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ビカビカ光った(1)
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食欲は普通、睡眠は足りてる。風俗の指名と口座の残高はギリギリの、相変わらずの生活。けれど、久しぶりに会った友達からは「どうしたの? ずいぶん元気そうだけど」と驚かれた。
「……うん、まあ前に比べたら体調はいいかも」
「体調っていうか……。なんていうか、ルンルンしてる。絶対なんかあったよね」
「えっ」
危うくフォークを落としそうになった。ルンルンってなんだ。友達が一口食べただけで「んー……辛いなあ」と首を傾げて手をつけなくなったハラペーニョのピクルスを俺はせっせと片付けていただけなのに。確かに何を食べてもおいしく感じられるし、盛り付けが綺麗な料理には純粋に感動してその感想を口走っていた。何種類もあるパスタメニューの中でくるみ入りのクリームパスタを見つけた時は「キョウジは好きかな」ということが一番に頭に浮かんだけれど、過剰に浮かれているわけではない。
「してない、絶対してないから」
「ユウマってさあ、ツンケンしてるようで意外と何でも顔に出るし正直だよね。そういうの大事だと思うよ」
飲み放題をつけるかつけないかでは「うーん、どうしようかなあ……」と物静かな口調で長らく悩んでいたのに、俺の変化にはすぐ気がついた。俺だって出てくる料理については何も聞かなくても友達好みの量にせっせと取り分けている。長年の付き合いってこういうことかと妙に納得する。
俺はそこまで目に見えて浮かれているんだろうか。居心地が悪くなって狭いイタリアンバルの店内に視線をさ迷わせた。カウンターの奥で高そうなワインの瓶がオレンジ色の照明に照らされて鈍く光っている。視線を友達から逸らした所で状況は変わらない。追加で頼んだアスパラのフリッパーが届く様子もなく、ただ他の客の声で騒がしいだけだった。
必死になって何でもないふりを続ければ続ける程、ボロが出てしまうのかもしれない。調子がいいのはいいことじゃんと友達は言い、丸いフレームのメガネ越しの目がどこか楽しげに俺を見ている。その様子は「べつにこれ以上探らなくても俺はいろいろわかってますよ」と言いたげだ。それで、諦めた俺はここ最近のキョウジとのことをポツポツと打ち明けた。
久しぶりに再会して迷ったけど今関係を再構築している最中であること。最初はずいぶん揉めたため、友達みたいな距離感から少しずつ恋人らしくなりたいと思っていること。
セックス……というか、俺の身体と二人の間のそういう行為については省略した。仕切りがあるとはいえ、隣の客との距離が近すぎたからだ。首を絞められたことと、風俗の客のふりをして待ち伏せされたことについて、友達は知らない。
途中スマートフォンが震えていたけど、それには一切反応せずに友達は俺の話に耳を傾けてくれた。
「マジかー」「一回離れた人とまた一緒になるってすごいね」と感心したように頷いたり、俺を心配したり、可愛いと笑ったり。なんというか、喋っている人間がつい続きを話したくなるような反応を何度も返してくれた。
「覚えてる? キョウジのこと」
「うーん……、成人式をユウマと覗きに行った時も、顔はよく見えなかったんだよね。白い袴を着て目立っていたけど、ユウマが泣くからそっちが気になっちゃって……」
「……まあ、まだまだ先は長いんだけどね。なんとか上手くやっていけたらいいなって思う」
「よかったよ。ずっとユウマって、その人への片思いを拗らせてる感じだったから俺も心配してたんだよね。……いろいろあるけど、でも、今のユウマは目に見えて元気になってるからよかったんだ、うん」
まだクリアしないといけないことはたくさんある。勃起不全を治すためには、カウンセリングへ行って、誰にも言えなかった、首を絞められた日のことも打ち明けないといけない。風俗の仕事を辞めてもやっていけるように生活の基盤も整えないといけない。
どちらも気が遠くなるほど俺にとっては困難なことだ。病院にカウンセリングの予約を入れようとはしたものの、通話が繋がった瞬間怖くなってぶつっと電話を切る、を何度も繰り返している。
誰かにキョウジとのことを認めてもらえるのはひとまず嬉しかった。勇気がない自分が幸せになっていいのか迷って、きっとまた俺は逃げてしまっていたかもしれないから。
「……でもさ、今まで一回も好きだってちゃんと言われたことがないんだよね。今だって付き合おうって言われたわけじゃないし」
