もらってください

月夜野レオン

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ほしいんですけど

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「ユイハ……どこですか?」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくるけれど、眠くて眠くて仕方がないユイハは体が動かず、唯一シッポだけがパタパタと反応する。
「またこんな所で寝て」
中庭の白いベンチの上で丸くなってる姿少年を見つけたゼオンは、ふっと顔を綻ばせた。
シャム族は花と陽だまりが大好きなので、ユイハにとって中庭は天国のような場所だった。
「この陽気なら、仕方がないかな」
書類を片手に、眠るユイハの横に腰を下ろしたゼオンは、頭と耳を優しく撫でる。
耳を撫でられるのが好きなユイハは、ピルピルとネコ耳を動かす。
艶やかな黒髪とフサフサの黒いネコ耳は、ゼオンもお気に入りだった。
「お館様、午後の書類作成はいかがなさいますか?」
ゼオンはやってきた執事に緑の目を向けると、少し考えてから指示を出す。
「今日はここでやろう。ペンを頼む」
そのままベンチで書類をめくりだしたゼオンの銀色の髪が、風に揺れる。
花の香りと共にゼオンの甘い香りが漂ってきて、ユイハは無意識にすんすんと鼻を鳴らした。
大好きな匂いに安心して再び微睡むユイハを、緑の瞳が愛しそうに見つめていた。


「おい、こんなところにシャム族がいるぜ」
不意にガサッと植え込みを掻き分けて出てきた男に、ユイハはビクッと体を震わせた。
緊張で黒い耳もシッポもピンと立っている。
「本当だ、噂は本当だったな」
「いい毛並みしてるじゃないか、これは高く売れるぜ」
領主の館にシャム族の子供がいるという噂を聞きつけたゴロツキは、領主のゼオン・ヴァンセが視察に出ている隙を狙って館の裏手に繋がる森から敷地内に侵入してきた。
花の香りに誘われて使用人達の目を盗んで森の入り口にフラフラと来ていたユイハは、男達から漂う危険なオーラに竦んでしまった。
これは悪い人だ、近寄ってはいけない。シャム族の勘が告げていた。
逃げなくちゃいけない。
ソロリと片足を後ろに引き、男が1歩踏み出した瞬間に身を翻してダッシュする。
「あっ、待てこの野郎っ」
伸びてくる手をかいくぐり、しなやかな身のこなしで立ち並ぶ木を避けて森の奥に入る。
夢中で走って、気がついたら追手は巻けていたが自分も迷子になっていた。
「どうしよう……」
森の奥まで行くと結界が効かない為に、危険な獣が徘徊している。
決して近づいてはいけないとゼオンに言われていたのに、迷い込んでしまった。
恐怖と途方に暮れて、黒い耳はペタンと伏せられている。
「……ゼオン、ゼオン…」
キラキラ光る銀色の髪を揺らし、いつも緑の瞳で優しく見つめてくれる男が恋しくて、ユイハはポロリと涙を零した。
もう生きて会えないかもしれないと思うと、悲しかった。
もうすぐ成人するから、そうしたらミサオをもらって欲しかったのに。
ずっとゼオンのそばにいたかったのに。
ナ~~~~~オ。
シャム族の悲しい鳴き声が、暗くなってゆく森の中に響いた。


ガタンといきなり立ち上がった目の前の領主に、ダレルは驚いた。
「どうしました、ヴァンセ殿」
品のある落ち着いた物腰の隣の領主ゼオン・ヴァンセが初めて見せる動揺に、目を瞠る。
2人はお互い若くして領主の座に就き、共にシャム族の恋人がいるという共通点があったせいか、新任の挨拶にダレルが訪れた時から気が合い、視察のついでにちょくちょく会うようになっていた。
まだお互いの恋人を紹介してはいなかったが、近々4人で会おうと話していた。
「……今、ユイハの声が聞こえた気が…」
蒼白になっているゼオンに、ダレルも眉をしかめると執事を呼ぶ。
「何かあったのかもしれない。今日はこれで戻ります」
「うちの早馬を使ってください。あと護衛を2人付けます。馬車はこちらで屋敷へ戻しますから」
座を辞するゼオンに、ダレルは素早く執事に指示を出す。
「助かります。お礼はまた後日に」
「気にしないで下さい。無事なら良いが」
俊足を誇る早馬を借りて館を飛び出したゼオンは、一目散に自分の館を目指す。
自分がいない時にユイハが館を出るとは思えない。
可能性が高いのは裏手の森。
しかしもう陽が暮れる。
結界の中ならば良いが、もしも外に出てしまったら獣が徘徊する場所だけに命の危険がある。
あの泣き声は、ゼオンには助けを求める悲鳴に聞こえた。
「どうか無事で……ユイハ」


