ご主人様のために恥ずかしくっても頑張るね?

サトー

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ナオちゃん

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「おっ! いつの間にか人の姿に戻ってるじゃないか! これで俺が話しかけても言葉が通じるんだよな」 

 お兄さんはやたら嬉しそうにしているけど、口が利けないだけで、さっきからちゃんと何を言われているかは理解していたし……と、部屋の隅で膝を抱える。 

 エリちゃんが帰って二人きりになってからも、お兄さんは俺のことを「可愛い可愛い」と追いかけ回してきて本当に最悪だった。小さくなった体では、筋肉に覆われた大きな体は、恐怖でしかない。

短い足で狭い家の中を逃げ回ると「待て待て」と俺の後を楽しそうに付いてきては、ひょいっと捕まえてしまう。 
 あんまりムカついたから、ガブリと手の甲に噛み付いてやったり、引っ掻いてやったりもしたけど、鍛えあげられた肉体をしているお兄さんは「ハハハ、じゃれているんだな」と笑うばかりで、全くのノーダメージだった。 

「……本当に使い魔っているんだな。やっぱり都会に出てきてみるもんだなー」 
「……あっちへ行ってください。俺はアナタが嫌いです。エリちゃんの所へ帰りたい……」 
「そんな……!」 

 嫌い、と言われたことに傷ついたのか、お兄さんは顔面蒼白になってうろたえ始めた。家中をウロウロと歩き回り「リンゴ食べるか?」「ミルクを飲むか?」と俺の機嫌を必死で取ろうとする。もちろん、そんなものは欲しくない。ムッツリと押し黙ったまま首を横に振るとお兄さんは「悪かったよ……」とガックリと項垂れてしまった。

「俺、ここよりもずっと田舎で育ったから、使い魔を見るのは初めてだったんだ。こんなに可愛い生き物が本当にいるのかと、ビックリしてしまって……」
「本当……?」

 まだ腹は立っていたけど、反省して謝っている人を無視するのは気分が悪い。子供の頃、「アイツと話すと不細工がうつる」という理由で他の使い魔達から口を利いてもらえなかった事をどうしても思い出してしまう。
 お兄さんは俺が返事をしたことにすごくビックリした顔をしてから、「本当だ、嘘じゃない」と何度も頷いた。

「……もう急に触ったり、追いかけ回したりしない?」
「しない、約束する。……そうだ! 契約の話は別として、君の魔力集めを手伝うよ! 使い魔なんだから、魔力は持っていて損はないだろ!?」
「む……」

 お兄さんの言うとおりで、貴重な魔力はいくら持っていたって困らない。使い魔として、半人前の俺は人の姿を維持しているだけでも魔力が必要なのに、コントロールが下手くそでしょっちゅう無駄にしてしまっている。
 そんなダメ使い魔の俺にとって、魔力集めを手伝ってもらえるのはすごく魅力的だ。

「……じゃあ、エリちゃんが迎えに来てくれるまでの間は、お願いしようかな」

 羊を四百頭も養っているエリちゃんがいつ迎えに来てくれるかはわからない。それに「私のことは諦めな」と言っていたエリちゃんの所へ、すぐに自分から帰るのは気がひける。チクリと胸が痛んだ。
 けれど、それはほんの一瞬だった。「あああっ……!」と大喜びしたお兄さんが、俺に抱き着こうとして、「急に触ったりしない」という約束を思い出したのか、慌てて体を逸らしたのが、すごくおかしかった。

 クスクス笑う俺を見て、お兄さんは「良かった。初めて笑ってくれた……」とホッとしているみたいだった。



 最初は絶対に嫌だ! と思っていたお兄さんとの共同生活は始まってみると、意外に悪くなかった。
 初めて出会った時の第一印象が「サイテー」だったから、簡単に絆されちゃダメだって思っていたのに、お兄さんは俺と仲良くなろうといつも一生懸命だった。

 毎日、人間の姿の俺にも、獣の姿の俺にも、ちゃんと美味しいご飯を食べさせてくれる。お兄さんは料理中も、自分の筋肉の動き一つ一つを確認しながら作業をするから、何を作るのにも信じられないくらい時間がかかる。「塩を振るだけなのに、その動き必要!?」とイチイチ気になるけれど、作ってくれる料理はどれも美味いし、食べると体が元気になる。

