安心してください、僕は誰にも勃ちませんから

サトー

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ぐにゃあ(1)

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◇◆◇

 ユウマくんって、ラブホテルではいっつもそうやって動き回ってるの? だって、冷蔵庫とかトイレとかいろいろな場所をすぐ覗きに行くから。

 今日は仕事じゃないんだから、何もしないで近くに来てよ。……もし、今日俺がユウマくんを買った客だったら、風呂の準備も何もしなくていいから、ただ側にいて欲しいって、やっぱり思うだろうな。え? よく聞こえなかった? ……まあ、いいや。

 あ、水、ありがとう。少しベッドで横になっていてもいいかな。なんか、頭も足元もふわふわする。うん、大丈夫、大丈夫……。少し休めば大丈夫だから。


 ちゃんと、約束は覚えてるし、守るよ。でも、どこから、何を話せばいいんだろう。

◇◆◇

 ケガをした後のことから話そうかな。

 大学三年の時の一年はほとんどをリハビリに費やしてた。しょっちゅう病院に行っているわけじゃなくて……、家にいる時も大学で授業を受けていても、頭の中は足のケガのことでいっぱいだった。普通に歩けるようになるのはいつだろうとか、もっと早く治る方法はないだろうかとか、そんなことばかり。

 今までと同じようにサッカーが出来るようになるとは思っていなかった。周りはまだまだこれからだって俺のことを励ましてくれたけど、時々逃げ出したくなった。思い通りにならない身体を抱えて生きていくだけでも苦しいのに、キョウジなら大丈夫だっていう期待を感じていると、もういっぱいいっぱいで、俺には到底受け入れられそうになかった。

 サッカーが出来なくなったのは、俺にとってユウマくんと二度と会えなくなるのと同じだった。
 なに言ってんの、って顔してるね。自分でもバカだと思うけど、俺は、あの日……。……ああ、ごめん。うん、大丈夫だよ。気分が悪いわけじゃない。

 ユウマくんに謝ろうと何回もユウマくんの家に通ったけど結局会えないまま卒業することになって……。俺はこう考えた、今は、会ったらダメなんだって。ちゃんと、経済的にも精神的にも自立していて、それで、ユウマくんとサッカーを何よりも大事に出来る男になれば、ユウマくんを迎えにいけるって……。

 ユウマくんが俺にもう会いたくないのはわかっていたけど、俺の頭の中のユウマくんは高校生の頃のままだったから。目が大きくて、色が白くて、手も爪も小さい、あんまり男っぽくない喋り方をする、他の誰にも似てない人。俺がまともに頑張ってるってわかってくれれば、今度こそ「もー、遅かったじゃん」って会ってくれるんじゃないかって、そんな想像ばっかりしてた。

 そうじゃないと、自分を保っていられなかった。でも、俺は、自分が、人を、大切な人を、殺そうとした事実から、逃げてしまった。……ごめん。



 大学はサッカーをするために通っていたから、何をすればいいのかわからなくなった。いつか、サッカーを諦めないといけない日が来るから、そうなった時のために真面目に勉強しようと思ったのに実際はサッカー漬けの毎日だったから仕方ないんだけどさ。
 こんな状態じゃ絶対ユウマくんには会えないと思うと、意思とは関係なく涙が溢れた。ユウマくんだけが心の拠り所だったから。

 ごめん、責めてるわけじゃないよ。結局俺はちゃんと就職したわけだし……。その時から今日まで、頭の中でユウマくんについての記憶の欠片をかき集めて、「きっといつか会える」ってバカみたいに信じて、勝手に頑張ってた。だから、そういう顔はしないで。


 ユウマくん、ここから先は、上手く話せるかわからないから、ちょっとだけ近くに来てくれない? 何もしないから……。

◇◆◇

 ケガをしてから、ナルミはしょっちゅう俺の所へやって来た。知ってる? ナルミは高校を卒業してすぐプロになったんだ。もしかしたらユウマくんもテレビで見たことある?