暗くなってもシャム族は夜目が効く。
しかしちらほらと獣の気配を感じるので、ユイハは動くことが出来なかった。
木の根元に蹲って息を潜めていたユイハの横手で、茂みがガサリと音を立てた。
「ひっ…」
耳を伏せて竦み上がるユイハの前に、黒い塊が現れる。
「……シャム族の子か?」
「…っ……」
先程の男達かと思い恐怖で硬直していると、黒い塊はしゃがみ込んできた。
「怖がらなくていい、危害は加えない。相方のシャムがさ、助けを呼ぶ声が森から聞こえたから心配だって騒ぐもんで来たんだよ」
よく見ると、若くて精悍な容貌の青年で、腰に剣を下げている。
「なんでこんな森の中にいるんだ?昼間でも危険なのに、もう陽が暮れるぞ」
「あ……あの、追われているうちに迷子になってしまって…」
フルフルと震えているユイハに、青年は灯りをつけるぞと言い置いてランタンを灯した。
「灯りは点けない方が安全だが、俺はシャムほど夜目が効かないから勘弁な」
ランタンに照らされたユイハを見て、青年はニコッと笑いかける。
「そりゃあ怖かったな。もう大丈夫だ、森の外まで守ってやるから安心しろ」
ユイハにランタンを持たせて、青年は剣を抜いて回りに気を配りながら歩きだした。
途中何度か獣に遭遇したが、青年の剣の腕は良く、確実に切り伏せて進む。
ようやく木がまばらになってきたところで、前方から灯りと声が聞こえてきた。
「ユイハっ、どこだ?ユイハ…」
「っ……ゼオンっ…」
もう会えないと思っていた恋しい人の声に、ユイハの耳とシッポがビビンと反応する。
「ちょっと待て、傍にまだいる」
走りだそうとするユイハを制して、青年は脇から飛び出してきた獣を一刀両断にした。
「ギャウゥッ」
獣の断末魔の声に反応して、灯りが急速に近づいてくる。
「よし、これで大丈夫だ」
「ユイハっ、そこかっ」
青年がフゥと息をついたのとゼオンが茂みから姿を現したのはほぼ同時だった。
「ゼオン、ゼオンっ」
銀の髪を振り乱して必死の形相で駆け付けたゼオンに、ユイハは泣きながら飛びついた。
「ユイハ、ユイハ……ああ、無事で良かった……ユイハ…」
首に縋りついてニャアニャアと泣きじゃくるユイハをきつく抱きしめて、ゼオンは安堵の溜め息をつく。
ユイハのシッポは抱きしめるゼオンの腕にきゅうっと絡まっている。
「おや、領主様のシャムだったんですね」
剣を鞘に納めながら、ちょっと驚いた顔をしている青年にゼオンは視線を移した。
「君が助けてくれたのか?」
「俺はこの森の外れに住んでいるんですが、相方のシャムが同族が危険な目に合ってるって騒ぐもんで」
探しに来て正解でしたよ、と優しい目でユイハを見た。
同族の助けを求める鳴き声は遠くでも聞こえるらしく、聞いた相方が酷く取り乱していたので心配になったと。
側で絶命している獣が見事な一撃で倒されているのを見て、ゼオンは青年の腕が相当のものだと感じた。
「本当に助かった。礼を言う」
ユイハだけでは、まず生き延びられなかったことだろう。
青年の相方がシャム族だったのも奇跡的な幸運だった。
ようやく落ち着いてきたユイハが、青年を振り返って頭を下げる。
「あ、ありがとうございました」
青年はルースと名乗り、家で待つ相方のレンに良い報告が出来ると笑い、ユイハの頭をポンポンと撫でた。
後日館に来てくれと約束して、ゼオンはユイハを抱いて帰った。
トリンドル家から護衛でついてきてもらった2人に早馬を預け、無事に保護出来たとダレルに伝言を頼み戻ってもらう。
事の次第をユイハから聞いたゼオンは剣呑な光を緑の目に宿らせ、至急男達の捕獲を警備団に命じ、翌日に逮捕された。
シャム族の誘拐や売買は法律で厳罰となっており、更に余罪も発覚した男達には、一切情状酌量の余地はなかった。


数カ月後、無事に成人を迎えたユイハは館でお祝いをしてもらい、大好きなミルクたっぷりのケーキに目をキラキラさせていた。
その晩、ゼオンの寝室に押しかけてミサオをもらってくれと告白し、ゼオンは満面の笑みを浮かべて恋人を抱きしめた。
「でもねユイハ、ミサオの他にもうひとつほしいものがあるんですけど」
そう言われたユイハは、ベッドの上でキョトンとした。
「来年にしようと思ってましたが、友人の話を聞いて私もほしくなってしまいました」
ユイハの上に覆い被さり頬にキスをしてから、ゼオンは真剣な目で恋人を見つめた。
「私とユイハの子供がほしい。だから結婚して伴侶になってください」
それを聞いたユイハの耳がピルルッと震える。
大きな黒目が更に大きくなり、ポロポロと涙が溢れだす。
「いいの?ユイハでいいの?………ゼオンの子供産んでいいの?」
ミサオをもらってくれて、後は傍にいられたらそれだけで幸せだと思っていたユイハは、ゼオンの求婚に心が震えた。
嬉しいとニャアニャア泣くユイハを、ゼオンは蕩けそうな眼差しで見つめる。
シャム族は謎の多い種族。
毎年、誕生日から一週間の間しか妊娠しないという不思議な生態を持っている。
一番の謎は、異常なまでの愛くるしさだったが。
ゼオンとユイハの愛の結晶が生まれてくるのは、一年の後。
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