 それに、俺が獣の姿で上手くご飯が食べられないでいると、お兄さんは自分の食事は後回しにして、スプーンで食べ物を口元まで運んでくれた。
 体を鍛えるのが趣味だというお兄さんの食事はちょっとボリュームがありすぎるけど、「美味しいか?」「いっぱい食べろよ」と言われると、ついつい食べ過ぎてしまう。

 それから、ふかふかの寝床も提供してくれた。
 今まで、エリちゃんとその家族から「ウチで暮らしてもいいよ」と何度誘われても、契約もしてない俺なんかが一緒に住んじゃダメだってずっと断り続けていた。
  獣の姿を誰にも見られないように、エリちゃんの家の近くの洞穴で、丸まって隠れるようにして寝ていたから、温かいベッドを使わせてもらえるのはありがたい。
 丸まって眠る俺を、お兄さんは飽きることなく「可愛いなー」と眺め、朝は「ビビ、おはよう」と元気に声をかけてくれる。

 お兄さんとの暮らしにも慣れ、「この人、悪い人じゃないんだ」とわかってくると、親切にされてばかりなのが申し訳なくなった。だから、俺も家の手伝いを一生懸命して「……昨日はご飯を食べさせてくれて、ありがと」とちゃんとお礼を伝えるようにした。

 そうやって、ちょっとずつ仲良くなった。時々、獣の姿の俺と散歩している所を近所の人に見られて「なにそれ? 豚? 子熊?」と聞かれた時に「俺の可愛い使い魔です」とキリッとした顔で言ってくれるのは、恥ずかしいけど嬉しい。

 仲良くなったのに、「お兄さん」呼びはよそよそしいような気がして、エリちゃんの友達だから、ということで俺はお兄さんのことを「ナオちゃん」と呼ぶようになった。
 獣の姿で「撫でて」と俺が初めてすり寄った時には、ナオちゃんは「いいのか……?」と大粒の涙を流した。大きい男の人がこんなことで泣いている、とビックリして、慰めるつもりでナオちゃんの大きな手をペロペロ舐めると「可愛い~!」とますます泣かれた。

 この人の前では、不細工な獣の姿でいてもいいんだって、ちょっとだけ安心出来た。



 ナオちゃんとは、魔力を集めるために、時々二人で遠くまで出掛ける。自分で作り出せる魔力の量には限界があるし、俺はいつでも魔力が足りないからだ。

 魔力は、山奥や洞窟に現れる魔物を浄化するとたくさん集めることが出来る。大昔に勇者さまが魔王を倒して、世界は平和になったけれど、魔王の手下である魔物達は繁殖を繰り返していて、その数は減らない。
 基本的に刺激をしなければ、襲ってくることはないけれど、時々魔物どうしの争いや、毒がある果物やキノコを食べた魔物が狂暴化して人に危害を加えることがある。

 使い魔にだけは、魔物が真っ暗なモヤモヤに心が支配されているのが見える。モヤモヤの正体は、魔物にはコントロール出来ないような強すぎる魔力だ。かつて魔王がこの世界に存在していた名残なのか、争いや毒といった物からは、時々そういったものが生まれる。浄化魔法でモヤモヤを取り除いてやれば、魔物は元の状態に戻るうえに、一気に大量の魔力が手に入る。
 
 ナオちゃんは、教えたらすぐに浄化魔法を習得出来たうえに、体が頑丈だから暴れるゴーレムやイエティでも「よーしよし! 大丈夫だからな!」と正面から思いきり抱き着いてささっと処置を施してしまう。

「ナオちゃんって攻撃魔法がいらないんだね、スゴイな……!」
「……好きで暴れてるわけじゃないコイツ等を炎や氷の魔法で攻撃するのは可哀想だからな……」

 やっぱり優しい人なんだ、初めて会った時はいっぱい酷いことを言っちゃった……とまごまごしていると「ほい、ビビ、良かったな」と魔物から取り除いて浄化した強い魔力を俺に分け与えてくれる。
 ナオちゃんに魔力を補充してもらえると、体がポカポカしてきて元気が出た。

 「ナオちゃん、ありがと……。これなら、人間の姿のまま歩いて帰ることが出来そう」
「じゃあ体を鍛えるためにも走って帰ろうぜ」
「えっ!? やだよお……。トレーニングは一人でやって……」
「そう言うなって! 魔力集めの基本はまず体力からだろ!?」

