい二人を目の前にして、俺がまず最初に思ったことだった。珍しくバツが悪そうにしているリンはそれほど酔いが回っていなさそうで、友達の方は完全に出来上がっている。たぶん、置いて帰るのも一人でタクシーに乗せて帰すのも、どっちも心配だったんだろう。リンは案外そういうところがある。
「……どうぞ。散らかってますが」
どうせ迎えに行くつもりだったし、まあいいか。いや、よくないような気もするけど。帰ってくださいというわけにはいかないしで、リンとその友達もぞろぞろと居間へやって来た。……もちろん二人ともテーブルの上のラインナップを見て、「あっ! お楽しみ会中だった?」と俺をいじった。たぶん、味変で買ったきのこの山がガキ臭いと思われたんだろう。クソッ、べつにいだろ、何を飲んで食べようが……と思っているが、こういう時は何を言い返しても無駄だということはわかっていたから無視した。
◇◆◇
「リンの家に行きたいってしつこかったからさあ」
リンがこっそりと側へ寄ってきたのは、友達がトイレへ行った時だった。
「べつに。でも来るなら連絡しろよ」
「ごめんって。まさか、本当に行くとは思わなくて」
しおらしくしているが、リンの服には俺から強奪したアメリカンドッグから垂れたケチャップがついている。
リンの友達は悪い人ではない。というか、むしろいい人の部類に入ると思う。明るくて楽しげな雰囲気だが、両親はどうしたんだとかズケズケと俺にものを聞いてこないところがいい。だからリンとも上手くやれているんだと思う。
ずっとリンから「ゲイ友」と話だけを聞いていた時は、勝手に女言葉で話す中性的な美青年を想像していたが、実際に会ってみたら、女言葉で話すベンチャー企業で働いていそうなタイプの男だったからすごく驚いたことを覚えている。
その時俺は、ばーちゃんから言われた「プロポーズの花だからバラとか、女に渡すからピンクだとか、アンタ、そういう思い込みは捨てなさいよ。よく勉強して、よく客の話を聞くんだよ」と教えられたのを思い出した。
「……あのさあ、今日帰ってきてからは、二人でゆっくりしたかったのに、ごめんね」
「……ゆっくりって?」
「タクミの好きなこと」
そう言ってから、ニヤーっとリンが笑う。好きなこと、なんて一つしかない。コイツ俺をからかいやがってと睨み付けると、リンがにゅうっと目を細める。「間違えた、俺とタクミの好きなこと」と顔を近づけて来たリンからは、香水とタバコの混ざった匂いがした。
その日の夜はリンの友達を泊めてやることにしたから、リンの言う「俺とタクミの好きなこと」は別の日へ持ち越しになった。
ありがとー、とリンの友達は跳び跳ねる勢いで喜び、握った俺の手をブンブン振っていた。リンがいなかったら、たぶん、一生関わることがなかっただろうと、不思議な思いでリンの友達が左手につけているアップルウォッチを見つめていた。
リンの友達からは「リンをよろしくねー」と何度も言われた。はあ? 俺がよろしくされる側なのかよ、と納得がいかなくて、「こちらこそリンをよろしくお願いします」とその度に俺も言い返す。バカだねー、とリンが呆れていて、テーブルの上にはチーズとサラミと、それからすっぱムーチョにきのこの山。それぞれの前に缶ビールが一本ずつ。次があるかはわからないが、そう悪くない夜だった。
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