このことについては高校生の頃から「なんで?」と悩んでいたから、俺にとっては深刻な問題だった。これって普通? 言葉で言わなくてもわかるだろうってことなのかな……モヤモヤとした問いの答えを探ろうと、俺は友達の反応をじっと待った。
「そこはユウマからどんどんいかないとダメでしょ」
「……そうなの?」
「うん。だって、彼の方はすでに何度もアクションを起こしてるじゃん。普通それだけ雑に扱われたら、よっぽど好きじゃない限り引き下がるよ」
「……そうだけど」
「そこはダメだよ。任せちゃ。好きなら」
「うん。うん、そっか……」
「……成人式の日は遠くから見るだけだったけど、今は近くにいるんだから」
勇気を出し放題だ、と友達は言う。ふいっと視線を逸らされたことで、プレッシャーをかけられているというよりは、それとなく背中を押されていると思えた。
口調は柔らかいけれど、曖昧ではないハッキリした指摘に、いたたまれなくなって俺は俯いて「はい」とただ頷くことしか出来なかった。……ずっと離れていたし、「帰れ」「二度と来るな」と言う言葉をぶつけてばかりだったから、今さら普通の恋人どうしがするようなコミュニケーションなんて、想像しただけで全身がむず痒くなる。それに気がついているのかいないのか、「案外ユウマが好き好き言ってたら向こうもこれはいいもんだって気がつくんじゃない?」と友達は真面目な顔で自分自身の言葉に何度か頷いていた。
俺が好きだなんて言ったらキョウジはどんな反応をするだろう。いつものように甘い言葉を返してくれるのだろうか。「ユウマくん、今頃気付いたの?」と笑われるかもしれない。あれこれ考えて迷っている俺を見かねたのか、友達からは「今度会う時にやってみてよ」とやんわり念を押された。
もらったアドバイスを無視するのは相談をする人間としてのマナーに違反していると思う。だから俺は、友達と会ったその翌日には、ちゃんと実行した。
いきなりストレートな愛情表現はハードルが高かったので、とりあえず「暇ならどっか遊びに行かない?」というメッセージで軽いジャブを打つ。「もう少しだけ待ったら返事を待たずに寝よう」と、ずるずると寝るのを先延ばしにした。そうしてアプリの通知音が鳴り、一気に目が覚めた。
「いいの? 嬉しい」
俺も、と口許がにやけそうになる。メッセージ文は俺の頭の中でキョウジの掠れた声で再生された。自分を抑えようとベッドの上でゴロゴロと何度か寝返りを打った。キョウジに抱き締められながら眠りにつく時の、あのふんわかとした幸せな感覚を思い出す。こうして繋がっていると思うといつでも不在のキョウジの存在を感じられるのが不思議だった。
でも、いつもよりずっとキョウジの返信は早くすんなり予定は決まったから、きっと喜んでいるのは俺だけじゃない。
行き先や目的はキョウジのやりたいことにしようと思っていた。……きっと俺は素直にキョウジへの好意を示せるようになるまで時間がかかるから、こういう所からさりげなく「俺もキョウジに会いたかった。キョウジが好きだから」という気持ちを積み上げていかないといけない。だから、何を言われてもそれに応えるつもりでいた。
そして、返ってきたのは「ユウマくんと一緒にお風呂に入りたい」というリクエストだった。
「いいけど。
狭いようちの風呂」
「大丈夫
頑張って入ろう」
ただ風呂に入ることについて「頑張る」という言葉を使うところに、相変わらずキョウジは惚けていた。たぶん、それを指摘しても「えー?」と首を傾げた後で、口角を可愛く上げて笑うんだろう。
急にステップアップしたような気もするけど、裸を見せるくらいならどうってことない。それに、俺の身体の現状についてわかってもらういい機会なのかもしれない。
「楽しみにしてる」
たった一言だけど、俺にしてはすごくデレているメッセージを勢いで送ってから、その日は眠りについた。ちょっと前までずっとキョウジのことはブロックしていたのだから信じられない変化だと思う。
この調子で順調に進んでいけば一ヶ月後には「キョウジが好き」と甘えることだって出来ているかもしれない。一ヶ月じゃあ身体の機能は治らないと思うけど、今より触れあいだって少しは進展出来ているような気がする。
自分がべたべたとキョウジに甘えている姿は、想像しただけで寒気がするけど……。うとうとしながら思い浮かんだのは「その調子」とメガネ越しに目をにゅうっと細める友達の顔だった。
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