もらってください

月夜野レオン

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もらってください

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「いいかい、セシル。成人したら1週間の内に誰かにミサオを受け取ってもらうんだ。そうしないと私らシャム族は死んでしまうからね」
病気で死んでしまった母から言われた言葉を守って、セシルは今、街角にポツンと立っていた。
はらはらと雪の舞い散る寒い夜。
薄着のセシルはガタガタと震えながら、目の前を通り過ぎる人々に声を掛けられず俯いていた。
頭の上でピクピクと動くグレーの猫耳にも、薄っすらと雪が積もってきた。
声を掛けないと始まらないというのに、引っ込み思案なセシルは怖くて勇気が出ない。
そもそもミサオというものが何なのかも分からない。
母を失ってからは独りぼっちだったセシルに、それを教えてくれる人はいなかった。
でも成人したのは先週。
今夜誰かにもらってもらわなければ、死んでしまう。
死ぬのは怖い。
次に目の前に来た人に絶対声をかける。
そう心に決めたセシルは、かじかんだ手にはあっと息をかけて擦った。
サクサクと雪を踏みしめる音が近づいてくる。
ゆったりとした足取りの音は、震えるセシルの前でピタリと止まる。
今だとばかりに、その人物を見上げて叫ぶ。
「あっ、あのっ……よければ、ミサオをもらって下さいませんか?」
実際には、寒さと緊張で小さな声しか出なかった。
しかしその人物の耳には届いたようで、驚いたようにセシルを見下ろしてくる。
極上の服に極上のコートを纏った男は端正な顔をしており、長めの癖のある黒髪を後ろで束ねて括っていた。
青い目には落ち着いた光が宿り、小さく震えているセシルを映している。
「……シャム族の子か。君の名前は?」
「………あ、セ、セシル……です」
腹に響くような低い声に、セシルはドギマギしながら答えた。
予想外の階級の高そうな人物に声をかけてしまったと焦るが、動けない。
暫くセシルをじいっと見つめていた男は、手を伸ばして頭と耳に積もっていた雪を軽く払って落とした。
「っ……」
ビックリしたのとくすぐったかったのとで、つい耳がピルピルッと動いてしまう。
「セシル、私が君のミサオをもらっていいのかい?」
「!…は、はい……お願いします」
もらってくれるとは思っていなかったので、セシルは驚き慌ててコクコクと頷く。
「………では、一緒においで」
バサリと広がったマントにフワリと包まれて、小柄なセシルは男に抱かれて歩きだす。
肩に置かれた大きな手は暖かく、ほわっと心に温かい火が灯るようだった。
カッコ良くて紳士な人だ。
すぐに迎えにきた馬車に乗って連れていかれたのは、壮麗なお屋敷。
冷えた体を温めなさいと豪華な浴室に入れられ、ホカホカになったセシルはフワフワになった耳とシッポをソワソワし揺らしながら男を待っていた。
部屋に入ってきた男はフワフワのセシルを見て目元を緩め、頭を撫でる。
「温まったな、腹は空いていないか?」
「はい、あの……黒い服の方にお菓子とホットミルクを頂きました」
「そうか」
男の手が髪や耳を撫でるのが気持ち良くて、ウットリと目を細めてしまう。
「ちゃんとした食事は後で用意させる。時間が迫っているかもしれないからな」
両脇に手を入れてヒョイと持ち上げられたセシルは、ちょっと驚いてシッポをピンと立ててしまう。
男はクスッと笑ってそのままベッドへと移動する。
「軽いな……成人したのはいつだ?」
「えと、〇〇日です」
日にちを告げると、男は少し目を見開いた。
「それは急がないとな」
ベッドに下ろされ、ゆっくりと寝かされたセシルは圧し掛かってくる男の青い目をじっと見た。
何をされるのか全く分からなかったが、不思議と怖くなかった。
この人に任せておけば大丈夫、という安心感があった。
「セシル、私の名前はダレル。ダレル・トリンドルだ。覚えておきなさい」
「ダレル……様?」
「そうだ」
首筋を撫でながらこめかみにキスを落とされて、セシルはふるっと震えた。
「お前のミサオをもらうよ?セシル」
「はい、もらって下さい」
セシルは体の力を抜いて、優しいキスに溺れた。

目を覚ますと、ベッドの横にダレルと年配の男の人がいた。
「目が覚めたか。どこか痛いとか苦しいとかないか?」
ダレルが優しく頭を撫でてきて、セシルは気持ち良さにうっかりニャアと声を上げてしまった。
はっとして手で口を塞ぐと、年配の男の人がほっほと笑った。
「シャム族の者は可愛いもんですな。もう大丈夫、しっかりと着床してますし」
「そうか、良かった」
ダレルは嬉しそうに笑うとセシルを起こしてやり、執事に食事の準備を指示した。
「では、私はこれで。何かありましたらまたお呼びください」
「ありがとう、ドクター」
医師が退出すると、ダレルがベッドに腰かけてくる。
「ダレル様、ありがとうございました」
セシルは怠い腰をゆっくりと折ってお辞儀をする。
まだ生きているということは、ちゃんとミサオを貰って頂けたということだ。
昨晩は途中から何が何だか分からなくなってしまい、ダレルにしがみついてニャアニャア言っていたような気がする。
痛みはなく、とにかく気持ちが良かった。
ちょっと顔を赤らめているセシルを、ダレルは愛しそうに見つめている。
「セシル、時間がなかったとはいえ、色々と事後承諾になってしまって済まないが」
ダレルの手がセシルの手を握る。
「私はお前が好きだ。一目惚れだった。お前は私を好いてくれているだろうか?」
セシルの耳がピンと立ち、黒い瞳が大きく見開かれる。
「え……あの、あの…」
セシルは真っ赤になって絶句してるが、シッポは握られた手の先のダレルの腕にシュルッと巻き付いた。
シッポは本人よりも気持ちを雄弁に語るといわれるシャム族の、最大の信頼を見たダレルは嬉しそうに破顔した。
「良かった。嫌われていないとは思ったが、安心したよ」
照れて小さくなってるセシルの耳にキスをすると、嬉しそうにピルピルと動く。
「食事をしたらミサオのことをちゃんと説明してあげよう。今はとりあえず、君のこのお腹に子供が宿っていることだけは認識しておいてくれ」
「……え?」
ポカンとするセシルのお腹に、ダレルの大きな手が優しく置かれる。
「可愛い私達の子供を、一緒に育てていこう」
昨日まで寒さに凍え、死の恐怖と隣り合わせだったセシルは、恋人とその人の子供を一晩で授かるという奇跡に、ただただ優しい青い瞳を見つめていた。

一年後、街に買い物に来た新しい領主様の隣には、グレーの耳とシッポを楽しそうに揺らすシャム族の伴侶の姿があった。
その腕の中には、グレーの耳の先が領主様の髪と同じく黒く染まったシャムの子供が抱かれていた。
瞳の色も、領主様と同じ青。
シャム族は成人して1週間以内に抱かれないと子供を産めない体になってしまうという変わった種族だった。
もちろん、それで死んでしまうことはない。
引っ込み思案で寂しがりのセシルに幸せになってもらいたかった母の策略は、見事に成功した。
ニャアと声を上げる我が子を愛しそうに見てから、セシルは隣のダレルと微笑み合う。
グレーの耳も幸せそうにピルピルと動いていた。

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