 試合や練習の合間を縫って、ナルミはせっせと俺に会いに来た。顔を見に来ただけだって日もあったし、彼女を作るよう勧めて来た日もあった。俺が就職してからは、会う度に彼女を作れって言われるようになったな。

 元気だった時はナルミから会おうと誘われても「今日は気分じゃない」って言えていたけど、ケガをしてからの俺にはそう言えるだけのエネルギーが残っていなかった。拒絶する方だってしんどいのに、勘弁してくれよって、本気で思ってた。……もしかして最近のユウマくんも、そういう気持ちだった?


 俺は、高校を卒業して数年間一度も「ユウマくん」という言葉を発したことなんかないのに、ナルミはまるで俺の頭の中を覗いたみたいな口ぶりで「いつまでも一人でいるから、アイツのことばっかり考えてウジウジしてしまうんだ」って言っていた。なんでアイツはわかってしまうんだろう。

 べつに俺はそれでも構わなかった。他にやりたいこともないし、ユウマくんのことだけ考えて、一生ウジウジしていたってよかった。

 けど、ナルミは、そのことで何度も俺に怒ってきた。怒った後は必ず普段よりずっと優しい声で「一生友達でいるから」って俺に言い聞かせる。ナルミは全部「俺に任せておけばいいから」って言うんだ。そうすれば、俺もナルミもそれぞれ結婚して、それから、家族ぐるみの付き合いをして、それで息子どうしをサッカーさせる、そういう未来を約束するって。

 だから、自分が紹介する女の子から好きな人を選んでいいって俺に言った。たぶん、プロになったナルミには紹介出来るくらい女の子がいっぱいいたんだろうけど……。



 実は「どうしようかな」って、ちょっとだけ悩んだ。

 ユウマくんと、高校生の頃みたいな関係がまた築ける望みはほとんどなかったし、サッカーを辞めた俺でもいいって言ってくれる人がいるなら、それでいいんじゃないかって。

 でも……、あー……。俺、ずっと、ユウマくんのことを思い出してそういう処理をしていたから、女の子と出来るのかな? ってことに気がついて。試してみようと思ったんだけど、どんな動画を見ても、最後は頭の中でユウマくんのことを想像してしまう。ほら、部屋でユウマくんのことを裸にして痴漢ごっこもしたし、修学旅行の時だって……、……とにかくいつもユウマくんのことを思い出してた。本当はもう忘れちゃってて思い出せない部分もいっぱいあるんだろうけど。

 ナルミには、「今は、そういう気分になれない。お願いだからそっとしておいてくれ」と強く言って、それで俺はいろいろ考えた。会社でも、彼女がいないんなら自分の知り合いを紹介してあげるよって人もたくさんいたし、何度か告白されたこともあった。でも、どんな時も心は動かなかったし、たぶん、身体も反応してなかったと思う。

 幽霊って、未練があって魂だけがこの世に残ってるんだよね。俺は、それぞれが上手く機能しなくなった心と身体両方に、ユウマくんへの未練が残っていて、それが幽霊みたいにずっと俺自身にくっついている状態なのかも。


 なんの話だっけ……。ええと、俺はふと思ったんだよね。もしかして、俺は男が好きなのかな。試してみようって。

 ユウマくんの声や裸が唯一のオカズなのは、もしかしたら、俺は男の身体が好きだからなんじゃないかって考えたわけ。もしそうだったのなら、ユウマくんのことはキッパリと忘れようと思ったし、忘れられるような気がしていた。報われる見込みのないことを信じ続けられるほど、俺には根性も意思も足りていなかったみたい。

 どうやって確かめればいいのか迷って、それで、ゲイマッサージに行ってみることにした。一応俺だってちゃんと考えたんだよ。出会いを求めてるわけじゃないから、そういうアプリは無し。お試しで風俗? ウリ専? ああいう人とセックスまでするのは敷居が高いなあと思って。

 いろいろ調べて「時と場合によっては抜きまでやってくれる」っていう店を選んだ。内腿とか、そういう所を、ユウマくんと抱き合っていた時みたいに触られたら、俺の身体は反応するのかな? って少しだけドキドキした。ユウマくんと二人きりで遊びに行く前の緊張とは違っていて、どっちかっていうと、難しい理科の実験の授業や、病院で新しい治療を試す時の気持ちに似ていた。俺の身体はどうなるんだろう? どんなことが起こるんだろう? って。

 それですごく緊張しながら一人で新宿に行った。
 
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