ソラの冒険譚〜パラレルワールドで命を天秤にかける〜

文戸玲

文字の大きさ
113 / 143
ヒカリの向こう

過去にある現在⑬~断末魔の叫び~

しおりを挟む

 村へと向かう道を急いで進んでいると,咆哮が聞こえた。きっとあの化け物に違いない。気になるのは,その鳴き声が苦しみで溢れたものではなく,どこか勝ち誇ったような高揚感に満ちたもののように聞こえたことだ。

「急ごう。バオウが手柄をもう立てているかも」

 悪い想像をかき消すように周りに声をかけた。ジャンは小さくうなずき,ベルは青ざめたような顔をしている。最悪のシナリオを想定していることはだれの目にも明らかだった。その想像が当たっていないことを願いながら,目的地へと急いだ。


 だいたいの場合,悪い予感というのは的中する。今回もそうだった。
 怪物とバオウの姿が見えたとき,その場に立ち尽くした。岩を背にして気を失って座っているバオウのはらわたには,腕ほどの大きさをした牙が突き刺さっていた。怪物の体には前足や首元に新しい傷跡があり,特に足の方は深手に見えたが,かまわず活発に動き続けている。よく見ると,怪物の顔周りをミュウが右往左往して妨害をしているようだった。あの小さな体で何百倍もの大きさの敵に立ち向かうなんて,どれほどの勇気がいることだろう。
 バオウのもとに駆け寄ろとした足が止まった。ミュウがけがをしている。片方の目はつぶれて,ほとんど見えていないに違いない。全身に怒りが込み上げてきた。化け物のもとにかけだそうとしたとき,空気が振動した。太陽は変わらずそこに存在してじりじりと体を照りつけているはずなのに,まるで別世界に来たかのように空気の温度が下がったように感じた。後ろから「おい」と棘に刺されたかのように感じさせる,鋭利で冷たい声がした。

「おい。何をしてくれているんだ」

 ジャンの声だと気づくのに少し時間がかかった。声はかすれ,覇気のない声だ。でも,その声は向けられた対象に絡みつき,臆病にさせた。事実,怪物は小さく命乞いをするように鳴いた。

「何をしてくれているんだと聞いているんだ。自分のしたことが分かっているな?」

 怪物が震えだした。近くで見ていても恐怖を感じる。この怒りをぶつけられた生き物に同情さえしたくなるような,圧倒的な力の差を感じさせた。
 観念したかのように思えた怪物は、踵を返して村の方向に駆け出した。一歩が大きくて速い。それは,火山を出ていく時とは比べ物にならなかった。命の危機を感じたとき,生物はリミッターを解除して想像を超える力を発揮することがある。きっとこの怪物にとっては今がそうだったのだろう。あ,とベルが声を上げたときにはもうずいぶんと遠くに怪物の背中があった。
 ひゅう,と小さく冷たい息をジャンが吐いたと思ったら,もうそこには姿がなかった。怪物が大きく吠えた。それは最初に聞いたものとは違って,断末魔の叫びだった。少し遅れて,怪物の大きな首が切り落とされたのが見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...