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ヒカリの向こう
過去にある現在⑬~断末魔の叫び~
しおりを挟む村へと向かう道を急いで進んでいると,咆哮が聞こえた。きっとあの化け物に違いない。気になるのは,その鳴き声が苦しみで溢れたものではなく,どこか勝ち誇ったような高揚感に満ちたもののように聞こえたことだ。
「急ごう。バオウが手柄をもう立てているかも」
悪い想像をかき消すように周りに声をかけた。ジャンは小さくうなずき,ベルは青ざめたような顔をしている。最悪のシナリオを想定していることはだれの目にも明らかだった。その想像が当たっていないことを願いながら,目的地へと急いだ。
だいたいの場合,悪い予感というのは的中する。今回もそうだった。
怪物とバオウの姿が見えたとき,その場に立ち尽くした。岩を背にして気を失って座っているバオウのはらわたには,腕ほどの大きさをした牙が突き刺さっていた。怪物の体には前足や首元に新しい傷跡があり,特に足の方は深手に見えたが,かまわず活発に動き続けている。よく見ると,怪物の顔周りをミュウが右往左往して妨害をしているようだった。あの小さな体で何百倍もの大きさの敵に立ち向かうなんて,どれほどの勇気がいることだろう。
バオウのもとに駆け寄ろとした足が止まった。ミュウがけがをしている。片方の目はつぶれて,ほとんど見えていないに違いない。全身に怒りが込み上げてきた。化け物のもとにかけだそうとしたとき,空気が振動した。太陽は変わらずそこに存在してじりじりと体を照りつけているはずなのに,まるで別世界に来たかのように空気の温度が下がったように感じた。後ろから「おい」と棘に刺されたかのように感じさせる,鋭利で冷たい声がした。
「おい。何をしてくれているんだ」
ジャンの声だと気づくのに少し時間がかかった。声はかすれ,覇気のない声だ。でも,その声は向けられた対象に絡みつき,臆病にさせた。事実,怪物は小さく命乞いをするように鳴いた。
「何をしてくれているんだと聞いているんだ。自分のしたことが分かっているな?」
怪物が震えだした。近くで見ていても恐怖を感じる。この怒りをぶつけられた生き物に同情さえしたくなるような,圧倒的な力の差を感じさせた。
観念したかのように思えた怪物は、踵を返して村の方向に駆け出した。一歩が大きくて速い。それは,火山を出ていく時とは比べ物にならなかった。命の危機を感じたとき,生物はリミッターを解除して想像を超える力を発揮することがある。きっとこの怪物にとっては今がそうだったのだろう。あ,とベルが声を上げたときにはもうずいぶんと遠くに怪物の背中があった。
ひゅう,と小さく冷たい息をジャンが吐いたと思ったら,もうそこには姿がなかった。怪物が大きく吠えた。それは最初に聞いたものとは違って,断末魔の叫びだった。少し遅れて,怪物の大きな首が切り落とされたのが見えた。
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