 ナオちゃんの「筋肉がある人特有のノリ」はちょっとだけ苦手だ。ナオちゃんが体操や筋トレをする時は頑張って付き合うようにはしているけど、疲れてしまった俺が「もうやりたくない」と言っても、「そんなこと言わないで! ワンツー! ワンツー!」とトレーニングを続けようとする。
 
 ただ、ナオちゃんにはエリちゃんと違って俺の泣き落としが有効だった。シクシクと俺が嘘泣きをすればオロオロするし、獣に姿を変えてしまえば「あ~! ごめんな! 疲れたんだな……!」と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。だから、結局今日も獣の姿に戻って、ナオちゃんにおぶってもらった。
 大きくて頼もしいナオちゃんの背中でいつの間にか眠ってしまうのも、家で「ビビ」と優しく起こしてもらうのも好きなんだから仕方がない。



 ナオちゃんには、「獣の俺を不細工だって思わないの?」と聞いてみたことがある。

「どこからどう見たってビビの獣の姿は可愛い。あっ、人の姿も、かわ……違う、魅力的だけど」
「……変なの」

 愛読書が「世界の使い魔全集」のナオちゃんは、もっと美しい姿の使い魔がいることを知っているはずなのに、俺のことを「可愛い」と言い張る。しかも、獣の姿の俺には平気で「可愛いなー……チューなんかしたら後で絶対怒るよなー……」なんて言うくせに、今は「魅力的」と言うだけでしどろもどろになっている。やっぱり変だ。

 それに、他にも変な所はある。ナオちゃんを訪ねて時々家に女の子がやってくるけど、デートの誘いにはいつも「大事な子が家で待ってるから出掛けられない、ごめんなさい」と返事をする。
 やっぱりその時も「……変なの。俺はナオちゃんの使い魔じゃないし、そもそもデートくらい行けばいいじゃん」と思ったけど、でも、ちょっとだけ嬉しかった。

 他の使い魔達と暮らしていた子供の頃は、みっともない、醜いっていつもバカにされていた。
 だから、人間と獣、両方の姿を愛してもらえるナオちゃんとの生活は幸せだった。



 使い魔にとって一人前になるために必要な魔力は、この世界では、とても大切で貴重なものだとされている。
 頑張れば宝石や金を作ることだって出来るし、病気を治したり、若返ったりすることだって出来る。

 さらに、この広い世界は、細い糸状にした魔力で端から端まで繋がっている。時々異世界からやって来る転移者たちに「なんでこの世界は、こんなに魔法が発達しているのに、インターネットが無いの?」と言われたのをキッカケに「インターネット」というものに似た何かを魔法で作ったらしい。

 薄型の「魔法手帳」と呼ばれる液晶画面つきのノートさえ持っていれば、魔力で遠くに離れている人とも簡単にメッセージのやり取りや会話が出来るし、大昔から蓄積されてきた膨大な情報が集約されたデータ保管庫を覗いて、誰でも簡単に調べものが出来るようになった。
 魔法手帳に書き込んだ日記や貼り付けた写真はたくさんの人に見てもらえる。  
 ファッションや手料理等、自分の好きなものや自慢したいものをせっせと公開するのが、この世界ではもうずっとブームになっている。

 ナオちゃんの仕事は、あちこちに張り巡らされた糸状の魔力を点検して補修をすることだ。騎士様じゃないのにムキムキなのは、毎日自転車であちこちを巡っているからだった。

「そんな大きな体で騎士様にならないなんて、お前は大馬鹿だって、両親には怒られたよ」

 俺は戦うよりも、魔法の方が好きなんだ……と話してくれたナオちゃんはとても寂しそうだった。

「俺、ナオちゃんの魔法手帳で古い魔法のことを調べるのが好きだよ。それに、ナオちゃんのお父さんもお母さんも、きっと今頃、ナオちゃんの魔力のおかげで便利な生活を送ってると思う!」

 一生懸命励ましたら、ありがとうな、ってナオちゃんは笑ってくれた。その日の夜は、ナオちゃんに寄り添って眠った。ナオちゃんは「モコモコなのに、モチモチだー……」と俺の体をそうっと撫でているうちに、幸せそうな顔でグーグー寝てしまった。
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